第十六話 パーティ
夜はまだこれからなどと思っていたが、俺の夜は朝までたっても終わらなかった。お相手には兎の耳の生えた獣人さんを選んでみた。毛深いのがどうかな? と思っていたが、その雪のように白い毛並みは手触りもよくすばらしかった。尻尾の感触といったらもう……。獣人だからかどうかはわからないが、寝かせてくれなかった。
やはりエリナさんとの待ち合わせを朝にしなくてよかった。危うく徹夜でダンジョンに潜らなければいけないところだった。
娼館から直接バッチョさんの元へと向かう。街はとっくに活動を始め、様々な人々が行き交っている。探索者の姿は少ない。多くの探索者はもうダンジョンに入っているのだろう。
武具店の中も人はまばらだった。
「ずいぶんとゆっくりだね。とっくにできてるよ」
バッチョさんが剣を持ってきてくれる。
「すいません。ありがとうございます」
鞘から抜き剣身を眺める。さすがだ。まるで新品同様。俺の研ぎではこうはいかない。
「綺麗でしょう。でも見た目だけね。今回はなんとかできたよ。でもそろそろ限界ね。すぐにどうこうってわけじゃないけどね。買い換えたほうがいいよ」
見た目にはまったくわからないが、バッチョさんがそういうのならそうなのだろう。この剣とはそれほど長い付き合いではない。一ヶ月も経ってはいない。だが村長から貰った物だ。思い入れがある。ずっと使い続けていけるなどとは思っていなかったが……。俺が上手く使えていればもっと長く持ったのだろうか。
「わかりました。考えておきます」
「高いの買ってね」
研ぎ代を払い店を後にする。安くはなかったが、それに見合ういい仕事をしてくれた。これからもよろしく頼むというように腰の剣をぽんと軽く叩いた。頑張ってくれよ。
ダンジョン入り口に到着すると、もうすでにエリナさんが待っていた。
「今日はよろしくお願いします」
何度見てもエリナさんのお辞儀は気品に溢れていた。お辞儀だけではないが。その動作一つ一つを取っても、俺と同じ人間なのだろうかと思うほどに洗練されている。
「こちらこそよろしくお願いしますね」
エリナさんとは比べ物にならないような、下手なお辞儀を返す。
仮パーティの間は五階層までを攻略することにした。エリナさんもまだ六階層以降に入ったことはないということだし、連携の取れないまま六階層に行くのは危険だろうとの判断だ。俺も資料室で調べたのは五階層までだ。五階層で急にダンジョンは広がった。地図なしで六階層など考えられない。
「では行きましょうか」
エリナさんに続きダンジョンへと入る。これからどうするかはわからないが、ダンジョン内ではとりあえず、エリナさんが先行することになった。女性を盾にするようで気が引けたが、戦闘スタイルの関係でこれはしかたがないことだった。片手剣と盾を持った防御を主体とした戦闘スタイルだったのだ。
魔物の気配を感じる。まだ一階層。ゴブリンだ。
「この先を左にまがったあたりにゴブリンがニ体います。どうしますか?」
エリナさんに確認する。
「そうですね。では、私から戦ってみます。お互いの実力を見るということで、よほど危険な事でもない限り手出しはなしで」
そういってエリナさんは歩き出す。五階層をソロで攻略できたのだ。ゴブリンに遅れを取るなどということはないだろう。俺はじっくりと観察することにしよう。
ほどなくしてゴブリンのいる小部屋へと辿り着いた。
「行きます!」
そういって、エリナさんはゴブリンへと走り出した。速い。勿論俺よりは遅い。だがそれはエリナさんが俺とは違い金属鎧を着ている為だろう。しかもカイトシールドも持っている。その重装備でこの速度はすごい。
一瞬でゴブリンとの距離はなくなる。ゴブリンがエリナさんに気付いた時には、その胸にレイピアが突き刺さっていた。すぐに引き抜くともう一体のゴブリンへと向き直る。
ゴブリンはいつもと同じように棍棒を振り上げエリナさんへと向かっていく。魔物に個体差などは感じられない。どのゴブリンも同じようにまずは棍棒を振り上げ向かってくる。
ゴブリンの振り下ろした棍棒をエリナさんは盾を使い上手く外側へと弾いた。がら空きの胸にレイピアを突き入れる。無駄のない洗練された動作だ。戦い方まで美しいとは……。回避を主体とする俺とはまったく違う。参考になるな。
