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第十話 二階層

 初体験とはいいものだ。最高だった。ダンジョンの話です。実際のところ、自分でもできるしと思っていたがやはり違うね。頑張りすぎた。心地よい疲労感の中、人肌の温もりに包まれて眠りに落ちるというのは、何ともいいがたい魅力がある。ダンジョンの話ですよ? さすがに無理があるか。いや、俺にとっては初めて入るダンジョンでしたが。トマスさんのおすすめは最高だった。娼館を出たところでトマスさんには奥さんの迎えが来ていた。出てきたときは喜色満面の笑みを浮かべていたが、今はそれどころではないだろう。ソールさんもステラさんにばれればいいのに。


「なにか楽しいことでもあったのですか」


 急に声をかけられ驚きに体が跳ねた。エレアノールさんだった。今日もお美しい。


「エレアノールさんですか。こんな所で何をなさっているのですか?」


「こんな所はないでしょう。探索者ギルドですよ。私が居てもおかしくはないと思いますが?」


 怪訝そうな顔だ。変に話を振ってしまった。娼館に行ったことがばれませんように。


「それでレックス殿は今日はクエストですか?」


 最初の質問から話が変わった。よかった。


「いえ資料室に行こうと思いまして」


「そういえば、昨日資料室に向かわれておいででしたね。私のせいで申し訳ないことをしました」


「いえいえ。全然かまいませんよ。それでエレアノールさんはクエストなんですか?」


「ええ、そうですね。エリナでかまいません」


「わかりましたエリナさん。それではまたお会いしましょう」


 もっとエリナさんと話していたいが、今日もあまり早くこれなかったのだ。何故かは言わなくてもわかると思う。


 エリナさんと別れ資料室へと向かう。資料室の扉を開けると、埃っぽいというかかびっぽいというか、本独特の匂いがした。懐かしい。この匂いは日本でも異世界でも変わらないんだな。


 資料室にいたギルドの方に相談し、本を持ってきてもらう。資料室のギルドの職員はアランさんというらしい。


 『スライムでもわかる迷宮入門』『ガザリムダンジョン一階層~十階層』『基本クラス完全解体新書』の三冊を持ってきてくれた。定番としてやはりスライムがいるらしい。


 会ってみたいものだ。そう言うとアランさんは『とんでもない』と怖い顔をした。初心者の探索者がスライムに出会ってもどうすることもできないということだった。斬ったり突いても元に戻る。最悪分裂するらしい。天井にへばり付き上から落ちてくるわ。一度捕まったら取り込まれ、生きたまま溶かされるわ。初心者殺しとして有名だということだった。スライム怖すぎる。俺の中のゼリーのように震える可愛いイメージは音を立てて崩れ去った。


 本は資料室から持ち出さないことを条件に渡された。持ち出す場合は一冊につき金貨一枚を担保として渡せばいいらしい。高い高すぎる。手持ちが少ない俺にはかなりの大金だ。節約のためにも資料室ないで読みきることにしよう。起きたら何故か金貨二十枚が消えていたのだからしかがない。本当どこへいってしまったのやら。まずは迷宮入門だ。



 ……なるほど。魔物の死体はダンジョンに吸収され、再び魔物を生み出すのに使われているらしい。魔素で出来たものはダンジョンに触れていると急速に吸収される。魔物はそのままの形で生み出され、成長などはしないということだった。この事から魔物は生物ではないのではないかと考えられているそうだ。いろいろと興味深い。読みふけりたいが、俺の疑問は解消された。時間もないことだし『ガザリムダンジョン一階層~十階層』に取り掛かろう。


 これはすごい。全階層のマップが乗っていた。そしてその階層に出現する魔物の対処法までもが記載されている。事前にこれを読んでおけば死ぬ確率はずいぶんと減ることだろう。準備は大切だな。次に攻略することになる二階層を重点的に読みこむ。



 本を読むのに疲れ、伸びをしながら外を見ると日が傾いていた。『基本クラス完全解体新書』はまた今度にしよう。まだすることが残っている。



 アランさんにお礼を言ってギルドを後にする。次は防具だな。トマスさんに事前に店の場所は聞いている。


 トマスさんが経営する支店はギルドに程近い場所にあった。


「すいません。防具を探しているのですが?」


 店の奥の人影に声をかける。


「ちょっと待ってね」


 店の奥から現れたのは身長一メートルくらいの小さなおじさんだった。少し驚いた。ハーフリングといったか? その種族なのかもしれない。これでただの小さいおじさんだったら悪いので、聞くことはしなかった。


