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第二話 異世界

 朝目覚めると知らない場所に居た……。昨夜寝た俺の部屋では決してない。壁には壁紙も貼られておらず、むき出しの木で作られていた。山奥のロッジといった感じ……はいいすぎか。せいぜいが山奥のロッジの横の物置小屋といった程度だ。広さは六畳くらいだろうか。壁の間からは冷たい隙間風が入ってきている。


 どうやらあの黒スーツが言っていたことは本当だったようだ。いや夢かもしれないが。夢なら夢でそのうち覚めるだろう。とりあえず色々と確認しないとな。まずは……。


「ステータス」


 俺がそう言葉を発すると目の前に文字が浮かび上がった。そこには俺の情報が書き込まれている。


「聞いた通りだな……」


 俺が来たこの世界についての情報はある程度、黒スーツから聞かされていた。レベル、クラス、スキル、そういったものが明確に存在する世界だと。


 俺のステータスは上から順番にまず名前が書かれている。


 レックス


 これが俺のこの世界での名前だ。元になった人物はいるが、その元レックス君は第六階層の世界へと旅立っている。元の俺の体にも第三階層から誰か来ると聞かされていた。異世界行きのチケットを貰うくらいだ。きっとこのレックス君も親しい者もなくつまらない奴だったんだろう。


 態度を怪しまれるということもあまりないに違いない。この世界で生きていく為のある程度の知識はレックス君から受け継いでもいるしな。


 年齢は……十五歳か。ずいぶんと若い。いきなり十歳以上も若返ってしまった。いきなり五十歳や六十歳などというよりは問題ないか。


 ジョブは村人。これも特に問題ないな。異世界に来て身体能力はあがっているらしいが、いきなり兵士などで戦争に狩りだされても困る。


 クラスも村人Lv2。ジョブも村人だったが、こちらにはレベルというものが付いている。ジョブ村人のなかにも、クラスは盗賊や魔法使いなどもいるのかもしれないな。


 最後はスキルだ。農作業Lv2。そして万職の担い手Lv1。農作業Lv2というのは、レックスが元々持っていたスキルなのだろう。そして万職の担い手というのが、こちらに俺が来るにあたって授けられたスキルだと思われる。


「万職の担い手か……」


 農作業はわかりやすい。文字通りだろう。だが万職の担い手というのは……。疑問に感じていると万職の担い手と書かれた部分に説明が追加される。


「便利だな」


 万職の担い手Lv1 : スキルに依存せず基本クラスに限りクラスを選択可能。


「ん。うん……」


 なるほど! 説明を見てもよくわからない。この文面を見る限りどうやら普通、クラスというものはスキルに依存するようだ。それが俺は選びたい放題ということだろう。だからなんなんだ。黒スーツもこんな部分まで説明はしてくれなかったし、レックスもスキルやクラスについて詳しくは知らなかったようだ。農作業だけしている村人には関係ないからだろうか。


「まあいいか」


 気にはなるが、どちらにしろ村人として生きるわけだ。これから先はわからないが、当分はこのままここで生活するわけだし、焦る必要もない。時間をかけて色々試すことにしよう。


 ステータスに現れたのはこれで全部だ。纏めると……


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 村人

 クラス : 村人Lv2

 スキル : 農作業Lv2、万職の担い手Lv1


 ……ということになる。


 細かな筋力や知力などといった項目はなかった。残念だがしかたがない。とりあえず俺の身体能力がどれくらいなのか確かめてみよう。


「農作業だ!」


 農作業Lv2のスキルの効果なのかレックスの知識なのかはわからないが、農作業などしたことのない俺にもやることはわかっている。とりあえず畑を鍬で耕さなければならない。これである程度、筋力や持久力についてはわかるだろう。


 粗末な小屋の粗末な扉近くに立てかけられていた鍬を手に取り、扉を開ける。


「お、おお……!」


 ザ・田舎。目の前に広がる光景はまさにそんな感じだった。粗末な小屋がぽつぽつと並び後は畑。小さな村だ。日はまだ登り始めたばかりのようであたりは薄暗く、人工的な明かりなどは一切見えない。ここで暮らしていくのか……。


