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第二十話 王都

 馬車の旅は退屈だった。ここ最近、毎日ダンジョンに潜っていた為かそれがなくなると急にすることがなくなったのだ。


 ただただ馬車に乗り外の風景を眺める。なんとか馬車の中で出来る事はないかと、気配関係のスキルを使い鍛錬していたが、一向にレベルはあがっていない。やはりこうした鍛錬よりも魔物を倒すほうがずっと効率はいいようだ。




「王都が見えたよ!」


 隣に座るお姉さんが俺の肩を叩き教えてくれる。お姉さんが指差した方向を見ると、街が見えた。まだ遠く薄ぼんやりとしているが、王都というだけありずいぶんと大きい街のようだ。


 馬車は街へと着実に近付いていく。王都は美しかった。白い街だ。全ての建物が白く塗られている。街の中ほどに立つ城も例外ではなく白い。城の中でも高い三つの尖塔が目立つ。白い外壁に尖った屋根は青く塗られている。真白な街の中に青が映える。



 王都でも門でステータスを確認された。すぐに確認は終わる。ずいぶんと人通りが多い。入る人、出る人。その人々は様々だ。他種族も多く見られる。


 馬車を降り、この旅で知り合った人々と挨拶して別れる。



 えっと……。トマスさんから貰った地図を見ながら目的の場所へと向かう。街はガザリムとはやはり違う。俺のような探索者の姿は見られない。どこか洗練された人々が歩いている。俺は初めて東京に出てきた田舎者といった感じだろう。いや東京に行ったことはないし、住んでいたのもそれほど田舎ではなかったが。


 トマスさんの地図に従い歩いていくと、ずいぶんと場違いな場所へと進んでいた。歩く人々も、より洗練された……というか、金のかかった人々になっている。


 そうして、ある一軒の建物へと着いた。大きな店だ。トマスさんの店も大きく外見はしっかりとしていたが、それ以上だ。こんな格好で入っていくのを躊躇うような店だった。


 心を決め扉を開く。中は宝石などの装飾類がメインだった。武具などはほとんど置かれていない。置かれていた剣も華美な装飾が施され、実戦には向いていないだろう。この店に俺はあまりにも場違いだった。


「何かお探しですか?」


 そんな場違いな俺にも店員は慇懃に接してきてくれる。


「あ、あの……店主にお会いしたいのですが……」


 言葉がなかなか出てこず、そう言うのが精一杯だった。


「誰かのご紹介でしょうか?」


「ガザリムのトマスさんから……。手紙も預かっています」


 そういって袋の中から手紙を探し差し出す。店員は手紙を受け取ると、裏返し封蝋の印璽を確認した。


「それではこちらへ」


 店の二階へと案内された。通されたのはこれまた豪華な部屋だった。上客との取引に使う部屋のようだ。トマスさんの名は偉大だ。


 それほど待つことなく、扉を開き男が現れた。ずいぶんと背の高い男だ。顔も整っている。その上こんな大きな店の店主だ。さぞや、もてることだろう。


「店主のサイモンと申します。トマス殿からのご紹介だとか」


「レックスです。お忙しいところすみません。早速ですがこれを……」


 サイモンさんは席に着くとすぐに手紙を読み始めた。


「これはまた、ずいぶんとトマス殿に気にいられましたね」


 すぐに手紙を読み終えたようだった。


「トマスさんはなんと?」


 サイモンさんはずいぶんと楽しそうだ。


「いえね、貸しを一つ返してもらいたい。レックス殿をバシュラード家のご息女に会わせてやってほしい。レックス殿にはそれが一つ貸しだと。事情などはいっさい書かれず、ただそれだけですね」


 くっくっと低く抑えた声で笑っている。大声で笑い出したいのをなんとか堪えるているようだった。


「わかりました。必ずレックス殿をエレアノール様に引き合わせましょう」


 さも簡単そうに引き受けてくれる。


「ありがとうございます」


「準備しなければなりませんね。そのままの格好ではまずい。そうですね……明日の朝また来てください。とりあえず、その時は風呂に入り清潔に。服など必要な物はこちらでご用意させていただきます」


 この人はトマスさんに一体どんな借りがあるのだろうか? ここで俺がエリナを暗殺などしたら、この人もただではすまないだろうに……。なぜ俺を簡単に信用したのだろう?


