ワンス・アポン・ア・タイム・イン・札
またまた飽きずに、同じような書き物を投稿してしまいましたが、最後までお付き合いください。
起
むかしむかし、とあるお寺に和尚と小僧が住んでいました。その小僧は、猛禽類のように鋭く見開いた眼差しが大変に魅力的な色男でした。細身の筋肉質も素晴らしい。
ある日、小僧はお寺でいつものように三十六房での修行していたときに、和尚がくるなりに、そろそろ外の世界に出て勉強をするのも良いだろう、と話しかけると、しかし念の為だとひとつ云って、三枚の御札を手渡しました。これに小僧がいたく感激をしたのか、若々しい堀内ヴォイスで礼を云います。
「ありがとうございます、和尚様」
「なあに、これからの成長を考えてのことだ。だからまずは、近くの山に行って、山菜を採りに行ってもらおうかと思う」
「はい。おまかせください」
「うむ。そのかわり、あまり深く入り込んでは駄目だぞ。夜をまわったときに、山姥が出てくるらしいから、ほどほどに採りおえたら、帰ってきなさい。―――念のためだが、この札を三枚渡しておくから、なにか身に危険がおよんだときに使いなさい」
「はい。ありがとうございます」
と、拳に掌を合わせて返事をしました。
そして近くの山に向かった小僧は、山菜採りに励んでいきます。やがて、夢中になりすぎて竹藪へと入り込んでしまったところで、深入りしていたことに気が付きました。ここで小僧が、先ほど和尚様から聞いた、山姥が出てくるらしいとの言葉を思い出してしまい、心なしか怖さを沸き上がらせてしまいます。しかし、そこは三十六房のお寺の小僧。周りを囲まれた竹藪の中から、一番最初に目についた竹に向けて、拳や足を振るっていきました。
山姥など恐るるに足らず。
寺で身につけた拳法で叩きのめす。
手刀で、その喉を潰す。
竹に対して垂直に叩き込む。
と、そのとき。
先端部から断たれて被さってきました。反射的に左腕を上げて、脳天を庇った小僧は、なにかしら閃きを覚えて、竹の今度は下の方へと足刀を切り込んでみたときにそこから折れて、さらに覆い被さってきたので、先端部を握って払いのけたときに、生まれた閃きは確信へと変わりました。手元の鉈を振って、適当な長さに切り離したのちに、その竹の両端を掴んで構えていきます。
そして小僧は役目も忘れて、じぶんのやりたい事に没頭していきました。やがて、別の竹から新たに作った三つに折り畳める武器を仕上げたときのこと、ここでようやく気配と足音に気づいて、その方へと顔を向けたところには、実に“けしからん程な”艶っぽい女がいました。おまけに、背も高そうです。その女が小僧を見つめながら、薄く引かれた紅の唇を緩やかに歪めさせて、話しかけてきました。
「このような時間に誰かと思えば、ずいぶんとお若い殿方ですね。はじめまして、私は、この山に住む者です」
「は、はじめまして」
生まれて初めて目にする美しさに、小僧は緊張気味です。そのような姿を楽しんでいるのか、女は微笑みつつ言葉を続けていきます。
「そのようすでは、本の道を忘れてしまったようですね。よろしかったら、ひと晩だけ私のところで泊まっていくと良いでしょう」
「あの、貴女はこの山に詳しいのですか」
「もちろん。お婆様の代からくらしていますもの。知らないところはありません」
「それは、凄いです」感心しました。
「ささ、こんなところで立ち話もなんでしょうから、今からご案内します。さあ、どうぞ」
「それでは、失礼します」
と、掌と拳を合わせて礼をした小僧は、心の中で、明日お寺に帰ったときに和尚様にことを話せば納得してくれるだろうと、大変前向きな考えを浮かべたまま、その女の家へと向かいました。
承
そして、捕まっていました。
上着を剥がされて縛られています。
それは、亀の甲羅を象って。
キッコウ縛りとうものです。
暴れれば暴れる程に食い込みます。
小僧は、確かに女のあとをついて行ったのちに、晩飯をご馳走になったあとに眠りに入っていた筈でしたが、不意に目を覚ましたところで、じぶんの躰にまとわり付く物に気づいたときに、はじめて危機的状況におかれていたのを自覚しました。寒さとともに躰の皮膚全体から溢れてくる、脂汗。次に、小さな震えも出てきました。そんなとき、障子の向こう側で行灯に照らされた女の影が、なにやらゆっくりと上体を動かしています。そのたびに、金属どうしで擦り合わせる音を鳴らしていきました。
