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第二十ニ話 暗殺者

 バシュラード家は最高だった。ベッドは安宿とは比べ物にならないくらい柔らかい。何もしなくても上手い料理は出てくる。風呂はいつでも入れる。これを最高と言わずして何が最高なのか! 扉の前には常に人が立ち俺を見張っているということを除けばだが……。


 そんな最高の生活も数日もすれば日常になる。ときどきエリナさんが来てくれるが、それ以外はただひたすらに暇だった。あまりにも暇だったので、屋敷内の気配をひたすら追い掛けるなんてことをしていた。


 そのうちに屋敷内の人間の行動を把握することができるようになった。一日の動きのパターンが見えてきたのだ。買い物に向かうのだなとか、食事の準備に忙しそうだなとか。エレアノールさんが命を狙われているからだろうか、屋敷内の警護に当たる人数は多い。


 だが、その見回りの人数、動きも全て把握している俺にとってはどうということはない。軟禁されているが、これなら扉の前の人間さえどうにかすれば、いつでも逃げ出すことも可能だろう。殺されることになっても問題はなさそうだ。


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 探索者

 クラス : シーフLv9

 スキル : 万職の担い手Lv4、剣術Lv8、気配察知Lv10、身躱しLv7、気配消失Lv7


 そんな事をしているうちに気配察知のレベルが10に上がっていた。大勢の気配を感じ全てを把握するという行為がよかったのだろうか。


 気配察知Lv10はすごかった。この広いバシュラード家全てを把握できるのだ。屋敷だけではない。その広大な庭を含めてだ。庭を飛ぶ小鳥の気配までわかる。それ以下の小さな昆虫などの気配は感じ取れていないが、必要ないだろう。レベルが上がれば感じ取れるようになるのかもしれないが、知ったところでどうしようもない。気配察知に関しては、もうこれ以上レベルを上げる必要性を感じていない。


 気配消失のレベルもあがっていたが、これは自分では確かめようがない。気配消失スキルを使いながら、気配察知で自分の気配を探ってみたのだが、気配察知スキルのレベルが高いせいか、少し小さくなったかな? 程度にしかかわらなかったからだ。


 こうしてステータスを眺めにやにやするのが日課となっていた。次はどのクラスにつくべきか。そろそろ魔法というヤツを使ってみたい気もする。エリナさんとガザリムへ戻ったら共にダンジョンへ入ることになる。どちらも前衛を務めるよりは遠距離からの攻撃手段があったほうがいいかもしれない。ミドルクラスの魔法戦士というのも憧れがあるしな。


 それ以外なら弓手も遠距離からの攻撃手段を持つことになる。これも考えてみてもいいかもしれない。後は商人か。鑑定のスキルは便利だろう。ある程度上げておくべきか。


 一つクラスについては考えていることがある。だが、それを実行する為にはガザリムに戻らないといけないのだ。結局クラスチェンジはガザリムに戻ってからということになる。


 というわけでクラスはシーフのままあれこれと悩んでいるわけだ。妄想が捗る。



 暇つぶしに戻ろう。屋敷の気配を探っていく。


 使用人さんたちは今日も頑張っている。そろそろ夕食の時間だ。準備に忙しそうにしている。それなのに俺は部屋でだらだらとしている。申し訳ない気分になってくるな。


 ふと屋敷の裏庭に一つの気配があることに気がついた。その気配は徐々に屋敷へと近づいている。この時間にこんな所を見回っている警護など普段はいないが……。動物だろうか? 違うだろう。自分で即座に否定する。小さな気配だが、小動物のそれとは違う。どういえばいいのか……。俺が気配消失スキルを使っているときに感じる俺自身の気配のような……。


 ……!


 この時期に、気配を消しながらこの屋敷に近づいている気配……。


 扉を内側からノックする。すぐに扉の前の見張りが顔を覗かせた。


「少し、変な気配を感じまして。エレアノールさんを狙った暗殺者ではないかと……」


 見張りの人は、俺の言葉に慌てて報告に行ってしまった。どうなんだろうか? 俺の見張りなのに、俺の言葉を信じきって持ち場を離れるというのは。


 その間も気配に注意を払う。その小さな気配はゆっくりと屋敷の中へ入ってくる。


 わざわざあんな所から屋敷に入るということは、正規には入れないということではないだろうか? やはり暗殺者なのか……。気配は他の人間を避ける様にしてエレアノールさんの部屋へと近づいていく。