 店を出たのはまだ午前中だった。とりあえず宿を取ろう。こんな場所ではなく下町のほうに。




 宿は高かった。ガザリムで泊まっていた宿よりも小さな部屋だというのに、価格は二倍だった。その分、共同の風呂がついていたが。


 朝風呂はすばらしい。ガザリムで稼げるようになったら、共同でもいいから風呂のついた宿にしようと心に決める。



 サイモンさんの店はがらんとしていた。少し早く来すぎただろうか。店員は私に気付き昨日と同じ部屋に案内してくれた。


「これに着替えてお待ちください」


 手渡されたのはずいぶんと高級そうな服だった。真白な染み一つ、皺一つないシャツ。胸元の大きく開いた臙脂色のベスト。細身の膝下丈の白いパンツ。茶色いロングブーツ。似合わないだろこれ……。


 それほど着るのに時間はかからなかった。鏡がないのでわからないが、完全に服に着られていることだろう。着替え終わったのを見計らったかのようにドアがノックされる。


「どうぞ」


 入ってきたのは俺と同じような服装のサイモンさんだった。


「見違えました。お似合いですよ」


 お世辞なのだろう。そうは聞こえないのだから商人というのは怖い。


「では、向かいましょうか。馬車を待たせてあります」


 サイモンさんに続き店を出ると、馬車が待っていた。これまで見た馬車の中で、最も豪華だった。トマスさんの馬車や乗り合い馬車は幌が付いていただけだったが、この馬車はきちんとドアが付き部屋のようになっている。


「先方を待たせるわけにはまいりません。早くお乗りください」


 豪華な馬車を観察している間に、サイモンさんはとっくに馬車に乗っていた。慌てて乗り込む。俺が乗り込むとすぐに馬車は動き始めた。



「なぜサイモンさんはこんな私を信用してエレアノールさんに会わせてくれるんですか?」


 少し緊張していた。その緊張をほぐす為にサイモンさんに話しかける。


「レックス殿を信用などしていません。ですがトマス殿は信用しています。それだけですよ」


 サイモンさんはトマスさんの話になると愉快な気分になるようだった。楽しげにしている。


「サイモンさんはトマスさんとどのような関係なのですか?」


「そうですね。過去に助けていただいただけです。ずっと若い頃にね」


 俺と同じようにか。


「私はレックス殿よりトマス殿との付き合いが長い。まだ到着までに時間もあることですし、その中でわかった事をお伝えしましょう。レックス殿はこう思ったはずです。トマス殿はなぜこんなに俺によくしてくれるのか? と」


 その通りだった。この人も若い頃同じような疑問を持ったのかもしれない。


「あの方は誰にでもお優しい。無償で手を差し伸べることの出来る人です。ある程度まではね」


 この事はある程度を超えているような無茶なお願いだったはずだ。


「ですがあの方の本質は商人なんですよ。貸し一つと言われたのでしょう? あれはいわば未来への投資です」


 未来への投資……。


「トマス殿が貸しを作るのは気にいった人だけです。あなたはトマス殿に見込まれたといっていい。必ず成功するでしょう」


 トマスさんは俺を評価してくれている。確かに、俺にはこの世界の人よりも多くの物が与えられた。その気になれば成功は可能だろうが、その気にはならない。


「それはトマスさんの見込み違いじゃないですかね?」


「そうかもしれません。ですが私はあの人が間違ったところを見たことがない。私がトマス殿に助けられたのは小さな、ほんの小さな店をやっていたころですよ。その小さな店すらも満足に経営できていませんでした。ですがトマス殿に出会い、今では王都でも有数の貴族バシュラード家の御用商人です」


 なるほど。それで俺をエリナに会わせることができるのか。


「トマス殿との付き合いの中で、そういった人間を何人、何十人と見てきました。皆、今では大きな仕事を担う者ばかりです」


「それが未来への投資……」


「ええ。私達はあの方の財産ですよ。トマス殿がそこまでわかってやっているかは疑問ですが」


 サイモンさんのトマスさんの本質は商人だと言った意味が少し見えた気がした。


「あの人は貸し付けるばかりでしてね。回収はあまりされないのですよ。だから私は嬉しかったのです。貸しを返してくれと言われたことがね。直接トマス殿に返すわけではなかったですが」


