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04,商売

「それで、トウヤさん……私たちはこれからリフローの町に行くんですけど、トウヤさんはどうします?」


 そう言うスザンヌの瞳は少し揺れている。

 そうか……僕を一人で家に置いておくのは不安があるだろう。命の恩人と言っても、よく知らない男なのだから。一晩だけ泊めるだけでも勇気が必要だったのだろうな。


「ぼくも一緒に行こうかな」


 するとスザンヌの顔が明るくなった。


「はい、トウヤさん。荷物があるので一緒に行ってくれるとありがたいです」


「ああ、荷物持ちでも何でもやるよ。スザンヌさんのおかげで体調は万全だ」


 とりあえず情報を集めよう。何も知らない異世界なのだから。



  *



 炎天下。日本と同じように季節は夏なのだろうか。今日は、かなり暑い。

 僕は荷車を引いて町を目指していた。

 大八車に似た小型の荷車。それに薬瓶を入れた木箱を数個、積んでいる。

 最初はスザンヌが荷車を引いて僕が後ろから押していたのだが、女の子にとってはキツそうだったので僕が代わってあげた。


 黙っているのも何なので、話しかけた方が良いか。しばらく誰とも話していなかったので会話が苦手。

 話題が思い浮かばなかったので、前から気になっていたことを聞いてみた。


「スザンヌさんたちは、どうして森の中に住んでいるの?」


「……えーと、町の家は借り賃が高いので」


「ああ、そうなんですか」


 返事が返ってくるまでに、少し間があった。答えにくい質問だったか。


「スザンヌさんは二人で暮らしているんですか?」


 急に荷車を引く手に重さが増す。後ろを向くと彼女は立ち止まっていた。

 僕の視線を感じて、彼女は慌てて荷車を押そうとした。


「あ、はい……両親は遠くに行って商売をしているんですよ」


「そうなんですか……。行商とか、そういった出稼ぎの仕事なんですか?」


「え、ええ。はい。まあ……」


 声が震えている。聞いちゃいけない事だったのか。


 森の中はデコボコして狭い道だったが、そこを抜けると平坦になった。

 少し休憩して、疲れているクリスを荷台に乗せて町を目指す。

 リフローの街が見えてきたときには太陽が真上付近に上っていた。感覚的に考えて、この世界の1日は地球の1日と同じくらいの時間かな。


 1時間以上も荷車を引くと、さすがに疲れが半端ない。ずっと引きこもりだったから体力が落ちているようだ。


「トウヤさんはニッポンという村からきたんですよね」


 しばらく無言だったスザンヌが話しかけてきた。


「え、ええ、そうですけど」


「どういった村なんですか」


「どういったと聞かれても……」


 僕は何と返事をすれば良いのか。


「どうして、ニッポンを出てきたんですか? もしかして、逃げてきたとか」


 何と返事をすれば良いのか。嘘をついたり変にごまかしたりしたくない。


「うーん、ちょっと説明に困るんですよ。後で少しずつ説明するということで……どうでしょう」


「そうですか。分かりました」


 それからスザンヌは、また無言になった。


 リフローの町は城塞都市だ。高い塀に囲まれている。

 入り口には門番がいたが、スザンヌが通門証を見せると、すんなり通してくれた。

 石畳の中央通りをしばらく進むと、大きなレンガ造りの建物に着く。


「ここが商業ギルドなんですよ」


 そういってスザンヌが塀のそばに露店を作った。

 そのまま荷車を利用した売店。テントのような日よけで直射日光を避ける。

 開店して、しばらく待っていると客がやってきた。

 笑顔で対応するスザンヌ。なじみの客らしい。


「毎度、どうもー」


 スザンヌが受け取っているのは銀色の硬貨だ。おつりとして銅の硬貨を渡している。それが流通している貨幣なのか。さすがに紙の紙幣はないようだ。

 銅貨1枚が10ペセタ。小さい銀貨が1000ペセタで大きな銀貨は5000ペセタという貨幣単位だ。この世界ではペセタというのがお金の単位。


 スザンヌが作った薬は人気らしく、次々と薬ビンが売れていった。

 やがて、荷車は空になった木箱だけになる。


「そろそろ、お昼にしましょうか」


 僕は彼女と一緒に露店を離れた。店番はクリスに頼んでいる。


 町を歩くと、商業ギルドの近くに、多くの露店が開いていた。

 食料を売っている店や、食器、日用雑貨、それに服をそろえている露店もある。それらには値段が表示されており、大ざっぱに食料品を基準に考えると1ペセタが1円に該当するようだ。


