第ニ十一話 双子
「私達は双子としてこの世に生を受けました」
やはり双子だったのか。
「双子は不吉なものとして扱われます。バシュラード家に双子が誕生したなど、明かせるものではありません」
日本でも双子が忌み嫌われた時代があったような気がする。この世界でも同じなのか。サイモンさんが頭を抱えるわけだ。
「どうして、そんな大切な話を俺なんかに……?」
「わざわざ妹を訪ねて来てくれたのでしょう? それに、私と妹が別人だと気付かれてしまいましたし」
エレアノールさんは、何か企んでいるような表情でちゃめっけたっぷりだった。
「それで話の続きですね。普通なら妹は殺されていたことでしょう。ですが私達が生まれるほんの少し前、王家に一人の子が生まれました。王太子です。バシュラード家の子が女児だった場合、その王太子との婚約が決められていました。そこで父は生まれた妹を殺さず利用しようと考えました。貴族においても子供の死亡率はそれほど低くはありません。そして妹は私が無事に育つまでのスペアとして生きることになりました。私と同じ名前を与えられて……」
だからエリナも『エレアノール・バシュラード』だったのか。ひどい話だ。エレアノールさんは淡々と話す。エリナもそれをまるで他人事かのように黙って聞いていた。
「それほど悪い生活ではありませんでした。家族は皆、私によくしてくれました。私のわがままも聞いてくださり、剣の師もつけて頂きましたし……」
エリナはそう言うと再び黙り込んだ。
「いつの頃からか妹は探索者に憧れを抱くようになりました。そして、十五歳の誕生日。妹は父に願い出ました。役目はもう終わった。探索者になりたいと……。何故でしょうか。父もその意見をあっさりと受けいれました。……そして妹は屋敷を出てガザリムへと旅立ち……。もう二度と会うことはないのだろうと思っていました……」
だが、エリナは現にこうしてバシュラード家に戻っている。
「ですが……。王太子との結婚を間近に控えた私の命が狙われるようになりました」
それが、エリナが耐毒の指輪を求めた理由。
「そして妹からこの指輪を贈られました……」
先ほど見せたちゃめっけのある表情は消え失せていた。目を伏せ、左手の指輪を大事そうに右手で包み込んだ。
「お姉さま……」
そんなエレアノールさんをエリナが抱きしめる。二人の目には涙が浮かんでいるようだった。こんな境遇なのに本当に仲がいい……。しばらくそうしていたが、エレアノールさんは再び話し始めた。
「それからも毒を盛られることがありました。その度に、使用人は厳しく取り調べられたようですが、犯人はわかりませんでした。この指輪のおかげで私は死なずにすみましたが、毒では死なないと思ったのでしょう。直接私を狙うものが現れたのです……。婚姻を控えて、公の場にでることが多くなっています。そこで……父は妹を呼び戻すことにしました。再び私の身代わりとして……」
エリナはその事を受け入れているのか、顔にはどんな感情も表れていなかった。
「それで、エリナは納得されているのですか?」
なんとかそれだけを口に出した。俺はなぜか震えていた。
「私は……」
エリナが口を開こうとした時、ばんっと大きな音を立てて扉が開かれた。入ってきたのは、四十くらいの金髪の男だった。剣呑な目をしている。
サイモンさんはその男を見て急に立ち上がった。
「これはこれはバシュラード様。お……」
「黙っていろ!」
男の恫喝に、サイモンさんは最後まで言葉を発することが出来なかった。バシュラードということは、この男はどうやらエリナ達の父らしい。よく見れば確かにエリナ達に似ている。
「エレアノール。これはどういうことだ?」
その声は低く唸る様だった。怒鳴り出したいのをなんとか我慢しているように見えた。
「そちらのレックス様がわざわざエリナを訪ねて、ガザリムよりお越しくださったのです。会わせてあげるのは当然でしょう?」
