12,キングボア
段ボール箱からボールベアリングボウを取り出す。
クロスボウと似ている武器のレールに、パチンコ玉くらいの大きさの鋼球をセットした。
弓弦を引いてロックする。金属バットも用意して武器の準備は万端だ。
「トウヤさん……」
すがるようなスザンヌの視線。
「大丈夫だよ。すぐに追っ払ってやる」
とは言ったが自信はない。
しかし――
女の前で男は、やせ我慢と強がりが必要だと、なぜか今、思い知ったんだ。
窓から様子を見ると、キングボアはゆっくりとこちらに向かって歩いている。
怖くて僕の手が小刻みに震えている。正直に言って本当に怖い。でも、スザンヌ達を守るためには戦わなければならないのだ。
僕は武器を構えて玄関ドアの前に立つ。
「クリス、やつは今どこにいる?」
「玄関を通り過ぎて家を回っているよ、お兄ちゃん」
「よしっ」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。意を決して外に飛び出す。
やつは後ろを向いている。
狙いを定めて鋼球を発射した。
それは外れた。手が震えていたので照準がぶれたのだ。
巨体が向きを変えて僕を見る。
「やばい!」
次の弾を装填し、慌てて発射。胴体に命中したが、やつはビクンと震えただけで動揺している気配はない。
前足で地面を軽く蹴ると僕をめがけて突進してきた。
中に入ってドアを閉める。
ドアから大きな衝撃音がして、家が揺れた。やつが体当たりしたのか。
続いて体当たりされると、ドアがメキッと嫌な音を立てた。
「トウヤさん!」
スザンヌの泣きそうな声。
3度目の衝撃でドアの板が割れ、やつの角が現れた。
「きゃー! お兄ちゃん」
クリスが隣の部屋に逃げ込む。
どうするか、どうするか。……仕方がない。
「スザンヌ。この武器でやつを攻撃して引きつけてくれ」
ボールベアリングボウを彼女に渡す。
「でも、どうすれば……」
「大丈夫。使い方は簡単だから」
手短に操作方法を教えた。
そして、僕は金属バットを持って窓の側に立つ。
また、衝撃音がして建物が揺れる。
ドアの破損した所からキングボアの首が飛び出していた。
僕は窓を開けて、外に飛ぶ。
走り寄って、玄関に首を突っ込んでいるイノシシの胴体を思い切り殴った。
やつはブルンと震えて後退し、僕の方に向き直る。
あれだけ強く殴ったのに効果がないのか……。
「何を食えば、そんなに丈夫になるんだよお」
突進してくる怪物。
やつの左目は潰れている。ならば、死角に入ろう。
僕は右に移動して、直進してきたイノシシの頭部をバットで殴る。
しかし、やつの頭蓋骨は特別に丈夫だったようで、バットが飛んで両手がしびれた。
何事もなかったように、僕の方に頭を向ける。
「もう、これまでかよ……」
死の恐怖で寒気が止まらない。
おばあちゃんの顔が頭に浮かぶ。あの世に誘ってくれるなよ、おばあちゃん。
タンッという音がしてキングボアがビクンと震えた。見ると、割れたドアからスザンヌがベアリングボウを向けていた。
鼻息を荒くして、玄関に向かうイノシシ。
どうする? というか、もう僕にはあれしかない。
走って行き、胴体にタッチした。針金のような剛毛。ドレイン能力のリンクを繋いだ。
すると、やつはブルブルと震えてガクンと膝をつく。
そして、あんた大丈夫かよ、というくらいにガクンガクンと大げさに揺れた後に悲鳴を上げてゴロンゴロンと地面を転げ回った。
もしかしたら、リンクを外そうとしている? そんなにリンクされたのが不快なのだろうか。
これはチャンスだよな。
「よーし、ドレイン開始」
精神集中してイノシシのエナジーを吸い取る。
すると、やつは「グオン」と叫び、3メートルもジャンプして転がった。
そして、すぐに立ち上がり、片目でチラリと僕を見るとビックリするような速度で逃げ去って行った。10メートル以上離れたので、リンクは切れた。
呆然として立ちすくむ僕。ああ、助かったのか……。
力が抜けて、崩れるように両膝を地面につけた。
「トウヤさん大丈夫ですか!」
スザンヌが家から出てきて僕を抱きしめた。
胸が顔に押しつけられているので、息が苦しい。
「お兄ちゃん!」
クリスが後ろから抱きついてきた。
姉妹からサンドイッチにされている。これは命をかけて窮地を救ってあげたご褒美なのか。
本気で窒息しそうになったので、スザンヌに離れてもらった。
「僕は大丈夫だよ。とにかく、中に入ろう」
壊れたドアから居間に入った。
「何か出しますね」
スザンヌは紅茶の準備を始める。僕は、外に放置してあったリヤカーの荷物を中に運んだ。
落ち着いてから、3人で甘ったるい紅茶を飲む。姉妹は砂糖を飽和状態まで入れるのが好きらしい。砂糖は贅沢品なのだが、僕が大量に仕入れてくるので、いつの間にか慣れてしまった。
「でも、どうしてキングボアは逃げていったんでしょう?」
そう言ってスザンヌはカップの紅茶を一口飲む。
「うん、やつにリンクを繋いだ途端に変になったんだ。もしかしたら、野生動物はドレインを極度に怖がるのかもしれない」
「怖がるようなものがドレイン能力に含まれているということでしょうか」
「人間に分からなくても動物には感じられるという特別な何かがあるのかもしれない」
町で暴漢に対して使ったときは、怖がるようなそぶりは相手になかった。
「まあ、トウヤさんのおかげで、しばらくは安心ですね」
ニコリと微笑むスザンヌ。
その笑顔を見ると体が熱くなる。ヤバいなあ……。
それから、壊れたドアの応急処置として、木の板を打ち付けた。
野獣が入ってこないように、柵とかを作れば良いのだけれども、僕たち3人では時間がかかりすぎる。他に方法がないかな。
スザンヌ達が不安だというので、一晩泊まってから翌朝、日本に転送した。