 あの小さな気配は警護や使用人の動きを完璧に把握しているということだろうか? もしくは俺と同じように気配察知に優れているか……。


 それ以外の気配も慌しく動き始めた。報告が届いたのだろう。いくつもの気配がエレアノールさんの部屋へと向かい始める。


 気配察知に優れているとするならば、この動きは相手に筒抜けだろう。



 慎重に動く暗殺者よりも警護の人間がエレアノールさんの部屋へは先に着いた。どうやら部屋の前を固めるようだ。一人は部屋の中へ入っていく。


 さてどう出る? 暗殺者はまだその動きに気がついていないようだ。気にした様子もなく、これまでと同じ様に近づいてる。このままいけば部屋の前で捕らえることができるだろう。


 しかし、暗殺者の気配はそこで動きを止めた。見回りを把握していたのではなく、やはり気配察知で状況を感じ取っていたのだろうか? そうならば、あの距離まで近づかなければ気配を感じ取れなかったということだ。あの距離なら気配察知のレベルは6程度だ。暗殺者は経路を変更した。俺がいる部屋とはかなり距離がある。俺の存在には気がついていない可能性が高い。


 気配を消し窓から外へ出る。下手にここで警護に知らせれば先ほどと同じ結果になる。部屋を固めて逃がすより、ここで捕まえておいたほうがいい。



 屋根を伝い暗殺者へと向かう。手には燭台。剣はここに来る際、サイモンさんの店に置いてきたままだ。何もないよりはましだろうと、部屋にあったのを持ってきたのだ。床に置く為のもので剣よりも長さはある。そのぶん重いが……。燭台の先にはロウソクを刺す為の針もいくつか並んでいる。死ぬことはないだろうが、これで突き刺せば動きは止まるだろう。


 暗殺者も窓から外へと出た。エレアノールさんの部屋へは窓から侵入するようだ。部屋に入る前に止める! もうすでに暗殺者は目で捉えることのできる距離にいる。男のようだ。それにしても……それっぽいというかなんというか……。暗殺者がいかにもな黒尽くめで「私は暗殺者ですっ!」と主張するような格好だったのだ。そのあたりの「街人ですよ」という格好のほうが目立たないと思うんだが……。まあこの屋敷にそんな街人がいるわけがないから、どちらにしろ同じか。


 屋根を走りながら暗殺者へと近づく。もう直ぐの距離だというのに、気配察知のレベルが高くないせいか、俺の存在にはまだ気付いていない。


 暗殺者がエレアノールさんの隣の部屋のバルコニーへと飛び移った。それと同時に俺も屋根からバルコニーへと飛び降りる。


「……!」


 俺の存在にそこで初めて気がついたらしい。驚きと共に一瞬動きが止まる。ここだ! 渾身の力を込めて燭台を暗殺者の足へと突き出す。しかしそれはあっさりと避けられる。


 男は懐から短刀を取り出す。その短刀を逆手に構え、こちらへと走り込んでくる。速い! 下から上へと斬り上げられた短刀を、なんとか後ろに下がり躱す。男は順手に持ち替え、すぐに短刀を突き出してくる。なんとか防ぎ、再び燭台を突き出す。男はすぐに後ろに下がり距離を取った。槍なども練習しておけばよかった……。


 強い。確実に俺よりクラスレベルは上だろう。


 男は俺に向かってくる。男へ燭台を投げつける。重すぎて、この男の速さとは相性が悪い。投げた燭台を追うようにして男へと飛び出す。男は燭台を避け、体を横へと倒した。もう手を伸ばせばすぐそこだ。腕を振りかぶる。男が突き出した短刀を避けながら、顔面を力いっぱい殴りつけた。男の頬骨が砕ける音がした。拳に衝撃が伝わる。男の体は手摺を乗り越え、俺の視界から消えていく。


 あっ……強く殴りすぎた! 慌てて手摺から身を乗り出し下を覗く。男は仰向けに倒れていた。それほど高さはない。たぶん死んではいないだろう。ほっとして、テラスから飛び降りる。


 男は気を失ってはいたが、呼吸はしていた。男の近くに落ちていた短刀を拾い上げる。男の体を漁り他に武器などを隠し持っていないか調べる。特に何もないようだった。


 ちょうど近くを通りかかった使用人の気配に向かい、声を張り呼びつける。何事かと使用人が窓から顔を出した。


「すいません。エレアノールさんを狙った暗殺者だと思います。俺が見張っているので警護の方誰か呼んできてください」


 俺の言葉にその女性は慌てて顔を引っ込めた。とりあえず、これでいいだろう。この暗殺者から何か聞き出せれば解決も早まるのだろうが……。


 すぐに警護の人間がやってきた。男を引き渡し、俺も部屋に戻る。もちろん俺にも見張りがついてきた。部屋へ戻る途中で気配察知について聞いてみた所、警護の者の中で一番高い者でもLv10はいっていないようだった。警護上の秘密といって詳しいレベルはわからなかった。ザルじゃないか! 金はあるんだからもっといい警護を雇ったほうがいい。今度バシュラードさんにあったら進言しよう。


