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第十二話 四階層

 毎度の如く資料室を訪ねる。今日から四階層の攻略に入る為だ。昨日一日、三階層でレベリングに励み、戦士クラスはLv4に剣術スキルはLv5にそれぞれ一ずつ上がっていた。何故か気配察知も1あがっていた。



 資料室はやはりというか利用者は誰もいなかった。昨日は訪れなかったが、一日で変わるようなものでもないか。いつものようにアランさんに挨拶し、『ガザリムダンジョン一階層~十階層』を読む。


 四階層から出る魔物はコボルト。ゴブリンと同じように馴染み深い魔物だな。二足歩行の可愛らしい犬を想像したが、どうやらこちらのコボルトは少し違う。頭が犬のようになっているのは同じだが、爪には毒を持っているようだ。即死するような毒ではないものの、治療が遅れると死ぬこともあるらしい。その上数も多く骨が折れるようだ。『死にたいなら毒消しを持たずに四階層へ行こう!』と書かれている。死にたくはないので毒消しを準備しよう。数も多いようだし、クラスはシーフのほうがいいかもしれない。


 扉の開く音がした。珍しいな。扉に目をやると、入ってきたのはシビルさんだった。俺のアドバイスに従い資料室を利用するようだ。


 手を上げ挨拶をする。シビルさんはこちらに気付くと軽く頭を下げ、アランさんと何やら話し始めた。四階層のマップに取り掛かる。



 どうやら四階層もこれまでの階層とそれほど大差ないようだった。少し広くなったようだが、それほどでもない。この程度ならこれまでと同じように書き写す必要もないだろう。そろそろダンジョンへ向かうか。


 シビルさんに目を向けるとアランさんとまだ話していた。


「何を話しているんですか?」


 立ち上がりシビルさん達に近づく。『基本クラス完全解体新書』を読んでいるようだった。


「すみません。うるさかったですよね」


 昔から電車や、学校など喧騒の中で本を読んでいたので、控えめなアランさんとシビルさんの声は気にならなかった。


「いえ、大丈夫ですよ。それで何を話されていたんですか」


「レックスさんに言われて昨日来てみたんです。文字が読めない私にもわかる本がないかなって」


 確かにダンジョンのマップなどは文字など読めなくとも充分だろう。どんな魔物が出るかわからなくとも、ダンジョンの道を知っているか知っていないかで全然違ってくると思う。


「それでアランさんに相談したら文字を教えていただけることになって」


 なるほど。それでずっとアランさんと話していたわけか。


「シビルさんはレックスさんの紹介だったのですね。レックスさんが来てから仕事が増えて大変ですよ」


 今まで誰も来ない資料室にただ居るだけだったのだろう。そういいながらもアランさんは嬉しそうにしていた。


「すみません。なんか私のせいでお仕事増やしちゃったみたいで」


 アランさんの言葉を真に受けたのかシビルさんは申し訳なさそうにしている。


「アランさんは資料室を利用する人間が増えて喜んでいるんですよ」


「すみません。冗談がすぎました。レックスさんの言う通りです」


 今度はアランさんが、申し訳なさそうにシビルさんに謝る。それを見ていると自然と笑いがもれる。そんな俺を見て初めは困惑していた二人だったが、顔を見合わせ笑い始めた。


「それじゃあ頑張ってください」


 二人に挨拶して資料室を出る。。シビルさんのように資料室を活用する人間が増えれば、盗賊に身をやつす探索者は減るのではないだろうか。講習会のような物でもあればいいんだが……。ギルドは元探索者の盗賊を問題視しているようだった。アランさんかステラさんに提案してみてもいいかもしれないが……。


 このような提案はどうなんだろうか。黒スーツの言った『世界を変えてしまうような大きな事』に該当はしないのだろうか。盗賊になるような探索者を減らすと考えればそれほど大きな事とも思えない。だが識字率を上げるというのは『大きな事』ではないだろうか。もちろんガザリムの探索者だけならそれほど大きな事ではないだろうが、ギルドを通じ世界に広がる可能性もある。