それから、あるていどそのような音を鳴らしたのちに、手を止めた女は、それを洗い終えたあとで立ち上がると、障子をゆっくりと開けていきました。そこに現れた女の顔は、先ほどとは変わっていました。
目元の彫りが深くなって、その額からは、短いながらも隆起した角を生やしています。しかし、相変わらず“けしからん程に”艶っぽい印象は変わりませんでした。
包丁片手に立つ女の姿に、小僧は目を剥き出して口を開いていきます。
「ま、ままままま、まさか、やまやまやまやまやまんやまん、山姥ばばばばば……!!」
「いかにも」
そう犬歯の発達した歯を輝かせて、腰の後ろにへと手元の包丁をなおすと、赤い蝋燭を取り出して、小僧のもとへと近づいていきました。
「お前は若い肉だから、それなりにたっぷりと楽しんで喰らってくれる」
「あう!」
傾けられた蝋燭から、熱く赤い滴が胸元に落とされたときに、小僧は思わず呻いて躰をそらせてしまいました。このとき、躰じゅうに巻かれた縄から、あらゆる箇所をキュッと締め上げられていきます。この反応にほくそ笑んだ山姥が、二度三度と熱い滴を小僧をめがけて落としていきました。
青く輝く禿頭。
鎖骨、肩甲骨。
再び、頭。
逞しい胸板。
胸板から腹。
太腿、付け根。
再び、胸板。
みたび胸板。
鎖骨、肩。
また胸板。
またまた胸板。
再び、太腿。
ショーリン、ファイター!!
転
赤い蝋燭による灼熱の滴りに、小僧は躰全体を使って大きな痙攣をみせていきました。執拗なまでの熱い滴り責めを繰り返していくうちに、山姥は頬をほんのりと桜色に染めて、鋭い双眸を恍惚に潤しています。どうやら、小僧の悶え苦しむ姿を見ているうちに、悦びを覚えていったようです。山のような二つの膨らみの胸を、大きく動かしていきながら、鼻息も荒くなっています。それから、蝋燭責めに飽きたのか、山姥が腕を捻り上げて小僧を立たせたあとに、今度は、その背中をめがけて鞭を振るっていき、赤い線を刻み込みました。
背中を鞭打た小僧は、激痛に悶えて、爪先立ちになり躰を弓のように反らせてしまいます。そしてこのとき、躰じゅうを縛る縄が、それぞれの“つぼ”と急所をキュッと締め上げていきました。
「おういぇっす!!」
「さあ、さっさと次の所に歩いていきな。青禿!!」
容赦ない罵声とともに、これまた容赦ない鞭を浴びせていく山姥。
そして、鞭を打たれながらたどり着いた次のステージは。
短い掘りの中で“ひたひた”になった水の上に浮いている、丸木橋でした。適度な長さに切り詰められた丸太を、縄で数本をまとめて束にしていました。腰の後ろから取り出した出刃包丁で、縄を切られていくと、小僧はキッコウ縛りから解放されました。されましたが、ここに来るまでに、山姥によって見事に調教されてしまったので、今のうちに逃げ出そうという考えが一片たりとも浮かばなかった小僧。
小僧の足元を狙って鞭を振るいます。
「青禿。ぼけっとしてないで、そこの丸木橋に乗りな! ぐずぐずしてっと、またぶつよ!!」
「さー、いぇっさ!!」
拳に掌を合わせます。
足を震わせつつも、やっとの思いで丸木橋に乗りましたが、立ち上がっていくも腰が引けています。「こっちを向くんだよ」と指示をされて、用心深く回れ右をして向き合った山姥の手元を見ると、なにやらご飯茶碗があるではないですか。手元の物をゆっくりと差し出した山姥が、優しい微笑みと声をかけていきます。
「さあ、ご飯の時間だよ。お食べ」
「い、いぇっさ!!」
躰の均整をとりながら、受け取ったご飯茶碗を傾けながら口元に近づけていき、顔を上げていったときでした。中に盛られていた熱々のお粥が、小僧の顔面をめがけてこぼれ落ちてきたのです。「うわっち!!」との叫びとともに、体勢を崩した小僧の上体へと流れていきました。あまりの熱さに丸木橋から踏み外した小僧は、水の中に落下してもがいていきます。そして、やっとの思いで縁に手をかけて這い上がってきたところで、山姥から無情な言葉が後ろ頭に降りかかってきました。
「おかわりがあるから、もう一度それに乗りな」
「え」
水に落ちたせいか、調教されていた熱から冷めた小僧は、濡れた鼠のような躰から顔を上げました。いったい、僕はここでなにをしているのだろう、と。そう、脳内で考えを巡らせていった中で、逃げることを第一にしました。そうだ、今の状況を利用して。
「あの、躰が冷えたんで、厠に行きたいのですが」
「はあ? 小便したいってか!?」
「はい。もう、今にも“もれそう”で、しんぼうたまらんのです」
「てめぇがアタシに要求するたあ、生意気な。じゃあ、先ずはアタシの黄金水を飲んでからにしな」
