11:「『昨日』!?」
雲一つない晴れやかな青空。
いつもとなにも変わらない風景。
しかし状況は、このところ確実に変化し始めている。
入江 星太は世界の誰よりそれを感じていた。
「星太!!おはよっ!」
後ろから上谷 優衣が星太の背中をポンとたたく。
時間は午前七時三十分。登校中だ。
「もう!なんでインターホン押してくれないのよ!」
軽く怒ったように優衣が言う。星太は苦笑いをした。
「ごめんごめん、ちょっと考え事しててさ…。」
「ふーん…。なに考えてたの??」
「あ、いや…別にたいした事じゃないよ…。」
「たいした事の無い用事で彼女の存在を忘れてたってわけ!?」
「ごめんって…。」
優衣が腕組みをして片目を閉じ、口を膨らませる。
星太はさらに顔をこわばらせる。
その話題はそこで終わったが、星太の心にはしっかりと引っかかるものがあった。
『あの』出来事が、『昨日』起こったのは確かなようだ。
星太は優衣に気取られない程度の声で一瞬この世の終わりだという顔を浮かべて呟いた。
「…どうしよ。」
「おはよー。」
「おはよう。」
学校の教室に入ると、既に絈野 篤史と波賀 飛風の両名は机を挟んで話をしていた。
飛風は挨拶をすると、無表情で星太に手招きをした。
星太が後ろを振り返ると、優衣の姿は無い。もう既に自分の席まで行って友達と話をしていた。
「ちっと昨日の話の続きを…な。」
「『昨日』!?」
「ど…どうしたんだよ。」
星太は思わず大声を出していた。
『昨日』という言葉に過敏になっている自分がいることに気づいていた。
「ご…ごめん。」
あわてて口を覆う。篤史はともかく、飛風はこの行動に何かを感じたようだった。
「……昨日言いかけたこと、今、言っても良いか?」
飛風は目を細め、ジッと星太を見据えた。星太はゴクリとつばを飲んだ。
「…お前がやらかした『あの事件』…。あの時の女の子って……。」
ここまでで星太の時が一瞬止まった。そして次の瞬間。
「『赤石 澪』って女子なんじゃないかな。」
この飛風の一言で、星太の心臓の音は否が応でも大きくなる。
「…な…そ…うなんだ…。」
精一杯平静を装おうとした。しかし根が真面目な星太には不可能に等しい。
「…知ってたんだな。彼女が同学年で、暴力団総長の妹ってことも。」
飛風が突き刺すように言い放った。
「……。」
もう星太は一言も発さなかった。ただ苦い唾を飲む事しかできなかった。
「…あの〜ちょっと状況を説明して頂いていいですかね?」
篤史がこめかみを掻きながら苦笑いした。
「…つまり、『あの時』星太がキスした相手は、俺らと同学年でトップクラスの美少女。
しかも兄がこのあたりを総括している『赤石組』の総長っていうな。」
「なっ…!!まじで…?」
「……な…なんでそんなこと……。」
「お前が『美少女』って言ったから気になってな。
実際、上谷さんだってこの学校でかなりのレベルの人だし。
特徴だけ友達に教えて聞いたら、それくらいしかいなさそうだなって。」
「おお〜!流石女ったらし!ちなみにその友達というのは?」
女ったらしという言葉に対し、飛風は裏拳を篤史のボディに炸裂させる。
「…女、友達。」
お腹を抑えてうずくまる篤史をよそに飛風はキザっぽく言った。