 考えていてもしかたがない。そもそもまだ提案すらしていないのだ。上手くいくかもわからない。考える時間はまだまだある。とりあえずは四階層の攻略に専念しよう。


 まずは毒消しを買いにいかないといけないな。店へと向かう。



「もう来たの。はやいね。鎧壊れちゃったの? 大丈夫そうだけど」


 出迎えてくれたのはバッチョさんだった。


「違いますよ。四階層に行こうと思うので毒消しを買うために来ました」


「なるほどね。この前来たばっかりなのに、もう四階層まで進んだの。優秀だね。そろそろお試し探索者卒業だね」


 お試し探索者とはギルドランク7の探索者を指すのだそうだ。探索者として登録してみたものの五階層までいけずに探索者を諦めるものが多いことから、そういう風に呼ばれているらしい。


「でもここ武具店なの。毒消しは隣の店だよ。倉庫は共有だから今日は持ってきてあげるけど。今度からは隣いってね。ちなみに隣もトマスさんの店だよ」


 トマスさん何店舗経営してるんだ。あれが成功者というものか。いくら成功していても、奥さんには負けるんだな。妻怖い。


 毒消しを受け取りダンジョンへと向かう。毒消しは草を押し固めたペレットの様な物だった。それほど高くはなかった。十個で銀貨一枚だ。基本的に攻撃を受けるような戦い方ではないので、それほどいらないはずだ。



 ピーターさんと軽く話してからダンジョンへと入る。それにしてもこの目的の階層まで歩いていかなければならないというのは大変だ。まだ一層一層が狭いからいい。正解のルートを知っているし、魔物との戦闘もすぐに終わる。それほど時間がかかるわけではない。だがそれはまだ四階層だからだ。七十階層とかなったら、数ヶ月はダンジョンに籠もらないと無理そうだ。



 二時間ほどかかって四階層に辿り着いた。時計があるわけではないので正確な時間はわからない。四階層に降りたが、これといって変わった様子はない。これまで階層を降りるたびに、魔物は強くなっている。蝙蝠よりもコボルトのほうが強いはずだ。戦士クラスも剣術スキルもあがっているとはいえ、油断はできない。クラスをシーフに変え、気配に集中しながら四階層探索に乗り出す。


 いた! 複数の気配を感じる。気配を消し感じた方へと足を進め、そろそろと小部屋を覗く。コボルトだが……。これまでとは比べ物にならないほどの数が同時にいる。一、ニ、三、四……九体だ。本にも数が多いとは書かれていたが、これほど多いとは思わなかった。大きさはゴブリン程度。確かに顔は犬に似ていたが、どこか歪で嫌悪を催させる。


 まだこちらに気付いた様子はない。通路はこれまでと同じようにそれほど広くはない。だがゴブリンより細身のコボルトならば脇を抜けられ、後ろを取られるかもしれない。九体全てを同時に相手取ることにはならないだろうが、三体、四体同時にはなるかもしれない。どうするべきか。これが異常な事なら諦めてもいい。だが常にこれくらいの集団だとすれば……。


 よし諦めよう。その場を離れる。無理をする必要はない。次のコボルトもこれくらいの集団だったら、諦めて戦おう。



 戦うはめになりました。コボルトはまたも十体前後の集団で固まっていた。今度は七体だ。先ほどよりは少ないが……。やるしかない。


 なるべく気がつかれないように、気配消失スキルを意識しながらコボルトの居る小部屋へと突っ込む。ここで何体かは殺しておきたい。入り口近くにいたコボルト目掛け上段から右斜め下へと剣を斬り下ろし、今度は隣にいたコボルトへ逆に右上へと斬り上げる。まずは二体。コボルトは仲間が殺されたことも気にかけず、俺目掛け殺到する。撤退だ。


 剣を構えたまま数歩下がり、小部屋から抜け出す。後は通路に出てこようとするコボルトを斬るだけだ。三体目。狙ったわけではないが、俺の振るった剣はコボルトの首を切断する。切断面からは血が飛び散り、頭は地面へと転がる。もう死んでいるはずなのに顔はこちらを向き、俺を恨めしそうに睨んでいた。


 久々に吐き気が込み上げてくる。だが、今はそれどころではない。やらなければ俺があのような目でこいつらを見上げることになる。


 数が少なくなった為か、コボルトはスムーズに部屋を出てくる。二体同時か……。二体が合わせたかのように、俺へと走ってくる。その速度は蝙蝠ほどではない。これならいける。攻撃を避けながら剣を横薙ぎに振るう。一体は仕留めたが、もう一体は俺の剣を掻い潜った。


 まわりこまれたか。小部屋の出入り口に目を向ければ再び、二体のコボルトがこちらへと向かってきている。後ろを取られた形での戦闘は初めてだ。三対一。劣勢といえば劣勢だ。だが、一体一体は蝙蝠よりも弱い。今の俺ならやれるはずだ。だがどうする?