「よしやるか」


 不安を追い払うかのように声を出した。日本で生きてきた。いきなりこんなど田舎に来てしまい不安しかない。しかないが、十五歳の少年が生きてこられたのだ。なんとかなるだろう! という気持ちにもなる。


 小屋の脇にあった畑を眺める。他の小屋の周りの畑と比べれば小さな畑だ。地面は硬く枯れていて農業に向いているとはいえない畑だ。だがレックス一人が食べていくにはこれくらいでも問題なかったのだろう。畑に踏み入り鍬を振り下ろす。


「おお!」


 振り下ろした鍬は硬い地面をいとも容易く貫き、簡単に土を掘り返す。確かに日本に住んでいた昨日までの自分にはなかったほどの力だ。ただ土を掘り返すだけの作業を繰り返していく。




 どれほどの時間を費やしただろうか。日は高く昇っている。作業を始めてから数時間は経っているのだろう。まわりの畑でも同じように人々が働いている。休みなしで数時間ただひたすら土を耕した。疲労などは一切感じられない。


「これはすごいな……」


 畑はここ数時間の作業によって二倍ほどの面積になっていた。一切農業などをしたことのない俺でもこんなに簡単にできるのか。


 広くなった畑を見つめていると、人が近づいてくるのが見えた。粗末な服を着た男だ。年の頃は三十といったところか。黒い髪に黒い瞳だが、日本人とは違う彫りの深いコーカソイド系の男だ。やはり貧しいのだろう。身長もそれほど高くはなく、痩せている。


「精が出るな」


 男は俺に話しかけてきた。日本語だ。


「ええ。まあ」


 日本語なのは当然だ。この世界の元になっているのは、俺達の世界の日本に置けるファンタジーなのだから。俺が読んだことのあるファンタジー小説でも、皆日本語だったしな。


 この男は俺の隣の家に家族四人で住んでいる。なぜ俺が知っているのかといえば、これもレックスの知識だ。レックスはこの男に興味がなかったのだろう。名前まではわからなかった。俺も興味はないから問題ない。


「ちょっと頑張りすぎました。疲れたので今日はもう休みます」


 男に頭を下げ、小屋の中へと戻る。背に視線を感じたが、そんな俺に男は何も言わなかった。いつもこんな感じなのだろう。レックスの人間関係も俺とそう変わらない。




 毎日、農作業をする日々が数週間続いた。特に変わったこともない。最初は楽しかったが今となってはただの作業だ。淡々とすべきことをして、終われば寝る。日本に居たときと変わらない。


「異世界といっても何も変わらないな」


 変わらない日々。ずっとこうして生きていくのかもしれないな。




 朝、目が覚めて水瓶から水を汲み顔を洗う。そして鍬を持ち畑へと向かう。変わらない。だが生きていく為だ。しょうがない。


 疲れはなかったが、周りに合わせて昼に休憩を取る。空に目をやる。


「いい天気だ」


 空から目を戻したところで、村はずれの森の影で何かが動いたように見えた。


「なんだ?」


 目を凝らしてみる。こちらに向かって走って来ている小さな緑色のなにかが見えた。そいつはこちらに急速に近づいてきて来る。とっさのことで俺の足は竦み、まったく動こうとはしない。見る見る近づきそいつは手に持った棍棒を俺に振り下ろす。


「ぐっ……」


 口から苦しげな息がもれた。俺の頭を狙い振り下ろされた、棍棒を鍬で受け止めた為だ。小さな体からは想像もできぬほどの力が込められていた。振り下ろされた棍棒を押し返し、その反動を利用し距離を取った。


 俺のほうが身長も高く、得物も鍬のほうが長い。このリーチの差を利用しなければ殺される……。振り下ろした棍棒を受け止められたことで警戒したのか、すぐに襲ってくる様子はなかった。こいつに、そんな知能があるとはな。俺もそこで初めて相手をじっくりと見ることができた。


