表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

再録・無責任節

作者: 稀Jr.
掲載日:2025/12/28

 植木等は「無責任一代男」という曲を歌っている。クレージーキャッツというバンドのボーカルで、「おれは この世で一番、 無責任と言われた男~」と歌う。

 当時の世の中が無責任ばかりだったかというとそうでもない。むしろ、逆で、戦後の高度成長のさなか猛烈に働くことが求められた時代に、猛烈に働かないことを肯定する音頭だったのだ。いや、それこそ馬車馬のように働くなかで、それまでのがつがつした価値観を捨て去るのは、相当なインパクトがあったことだろう。

 この映画と曲から植木等は「無責任男」として名を馳せることになったわけだが、本来の植木等はいたって真面目で、むしろ責任感の強い人だった...らしい。よくしらんけど。


 人が生きたときの評価は、そのときの時代の価値観によって変わってくる。1960年代の日本でヒットしたかこその、植木等の「無責任男」のスタイルだったわけだが、実際にそういう男がいたとして、それが受け入れられたかというと話は別になるだろう。

 当時は、コンピュータもないメールもない時代である。テレビと映画と酒飲みぐらいが娯楽の主流であり、情報伝達も遅く、社会の情勢を知るには新聞やテレビのニュース位しかなかった。いまでこそ、テレビが古くさくも感じられ、紙の新聞も弁当の包み位にしかならない時代にはいってしまい、スマホで Youtuber の動画から日々の情報を取り込むようになった。それが、真実か嘘か誇張か名言かはさておき、1960年代のテレビでは、ニュースはニュースであり、娯楽は娯楽として分かれていたのだ。

 もちろん、当時のテレビのニュースが、どこまで所謂「真実」というものを語っていたかどうかはわからない。が、少なくとも、個人が Youtube で語るような誇張ばかりの情報ではなかったのは確かである。

 いや、誇張もあったかもしれない。

 取材こそ足を運んでいるものの、記者が政治家や企業人にインタビューをするときに、その目的は、真実を語らせること...だけとも言えない。ちょっとした、腰巾着な質問をして、相手の機嫌を損ねないような質問をしたり、袖の下を渡したり、あるいは渡されたりした可能性もある。

 そういう意味では、昨今の個人のネットニュースや個人の Youtube 動画とさして変わらないとも言える。

 はたして、それはどちらなのだろうか、いやいや、実際のところはよくわからんのだが。


 無責任にしたって、あるいは責任をとるにしたって、どのような責任を取るのか、っていことになる。山藤章二の「ブラック・アングル」のように、「わたしは、これで辞めました」が広く皆に伝わっているならば、その無責任さも、皆の共通の笑いとなるだろう。いや、笑うといっても、嘲笑いに近いところがあって、そりゃあ、そのハニートラップ的なものはアカンだろう、という訳である。

 それらが、笑い飛ばせるものなのか、ちょっと時間が経ったら、人は意図的に忘れてしまう SNS の流行みたいなものなのかはわからない。

 少なくとも、当時の「わたしは、これで辞めました」のギャグは、その科白は今に至っても有名...なのかどうかは知らないのだが、その後の政治家の辞任に至ったというわけである。

 そこは、モラルとか倫理とか、政治家の責任とかという以前に、それくらいならばきっちりと示しをつかねばならんだろう、という了解があった頃の話だ。

 しかし、当時の話としては、じゃぱゆきさんあたりもあっただろうから(これは、後年だったような気もするが)、それぞれを突き合わせていかなければ世の中の流行ひとつを取っても、読み誤る可能性があるのは、今も昔も同じことだろう。いや、良く知らんが。


 つまりだ、積極財政だ、財務省の陰謀論だ、軍備倍増計画だという話もあるが、大蔵省の頃のノーパンしゃぶしゃぶに比べれば、随分とまともになったのか、まともになっていないのかという話である。円安円安というが、当時は固定為替の頃でそりゃまあ、360 円の固定レートだったわけで、洋書を買うのも一苦労だし、海外旅行に行くのもひと苦労だったわけである。まさしく、ハワイ旅行にしたって、当時の価値観としては 100 万円近いものであったろう。

 確かに、失われた 20 年いや 30 年という年月があり、バブルがはじけちまった 90 年代の後半からサラリーマンの給与はたいして上がっていないのである。逆に言えば、1960 年代の会社員の給与から、1990 年代までは急激に給与がのし上がっている時代でもあり、まさしく、24 時間働けますか? という面接があったくらいであり、よいしょよいしょ、だったわけだ。

 そんな中で、サリンがまき散らされていたり、合同結婚式が流行ったりしたところで、ちょっとした献金やら接待やら秘書の無償提供やらがあったりして、今に至っているのである。

 まあ、なんというか、無責任男よりも無責任な時代がずーっと続いてしまったものから、情報に麻痺してしまってオールドメディアなんだか、追及やら取材やらから遠く離れたバラエティニュースと素人コメンテーターが流れるだけのテレビ番組と、それを模した Youtube 動画が溢れかえっているわけである。

 いやはや、そこで、何が正しいのか? なんて正義ぶっていることなんてできやしない。まともな頭をしていたら、それこそ狂ってしまうのではないか、と思う訳だ。まあ、そうだな、それほど狂ってもいないわけだから、世の中は意外とうまく廻っているのかもしれんよ、うん、良く知らんけど。


 ほら、スーダラ節でも歌って、子守歌にしてお眠りなさい、夜しか寝れん不安にさいなまれる前に。浅田彰の「逃亡論」と川崎ゆきおの「猟奇王」を抱えながら。はい、ごくろうさんッ!!!


【完】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