 部屋へと戻された。夕食はまだかと待ち続けていたのだが、それどころではないのか夕食は一向にこなかった。もしかして忘れられている? しょうがない。風呂に入って寝ることにしよう。一食抜いただけで死ぬわけじゃない。




 朝早くにたたき起こされた。なにかいい夢を見ていた気がしたのだが……。寝ぼけながら準備をする。どうやらバシュラードさんと会うことになっているようだ。使用人に追い立てられるように、きちんと準備をさせえられた。軟禁したあげく、朝早くに起こされ困ったものだ。はい。もともとは俺のせいです。すいません。



 案内されたのは以前と同じ書斎だった。中にはバシュラードさんがすでに待っていた。


「昨日は侵入者を捕まえてくれたそうだな。感謝する」


 大貴族に頭を下げられるとは思わなかった。いや実際には頭までは下げられてはいないが。貴族というのはもっと傲慢でいけ好かない人間ばかりなのかと思っていた。バシュラードの人間以外に貴族と会ったことはないので、想像でしかないが。


「いえ、たまたま怪しげな気配を感じたものですから」


 屋敷内の気配を探っていたとは言えないしな。


「警護の方の気配察知能力はそれほどではないようです。さしでがましいと思われるかもしれませんが、もう少し質をあげられたほうがよいのではないかと……」


 俺の言葉にバシュラードさんは眉を顰めた。すいません。すいません。心の中で二度謝りつつも、人の命がかかっている事だし、折れるべきではない。


「あれ以上となるとすぐに用意できるものでもない。少なくとも現時点で用意できる最高の人材を集めているのだ」


 やはり、俺の気配察知のレベルは高いようだ。バシュラードさんも悩んでいる様子だ。


「……実は、エレアノールが出なければいけない晩餐会が予定されている。ある程度は断ってはいたのだが、この晩餐会は王太子妃の事前お披露目のようなものでな。断るというわけにもいかぬ。王太子は参加されないから、エリナが行くことになると思うが……」


 こちらに少しだけ視線を向けたが、すぐに視線を逸らした。


「こちらから連れて行ける警護は多くて二人だ。あまり大勢で行けば、相手方の警護を侮っているなどと思われかねんからな。しかし、現在の警護の者ではお前は不安だと言う……」


 バシュラードさんは再び俺に視線を向けるが、すぐに戻した。嫌な予感しかしないんだが……。ただ黙って、視線に気がつかないふりを続ける。


 バシュラードさんはそこで深くため息を吐いた。


「おお。ちょうどいいところに気配察知に長けたものがいるではないか!」


 さも今思いついたように俺に顔を向けた。


「明後日行なわれる晩餐会に、エリナの警護として参加してもらいたい。勿論報酬は払おう。いかがか?」


 そもそもエリナの為に王都までやってきたのだ。出来ることがあるならやるべきだ。


「わかりました。お受けいたします」


「そうか。やってくれるか! 今からお前の軟禁を解く。装備などはこちらで用意するが何か必要なものはあるか?」


 とりあえずは剣だろうが……。


「晩餐会ということですが、帯剣は許されているのでしょうか? 許されているならば、サイモンさんに預けている剣を取って来たいのですが」


「もちろん護衛には帯剣が認められておる。その剣はサイモンに届けさせよう。他にはあるのか?」


 とりあえず剣さえあればいいだろう。


「いえ、特には」


「そうか。何か思いついたなら、使用人にでも伝えてくれ。用意させよう。それで報酬の件だが……」


 報酬か……。


「そもそもエリナさんの為に王都までやってきたのです。報酬は必要ありません」


 俺の言葉にバシュラードさんは顔を顰めた。


「ふん。俺はそういう良い子ぶった輩が嫌いだ。金に正直なサイモンなどのほうがよっぽど信用できる」


 バシュラードさんは箱から葉巻を取り出した。


「だが……エリナの事を思ってくれていることは感謝しよう。もう行っていいぞ」


 どうやら気分を害してしまったらしい。だが報酬を受け取ってしまえば何か違う気がしたのだ。



 あてがわれた部屋へと戻り、ベッドに横になる。まだ朝は早い。


 そこでふと考える。エリナを助けるというのは『世界を変えてしまうような大きな事』だろうか。『小さな事』かといえば決して違う。『大きな事』だろう。だが『世界を変えてしまうような大きな事』かと言われれば、それも違う気がした。未来の王妃がエレアノールさんになろうと別の誰かになろうと、世界が変わるほどの変化ではないだろう。日本の首相の妻が誰であろうと日本が変わるとは思えないのと同じように。


 よし、これは許容範囲! そもそも曖昧なんだよな。バタフライ効果とか知らないのだろうか。そういえばそんな映画もあったな。あれは名作だ。2? 3? 知らないな。

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