02:「何事も……練習だ!」
如月町。
それが星太たちの住む町の名前だ。
関東のある県の木目月市の中にある。
木目月市は、都会の中ではわりと田舎の方で、
車が大量に走ってる…なんてものを見る事はたまにしかない。
高いビルも、二、三件ある程度だ。それも、一番にぎわっている如月駅の周辺だけ。
それでも、人口は40万を超す市である。
都会感のない市、といったほうがしっくりくるかもしれない。
そんな市内、如月町の隅に、入江 星太の家はあった。
「…ただいまー。」
星太の家の裏が、優衣の家。
近所よりも、もっともっと近い言葉が似合うポジション。
それでも、今二人の心の距離は
永遠よりも、もっともっと遠い言葉で表されていた。
「キス…か…。」
星太はまっすぐ自分の部屋に戻ると、ベッドになだれ込む。
「えっと……。」
この時点でもう真っ赤。
こんな男が果たしてキスなんかできるのだろうか、と星太自身も思っていた。
大体、二人が付き合い始めたのだって、優衣が告白したからだ。
幼なじみ、隣近所の関係で、両想い、という少女漫画のような設定だが、
優衣がしびれを切らし、良く言えば純情、悪く言えば優柔不断な星太にアタックしたのは
なかなかやり手な行為だと言える。
告白した瞬間、告白した優衣の倍以上顔を真っ赤にさせた星太だ。
星太は自分から仕掛ける事を知らないのだから、まぁ仕方ない。
その結果は招いた事態が、今、これにあたる。
「俺だって…してやるさ、キスくらい…。」
掛け布団に握りこぶしを下ろすと、星太はすくっと立ち上がり、
そしてすぐ、再びベッドに腰を下ろした。
「……どうやってやるんだろう…キス……。」
星太はベッドから立ち上がり、机に向かった。
そして、国語辞典を手に取って、「き」の欄をペラペラとめくり始めた。
「き……き……き…寄進…疑心暗鬼………擬人法…。」
星太の目にとまったのは、その漢字の羅列の中で唯一カナ文字だった、その言葉だった。
「『キス:接吻、口づけ。キッスとも言う。』………。」
それは星太が求めていた答えではなかった。
「ちっ畜生!こんなのは大体勘だ勘!!バッといってバッと決めりゃいいだろ!!」
そう言うと星太は国語辞典を無理矢理本棚へ押し込んだ。
国語辞典の端はそのせいで、すこし折れ曲がっていた。
「何事も……練習だ!そうだ練習しとけばいいんだよ!!」
何事においても、まず練習。
それは、優柔不断ではあるが一応芯をちゃんともっている星太を育てた父親の名言の一つだった。
今まで父の言葉を胸に行動してきた事はおおむねうまくいっていた。
だから星太は今回も頭によぎった父の言葉を信用した。
その晩、入江家の周辺の家は「チュッ!チュ!」という奇怪な音に悩まされたらしい。