謝り続ける令嬢は、優しい檻で眠る
虐待や不倫が出てきます。
目覚めたとき、知らない部屋でベッドの上に寝かされていた。
外から子どもたちの声が聞こえる。
「目が覚めました?」
若いメイドに声をかけられた。
「馬小屋の少年が助けてくれたのですよ。死にそうな人がいると、私たちに教えてくれて」
「あの……夫は?」
叱られて、馬小屋に縛り付けられたのだ。
勝手に移動したらどんなに怒られるかわからない。
「事情聴取されているんじゃないですかね。
気になりますか?」
なんだか棘のある言い方をされた。
「私が至らないから指導してくれる、優しい人なのです」
ちゃんと説明しないと……。
「そう言って鞭を使っていたと?」
何がいけなかったのか、余計に声が怖くなる。
「実家でも、そうでしたから……普通のことですよね?」
馬鹿な私は、よく間違えてしまう。普通だと思うこと、違うと思うことが、ズレているらしい。
「いいえ。昔はそんな時代もありましたが、今はそんなこと許されません」
大きなため息を吐かれて、体がこわばった。
「そうですか。私、また、間違えてしまったんですね。ごめんなさい」
「――そういうことではないのです。あなたは悪くない」
「?」
何を言われているのか、わからない。「そういうこと」が何を指しているのか、確認すべきか聞き流すべきかもわからない。
「……まだ、体が重たいでしょう。眠っていいですよ」
急に優しい声に変わった。これが本心か、嫌味なのか見極めないといけない。
「いえ、働かないと……」
駄目。
この柔らかい布団は罠だ。
ここで眠ったら、水をかけられてしまう……!
「そう言いながら、意識を失うように眠りにつきました」
メイドは執務室にいる主人に、一部始終を報告した。
「典型的な虐待だな。
実家で虐げられ、婚家でも夫に放置され……不憫なことだ」
弁護士をやっていると、そう珍しいものではないと思えてしまう。
「本人もそれが普通だと思い込んでいて、謝ってばかりです。
言葉尻を捉えて自分を責めるので、こちらも気を遣ってしまいますよ」
ため息一つ吐けないと、メイドは愚痴をこぼした。客の前でため息を吐くのが、そもそも問題なのだが。
「回復すると思うか?」
このメイドの観察眼は、とても頼りになる。
「体力的なお話ですか?
それとも貴族のご夫人として、ですか?」
「むろん後者だ」
私は医者ではないので、体のことを聞いても何もできない。
「難しいでしょうね。
貴族なら時には強気に出たり、人の悪意をかいくぐったりする必要があるでしょう。その前に、謝罪する癖が出てしまうと思いますよ」
「血筋はいいから、愛人にしたがる者はいるかもしれないな」
貴族の政略結婚でできた娘。いわゆるサラブレッドだ。
「はあ、結局それですか」
メイドはやるせないというように、目を伏せた。
「なんだ。文句があるのか」
「いいえ。言っても仕方ないことですから」
最近、メイドは女性の権利に目覚めたらしく、休みの日に集会に通っている。
……生意気になってきたな。
その後、保護された女性は弁護士の愛人として、小さな部屋を与えられて暮らすことになった。
婚家と実家は虐待の疑いで調査され、他の不正も明らかになって罰金刑を科せられた。
家の取り潰しには至らなかったが、世間の目は厳しい。
重要な会合からは閉め出され、夜会に呼ばれず、お茶会の招待状も来なくなった。
「どうして彼女を虐待したのですか?」
そのシンプルな質問に対する答えは――
「虐待なんかしていない。躾だ」
と、父親が言う。
「押しつけられた嫁なんかより、恋人を少し優先しただけだ。貴族なら、そんなものだろう」
と、夫が言う。
「こんな扱いを受けるなんて屈辱だわ。これこそ虐待でしょう。
お茶会に呼ばれなくなるなんて、疫病神な嫁だわ。被害者はわたくしの方よ」
と、姑が喚く。
誰一人、反省する気配すらなかった。
私は善人ではない。
ふと哀れみを覚えて、彼女を引き取っただけだ。
妻が可哀想だ、あの夫と同じことをしている、と事務所のメイドにはチクチク言われる。
彼女には、穏やかな家庭教師をつけた。
健康を取り戻した彼女は美しい。
おどおどした態度に苛つくこともあったが、数年すると落ち着いてきた。
堂々と貴族らしく振る舞うのは難しいけれど、相手をよく観察しているので、気配りが心地よい。
没落していく奴らの主張は理解できないし、今さら彼女に連絡を取ろうとする神経もわからない。
絶対にそんなことは許さないし、私からの援助を期待しているなら言語道断だ。
なぜ彼女を虐待したのか、その理由は永遠に理解できそうもないな。
妻に対して若干の後ろめたさはあるが、これくらいは許されるだろうという思いもある。
その点、奴と同類なのかもしれない。
けれど、順番とやり方、周囲への配慮などでこうも結果が違うと、自画自賛したくなる日もある。
やりこめられる緊張感がなく、ただ慕われるという心地よさをもう手放せない。
自分が死んだときには、彼女に何の保証も無い。
この部屋の権利を残しても、彼女に自活していく能力はないだろう。
無責任なことをしている自覚はある。
それでも、愛人を持つ男の中ではマシな方ではないか?
極上の安らぎを腕に抱きながら、私はそう考えた。




