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第十五話 ギルドランク6

 今、俺の目の前にいるのは小奇麗ではあるが品のない男だ。どうやらこの人がランク6の探索者らしい。俺の試験相手だ。ずんずんと歩いてくると俺のすぐ目の前で立ち止まった。近いな。


「お前最近調子に乗ってるらしいな」


 確かに少しダンジョン内で調子に乗ったことはあったが、もうそれについては反省しました。息が臭い。ちゃんと歯磨いているのか。


 男は立会いのギルド職員に聞こえないようにか、控えめな声で話しかけてくる。


「登録して一週間程度で五階層を突破したんだってな」


 えっと……登録して次の日にゴブリンジェネラルを倒して…………。確かに一週間程度、ガザリムに来て今日で九日目か。


「ちょっとした評判になってたよ」


 照れるな。


「どんな汚い手を使ったんだ? ってな!」


 異世界から来たのであなた達よりそもそもが強いんです、なんて言える訳がない。


「合格できるかもなんて思ってるんじゃないだろうな? 今から俺がお前を半殺しにしてやるから覚悟しとけよ!」


 ここに来るまでは、合格できる『かも』と思っていた。でも今は違う。合格できるわ。確信した。しかたないだろう。小物臭がすごいんだもの。


「なんとかいったらどうなんだ。もしかしてびびって声もでないのか。ちびってんじゃねーのか?」


 息が臭いので嗅がないように息を止めているだけだ。ちびりかけたことはあるが、ちびったことはない。


「いつまで話をしているんですか。早く始めてください」


 ギルド職員の言葉に、男は舌打ちしながら俺から離れた。俺からある程度距離を置くと、嫌な笑いを口元に浮かべながら木剣を構える。


 やるか。俺の手にも男と同じように模擬戦用の木剣が握られている。模擬戦用といってもあたりどころが悪ければ死ぬだろう。人と戦うのは、ガザリムに来た日……あの盗賊を殺して以来か。まだあれから九日しか経っていないんだな。もっと前だと思っていたが。一日一日が充実しているからだろうか。


「貴方も早くかまえなさい!」


 慌てて剣を構える。


「それでは始めて下さい」


 その言葉が終わらないうちに、男は木剣を上段に構えたまま、俺に向けて突っ込んできた。ずいぶんと遅い。様子見だろうか。男は木剣を一気に振り下ろしてくる。魔物じゃないんだから、そんな見え見えの攻撃誰が食らうんだ。体を逸らし木剣を避け次の攻撃に備える。どっと土埃が舞った。木剣が地面を叩いたのだ。真剣なら刃先が痛んでいるところだ。男は躱されたことに腹を立てたのか、がむしゃらに木剣を振るってくる。


 それにしてもこの男は本当にランク6の探索者なのだろうか。ずいぶんと弱い。この男が五階層を突破できたとは思えない。三階層すら辛いんじゃないだろうか。もしかしてこの後、真のランク6の探索者が出てくるんじゃないだろうな。そいつはランク6の中でも最弱とか言いながら。……ないな。


 くだらないことを考えてしまった。そうこうしている内に、男の振りは目に見えて遅くなった。ずいぶんと呼吸もはげしい。


「いいかげん……あたれよ……」


 そう言われてもな。そろそろこちらからも攻撃するか。振り下ろされたふらふらの木剣を下から弾き上げる。がんっという音と共に男の木剣は天高く舞い上がった。返す刀で男の首に木剣を突きつける。これで充分合格だろう。


 ギルド職員のほうを見ると頷いていた。よし。


 背後でがんっとすごい音がした。振り返ってみると、男が地面に泡を吐いて倒れている。その男の傍らには木剣が転がっている。あっ。



 窓口でランクアップの手続きをする。


「おめでとうございます」


 そう言って差し出されたギルドカードを受け取る。ギルドランクの文字が7から6になっただけで、それ以外は特に変わっていない。特に嬉しさや、達成感などは感じられなかった。ランクアップ試験があっさりと終わってしまったせいだろうか?