「それだけは勘弁してください」
即答コンマ零秒。
この指図を受け入れてしまったら、小僧は、ある意味人間には戻れなくなってしまいます。ときには冷静になってみるものですね。小僧の必死な頼みを、しぶしぶ聞き入れた山姥は、では、お前が逃げ出さないように縄で縛るよ、と云って、再びその細身の筋肉質な躰に縄を絡めていきました。
すると。
「先ほどと同じ縛りかたをされては、小便が出来ません」
「チッ……。じゃあ、腰を縛っておくから、それでいいね」
このやり取りのあとに、小僧は山姥に見張られながら厠へと向かいました。
結
それから、厠に入った小僧は、慎重に慎重に縄を解いていきます。山姥からの「おい小僧、終わったか」に、「まだまだ、もう少し」と返します。そして、厠の柱に括りつけて、和尚様からもらったお札を一枚取り出して、そこに張り付けました。それへと念を送ったのちに、厠の小窓から細い躰を器用に駆使しながら、物静かに慎重に慎重に脱出していきます。
そして、疾走。
これに気づいていない山姥が、縄を軽く引っ張りつつ「おい小僧、まだ終わらぬのか」と繰り返していきます。これに対して、お札はただただ「まだまだ、もう少し」と返していくばっかりでした。このような問答に、業を煮やしたのか、山姥は目をつり上げるなりに怒鳴りつけました。
「いい加減にしろ青禿! 野郎の小便で“もたつき”やがって!!」
と、木の扉を蹴破って飛び込んでみたら、柱に括りつけられた縄と、そこに張りつられていたお札が目に入ってきました。すると、山姥は、たちまち額と“こめかみ”に青筋を浮き上がらせていき、踏ん張りながら躰を丸めていったその数秒の沈黙のあとに、一気に顔を天井にへと突き上げて感情を爆発させました。
「あんの青禿、人間のしくさってこのアタシをコケにしやがった。ぶっ殺してやる!!」
その頃。
いまだ月明かりの照らす山中を疾走していた小僧の、その背後から、力強く繰り返して迫って来る音がありました。速度を増して、だんだんと近づいてくるその音に気がついた小僧は、少しばかり足を止めて恐る恐る振り返って見れば。
「インポッシブル!!」
目を剥いて、有り得ない!と絶叫。
迫り来るのは、山姥でした。
まさに、鬼の形相ですね。
「ぶっ殺す!!」
「あわわわ。お札、ここに大きな河を出してくれ!」
今そこにある危機に、小僧は二枚目のお札にへとそう頼みつつ、投げつけていったときのこと、あら不思議。小僧と山姥との間に、たちまち幅広い河を生んでいったのです。これを挟んだ前方で思わず踏みとどまった山姥を確認したのちに、小僧は再び逃走をしていきました。
足元を激しく流れていく河に目をやりながら、山姥は「やだあ、濡れちゃうのね」と、艶っぽく呟きました。呼吸を整えたあとに、足から飛び込んで、流されないようになんとか踏ん張っていくと、その水かさは、山姥の大きな二つの胸の膨らみに達していました。白い手で水を掬いあげて、頭にかけていきます。心地よい冷たさに、恍惚となって瞼を閉じました。と、しばらくじぶんの世界に浸った山姥は、力強く眼を見開いて、薄く紅のひかれた唇を尖らせていきます。すると、どうしたことか、河川の水が瞬く間にその唇に吸い込まれていくではありませんか。
そして、水かさも白く長い脚の脹ら脛まで下がった頃には、山姥のお腹は、まるで樽を抱えているかのごとく膨らんでいました。次に、前方へと向かって息を吹きかけていくと、先ほど飲み込んだ河の水が、勢いよく噴射されていきます。なんと、それは、遠くに逃げる小僧に直撃して、草木を濡らして、足元を滑らせました。転倒した小僧は、転がっていき、先の幹に激突。悶えながらもなんとか立ち上がってみれば、山姥は目の前ではありませんか。
「ななななんてこった、信じられん! お札よ、最後の頼みを聞いてくれ! あの山姥を火に包め!!」
そう叫んで、最後のお札を相手をめがけて投げつけていったらば、たちまち赤い炎を生んで、その白い躰に巻きついていき焼いていきます。これにはさすがの山姥も悲鳴をあげていきましたが、おかしなことに、すぐ声をあげるのをやめて、その足を進めていくではありませんか。全身を焼かれながら、その肉を落としていく山姥の姿に、小僧は足を竦ませていきます。赤黒くなった肉を、徐々に落としつつ迫ってゆく山姥のその姿に、変化がおとずれていきます。やがて、その身を全て落としたときに、山姥が真の姿を現しました。
ザザン、ザンザザザン!!