男の鋭い目つきにも、一切怯えを見せないエレアノールさん。か弱い人だと思っていたが、どうやらそういった面ばかりでもないらしい。
男が俺のほうへと視線を移した。先ほどまでの、熱い感情はその目を見ると一気に冷めた。これは敵に回していい人間ではない。瞬時にそう覚った。ときにソールさんがみせた殺気を乗せた目つき……いや、それ以上だった。探索者のソールさんと比べレベル的にはそれほどではないはずだ。だが、そうした肉体的なものとは違う強さがこの男にはあった。周りを威圧する様な……。これが王国で要職を担う人間なのか。格が違う。
「レックスというのとサイモン。お前達は俺についてこい。エレアノールとエリナはここで待っていろ! 後でまた来るからな」
そういうと返事も聞かず、部屋を出て行く。サイモンさんを見ると俺に向かい小さく頷いた。どうやら付いて行くしかないようだ。
「頑張ってください」
にこやかに手を振るエレアノールさん。
「すみません」
申し訳なさそうに頭を下げるエリナ。
二人に見送られ廊下に出る。男は後ろを気にする様子もなくずんずんと歩いていく。サイモンさんと二人後を追う。
「サイモンさんすいません」
歩きながら頭を下げる。
「いえいえ、これも一つの商機ですよ」
まるで気にしていないかのような口ぶりだったが、サイモンさんの顔は強張っていた。
通されたのは書斎だった。男はソファに疲れたように深く腰を下ろした。
「厄介なことになったな」
男はそう一言呟いてこちらの方を見た。
「サイモン」
「わかっております」
男が名前を呼んだだけで、サイモンさんは男が言わんとするところがわかったようだった。
「そうだな……明日、お前の店で一番高い物を持って来い。買ってやる」
「ありがとうございます」
口止め料的なものだろうか。
「エレアノールとエリナにも好きな物を選んでいいと伝えてくれ。もう行っていいぞ」
その言葉にサイモンさんは深く頭を下げ部屋を出ようとする。俺も部屋を出ようとそれに続く。
「お前はまだだ!」
そう……ですよね。サイモンさんは俺の肩を二度ぽんぽんと叩いて、部屋を出て行ってしまった。頑張れということか……。
「それでエリナに会いにわざわざ王都まで来たそうだが、なんの用だ?」
「最後にきちんと挨拶ができなかったので……」
「それだけか? それだけの理由でわざわざ王都まで来たのか! お前はエリナに惚れているのか?」
剣呑な瞳が、さらに鋭くなり俺を射抜く。
「いえ、違いますが……」
「じゃあなんなんだ?」
「仲間です。短いですが、共に迷宮を探索した仲間です」
「それで?」
「それでとは……?」
「エリナにはもう会っただろう。ガザリムへ帰るのか?」
「とりあえずはきちんとご挨拶して、エリナさんの気持ちを確かめたいと思います」
「確かめる必要があるのか? あの子は自分の境遇をよく理解している。納得ずくでここにいるのだ!」
「貴方はそれでもっ……!」
もう、この男の視線などまったく気にならなかった。だが、そこから先はなぜか言葉にならなかった。男は俺から視線を外し遠くを見つめた。
「エリナの事を思い、ここまで来てくれたことには感謝する。もちろん俺はエリナの親だ。あの子が望むなら、今すぐにでもガザリムへ行かせてやりたい」
「それなら!」
「だが、私はエリナの父である前にバシュラード家当主なのだ……」
周りを威圧するようなオーラはどこへ行ったのか、ずいぶんと小さく感じる。今のこの男は、娘の望みを叶えてやれない無力な父親でしかなかった。
「もちろんエリナをむざむざ殺させたりはしない! 無事に守り抜いてやるつもりだ」
もうそこには先程までのオーラをまとったバシュラード家当主がいた。
「それでお前の扱いだが……」
