七.それは何の前触れもなく訪れた
高校二年からはもっともらしい理由をつけても祖父母の家へと帰省はさせてくれなかった。母と祖母の間に何かあったらしく、「勝手に行くことを許さない」と宣言されてしまったのだ。
そんな両者のいざこざに息子を巻き込まないでほしいと思ったけれど、まだ親から手が離れていない身なので従うしかなかった。
とはいえ、緑禅のことを明日葉は忘れたことはない。彼と話した内容も、百鬼夜行の光景も、彼と交わした口付けのことも。
会いに行かなかったことを彼がどう思うだろうかと考えたけれど、気にしないかもしれないなと思った。
彼は自分から会いに行けると言っていたからだ。会いに来てくれるかもしれないしとそんなことを考えながら、明日葉は高校生活を楽しんでいた。
それから高校を卒業し、大学へと入学が決まり新たな生活が始まろうとしていた時にそれは訪れる――明日葉は病魔に襲われた。
***
真っ白で清潔な病室内にはベッドと医療器具があるだけで殺風景なものだった。明日葉に与えられたのは個室で、彼以外には誰一人としておらず静かだ。
明日葉はベッドから身体を起こして窓から見える景色を眺める。植えられた街路樹が紅葉に色づいて綺麗なものだが、明日葉の心は晴れない。
明日葉は病に侵されていた。病名はもう覚えてはいない、難しい名前だったことしか印象になかった。
余命宣告もされてしまい、医者でも手の施しようがないと言われたことを知っている。両親は泣き崩れて息子に「ごめんなさい」と何度も謝っていた。
両親が謝ることではないと明日葉は思っている。丈夫に産んで上げれなくてと言って泣く母の姿は見ていて悲しくなったし、父の涙を堪える表情は忘れることができない。
二人がお見舞いにくると必死に明るく振る舞おうとする。それが見たくなくて明日葉は「毎日来ないで」と頼んだ、そう毎日来なくても自分は平気だからと。
両親は辛そうにしていたけれど、息子の気持ちを察してか週に一度のお見舞いになった。
辛くないわけがなかった。どうして自分なんだろうか、まだ生きていたいなと思って泣いたりもした。けれど、それで病気が治るわけではない。
医者はいろんな治療法を試してくれてはいるけれど、効果はあまりなく刻一刻と時間は過ぎていく。
日が経つにつれて明日葉は泣くことがなくなった。だんだんと、無気力になって何も考えなくなったのだ。
ただただ、ベッドに寝そべっていて、時に身体を起こして窓の外を眺める、そんな何にもない日を過ごしていた。
何かを考えると辛さが胸にこみ上げてきて苦しくなる。それで吐くこともあって、極力は考えないように気にしないようにしていた。
幾日が過ぎ、身体が弱ってきているの感じた日の事だ、夢を見た。それは小学生の夏休み、緑禅と出逢った日のことだった。
その夢を見てから明日葉は今までのことを振り返るように思い出を引き出しから取り出した。
緑禅の妖怪の話は不気味で少し怖かった。
追いかけっこをして、かくれんぼして。
百鬼夜行の列に紛れて村を練り歩き。
百鬼夜行の化け狐と化け狸の化け勝負は勝負になっていなかった。
他にももっとたくさんあって、思い出せばそれは温かくて楽しくて明日葉は胸を押さえた。
忘れることなんて一度もなかったけれど、病気になってから胸の奥に閉まっていた。思い出せば、死にたくなくなってしまうから。
もう病気は治らないのだ、だから死ぬことを受け入れなくてはならない。死んでもいいやと未練を残してはいけないのだ。だというのに、この想い出たちは許してはくれない。
生きたいと、どんなカタチであってもいい、また彼に会いたいと願ってしまうほどに。
どうして夢を見たのだろうか、こんな夢を見なければこんなことなんて思わなかった。
「どうして」
どうして。ふっと過る最後に会った夜の日の事、緑禅と口づけを交わした。
そっと唇に触れて明日葉は「あぁ」と気づく。自分は彼のことを好きだったのだ。