「あの俺の相手は本当にランク6の探索者だったんですか」


 疑問に思っていたことを、ステラさんに尋ねる。


「ええ。そうですよ」


「それにしては、あまりにも……」


「弱い……ですか?」


 俺の言葉をステラさんが継いだ。


「はい」


「それはしかたありません。パーティで五階層を突破されたかたですからね。ソロで攻略されたレックスさんから見れば弱く見えてしまうかもしれませんね」


 なるほど。パーティか。自分がソロで探索していたから、パーティの可能性を考えていなかった。


「いつかレックスさんにも試験官の要請があるかもしれませんので、その際はよろしくお願いします」


 俺が試験官か。ランク6になったのだという実感がわいてくる。


「六階層以降についてお話させていただきますので、ついてきてください」


 ステラさんはカウンターを出ると、わざわざ個室へと案内してくれる。窓口ではいけないようだ。


「お掛けください」


 その部屋は小さく、テーブルとニ脚の椅子があるだけだった。小さな部屋にステラさんと二人きり。すこしどきどきする。ソールさんの殺気のこもった目が、頭を過ぎる。一気に冷めた。


「それでは説明させていただきますね」


「よろしくお願いします」


「六階層以降の探索にはいままでと違う場所から進みます」


 それはピーターさんから聞いたな。


「ダンジョン入り口の近くの建物ですよね?」


「もう知っていらっしゃったのですね。その建物内に五階層にあったのと同じような青い宝石があります」


 なるほど。それに触れると一瞬でダンジョン内部か。


「特定の階層にしか通じていないので、その間の階層へは階段で進むことになります」


 それも聞いたな。いっそのこと全階層に飛ばしてくれればいいのに。


「転送の方法ですが、青い宝石に触れてキーワードを唱えてください。キーワードによって送られる階層がかわります」


「五階層から出たときは手を触れただけで外へと転送されましたが」


「迷宮内からの通常の転送には必要ありません。迷宮内からの転送は全て同じ場所に出るようになっているので。レックスさんも昨日転送されたと思いますが、あの場所です」


 ダンジョン内から出る時はどの階層からでもあそこに出ると。


「それでキーワードというのは」


「レックスさんはギルドランク6ですので、お教えできるのは六階層のキーワードだけです。それ以上のキーワードはギルドランクが上がり次第随時お教えいたします。レックスさんもここで聞いたキーワードを洩らさないようにお願いします。発覚した場合は探索者ギルドから追放処分となりますので」


 よくわからないが厳重だ。わざわざ個室で話しているのも聞かれないためか。


「キーワードは『アルスィスリゥ』です。もう一度いいます『アルスィスリゥ』です」


 アルスィスリゥアルスィスリゥアルスィスリゥアルスィスリゥ。よし覚えた。アルスィスリウだ。


「迷宮内からの転送とはどうすればいいのですか?」


「外から転送された場所の近くには、同じような青い宝石が壁に埋め込まれてあります。それに触れてください。そうすれば出られます。こちらは先ほども申し上げた通りキーワードなしで大丈夫です。それ以外に、もうひとつダンジョン内から出る方法があります」


 そう言ってステラさんは何かを取り出し机の上に置いた。砕かれた小さな宝石だった。五階層から出る際に触れた青い宝石とよく似ている。


「これはブルージェムフラグメントです。探索者の間ではフラグメントと略されています。このフラグメントを握りキーワードを唱えることで、ダンジョン内部なら、どこからでも外へと出ることができます」


 便利だ。こちらが通常の転送ではないほうの転送ということか。


「金貨三枚になります」


 高いよ。でも、どこからでも出られるのならその価値はある。あるんだが……。


「使い捨てですか?」


「いえ、違いますよ。何度でも使えま……」


「買います」


 これはお得だ。これからもずっとダンジョンに入ることになる。所持金は半分以下になってしまうが、買わない手はない。剣の買い替えは先延ばしになるな。


 ステラさんからフラグメントを受け取りキーワードを聞く。キーワードは『エバキュエイト』だった。さっきの転送のキーワードも簡単な単語にしてくれればいいのに。


「これで説明は終わりです。お疲れ様でした。本当におめでとうございます」


 ステラさんの心からの祝福。何度受けてもいいものだ。それにしてもこんなに心から喜んでくれるなんて、いい人だな。


「それと今日はお招きありがとうございます」


 ステラさんはトマスさんの宴に招いたうちの一人だった。


「いえ、いつもお世話になっているので当然ですよ」


「トマスさんが開かれるパーティの料理いっつもおいしいんですよね。合格してくださって本当にありがとうございます」


 いい人だと思った俺の気持ち返してもらえませんか?