「トマスさんから聞いてます。レックスさん。店を預かっているバッチョだ」


 どうやらトマスさんは連絡までしておいてくれたらしい。有難いことだ。奥さんの機嫌が少しでも早く治ることを祈っておこう。


「それでどんな防具を探してるの?」


 どんな防具……。軽くて硬くて安いのがあれば最高だが……。今俺はシーフだ。見躱しスキルもある。軽さを優先するべきだろう。


「軽いのがいいですね。予算としては金貨十枚で」


「なるほどなるほど。予算少ないね。トマスさんからの紹介だから、もう少し上の装備を揃えてたんだけどね」


 すいません。欲望に負けました。


「じゃあちょっといくつか持ってくるから、待ってて」


 とりあえず並べられている装備を眺めながら待つ。値段を見るとどれもこれも金貨数十枚から数百枚だ。トマスさんの本店ではどんな高価な装備を売っているんだろうか……。


「待たせたね。金貨十枚ならこの辺りから選んでもらうしかないね。ほとんどが金貨十枚をちょっと超えちゃうけどトマスさんのお客さんだから金貨十枚で売ってあげるよ」


 トマスさんと知り合っていてよかった。村を出るときから、ここまで世話にしかなっていないな。持って来て貰った装備を確認していくが、さっぱりだった。


「この中でおすすめは……」


 そう聞くと睨まれた。


「この中で一番高いのなら教えられるけど、人によるからね。軽装備だけどシーフなの?」


「今はシーフですね。ただ戦士クラスにつく場合も出てくるかもしれません」


「ふんふん。じゃあとりあえずこれかな」


 俺の言葉にバッチョさんは即座に選び出してくれた。革を固めて形作られたレザーアーマーだった。軽く叩くとコンコンと乾いた音がした。思い切り攻撃を受けたらひとたまりもなさそうだが、昨日のように軽く当たった程度なら問題なさそうだった。


「基本的に攻撃を受けないような立ち回りだろうから、レザーアーマー。少し重くなっちゃうけど、戦士にシフトするかもってことだから硬くしたのを選んでみたけどどうかな?」


「着てみてもいいですか?」


 バッチョさんの了承を得て、服の上から装備してみる。初めてのことに着けるのに苦労した。バッチョさんは手伝ってくれようとしたのだが、これからは一人で装備しなければならないので断った。


「どうかな? サイズは直さなくても大丈夫そうだけど」


 少し動いてみるが、それほど違和感はない。重いといえば重いが許容範囲内だ。ずれたりもしないし、サイズもこのままでいいだろう。


「じゃあこれにします」


「まいど。そのまま着ていく?」


 そうだな。このまま二階層に進もうと思っていたところだ。このままでいいだろう。金貨十枚を渡す。バッチョさんの「今度はもっと高いの買ってね」という言葉を聞き流しながら店を出る。これで準備は整った。二階層はマップを見た限り一階層と大きさは大差ない。二階層だけなら今からでも充分間に合うだろう。



 ダンジョン前にはピーターさんが立っていた。


「こんにちは。随分と遅いですね」


「ええ。今日もいろいろありまして」


「そうですか。それではお気をつけて」


 気分よくダンジョンへと入る。十字路を越え、昨日階段を見つけた場所を目指す。途中でゴブリンに襲われたが、昨日以上にあっさりと殺すことができた。レベル上昇の恩恵はすごい。


 階段へは短時間で着いた。寄り道しなければここまで短いのか。事前に情報を知っているとはいえ、ここからは未知の階層だ。慎重に階段を降りる。


 二階層に降りたが一階層と大差はなかった。少し湿気がましたかな、という程度だ。二階層の魔物はゴブリンと一角鼠ということだ。一角鼠はその名の通り角が生えた鼠らしい。鼠といってもサイズは大きくゴブリン程度はあるという。ゴブリンよりも素早く、体当たりを仕掛けてくるということだった。


