08,リヤカー
スーパーで商品を買ってきた翌朝。
まだ暑くなっていない山の空気は爽やか。蝉の声がやかましいが、ここにずっと住んでいるので、だいぶ慣れてきた。
小屋を探すとリヤカーが出てきた。それは人力でも使えるが、自転車やバイクで引くスマートタイプの物。その荷車の枠は金属で、その他は木の板を使っている。
これで荷物の運搬効率が良くなるはずだ。
重い物はリヤカーに積み、他はリュックに詰め込んだ。
昨日と同じようにヘッドライトを頭に装着して洞窟を進む。鳥居に到着して、僕はスザンヌさんの家を思い浮かべた。
だがしかし、転送する気配がない。目を開けると目の前には赤い鳥居が立っている。
「あれ? おかしいな……」
もう一度、試してみるが変化がなかった。
リヤカーを離して精神集中してみるが、やはりダメ。何が悪いのだろう。転送には回数制限があったのか?
もしかして、時間的な制約があるのだろうか。一定時間が経過しないと転送できないとか……。
「仕方ないな……」
家に戻ることにした。
1時間以上もかけて来たのに、出口に戻るのは気分的に抵抗があるが、ここでジッとしていてもしょうがない。
リヤカーを置いたままにして、これからどうしようかと迷いながら外に向けて歩く。
「異世界に行くことができなくなったらスザンヌさんに会えないな……」
それは僕にとって大問題。
洞窟を抜けたときは昼過ぎになっていた。
おばあちゃんの部屋に入って、引き出しの奥の古文書を引っ張り出した。
鳥居について何か書いてあるかと思ったが、やはり古い文字で達筆すぎるほど崩しているので読めたものではない。
「解読は専門家に頼むしかないのかな……」
腹が減ったので台所に行ってカップラーメンを食べることにした。
食後、もう一度、洞窟にチャレンジ。
暗闇の中をまた1時間以上も歩く。
やがて鳥居に到着した。
「よーし、今度こそ頼む。スザンヌさんの所に転送させてくれ。おばあちゃん、僕に力を……」
切羽詰まった気持ちで念じると、目の前が漆黒に閉じ込められた。やった! 成功だ。
*
視界が開けると、スザンヌさんの家の前だった。
やはり、一定時間が経過しないと転送できないらしい。それしか考えられないよな。
前回、転送したのは昼前だったから、24時間くらいが経過しないとダメなんだろう。
ドアを3回ノックした。それは、来たのが僕だという合図だ。
すぐにドアが開いて、スザンヌさんの笑顔。これを見ると心が躍って勇気が出る。
「お帰りなさい、トウヤさん。待ってたんですよ」
その言葉がありがたい。僕を待ってくれるのはスザンヌさんたちだけだ。
「ただいま、スザンヌさん。お土産を持ってきましたよ」
「お兄ちゃん、ケーキを持ってきてくれた?」
ツインテールを揺らして、クリスが丸い顔をのぞかせる。
「ああ、持ってきたよ。一緒に食べようか」
居間に入って3人でショートケーキを食べることにした。
「うわー! これがケーキなんだね」
赤いイチゴが乗ったショートケーキを見てクリスが目を輝かせる。
スザンヌさんが紅茶を持ってきた。
おやつを食べた後、日本からの商品をリフローの町に運ぶことにした。
今、出発すると帰りは遅くなるので一人で行きたいが、スザンヌさんの通行証がないと町に入ることができないし、この世界の貨幣価値について良く分からないところもあるので、彼女についてきてもらうしかない。
荷物は、すべてリヤカーに積み込んだ。
ベアリングがあるのでスザンヌさんの荷車よりも楽ちんだ。それに両輪はノーパンクタイヤという物なので、パンクを心配する必要はないし空気を入れる必要もない。
前回に運んだときよりも簡単に輸送することができた。
町に到着して、商工ギルドの近くで露店を開く。
商品は、砂糖をガラスの小ビンに詰めた物だ。サンプルとして皿の上に砂糖を盛り、味見をして品質を確認してから買ってもらう。
「砂糖はいかがですかー! 安いですよー!」
呼び込みということをするのは初めてだ。通りがかりの人からじろじろ見られるのは、ちょっと恥ずかしい。
「本当に砂糖なの? この分量で1万ペセタなの?」
エプロンをしたオバサンが興味深そうに小ビンと値札を交互に見る。
「良かったら、どうぞ味見をしてくださいな」
スザンヌさんが営業スマイルで、砂糖が盛られた皿を手で指し示す。
オバサンは遠慮せずに砂糖をつまんで口に入れた。
「あ、甘い! 砂糖に間違いないわ……」
この世界で、塩は普通に売っているが砂糖は貴重品だ。日本の常識からいって300グラムで1万円は暴利だと思うが、スザンヌさんから聞いた限りでは妥当どころか破格的に安い値段になる。
「買うわ! 1ビン……いや、2ビンちょうだい」
「毎度ありー!」
小さな金貨を2枚、渡された。
これほど楽に2万円を手に入れたのか……。日本のアルバイトよりも、はるかに利益率が高い。
オバサンの大声を聞いて人が集まってきた。
サンプルを味わってから安さに驚き、そして砂糖を買っていく。
瞬く間に100個の砂糖は売り切れた。
1時間もたたずに日本円相当で100万の儲けだ。濡れ手に粟とは、このことだろう。商売とは方法によって、とてつもなく合理的になるのだなあ。
砂糖と一緒に瀬戸物の食器なども販売した。それと合わせると、150万ペセタくらいの利益になった。
「じゃあ、スザンヌさんには手間賃として50万ペセタをあげますね。金貨は日本に持って行きたいので、銀貨をバラでいいですか」
銀貨を入れた巾着袋をスザンヌさんに渡す。
「こんなにもらっちゃって……いいんでしょうか」
彼女が目を丸くして、ずしりと重い小袋を受け取った。
「ああ、いいですよ。スザンヌさんがいないと成り立たなかった商売ですから」
「ありがとうございます。それから、私のことは、スザンヌと呼び捨てでいいですよ」
にっこりと微笑んで首を少し傾けた。その仕草が相変わらず可愛い。クラスにもこんな美少女はいなかったな。
だったら、僕のこともトウヤと呼んでくださいと言おうと思ったが、何となく照れくさくて言えなかった。僕の顔はニヤけているのだろう。
スザンヌはギルドで銀貨の大半を金貨に両替した。
それから、異世界では豪勢なんだろうなと思われるメニューを食堂で食べてから帰途についた。