「いかがでしたか?」
息も切らさずこちらへと帰ってくる。すぐ直前まで戦闘していたなどとは、まったく感じ取れない。髪すら乱れていないのだ。
「すごかったです。ゴブリン相手では参考になりませんね」
「すごいのはレックス殿です。最初ゴブリン二体と聞いた時は本当かと思ったのですが……。私にはどちらにいるか程度しかわからないもので」
気配察知のレベルが低いのだろう。エリナさんは戦士クラスだし、しかたのないことだ。
「戦い方は戦士寄りですがメインクラスはシーフですからね」
「なるほど。シーフですか……。さて、次はレックス殿の番ですよ?」
意味ありげな表情のエリナさん。お手並み拝見といった感じか。
「では行きましょう」
笑顔で返し、次のゴブリンへと向かう。少し遠いが二体が固まっている小部屋があった。あれにしよう。そちらの方へと足を向ける俺に、エリナさんは怪訝そうな顔をする。
「一番近い所はゴブリンが一体しかいませんので」
ゴブリン一体だけでは参考にもならないだろう。俺の言葉にエリナさんは納得したようだった。
「エリナさんはなぜ探索者になられたんですか?」
途中に魔物の気配もない。ゴブリンへと向かいながら少し話をする。
「恥ずかしいのですが……憧れですね。小さなころに読んだ絵本の影響でしょうか。魔物を倒して国を救う英雄の物語……」
ヒーローに憧れる少年は多いと思う。俺も子供の頃はよく特撮なんかを見ていた。しかし実際にヒーローを目指す人は少ないだろう。実際に魔物がいる世界だ。そういった憧れから探索者を選ぶ人も多いのかもしれない。
だが女の子の憧れの定番といえばお姫様ではないのだろうか。こちらにもそういった物語があるのかは知らないが……。
「お姫様ではないんですね?」
「そういう物語もありますね。ですが私はあまり興味がなかったですね」
そうか。そりゃそうだろう。トマスさんの話では大貴族のご令嬢ではないかという話だった。エリナさんは実際にお姫様だったのだ。そりゃ憧れはしないかもな。貴族なら政略結婚だろうし。現実感のない英雄に憧れたのも無理はないのかもしれない。
そんなお姫様がダンジョンに一人で潜っていた……。親御さんはどうしてそんな事を認めたのだろう。もしくは認めていないのか……。聞こうとしてやめた。あまりにも立ち入りすぎている事に気付いたからだ。まだ正式にパーティを組んだわけでもない。いつか聞く機会もあるかもしれない。
「レックス殿はどうして探索者に?」
どうしてだろうか。ゴブリンに襲われて……。おびえながら暮らすのは嫌だった……。確かにあの時はそう思ったはずだ。だが、どこか今では違うような気がしている。
「たぶん、人生を変えたかったんだと思います」
そんな俺の漠然とした答えに、何故かエリナさんは納得したようだった。
「そうですね。きっと私も同じです」
そう言って笑顔を見せた。英雄に憧れ、なに不自由ない家を出て……。何かあるのだろう。いや、何もない人などいないのか。
「そろそろですね」
剣を抜き戦闘の態勢に入る。二体同時に相手をしたほうがいいか。気付かれるように音を立てながら、小部屋へと侵入する。
俺に向かい二体のゴブリンがすぐに近付いてくる。ゴブリンの棍棒を躱しながら剣を突き入れ殺す。もう一体のゴブリンから棍棒が振り下ろされる。体を捻り、胸から剣を引き抜くようにしながら棍棒を躱し、同時にゴブリンの胴を切り裂く。
「すばらしい動きでした!」
エリナさんは随分と近い位置にいた。レイピアを抜いている。二体目のゴブリンの攻撃に慌てて駆けつけてくれたようだ。
「まったく必要ありませんでしたね」
エリナさんはレイピアを腰に吊るした鞘へと戻した。
「一階層はやはり問題ないですね。降りましょう」
二階層、三階層と何の問題もなく順調に進む。
「次は四階層……コボルトの階ですね。数が多いのでここからは一緒に戦ってみましょうか?」
「そうですね。まず私が先行しますので、後ろはレックス殿にお願いします」
「では次の曲がり角を右に進んでください」