 気配察知のレベルがあがったため、感じ取れる範囲が広がった。不意打ちを食らうようなことはなさそうだ。分岐路に差し掛かったところで気配察知に反応があった。右か。三階層に進むなら左だが、今日はクエスト品の収集と二階層の探索が目的だ。


 右を選び慎重に進む。通路の真ん中に一角鼠がいた。本当にでかい。カピバラに角をつけた物を想像した。まず一度は真正面から戦ってみないとな。わざと大きな音をたてながら近づいて行く。すぐにこちらに気が付いた様子で、一角鼠は猛然と走ってくる。


 手前まで来ると飛び上がり、角を突き出してきた。速い。ゴブリンとは比べ物にならない。だが、この程度ならまだ俺のほうが速い。角を避けながら、飛び上がりがら空きになった腹に剣を突き出す。一角鼠は自らの勢いによって傷を広げていく。


 どさりと一角鼠は地面に落ちた。収集品はこの角だ。死んでいることを確認し近づき、角を切り取る。ゴブリンとは違い、可愛いといってもいい外見に少し気が滅入る。


 この先は小部屋になっていたはずだが、気配は感じ取れない。戻るか。


 選ばなかった左の道を行く。いくつかの気配が感じ取られた。だがどこかいつもと違う。いつも以上に慎重に気配へと向かう。


 小部屋で争う探索者と一角鼠に出くわした。その探索者は一角鼠の速さに翻弄されていたようだった。助けるか迷ったが、一角鼠もずいぶんと弱っている。このままいけば探索者のほうが勝つだろう。ダンジョンに潜り始めてまだ二日目の俺が言うべきではないのかもしれないが、二階層に来るのはまだ早いのではないだろうか。速さに翻弄されながらもなんとかダメージを蓄積させていき、ほどなくして、一角鼠は動かなくなった。


 これでやっと先へ進めるな。先へと続く通路に進む為には小部屋を通らなければならなかったのだ。地面に座り込んだ探索者から距離を取りながら通路へと向かう。ちらりと確認したが女性のようだった。


「あの……」


 そんな俺に声がかかった。


「なんでしょうか?」


 振り向き探索者を確認する。戦っているときには、動きにばかり目がいき気が付かなかったがまだ幼さを残した女の子だった。黒い瞳が不安げに揺れている。こんな若い女の子まで、命をかけて金を稼がなければいけない世界か。


「ずっと私の戦いを見ていらっしゃいましたよね?」


「途中からですが……」


「それで……どうだったでしょう……?」


「どうとはどういう意味ですか?」


「何が悪かったのかなって……」


「ああ。気を悪くされたら申し訳ないのですが、二階層はまだ早いのではないでしょうか? クラスのレベルも上がれば身体能力も向上します。まだ一階層でゴブリンを相手にされたほうがいいと思います」


 俺の言葉に女の子は俯き黙り込んだ。こんなときどうすればいいんだろうか。俺の女性経験の少なさが恨めしい。


「それでは……」


 結局俺は立ち去るという選択をした。女の子に背を向け通路へと向かう。


「あの……あなたもソロですよね……。私とパーティ組んでもらえませんか?」


 初対面のただすれ違った相手にいきなりパーティの申し込みか。この子は大丈夫だろうか? 悪い人にすぐ騙されそうだ。


「すいません。俺も今日、二階層に来たばかりでして。五階層まではソロで攻略しようと思っていますので……」


「じゃあ、あなたが五階層攻略したらパーティ組んでもらえますか?」


 なんか頭が痛くなってきた。この子はずっとこの調子なのだろうか?


「五階層を攻略した後はパーティを組むことになると思います。ですがパーティを組むにしても、組む相手は俺と同じように五階層までソロで攻略できる方と、と思っていますので」


「そうですか……」


 女の子は酷く気落ちした様子だった。その場を黙って立ち去る。


 通路を進む。俺はどうだろうか。あの子のように頼りきりになってはいないだろうか。トマスさんには頼りきってしまっている気がする。もう少し考えないとな。




 その後は特に何事もなく二階層の探索は無事に終わった。一角鼠の角も集め終わった。あとはギルドに報告して、宿に泊まろう。初めての宿だ。こちらの世界に来て初めてづくしだ。おもしろい。

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