 僕たちは食料品店に入った。

 そこは露店ではなく、食料品をメインにした大きめの雑貨店という感じ。

 スザンヌはパンやビン入りのジュースなどを買い込む。出口で店の主人に代金を払ってから僕たちの露店に戻った。


 露店の後ろに厚い布のシートを敷き、3人で昼食を食べる。

 パンは固くて日本の物よりも旨くない。でも、フルーツジュースは素材の味が生きていて、今まで飲んだことがない味わいだ。


 食後は黙り込んでボンヤリとしていた。

 スザンヌ達のことを聞きたいが、地雷を踏むのが怖い。彼女も僕のことを訊ねてこないのは話題が自分のことに及ぶのが怖いのか。


「まだ、帰らないの?」


 僕が訊ねると、少し微笑んで首を横に振る。


「そうですね……もう少し待っていようかなと」


「ああ、そう……」


 薬はすべて売り切ったのだから、ここにいても仕方がないと思うのだが。

 荷車に置いてある木箱には、今日の売り上げが入っていた。

 銀貨と銅貨が数十枚。それは日本の硬貨と同じような形で、およそ銀貨が1000円、銅貨が10円に該当するようだが、それぞれ大小があるので計算は少し難しい。

 今日の売り上げは、ざっと10万円くらいになるのかな。


「ああ、良かった。スザンヌさん、まだ帰っていなかったのね」


 声を掛けたのは町人らしきオバサン。太って丸い顔をしていた。

 質素な服に古ぼけたエプロンを着けている。


「あ、はい。病人ですか?」


「そうなのよ。うちの旦那が熱を出しちゃってさあ」


「では、すぐに行きましょう」


 スザンヌが立ち上がった。彼女は、どこに行って何をするのだろう。


「あの、僕も一緒に行ってもいいかな」


「あ、いいですよ」


 僕も立ち上がってスザンヌ達について行く。

 中央に噴水がある丸い公園を過ぎて、しばらく行くと木造の家に着いた。

 中に入って奥の寝室に行くと、初老のおじさんがベッドで苦しそうにしている。


「昨日からこんな調子なのよ。薬も効かなくってさあ」


 そう言ってエプロンを握りしめる。


「分かりました。では、早速ヒーリングを行います」


 スザンヌはベッド横のイスに座り、おじさんの胸の上に両手をかざす。

 彼女が念じると、おじさんの息が荒くなった。何かの波動が僕にまで伝わってくる。これが治療魔法というものなのか。


 やがて、おじさんの激しい呼吸が収まった。


「あんた、大丈夫かい?」


 オバサンが聞くとおじさんは深呼吸した。


「ああ、良くなったよ。スザンヌちゃん、ありがとな」


 そう言っておじさんは弱々しく笑う。


「いいえ、どういたしまして」


 ニコリと笑うスザンヌ。相変わらず彼女の笑顔は破壊力がある。


 治療の代金として小さな金貨を1枚もらった。

 この世界にはゴールドもあったのか。


 家を出て露店に戻り、3人で買い物をすることになった。

 食料や雑貨などを買ってから荷車に荷物を積み込む。日は西に傾いていたので、真っ暗になる前に帰宅する予定だ。


 スザンヌは、さっきもらった金貨で買い物をしていた。おつりの銀貨の枚数から考えると、小さな金貨は1万円くらいなのか。


「夕食を食べていきましょう」


 スザンヌに誘われて、近くの食堂に入った。

 中は多くの客がいて賑やかだった。酒らしき物を飲んでいる男達がいたので、そこは酒場も兼ねているらしい。

 メニューはスザンヌに任せた。

 出てきたのは、肉野菜炒めのような物だ。それを食べてみると結構イケる。あまり調味料を使っていない素朴な味だが、新鮮な野菜を使っているようで僕はバクバク食べていた。肉は何の動物なのかは聞かない方が良いか。


 すっかり日の暮れた道を僕は荷車を引いてスザンヌの家に向かう。

 これからどうするか?

 日本に帰る手段が分からない以上、スザンヌの家に泊めてもらうしかない。しかし、女の子の家に男が同居するのは、スザンヌにとって怖いことだろう。


「ねえ、スザンヌさん。家の近くに小屋とかありませんか」


「あることにはありますが、屋根が崩れたボロ小屋ですよ」


「……そうですか」


「あのう……トウヤさん」


「はい」


「何か遠慮しているんだったら、その必要はないですよ。私はトウヤさんを信じていますから」


 後ろを振り向くと、スザンヌが微笑んでいた。


「トウヤさんが優しい人だってことは分かっていますから。優しいから私たちを助けてくれたんですよね。トウヤさんは良い人です。私には分かるんです」


 荷車を引く僕の手が震えた。

 僕のことを理解してくれる人間がいた。いじめられていた学校では、自己否定の連続だった。だが、ここに僕を肯定してくれる人がいる。僕が存在しても良いと、生きていても良いと信じさせてくれたのだ。おばあちゃん以外で僕を認めてくれた女の子。

 胸の奥に温かいものが満ちる。視界がゆがんで涙がこぼれた。


 異世界でも虫の声がする。すっかり暗くなった空には二つの月が並んでいた。


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