19,因果応報
後ろから足音が聞こえてきたので、振り向くと後藤だった。
顔をゆがめ、早足で歩いてくる。
「後藤君。今日のプレイは終ったの?」
もちろん、これは皮肉のつもり。
「うるせえ!」
僕に一瞥もせずに通り過ぎた。やつはボロボロと涙を流している。
通過するときにリンクが繋がった。
リソースを吸い取った相手の未来をまた、知ることができる。
後藤はギターが下手になり、聞くに堪えない歌い方になる。
バンド仲間とはケンカ別れになり、すぐに解散した。当然、音楽プロダクションとの契約も解消されて、やつは不登校になって引きこもる。
後藤は退学になりそうだったが、親が学校を説得して何とか卒業証書をもらった。しかし、それからも実家に引きこもってニート生活を続けるようになる。
それからはボンヤリとしたイメージだったので良く分からなかった。
「かわいそうな後藤君」
そう言って僕はフンと鼻で笑う。因果応報、自業自得さ。
後藤は満ち足りた学園生活を送って満足していたのに、どうして僕を苛めるのか。
全てが上手くいっているのに、漠然とした不安があったのかな。他人を苛めることにより、自分を偉く見せたかったのか。そう思い込むために他人を攻撃したのだろうか。
僕は足を返して軽音楽部の教室に戻った。
後藤から吸い取ったスキルを試してみよう。
置いてあるギターを持ってストラップを肩に掛け、ピックを握った。
「何をすんだよ、おめえ。それは後藤のギターだぞ」
目の前に譜面台があり、楽譜が開いている。
いきなり僕はギターをかき鳴らした。
楽譜を見ただけで自然に演奏できる。後藤は、このような感覚でプレイしていたのだ。演奏しているうちに胸が熱くなる。これがミュージシャンというものか。楽器を自由に操る満足感で興奮している自分。この曲は音楽スキルを失った後藤へのレクイエムだ。
こんな楽しいことをやっていたのに、後藤は他に何を欲しがったのか……。
速弾きをやり遂げて、僕はギターを置いた。
「おい、お前……」
ドラムのやつが目を丸くして僕を見ている。キーボード担当も同じ。
「センキュー」
言い捨てて僕は教室を出た。
*
金曜の放課後、学校を出てアパートに帰った。支度をして駅から電車に乗り、おばあちゃんの家に向かう。
異世界から日本へは、記憶にある場所なら問題なく転送できるのだが、日本から異世界に行くには、洞窟の鳥居に入らなければならない。
基地で一泊してから、いつものように町のスーパーで買い物をする。
昼前に洞窟に入って、スザンヌの家に転送した。
僕はドアの前に立つ。
キングボアから壊された所は、応急処置の様に板を打ち付けただけ。そのうちに、しっかりと修繕しないと。
ノックを3回する。僕が来たという、いつもの合図だ。
「いらっしゃい、トウヤさん」
ドアが勢いよく開いてスザンヌの笑顔。
この愛らしい表情を見ると、これからも僕は生きていたいのだという活力が生まれる。
「もう、待ちくたびれたよ、お兄ちゃん」
口をとがらせて、後ろからクリスが出てきた。
学校で苛められている僕でも待っていてくれる、必要としてくれる人間がいるのだと、いつも心が満たされる。
「昼食ができています。トウヤさん、一緒に食べましょう」
僕は荷物を家の中に運ぶと、3人で昼食にした。
食後のティータイム。
僕は窓の外に視線を固定する。前を見ると、ついスザンヌを注視しているからだ。
青い空には筋雲が流れている。前よりも涼しくなり、山の緑が紅く変化しているよう。この世界にも季節があるのだろうか。
「トウヤさん、ニホンとはどういった所なんですか」
そう言ってスザンヌが紅茶のカップを置く。
「日本、日本かぁ……。うーんと、ここよりも文明は進んでいるね。物も豊かだし、教育制度も行き届いている。でも、なんか将来に不安を感じるような国だよね……」
「いつも感じるんですが、トウヤさんの話を聞いているとニホンを誉めることがないですね」
ああ、そういえば、そうかな……。高校では嫌な記憶が多いから。
「一度、ニホンに行ってみたいな」
首をかしげて微笑むスザンヌ。
「あー、クリスも行ってみたいー!」
ねだるように僕を見つめるクリス。
「うーん……物は転送できるんだけど、人間はどうかなあ? 今度、犬で試してみようか」
美人秘書にも言われたが、人間を連れて転送することができるのだろうか。
「ニホンには素敵な洋服や化粧品があるんですよね。見てみたいです」
スザンヌから見つめられると、何でもやってやるという気分になる。
今まで考えなかったが、彼女たちの下着はどうなっているのだろう。日本と同じような物なのかな。
肌触りの悪いものだったら日本から買ってきてプレゼントしても良いのだが、女性の下着売り場でブラなどを買うのはハードルが高すぎる。よほど勇気のある大賢者でもなければ不可能だ。それに選び方も分からないし……。
「クリスはねえ、美味しい物をたくさん食べたいな。オスシとかいう物を食べてみたい。オスシがテーブルでクルクルと回っているんでしょ」
「ああ……そうだね」
この世界には寿司という物はないようだ。
冷蔵庫が存在しないのだから、刺身という料理はできないのだろう。
「可能だったら連れて行ってくださいね。トウヤさんが生まれ育った世界を見てみたい」
「うん、分かった」
僕もスザンヌ達を日本に連れて行きたい。
もちろん、日本語はできないのだから、ずっと僕が付き添って通訳をすることになるだろう。それも良いかもしれないな。
*
昼過ぎ。荷物をリヤカーに積んで、3人で町を目指した。
町に到着し、いつものようにギルドの近くに露店を張る。
すると、ギルドの制服を着た女性職員がやってきた。
「スザンヌさん。ちょっと、お話があるんですけど、よろしいですか」
「あ、はい……」
日よけのシートを張っていたスザンヌが振り返って職員を見る。
「ここで砂糖の販売をしないでもらいたいのですけれど……」
「えっ」
僕とスザンヌは顔を見合わせた。