 ギルドを出たのは昼をすこし過ぎたくらいだった。それからバッチョさんに剣を見てもらった、何とかなるということだったので剣は預けてきた。


 まだトマスさんの邸宅に向かうには早い。これからどうするかな? 剣がないのではダンジョンに入ることもできない。


「おい。お前」


 街をぶらぶらと歩いていると声をかけられた。


 見れば、品のない男達だった。四人。その中の頭に包帯を巻いた男が目に付いた。先ほどのランク6試験の相手だ。


「先ほどはありがとうございました」


 丁寧に頭を下げる。これはあれか。報復しに来たのか。


「おい、お前のせいでこいつが怪我をしちまったじゃねーか。そのおかげで俺たちは迷宮にもはいれねぇ。金出せよ!!」


 その男の大声に周りの人々が何事かと遠巻きにこちらに注目している。


「すいません。そういったことはギルドのほうに訴え出てください。それでは失礼します」


 再び頭を下げ、背を向け歩き出す。


「おい、待てよ。そんなことで済むと思ってんのか」


 肩を掴まれた。ですよね。知ってた。これだけ周りに人がいれば大丈夫だろう。後になって俺が悪いなどと訴え出られても困る。


 肩に置かれた手を掴み体を沈めながら男を投げる。高校の柔道の授業以来だが、思いのほか上手く投げられた。石畳の道路に叩きつけられた男は気を失っている。柔道怖い。


 残った男の一人が剣に手をかけた。


「街中での不要な抜剣は違法ですよ」


 本当はどうなのか知らない。知らないがこの男も知らないのだろう。男は剣を抜くのを躊躇った様子だ。いや実際に違法なのかもしれない。


「不要じゃねぇよ! 今はどう考えても必要だろうが!!」


 そう言って結局男は剣を抜いた。それにつられる様にして隣の男も短剣を取り出す。包帯を巻いた男は、まだ戦える状態ではないのかこちらを睨みつけているだけだった。


 それにしてもこのパーティバランス悪くないか。剣、剣、短剣。気絶している男も腰には剣を帯びているし剣だろう。


 そんな事を考えていると、剣のほうの男が斬りかかってくる。あの包帯を巻いた男の仲間だ。強いわけがないと思っていたが、実際たいした事がない。男の剣を掻い潜りながら、腹に拳を入れる。それだけで男は蹲り動かなくなる。


 どれほど力を入れればいいのかわからなかったから、全力で殴ってしまった。初めて殴ったのだ。日本にいた時から一度も人を殴ったことはなかった。剣を伝わってくる肉を切り裂く感触も嫌なものだが、直接拳に伝わるめり込む感触も嫌なものだ。


 短剣の男は結局斬りつけてはこなかった。包帯の男もこちらを睨むだけで、何かしようとはしない。終わりか。


 こちらを睨む男達に背を向け歩き始める。後ろから襲ってくるかと思ったが、そんな気配は感じ取れなかった。


 面倒だったな。だが殺さずにすんで良かった。着実に俺は強くなっている。これで殺さなければならない人間は減るだろう。罪悪感はあるものの、もう殺す事に躊躇いはない。だが殺さなくていいならそのほうがずっといい。



 トマスさんの邸宅を訪れると。もうすでに皆集まっていた。どうやら俺が最後だったらしい。トマスさんに、トマスさんの妻であるシャリスさん。ソールさん、ステラさん、アランさん、そしてエリナさん。俺を併せて七人だ。シビルさんも呼ぼうかと思ったが、彼女はまだ五階層まで辿り着けていない。プレッシャーに感じてはいけないだろうと呼ばなかった。彼女がギルドランク6になったときは、俺がお祝いしよう。トマスさんのように豪勢にはできないが。