殺されるなんてことはないよな? サイモンさんも無事に出ていったし。……いや、サイモンさんとは立場が違いすぎる。俺を殺しても何の問題もない。……。いやいや……さすがに……ねえ? ここで俺が漏らしたらさぞや滑稽だろうなと思った。なぜこんな事を思ったのだろう? きっと現実逃避だ。
「これからエレアノールの婚礼の儀が終わるまでは、この屋敷から出すわけには行かない。その後は……自由にしろ。もういいぞ」
そう言うとテーブルに置かれた箱から葉巻を取り出し煙をくゆらせ始めた。とりあえず殺されるなんてことはなかった。まだ安心はできないけど。
頭を下げ、部屋を出る。
「エリナの話し相手になってやってくれ」
扉が閉まる直前、そんな言葉が俺の耳にわずかに届いた。部屋を出たところで、深く息を吐く。生きた心地がしなかった。貴族怖いわ。貴族。たとえ俺がハイクラスLv255とかでも威圧された気がする。
それにしても感情に任せて怒鳴らなくてよかった。子供を持った事のない俺が、守るべき家などもない俺があの人に何を言えるというのだろうか? 何も出来ない俺が無責任すぎるだろうよ。
さて、これからどうすればいいのだろうか。とりあえずエレアノールさんの部屋に戻ろうか。その部屋しかわからないし……。
エレアノールさんの部屋からは、楽しげな声が聞こえてくる。
「どれにしましょうか? エリナにはこのペリドットが似合うと思うけど?」
「そうですね。エレアノール様はこちらの真珠などはいかがでしょうか?」
「いいですね!」
ずいぶんと楽しそうなことで……。俺があんな大変な目に合っていたというのに……。ノックをして扉が開かれるのを待つ。扉を開けてくれたのはサイモンさんだった。
「おやもうお帰りですか? ずいぶんと早かったですね」
ついさっき見せた強張った顔はどこへやら、にこにことずいぶん嬉しそうだ。店で一番高い物が売れたからだろうか。きっと俺には想像も出来ないくらいの金額が動くのだろう。そりゃ嬉しくて当然か。
エレアノールさんも楽しそうに宝石を見つめている。エリナだけが、唯一心配そうに不安げな表情を浮かべている。
「それでどうなりましたか?」
サイモンさんは他人事だと思って気軽に聞いてくる。
「婚礼の儀が終わるまで、この屋敷に監禁ということになりました……」
「おや、それはずいぶんとお甘い。私はてっきりこれかと」
そういってサイモンさんは首に手を当てゆっくりと引く。首切りかよ! サイモンさんはずいぶんとご機嫌なようだ。あなたもその可能性がありましたからね! はい……。俺のせいです。すいません。
「あらそうですか。にぎやかで楽しくなりそうですね」
エレアノールさんも気楽に言ってくる。せめてこちらを見てください。ずっと手元の宝石に目を落としたままじゃないですか。
「レックス……。私の為にすみません……」
エリナ! 俺の味方はあなただけです。
「いえ、俺が押しかけたのがそもそもの原因です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
どうやら、俺のテンションもおかしいようだ。死の危険を感じたからだろうか。無駄に上がっている気がする。
サイモンさんは商談をまとめ、ほくほく顔で帰っていった。「バシュラード家に泊まれるなんて羨ましいことですなあ」などと思ってもいない事を言いながら。
「少しいいですか?」
エリナに呼ばれ、テラスへと出た。屋敷の周りは木で覆われ、木の匂いを風が運んでくる。先ほどまでの緊張から解放され穏やかな空気が流れる。
「レックス殿はどうして王都まで?」
「そうですね。エリナが突然行ってしまったので、何か悪いことでもあったのではと……」
「それだけでですか?」
「俺は楽しみにしていたのです。エリナと迷宮を探索していく未来を」
エリナは俺の言葉を無言で聞いていた。
「では……全て……全て解決したら私はガザリムへ戻ります。それまで待っていていただけますか?」
「はい」
穏やかな空気が流れている。