量は多いほうがいいだろう。丁度近くにはコボルトが十二体いる部屋があった。これが五階層までで同時に相手をしなければいけない最大の数だろう。
すぐにその部屋は見えてきた。それほど広くない部屋に沢山のコボルトがいる。俺一人なら少数を釣り出す形にして殺す。さすがに十二体を同時に相手したくはない。だが今回はエリナさんと一緒だ。
「行きます」
短く俺に声をかけてからエリナさんは、コボルトがいる部屋へと突っ込んでいく。遅れないようにしながらエリナさんの後を追う。
部屋の中はコボルトでいっぱいだ。どちらを向いてもコボルトといった感じだ。
「四、四で行きましょう」
エリナさんはコボルトの爪を盾で受け流しながらそう言った。部屋に入る間に手近な四体のコボルトを殺していた。後の八体を半分か。別に戦闘狂ではないし、数を競うつもりもない。
「じゃあそれで!」
コボルトの攻撃を避けながら返答する。楽だな。四体ならば同時に相手をしたことは何度もある。爪を躱し剣で斬り裂いていく。背中を意識しなくていいというのは大きい。いくら気配察知が優秀でも四方からの攻撃に対処するのは面倒だ。いくらわかっていても避けられない攻撃もある。
コボルトを殺しきるのに時間はかからなかった。あっという間だ。
「そちらも殺し終えたようですね。四階層も問題ないようです」
なにが可笑しかったのかエリナさんは俺の言葉にくすっと笑った。
「何か可笑しかったですか?」
「ええ、魔物を殺すだなんて仰るから。まるで生き物のような言い方ですね」
ああそうか。魔物を生物と認識していないからか。
「生きているとしか思えませんからね」
ただの現象だと思えれば、殺すことも簡単なんだがな。俺の言葉にエリナさんは頷いた。
「確かにこうして魔物を目の前にすると生きているように思えますね……」
エリナさんは何か考え込んだようだった。まずい話題だったのだろうか?
「それにしても一人のときは四階層に苦労させられましたが、こんなに簡単に倒せるなんて思いませんでしたよ」
俺はなんとか話を変える事にした。エリナさんは空気を察したのか、明るく俺の話題に乗ってくれる。
「そうですね。一人でいたときはこれほどの数を同時には無理でしたしね。思った以上に早く五階層にいけそうです」
その後も何度かコボルトの集団を相手にしたが、危なげなく撃破できた。パーティを組むにあたって問題は見当たらない。次は五階層だが、ジャイアントワームはそれほど強くはない。これなら五階層も余裕だろう。
五階層に入りジャイアントワームと戦ってみた。エリナさんの後ろに立ちジャイアントワームを待ち受ける。ジャイアントワームの噴出す糸をエリナさんが盾で防ぐ。それを確認し、ジャイアントワームの側面に回り込み剣を振るう。俺を攻撃しようと頭を回してくるジャイアントワームを後ろからエリナさんがレイピアで突き刺す。といった感じをパターン化させた。糸さえ吐かせてしまえばジャイアントワームはタフなところだけが面倒な魔物だ。二人で攻撃することでかかる時間は大幅に短くなった。
埋まった階段前で青い石に触れ外へと出る。先に転移していたエリナさんは、少し疲れた顔をして俺を待っていた。扉を開けると、日はすでに落ちていた。ぼんやりとガザリムの門に灯りが見える。
「問題ないですね」
念のためエリナさんに確認を取る。
「私も問題ないと思いました。明日から正式にパーティを組むということでかまいませんか?」
「ええ。よろしくお願いします」
手を差し出す。
「こちらこそ」
エリナさんが差し出した手を硬く握り、握手をした。エリナさんの手は女性の柔らかい手でありながら、いたる所にマメができていた。探索者となる為、剣を握り続けてきたのだろう。
エリナさんと明日からのことについて話しながらギルドへと向かう。とりあえず朝ギルドで待ち合わせ、資料室で六階層について調べることで話は纏まった。正式なパーティの手続きはそのときにすることにした。
「では明日からお願いします。楽しみにしています」
ギルドを出たところでエリナさんと別れる。楽しみだ。六階層以降どのようなダンジョンになっているのかはわからない。不安はあるが、エリナさんと一緒ならきっと大丈夫だろう。