ザザン、ザンザザザン!!
吃驚仰天。
それは、銀色に眩く輝く骨格。
赤々と強い光りを放つ双眸。
歩く度に鳴る金属音。
なんということでしょう。
山姥の正体は、傀儡だったのです。
意志を持つ傀儡。
月明かりを強く反射して迫る。
金属の骨格。
そうして、間合いに入り込んだ山姥が、腰の後ろから、二本の出刃包丁を取り出して構えました。あまりの恐怖に、後に引くことを忘れた小僧の頭の中で、突然と、竹藪での出来事が思い浮かんできました。そして、それとともに蘇ってゆく和尚様の御言葉。
『じぶんが積み上げてきた修行を信じなさい』
「破!」
と、後ろから取り出した、自家製の三節棍を構えました。
そうして、一気に間合いを詰めていく二つの影が重なった瞬間に、打ち合って擦れていく金属音を山中に響かせてゆき、丑三つ時の暗闇に橙色の火花を咲散らせていきました。山姥の繰り出してきた両腕の出刃包丁を、三節棍の両端を持った小僧は、巧みに受け流していきます。横に大きく振られた銀色の刃もとから、跳躍して身をかわして、三節棍を突き出したときに、それを繋ぐ鎖を使って相手の手首に絡ませると、引っ張りました。すると、出刃包丁をひとつ奪い取ってしまいました。しかし、それでも“めげる”ことなく、残った方の出刃包丁で、小僧の急所を狙って突いてきたり斬りつけてきたりして、迫って来ます。
和尚様の言葉を思い出して、三節棍を構えた時点ですでに自信をつけていた小僧は、山姥の執拗な猛攻を、ときには清流のごとく、ときには激流のごとく攻防を見せていくうちに、残りの出刃包丁をその手元から弾き飛ばして、見事に、相手から武器を奪い去ったのです。そして遂に、懐へと踏み込んだその瞬間に、三節棍で山姥の顔を殴りつけたのでした。確実に、相手は頸椎を傷めただけではなく、脳震盪をも起こしているはずでしょう。
しかし。
ザザン、ザンザザザン!!
ザザン、ザンザザザン!!
もはや、金属で出来た山姥には、意味のないことだったようです。殴られて振られた顔を、ゆっくりと小僧に向き直っていったと思ったら、銀色の拳を胸元に突き刺したのです。
「インポッシブル!!」
再度、有り得ない!と絶叫したときには、その言葉の通りに有り得ないほど突き飛ばされたのでした。幹に当たって落下して悶える小僧に、山姥は近づいてきます。青く輝く禿頭を掴んで強引に立たせると、小僧の首を取って握りしめていきます。あまりの苦しさに、咳き込んでいく小僧の顔は、血の流れを圧迫されてしまい、まるで赤茄子のように染まっていくではありませんか。だからといって、ここで諦めたならば、我がお寺の三十六房で積み上げてきた今までの修行が、意味を無くしてしまいます。
ショーリーン、ファイター。
ショーリーン、ファイターメン。
三節棍の先端を、山姥の喉元を狙って突いたときに、それは後ろ頭まで貫いたところで、急に相手から力が抜けてゆくのを感じました。これを逃がすまいと思った小僧は、武器の先端を掴んで、力の限り捻ってみせたその刹那、山姥の頭は吹き飛んでいき、遠くに落下しました。次に、撥ねられた断面から火花を散らしていきながら、首から下の躰は、両膝から地に落ちて、仰向けに倒れました。
やがて、その勝利を噛みしめてゆく小僧の目には、昇ってゆく蜜柑色に輝く朝日からの祝福を受けていきました。
ショーリン、ファイター!!
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・札』完結
最後まで、このような書き物にお付き合いしていただき、ありがとうございました。
なお、この短編は、シリーズとして書き続けています。要するに、最後に纏まって出てくる予定ですばい。(浦島セガールのお話が、伏線)
よって、再び投稿すると思いますので、よろしくお願いします。