 楽しそうに笑っている。サイモンさんも随分とトマスさんが好きらしい。


「おっと、そろそろ着きますね。レックス殿は何も喋らないように。荷物を持ち、私の後をついて来るだけでかまいません。対応は全て私に」


 黙って頷く。再び緊張が俺を襲ってくる。



 馬車は大きな門の前で止められた。サイモンさんが馬車の窓を開けた。門番が近付いてくる。


「これはサイモン様。いつものですか?」


「ええ。そうです。エレアノール様に呼ばれまして。とびっきりの物をお持ちいたしました」


「そちらの方は初めてお見かけしますが?」


 俺の事だ。黙って門番に頭を下げる。


「将来有望なのでね。少し大きな商いを間近で見学させようかと」


「それはそれは……まだお若いのに。少々お待ちください」


 そういうと門番は門へと戻っていった。すぐに門が開かれ、馬車は進み始める。



 門を抜けしばらく走っただろうか。馬車は速度を落とし玄関前へと着いた。馬車の速度でしばらくだ。随分と広い。


「これがバシュラード家ですよ」


 渡された荷物を持ち馬車を降りる。バシュラード家の屋敷は圧巻としかいいようがない。何人で住めばこれほどの大きさの屋敷が必要なのだろうか。トマスさんの邸宅もすごいと思っていたが、上には上があるものだ。


 玄関扉が開かれ、サイモンさんを執事が出迎える。執事である。リアル執事。本当に執事なのかはわからないが、白髪に髭、黒いスーツ。私はできる執事です! といった雰囲気だった。


「ようこそおいでくださいました。エレアノール様がお待ちです」


 屋敷に入る。エントランスが広く取られ、天井は吹き抜けになっている。贅沢な空間の使い方だ。エントランス正面の階段を登り二階廊下を執事、サイモンさんに続き歩いていく。


 執事が一つの部屋の前で止まった。ドアを二回ノックする。


「エレアノール様。サイモン様がお見えになりました」


 部屋の中から声が聞こえた。なんと言ったのか聞き取れなかったが、執事が扉を開いた。


「お入りください」


 サイモンさんに続き部屋へと入る。部屋の中には三人の女性がいた。二人は格好からして侍女なのだろう。もう一人は……エリナだ! ゆったりとした赤いドレスを着ている。探索者の格好をしたエリナしか見たことがなかったので新鮮に感じた。服装だけでこうも雰囲気が変わるのか。ガザリムで出会ったときとは違い、可憐な雰囲気を纏っている。


 俺を見てもエリナの表情は一切変わらなかった。今確かに目があったんだが……。


 サイモンさんが膝をつきエリナの左手を手に取った。その人差し指には銀の指輪がはめられている。装飾も施されず宝石などもないシンプルな指輪だ。


 その手の甲にサイモンさんは唇を軽く当てた。美しいエリナに跪きキスをする男前のサイモンさん。絵画の中に迷い込んだかのような、映画のワンシーンのような、それはあまりにも非現実的で思わず見とれる。


 サイモンさんに目で促され、あわててエリナの前で俺も跪く。差し出された手を掴み口を近づけ……この人はエリナじゃない! 目の前のエリナの手は柔らかく、剣の修練でできたであろう豆など一つもない。


 それにこの指輪。間違いない。エリナが、俺から買い上げたゴブリンジェネラルのレアドロップ、耐毒の指輪だ。エリナはあの時、家族が暗殺されるかもしれないと言っていた。この指輪をしているということは、この人はその暗殺されるかもしれないというエリナの家族……。


「エリナではないのですね……?」


 俺の言葉にエリナにしか見えない女性は首を傾げ不思議そうな顔をしたが、何かに気付いたように俺の顔を覗き込んだ。


「私に会ったことがあるのですね。ガザリムですか?」


 その言葉に黙って頷く。


「すみません。人払いを。それとエリナを呼んで来て」


 控えていた執事がその言葉に慌て始めた。


「エレアノール様。それは……」


「いいから呼んできて。責任は私が取ります!」


「……わかりました」


 執事さんが折れ、侍女二人と共に部屋を出て行く。


「あの……あなたはいったい……?」


「すぐにわかります」


 エリナそっくりのその女性は、俺の疑問には答えず悪戯な表情を浮かべた。


「なにか大変なことになりましたな」


 サイモンさんがゆったりと俺に声をかける。


「なにがなんだが……」


 その時、ドアがノックされ一人の女性が顔を出した。エリナだ! 今度は間違いない。エリナは俺の顔を見ると驚いた表情を見せた。


「レックス……」


 扉の前で立ち尽くすエリナ。


「エリナ。こちらへ」


 エリナそっくりの女性に促され、部屋へと入ってくる。どうして俺は二人を間違えたのだろう。並んだ二人の外見は確かによく似ていた。だがそこから受ける印象はまったく違う。眼だろうか。


「こちらは私の妹です」


 双子なのか……?


「聞きたくなかったよ……」


 隣ではサイモンさんが頭を抱えていた。

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