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こうして少年は花嫁として旅立つ  作者: 巴 雪夜
三篇:お嫁に行ってやろうじゃないか

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八.そうして、旅立った

 気づかなければよかったと明日葉は顔を覆う。こんな想いに気づかなければきっともっと楽に死ねたはずだと。


 枯れたと思っていた涙が溢れてきた。あぁ、まだ自分は泣けるのだなと明日葉は他人事のように思う。


 こんな未来が待っていたのなら、緑禅になど会わなければよかった。


 出逢っていなければ、こんな感情を抱かず、苦しまず、悲しまず、後悔なく病で死ねたのだ。これも全て彼のせいだといない相手に八つ当たりする。


 そんなことをしてもこの未練が無くなるわけもない。明日葉は嗚咽を吐きながらただただ、泣いた。病室に響く泣き声を聞くものは誰もいない。


 夕陽が窓から射してもうすぐ夜になる。明日葉はぐずぐずと泣き声を上げながら腕に付けたブレスレットを見る。


『いつでも俺を頼りなさい』


 緑禅の言葉がふと頭に過る。彼は言っていた、人生に疲れた時でも、悲しくなった時でも、死にたくなった時でもいい。辛くて耐え切れなくなったならば俺を呼べと。


 それが今なのではないか、そう思ったけれど明日葉は呼べなかった。会ってしまったら、死にたくないと思ってしまうのが分かっていたから。


 それでも心は会いたいと叫んでいる。死ぬ前に会って話がしたい、別れを告げたい、昔のように頭を撫でてほしい。


 心は叫ぶ、会いたいと。身体は呼べと言っている。明日葉はぎゅっとブレスレットについた勾玉を握り締めた。



「こんなおれに会ってくれるだろうか、りょく兄ぃは……」


「会うけど?」



 突然の声に驚いて顔を上げれば、窓の縁に緑禅が座っていた。昔と変わらない姿は間違いなく、彼だ。綺麗な長い黒髪が外から吹く風に靡く。


 驚きに明日葉が固まっていれば、「呼んだのはお前だろう」と緑禅は笑った。



「え、まだ……」


「会いたいと思ったらそれは呼んでいるということになるさ」



 緑禅に「会いたかったのだろう?」と問われて、明日葉は頷いた。


 会いたかったのだ、自分は彼に。そんな嘘の無い明日葉に緑禅は「素直な子だ」と微笑む。



「俺は嘘はつかん。お前が呼べばすぐに駆けつけるさ」



 会いたくないだなんて一度も思ったことはないと緑禅に言われて明日葉は彼のことを信じ切れていなかったことに気づいて恥ずかしくなった。


 そんな様子に気づいてか彼は気にしてはいないといったふうな態度をする。


 それが彼の優しさであることを明日葉は知っていたので、また泣きそうになった。今の自分にその優しさは身に沁みる。



「泣くな、泣くな。俺はお前の傍からは離れんよ」


「でも、おれ、もうすぐ……」


「知っていたさ」



 明日葉が告げずとも緑禅は知っていたようで「見えていたさ」と呟いた。


 その様子に明日葉は気づく、もしかしたら彼は口づけを交わしたあの時から知っていたのではないかと。


 どうして言ってくれなかったか、それは未来を気にして生きてほしくなかったから。


 何をやってもこの日に自分は死ぬのかと辛く悲しく思ってはほしくなかった。だから、言わなかったと緑禅は話す。


 これもまた彼の優しさだ。それが正解だったのかは分からないけれど、それでよかったと明日葉は思った。知らないでいたから高校生活は楽しいものだったから。



「なぁ、明日葉」



 窓の縁から降り立って明日葉に近寄ると緑禅はそっと頬に触れる。



「俺の嫁にならないかい?」


「だから、おれ……」


「死のうが関係ないさ」



 お前が死のうとその魂は形を成す。魂さえあればあやかしとなって妖界へと連れていくことができる。緑禅は何の問題もなさいと言って優しく頭を撫でた。



「元は人間だった妖怪というのは多いものさ」


「そう、なの?」


「座敷童やろくろ首なんかがそうさ。あまりの無念に鬼になる者だっている。だから、死んだとしても俺にはなんの関係もないんだよ」



 お前を妖怪にすればいいのだからと緑禅は軽く言った、それはまるで明日葉の心配を拭うようで。


 じゃあ、別れることもないのかと明日葉は思ったけれど、不安があった。どうして、自分に此処まで優しくしてくれるのだろうかと。



「お前ね、俺は明日葉を愛しているんだよ。優しくするのは当然だろう」



 明日葉の不安を察してか緑禅はもう一度、言う。


 いざ、愛していると言われると明日葉は自分の気持ちに気づいてしまっているので動揺してしまった。それは表情にも出ていたようでくすくすと笑われてしまう。



「妖怪でも一目惚れってするもんなの?」


「するよ。俺がしたんだから」


「そっか……じゃあさ、どうして無理矢理にでもお嫁さんにしなかったの?」


「できない決まりだからだよ」



 いくら力がある妖怪でもその世界には決まりがある。相手の同意がなくては妖界へと招くことができないと。


 だから、緑禅は無理強いすることなく何度も明日葉に聞いてたのだ。


 そういう決まりもあるのかと明日葉は納得しながら緑禅を見つめる。お面のせいであまり表情が分からないけれど、なんとなく焦っているような気がした。



「じゃあさ、おれがこのまま何も返事しないで死んだら嫁として連れていけないってこと?」


「そうだよ。だから、俺は聞いているんだ」



 緑禅は言う、俺はお前を手放したくはないと。傍に居てもっと話がしたいし、遊んでいたい。手を繋いで散歩をしたい、百鬼夜行紛れて一緒に笑い合いたい。


 ずっと、そうずっとそうやって過ごしていきたいと話す緑禅の声は少しばかり震えていた。


 失うかもしれない恐怖というのが彼にもあるのかもしれない。不安で押しつぶされそうだけれどそれを悟られないようにしているようで、緑禅の想いの重さを感じた。


 愛されているのだ、自分は。


「あのさ」


「なんだい?」


「また百鬼夜行が見たいな」



 化け狐と化け狸の化け勝負がまた見たいと言って明日葉は頬に触れる緑禅の手を取った。



「一緒にさ、いてくれる?」


「もちろん」



 死にたくないなと思った。


 まだ生きていたいし、もっと遊びたい。なんでもない日を楽しんで、時に暇をつぶして、笑っていたかった。


 それに彼ともう二度と会えなくなるのは嫌だった、愛していたから。



「いいよ、お嫁さんになるよ」



 そっと触れるだけの口づけを交わして、緑禅の腕に明日葉は抱かれた。「離れるものか」と耳元で囁かれて。


 そうして明日葉はこの世を旅立った。


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