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15,ヒーリングは万能

「そういうことで、スザンヌ。体に問題はない?」


 たらいで洗濯をしているスザンヌの背中に話しかけた。

 膝をついて身をかがめ、洗濯板で服を洗っている。


 洗濯機があれば便利なんだろうけど、リヤカーに積めるかなあ。まあ、持ってきても電気がないか……。


「ええ、特に問題はないですよ。感染症になっても私のヒーリングで治すことができますから」


 形の良いヒップが、手を動かすたびに揺れる。つい、それに目が行ってしまうのは仕方がないよなあ。


「そうなんだ……ヒーリングは万能なんだね」


「何でも治療できるわけではないんです。ひどいケガとかはダメなんですけど、伝染病などは割と簡単に治すことができますよ。ケガをヒーリングするよりも簡単ですね」


「そうなんだ……だったら、安心だ」


「トウヤさんも体調が悪かったら言ってくださいね」


「うん、ありがと」


「それよりも、トウヤさん……」


 スザンヌが振り向く。白いブラウスが飛沫で濡れていた。


「ガッコウとやらに行くんですか?」


 眉をひそめて問いかけるスザンヌ。


「う、うん……復学して、やることがあるんだ」


「それだと、あまり会えなくなるんですよね……」


「うん、でも、週末には荷物を持って会いに来るからさ」


「どうしても行かなければならないんですか」


 彼女の、訴える視線が愛おしく思えた。


「ずっと、というわけじゃないよ。来年の3月になったら終わるからさあ」


「トウヤさんは、どうしても行きたいのですか」


 クリッとした目を細めて僕を見つめている。

 学校を捨てて、日本を捨てて異世界での生活を選ぶ。それでも良いのだろう。それで僕は幸せになるのだろうが、何かが足りないような気がするんだ。何かを失うような気がするんだよ。


「ごめんね、スザンヌ……」


 彼女は、ゆがんだ笑顔を作った後に背中を向けて洗濯を始めた。


「トウヤさんが……どうしてもやりたいのだったら、するべきですよね……変な決断をすると、後に残りますから……」


 僕は胸が詰まって何も言えない。


「次に来るときは甘いものをたくさん持ってきてくださいね」


 声のトーンが普段のものに戻っている。


「ああ、持ってくるよ。お菓子をいっぱい持ってくりゅからね」


 ちょっと舌が絡んでしまい、彼女はクスッと笑った。



  *



 高校の前。学生たちが門に吸い込まれていく。

 僕は門の手前で立ちすくむ。ここに来るのは3か月ぶりだったか。


 いじめられた記憶がよみがえり、腹が重たく感じてきた。


「でも、キングボアよりはマシだ」


 僕は死線をくぐってきたのだ。それにドレインという武器もある。ここでビビっている場合じゃない。

 一歩を踏み出し、二歩を踏み出して門をくぐり、職員室に向かった。


 担任と軽く話してからクラスに向かう。先生は、あまり突っ込んだ話はしなかった。面倒ごとに関わりたくないような感じ。


 夏休みが終わって新学期初日のざわめき。その教室に入ると一斉に静かになり皆が注目した。そして、目をそらしてヒソヒソと話している。

 僕に話しかける人間はいない。僕と仲良くするだけで、いじめの対象になる恐れがあるからだ。


 短いホームルームが終わり、1時限目の授業が始まった。

 久しぶりの授業についていけない。これからの勉強が大変だな。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、先生が出て行った後に僕は大きくため息をつく。


「ねえ、もう平気なの?」


 クラスの女の子が話しかけてきた。

 それは清水美代子で、前は一緒に図書委員をやっていた。その関係で、よく話をしたことがあるのだが、そんなに仲が良かったというわけではない。


「う、うん……大丈夫だよ」


 僕に話しかけるとマズイことになるんじゃないのかな……。


「何か困ったことがあったら相談してね」


 笑顔で言った。細い目が可愛い。整った顔に長い黒髪をポニーテールでまとめている。


「う、うん……分かったよ。よろしくね」


 答えた僕の表情はぎこちなかっただろう。

 自分の席に戻っていく彼女。

 胸はスザンヌのほうが大きいかな……。


「ああ……いかん、いかんなあ」


 僕は無意識に二人を比べていた。



  *



 長い一日が終り、下校時間になった。

 生徒指導室で担任から短い説教を言われた後に校舎を出る。

 すると目の前に4人の男子生徒が立ち塞がった。それは僕をいじめていたグループ。

 重かった気分が、さらに重くなる。


「よお、冬也。まだ、しぶとく学校に来たのかよ」


 そう言って僕の肩を小突いたのは野球部の高田だった。坊主頭に日焼けした顔。ピッチャーをやっている引き締まった体。


 やはり、来たか。でも、初日から絡んでくるとは思っていなかったな。


「退学するように追い込んだけどな。つまんねえな、お前」


 それはサッカー部の滝沢。体は細いが、足は速い。角張った顔を近づけて、ドングリのような大きい目で睨みつけてきた。


「まあ、これからもパシリとして使ってやるじゃん」


 軽音部の後藤が僕の襟首をつかんで引っ張った。


「とにかく、ここでは人目に付きますので、裏に行った方が良いでしょう」


 成績学年トップの内藤が人差し指で眼鏡を押し上げる。長身で痩せているが態度はデカい。彼はクラスメートなのだが、自分の成績をひけらかして、いつも僕をバカにしてくる。


 彼らに両腕を引っ張られて、僕は校舎裏に連れて行かれた。


 ドレインを使うか?

 いやダメだ。今は能力を他人に知られない方が良い。僕の仕業だと思われないように、こっそりと使っていくのが得策だろう。


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