 身長は人の子どもくらいだろう。頭から小さな二本の角を生やし、緑色の肌をしている。上半身は裸で、腰に申し訳程度に布を巻いている。手には粗末な棍棒とも呼べぬ様な木の棒を持ち、こちらを睨んでいる。


 これは明らかにゴブリンと呼ばれる魔物だ。ファンタジー小説やR.P.Gなどでよく見かけるゴブリン。まさにあれだ。


 序盤に出てくる殴れば倒せる雑魚だろうと思っていた。いやもちろんそうなのだろう。この世界でも変わらない。だが実際に目の前にゴブリンが出てきたら、そんなもの冷静でいられるわけがない。こちらの命を狙って思い切り木の棒を振り下ろしてくる。怖いに決まっている。


 それになにより匂いだ。ゴブリンという生き物は、風呂に入ったり歯を磨いたりなどしないのだろう。そのうえ肉食だ。距離が少し離れたにも関わらずこちらのほうまで匂いが漂ってくる。この悪臭が俺にこれは現実なんだと訴えかけてくる。


 これからこいつを……殺さなければいけない。怖い……。ただただ怖い……。だがここでゴブリンを殺せなければ俺が殺されてしまう。さすがにまだ死にたくはない。


 俺は先手を取る。このまま待っていても恐怖は大きくなっていくばかりだ。


「うわぁああああああああ!!!」


 叫びながらゴブリンに鍬を振り下ろす。声を張り上げなければ恐怖に押しつぶされそうだった。ゴブリンが木の棒を頭の上に持ち上げ、防ごうとする。気にすることはない。俺のほうが力は上だ。村人Lv2とはいえ、こちらの世界に来るときにある程度の能力は用意されていた。後は俺が勇気を出して最後まで鍬を振り切るだけだ。


 鍬はゴブリンの頭をいともたやすく叩き割る。ゴブリンの目から急速に光が失われていくのがわかった。鍬を引き抜くと、緑色の血が噴き出した。鍬の先端にもべっとりと血が付着していた。


 慌てて鍬から手を離した。胃から熱い物が込み上げてくるのがわかる。地面に手をつき四つん這いになり……吐いた。吐いても吐いても込み上げてくる。同じように涙も溢れこちらも止まる様子はなかった。




「大丈夫か?」


 どれほどそうしていただろう。うずくまった俺に声がかけられた。涙や鼻水、吐しゃ物に塗れた顔をあげると、隣の家に住む男が立っていた。


「ゴ、ゴブリンに襲われて……」


 それだけ返すのが精一杯だった。男は俺に近づきしゃがみ込むと背中を擦ってくれる。


「魔物に襲われたのは初めてだろう。誰でもそうなるさ」


 男が慰めようと話しかけてくる。そうじゃない。確かに襲われた恐怖もあった。だが、これはゴブリンを殺したことへの恐怖だ。


 俺は今までに自分自身の手で生き物を殺したことはなかった。蚊や蝿程度ならもちろんある。殺した一番大きな生き物でもゴキブリくらいのものだ。そんな俺が襲われたとはいえ、あんな大きな者の命を……。


 また吐いた。もう胃の中で吐き出す物は胃液くらいなのだろう。濁った水のような物しかでなかった。


「今日はもう家へ帰って休め。後始末は俺がしといてやる」


 男はそういうと俺を立ち上がらせ、家へと送ってくれる。ほんの数メートルの距離がやけに長く感じる。


 ドアの前で男に礼を言い、家に入ると水瓶から水を汲み顔を洗った。ゴブリンの返り血や吐しゃ物でどろどろになった服を着替え、ベッドに横になる。ただそれだけのことを済ませるのに、かなりの時間がかかった。


「こんなことになるのがわかっていたら異世界なんてこなかったのにな……」


 『何もしないでいい』


 そう言われたからこそ来た異世界だったのだ。だが生きるためには農作物を育てなければいけなかったし、今日は魔物にまで襲われた。


「あの黒スーツ……」

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