 考える暇もなく、前方から爪が繰り出される。体を引きながら躱すが、すぐに次の攻撃がやってくる。速さはそれほどでもないが、よく動き回る。こいつらは何も致命傷を負わせなくてもいいのだ。爪が掠りさえすれば、勝ちなのだから当然か。


 通路が広くなかったせいだろう。コボルトは攻撃の際、仲間にあたって体勢を崩した。今しかない。よろけている間に断ち切る。あとニ体。その時、コボルトが俺を狙い後ろから突っ込んできているのがわかった。振り向いている余裕はない。脇を通すようにして剣を後ろへと突き出す。剣から肉を貫く感触が伝わってきた。あと一体。剣を抜き、残ったコボルトへと走りより切断する。


 終わった。まだ消えていないコボルトの死体から爪を剥ぎ取る。


 なんとか勝てたが、三体に囲まれたのは俺のミスだろう。広くない通路だから、コボルト同士でぶつかり体勢を崩した。小部屋や広間なら三体に囲まれた時点で俺は負けていたかもしれない。相手がミスをしなくても勝てるようにならないとな。


「ステータス」


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 探索者

 クラス : シーフLv5

 スキル : 万職の担い手Lv3、剣術Lv5、気配察知Lv5、身躱しLv3、気配消失Lv2



 気配察知と気配消失が1あがっている。


 戦いの中、後ろからの攻撃が鮮明にわかった。どれくらいの距離にいて、どういった体勢か。見えていないのに見えるといった感じだった。気配察知がLv5にあがった為だろうか。


 気配を探ってみる。範囲が広がり遠くの気配まで感じ取れるようになっている。そのうえコボルトの数までわかる。先ほどまではコボルトが固まっていた為に複数いてもひとつの大きな気配としか感じ取れなかったのだ。かなり鮮明になっている。もう気配などという曖昧なものではない。


 クラスをシーフにしておいて正解だったようだ。早いが今日はもういいだろう。クエスト達成に必要な数は集まったし、帰ろう。明日もコボルトと何度か戦ってから五階層の階段へ向かうことにする。




 ギルドへ戻りクエストの報告をする。窓口で精算を待っていると、隣の窓口にエリナさんがやって来た。

今日はずいぶんと女性に縁のある日のようだ。


「おひさしぶりです」


 ダンジョンから帰ってきたばかりだろうに相変わらず綺麗だ。


「どうもレックス殿。今は何階層に潜られているのですか?」


「四階層ですね。明日も四階層を探索しようと思っています」


 エリナさんは俺の言葉に少し驚いたようだった。


「さすがはレックス殿ですね。この前会った時はまだ一階層でしたのに。これならさほど時間を置かずにパーティを組めそうですね」


「そうなればいいのですが……。エリナさんは何階層ですか?」


「私は今日五階層を攻略したところです。明日はランク試験ですね」


 そういうエリナさんは少し誇らしげだった。


「おめでとうございます」


 窓口に目をやると、いつの間にか戻ってきていたステラさんが、意味ありげな目つきでにやにやとこちらを見ていた。この人はもっとクールな感じの人かと思っていたが……。


 精算を受け取りエリナさんと別れる。ステラさんは何も言わなかったが、ずっとにやにやと嫌な笑みを見せていた。あの人絶対、誇張してソールさんに言うよ。それからソールさんは、さらに誇張してトマスさんに言うんだ。トマスさんの所に話が行くころには、俺とエリナさんが結婚する事になっていても驚かない。


 それにしても五階層を攻略したのか。ずるしている俺でこのペースだ。エリナさんも充分攻略速度は早いんじゃないだろうか。俺も頑張らないと。

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