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02,異世界

 夏だというのに肌寒くなるほどの冷気が流れ出す。

 湿気を多分に含んだ空気は僕の汗ばんだ体を冷やした。


「明かりがないとダメだよな……」


 真っ直ぐに伸びる洞窟は、ずっと先まで暗闇に閉ざされている。

 僕は家からライトを持ってきて洞窟に踏み出した。

 100メートルも進んだろうか。そこは道が二股に分かれている。


「どちらに行けばいいのか……」


 迷っていると胸の奥に熱を感じた。

 そして、右に行けば良いという感覚が生じる。生じるというのは、その記憶が元々あったかのような不思議な現象と説明するしかない。


「これが継承された能力というやつなのかなあ……」


 その熱に導かれるように僕は洞窟の迷路を進む。


「この洞窟は誰が作ったのだろう。人工物としか思えないよね」


 一人暮らしになったら独り言が増えてきた。

 洞窟の断面は円形に近く、その形は歩き続けても大きく変わることがなかった。


 1時間以上も進んだろうか。スマホを持ってこなかったので今の時間が分からない。

 ライトで照らされた先に岩肌ではない構造物が浮き上がった。

 立ち止まり、それを確認しようと歩き出す。


 それは木製の鳥居だった。

 近寄って見てみると全体が紅く塗られている。僕の背よりも少し高い物で土台はなく、岩にめり込んで立っている。


「これが……おばあちゃんが言っていた鳥居なのか」


 鳥居の前に行くと胸の奥が熱くなった。

 やはり、これは普通の物ではない。

 どうしようか迷ったが、僕は鳥居に入ることに決めた。足を踏み出して鳥居をくぐる。その途端、立ちくらみしたように目の前が真っ暗になった。



  *



 気がつくと僕は森の中に立ちすくんでいた。

 周りは大木が立ち並び、腰の高さまで茂った雑草が視界のすべてを占めていた。


「あれっ、ここはどこだ。今まで洞窟にいたはずなのに」


 辺りは静かで、ときどき鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 上を見ると青い空が見えるが、ここは深い森の中らしく周りは薄暗い。


 ジッとしていても仕方がないので、僕は歩き出した。

 だが、歩いても歩いても同じ風景。ここはどこなのだろう。

 突然、女の叫び声が聞こえた。


 立ち止まって耳を澄ます。近くから女の声と獣の唸り声が聞こえてきた。

 速足で声がする方に向かう。

 すると、前方に大きなイノシシがいて、姉妹と思われる二人を襲おうとしていた。


「イノシシだよな……」


 それは人間の大人ほどの大きさでイノシシと同じ姿をしているが、頭には一本の角が生えていた。今までに見たことがない動物だ。ユニコーンのイノシシ版といったところか。


「ここは地球じゃないのか」


 そのイノシシは大木の前に立ち、その木の陰に隠れている少女たちを威嚇していた。

 その姉妹は薄茶色のワンピースのような服を着て、それを帯で結んでいる。ひどくおびえているのが離れている僕からでも分かった。


 イノシシは回り込んで姉妹を襲おうとするが、彼女らはイノシシの動きを見て同じように回り、獣から逃げていた。


「でも、あれだと、いつかは襲われるだろう」


 じゃあ、どうするのか。


 見て見ぬふりをするのか。

 それなら、いじめを放置している担任と同じではないか。

 怖いから逃げるのか。

 それでは、僕がいじめられているのを見ても注意しない友達と同じだ。


「チクショウ……」


 あんなイノシシに勝てるわけがない。恐怖のために寒気がして足が震えている。

 でも、このまま逃げたら女の子たちは殺されてしまうだろう。そうなったら一生、後悔するような気がする。

 少女たちを見捨てて逃げるくらいなら死んだほうがマシだ。


「チクショウ」


 近くを見ると手ごろな枝が落ちている。

 僕はライトの光をイノシシの目に当てた。


「ほーら、こっちだ!」


 するとイノシシは僕のほうに向きを変えた。

 そして、殺気を帯びたまま、ゆっくりと歩いてくる。


「このやろう!」


 ライトを思い切り投げつけると、それは角に当たった。

 イノシシはぶるんと体を震わせてから、唸り声とともに僕めがけて突進してきた。

 棒を拾い、身構える。

 呼吸が早くなり、心臓の音が喉まで響いてきた。


 毛むくじゃらのイノシシが目の前に迫る。

 直前で横に飛び、思い切り敵の頭を殴った。棒は折れて木片が飛び散る。

 だが、ひるむこともない野獣は急に向きを変えて僕に激突した。


「うぎゃあ!」


 はじかれたように後ろに飛んで尻もちをつく。

 腹が爆発したような痛み。見るとシャツが血まみれになっていた。

 奴の角が僕の血で赤くなっている。

 手で押さえた腹部からダラダラと出血していた。今まで体験したことがない激痛に気が遠くなる。

 奴は、とどめを刺そうとしているのか、ゆっくり近づいてきた。


 死ぬのか……こんな知らない場所で僕は死んでしまうのか。

 僕の人生はここで終わってしまうのだろうか。

 まあ、いいか。生きていても面白くない人生だったからな。最後にかっこよく戦ったのだから、それで満足しても……。


「いや、だめだ!」


 死にたくない。僕は死にたくない。僕は生きたい。まだ、やるべきことがあるはずだ、僕の人生で。

 心の奥から、訳の分からない力が湧き出す。


 腹を抑えながら上半身を起こして片膝をつく。

 目前のイノシシを睨みつけて、近くに落ちていた棒に手を伸ばした。

 敵は咆哮をあげて突進してきた。僕は悲鳴のような声をあげて棒を振り上げ、奴の左目に突き刺した。

 勢いで弾き飛ばされ、あおむけに倒れる。奴は悲鳴を上げて逃げていった。


 野獣の気配が消えると、人間の足音とともに少女たちが近づいてきた。


「大丈夫ですか?」


 それは、かわいい女の子だった。

 僕と同じくらいの歳だろうか。長い黒髪に大きな黒い瞳。鼻筋は通っていて、学校でも見たことがない美少女だった。


「お兄ちゃん。死なないで」


 隣は妹かな。ショートカットの髪に幼い表情だった。


 出欠のせいか、腹の痛みも感じなくなってきた。目の前が暗くなる。

 僕は意識を失った。


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