 七人が一堂に会してもトマスさんの邸宅のダイニングには尚余裕があった。


 テーブルに着くとすぐにトマスさんがグラスを持ち上げた。俺もグラスを手に取る


「それではレックスさんのギルドランク6昇格を祝って……乾杯」


「乾杯」


 乾杯が済むと直に、皆が口々に祝いの言葉をかけてくる。


「ありがとうございます」


 グラスに口をつける。相変わらず美味いワインだ。


「やはり私の見る目は確かでしたね」


「レックスならまだまだ上を目指せるだろう」


「早すぎます。私が見たなかでも一番早いですよ」


「熱心に調べておられましたからね」


「本当に早くて驚きました。もう少し待つことになると思ってました」


 褒めて頂けるのはもちろん嬉しいのだが、女性から早いと言われるのはちょっと……。


 食事が運ばれてくる。前回の時以上に豪華だ。


「皆さん今日はありがとうございます。早いと仰られますが、それも皆さんが居てくださったおかげです。皆さんに助けられなければ、こうも上手く攻略できはしなかったでしょう。本当にありがとうございました」


 深く頭を下げる。誰も何も言わなかった。顔を上げると全員が笑いながらこちらを見ていた。なんだろう。なんか言ってほしい。急に自分の言葉に恥ずかしくなった。


「冷める前に食べましょう」


 シャリスさんの言葉に救われた。目の前にある食事に手をつける。その食事は今まで食べた食事の中で最もおいしかった。安いパンだろうと、この場で食べれば最高に美味しいのだろう。この人達と食べる食事が不味いはずがない。そう思った自分にまた恥ずかしくなった。だがきっと本当のことなのだからしかたがない。



 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


「少しお時間いいですか?」


 アランさんステラさんを見送り、別れ際に最後に残ったエリナさんから声がかかった。パーティのことだろう。


「それで私とパーティを組んでいただけますか?」


 エリナさんは少し不安そうにしている。


「そのことですが、私もエリナさんもお互いに実力をまだしらないですよね。まずは一緒に迷宮に入ってみて、それで良ければ正式にパーティを組むというのはどうでしょうか?」


 ソロで五階層を攻略したエリナさんなら実力は申し分ないのだと思う。俺もそこそこ上手く出来ると思う。だがやはり相性というものがあるだろう。


「わかりました。ではそうしましょう。明日の朝、迷宮入り口でかまいませんか」


 朝か……。明日からなのはかまわないが、朝はまずいな。


「剣をメンテナンスに出していまして、昼頃には戻ってくると思うのでそれからでもいいですか?」


「では明日のお昼からで。よろしくお願いします」


 エリナさんは優雅にお辞儀をして去って行った。



 邸宅に戻ると、トマスさんとソールさんが満面の笑みを浮かべて待っていた。


「さあでは行きましょうか。馬車はもう待たせてあります」


 トマスさんに促され外へでたその時。


「あなた。何処へ行かれるんですか?」


 トマスさんに声がかかった。トマスさんは先ほどまでの満面の笑みが嘘のように引き、ひきつった顔をしている。ゆっくりと、とてもゆっくりと振り返るトマスさん。


「いやなに、レックスさんがまだ飲み足りないと言うのでな。少し外で飲みなおすことにしたんだ」


 笑顔なのはいいが顔は引きつったままだ。誰が見ても作り笑いだとわかる。あのエリナさんを見たときにも感情を表さなかった商人の鑑のようなトマスさんですら、ここまで露骨に顔にでるのか。そんなに妻と言う存在は怖いものなのか。結婚したことのない俺にはよくわからない。


「ええ。そうなんですよ。すいませんトマスさんお借りしますね」


 ここはトマスさんの話に乗っかるしかない。トマスさんには大変お世話になった。いくら俺に向けられるシャリスさんの笑顔が怖くても、俺はトマスさんを助けるしかない。


「そうですか。皆さんほどほどにね」


 そう言ってシャリスさんは家の中へと戻っていった。あれは間違いなく気がついている。気がついていてあの態度。トマスさんは今日楽しめるのだろうか?


「さ、さあ。行きましょう」


 馬車へと乗り込み娼館へと向かう。それにしてもトマスさんもソールさんも相手がいるのに何故そんなに娼館に行きたがるのだろう? そう聞くと二人は同じ言葉を同時に発した。


「それはそれ。これはこれ」


 と。特定の相手がいたことのない俺にはわからない。そういうものなのだろうか? まあ、二人と違い特定の相手がいない俺は存分に楽しませてもらおう。夜はまだこれからだ。

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