07,追放
「では、日本に帰りますね」
「えー、お兄ちゃん、行っちゃうのぉ」
クリスが僕の手を握ってブンブンと左右に振る。
「また来てくれるんですよね」
スザンヌが少し眉をひそめ、すねるように言った。
「ええ、さっき言った通り、町で商売をしようと思っているので」
姉妹は、僕が日本から転送してきたことを理解してくれた。さらに、日本の商品を異世界で売ることに協力もしてくれると言ってくれたのだ。
「お兄ちゃん。また何か持ってきてね」
僕の腕に抱き着いて、クリスのおねだり。
「ああ、分かったよ。今度はショートケーキを持ってくるよ」
「ショートケーキって何?」
「ええと、スポンジの上にクリームを乗せて……うーんと……。まあ、持ってきたときのお楽しみさ」
「うわー! 楽しみ。ねえ、本当に持ってきてよ、お兄ちゃん」
「ああ、必ず持ってくるよ」
そう言って笑いながらクリスの手をほどく。
僕はクリスたちから少し離れて、精神を集中した。
視界が白くなり、そして黒くなった。
*
目の前が明るくなり、自宅に到着した。
駐車場を見ると高級車の黒塗りボディが夏の日差しを反射している。
「叔父さんが来ているのか……」
家に上がると、居間の座卓に叔父さんと若い女性が座っていた。
「よお、ボウズ。元気だったか」
叔父さんが笑顔で片手を上げる。
背は普通だが引き締まった体をしていた。暇なときはスポーツジムに通っているらしい。精悍な顔つきで、貿易会社を経営していて、やり手の若社長といった感じだ。実際、会社は儲かっているようだが。
「うん、信一叔父さん。元気だよ……」
「鍵が開いていたから勝手に入ったよ。お前も不用心だなあ」
「この辺に泥棒はいないから、おばあちゃんも鍵を掛けずに外出していたんだよ」
「そうか……」
何か気まずそうな雰囲気になった。今日は何の用事なのかな。
叔父さんは42歳で結婚はしていない。噂では数々の女性遍歴を重ねたらしいが。
「お茶を持ってくるね」
僕は立ち上がって台所に行く。
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、3人分のコップを用意してウーロン茶を注いだ。
叔父さんは何のために来たのだろう。まあ、大体の想像はつく。
コップを乗せたトレイを持ち、居間に入る。
「おお、ボウズ。サンキュー」
叔父さんがウーロン茶をゴクゴクと飲む。
隣のお姉さんは、すました顔で一口飲んだ。この人は叔父さんの秘書なのだろうか。25歳位で採用面接はスタイルとルックスを重視しました、という感じの美人。
「ところでボウズ、お前は今、何をやっているんだ」
コップを置いて僕を見る叔父さん。やはり、その方面の話題で攻めてきたか。
「いや、その……色々と……」
「学校には行かないのか」
そう聞かれると、心がざわついて重くなるんだよ。
「まあ、その……もう少し考えようかなと……」
それから、しばらく無音が続いた。
「学校が嫌なら退学してもいいと俺は思うんだが、この社会では最低限、高校は卒業しておかないとダメだ」
叔父さんは真剣な目で僕を見ている。
「うん、まあ、そうなんだけど……」
また、無音が続く。
「ちょっと言いにくいんだけどよぉ」
そう言って叔父さんがウーロン茶を飲み干す。
「実は、姉さんからボウズのことを託されたんだ」
「えっ」
姉さんとは僕の母親のこと。
「何というか……もう、面倒見切れないから俺がボウズの世話をしろと言われた」
叔父さんは苦笑していた。
僕は大きく息を吸い、長いため息をつく。
「そうか……僕は勘当されたわけだよね」
とうとう縁を切られたのか。実の子に対して厳しい親だこと。僕は追放されてしまったんだよな。
「まあ、心配するな。お前の面倒は俺が見るからよお。何かあったら俺に連絡しろよ」
そう言って笑いながら僕の肩を揺する。
叔父さんは昔から僕に優しかった。僕を認めてくれる人間は結構いたんだなあ。
「うん、ありがと……」
親の件は少なからずショックだったが、絶望するほどではない。脳裏にスザンヌの笑顔が浮かんだ。僕の世界は日本だけではないのだ。
「えーと、勘当されたということは、親の縛りから解放されて自由になったということだよね」
叔父さんは目を丸くして黙り込んだかと思ったら、大きな声で笑った。
「ハハハ! お前はポジティブシンキングだなあ! その意気だ。これからも頑張れや、ボウズ」
うなずいて僕は小さく笑う。
ふと、隣の女性を見ると僕を見つめていた。その瞳に同情や感動はなく、人形のように無機質な視線だった。
仕事が忙しいからと、叔父さんは帰っていった。
別れ際に、あの女性がぺこりとお辞儀をしてから車に乗り込んだ。あの女の人は社長秘書なのか、それとも愛人か……名前も聞いていなかったな。
僕は居間に戻り、コップに残っていたウーロン茶を飲み干す。
これからやることは多い。まずはスーパーで商品を仕入れて異世界で売る。その商売でお金を稼ぐのだ。生活費を稼いで、さらにスザンヌの暮らしを豊かにしてやるんだ。
そう考えると、勘当の件は心の重みが消えてサバサバしたという感じさえした。
支度をして自転車でスーパーに向かって出発する。
山に沈みかけている太陽を背にして僕は自転車を走らせた。




