六.初恋は、きっと
宵も深まる丑三つ時、明日葉はゆっくりと瞼を上げた。百鬼夜行が行われる日というのは何故だか目が覚める。時間を確認してから明日葉は部屋を出て窓を開けた。
ぞろぞろと群れがやってくる。鬼に河童、猫又に化け狸。提灯を持った化け狐に唄うろくろ首、踊るのっぺらぼうの傍にはのっしのっしと歩くぬりかべがいる。
多種多様な妖怪たちが騒ぎながら練り歩いている光景に、昔見たものと変わらないなと明日葉は懐かしむ。
「迎えに来たよ」
そうやって百鬼夜行を眺めていれば緑禅が顔を覗かせてきた。これもまた変わらないので「近い」と押し返すと、彼は「別にいいじゃないか」と言いつつ狐のお面を渡してくる。
これをつけていないと百鬼夜行には参列できないので、明日葉は久しぶりだなと思いながらお面を被った。
緑禅に手を引かれながら百鬼夜行の輪に加わって村を練り歩く。こんなに騒がしいというのに誰一人として起きてこないので不思議だった。
田んぼのあぜ道を歩きながら妖怪たちが「今年も騒ぐぞ」と息巻いている。もうすでに酒を飲んで酔っている妖怪もいて、出来上がってるなぁと明日葉は彼らを観察していた。
妖怪たちは明日葉には気づいていないのでお面の効果というのはあるようだ。話しかけられることも、視界に入ることもないので見つかることはないだろう。
それでも見つかったときにどうなるのかを想像してしまって緑禅の手を握る力を強めた。
山へと入り、山道を登れば広場に出る。昔と同じように妖怪たちは輪になって騒ぎ始めた。踊りを踊る猫又に唄うろくろ首は三味線を弾いている。恒例なのか化け狐と化け狸はまた化け勝負をしていた。
相変わらず化けるのが下手で耳や尻尾が飛び出している姿は面白い。「あれ、上手くなってないんだな」と明日葉が呟けば、「十数年経つけど全く上手くならないよ、彼らは」と返された。
何年やっても上達する気配がないようだ。
「それで化け狐と化け狸って言えるの?」
「一応、化けてはいるだろうから」
「まー、そうか?」
耳や尻尾が生えているとはいえ、人間に化けたりできているので一応はそう呼んでもいいのだろうと明日葉は納得しておく。完璧に化けれていないけれど、一応。
回されてくる料理や酒には明日葉は手を付けない。緑禅に戻れなくなると言われているのをしっかりと覚えているからだ。
それに緑禅が「覚えていて偉いね」と頭を撫でてくれた。
子供扱いされている気がするけれど、緑禅に頭を撫でられるのは好きだったのでそのまま受け入れる。
彼はそれに気づいている様子ではあったけれど、明日葉は自分からは絶対に言わなかった。
妖怪たちから「化けれてないぞ」、「へたくそ」と野次が飛び、化け狐と化け狸は「うるせぇ!」と両者を指をさす。流れるような展開は相変わらずだなと明日葉は笑う。
そうやって彼らの化け勝負を暫く見ていると、緑禅に「そろそろだよ」と言われて手を引かれた。どうやら時間がきたようで、もう少し楽しみたかったなと名残惜しげに明日葉は緑禅の後をついていった。
ゆっくりと山道を下って田んぼのあぜ道へと出る。手はまだ繋がれていて明日葉は少しばかり恥ずかしくなった。
手を離そうとしても彼が強く握っているのでそれは出来ず。ただ、明日葉もまだ手を繋いでいたいと思ったので振り払うことはしない。
「二日というはあっという間なものだね」
「確かに短く感じる」
もっと緑禅と話がしたかったと明日葉が愚痴れば、彼はくすくすと笑いだした。
何か笑う要素があっただろうかと首を傾げれば、「だいぶ気に入られてるようで」と返ってくる。
「お前の中で俺の存在が忘れがたいものになっていることが嬉しいよ」
「忘れられないと思うけどなぁ、百鬼夜行とか見たし」
「そうなんだけどね。それ以上のものになっている気がして嬉しいんだ」
他の誰かに抱くものとは違う感情を抱いていくれているようでと言われて明日葉はどういうことだろうかと考える。
確かに緑禅に抱く感情をというのは他とは違っていた。妖怪であることの驚きや、話してくれる彼らの事、遊びに付き合ってくれた優しさ。それらが合わさって別の何かになっている自覚はある。
中学三年間会わないときもずっと忘れずにいたし、会いたいとも思ってしまっていた。どうしてそこまで緑禅を慕えたのだろうか、小学生の頃に遊んでもらった思い出があったからだろうか。
そうやって考えていると緑禅が立ち止まった。どうしたのだろうかと見遣れば彼はそっと明日葉の頬に触れた。
「なぁ、明日葉」
「何?」
「もし、辛くなったなら俺を頼るといい」
人生に疲れた時でも、悲しくなった時でも、死にたくなった時でもいい。辛くて耐え切れなくなったならば俺を呼べと緑禅は言う。
いきなりだなと思いながらもその声音が真剣なものであることはその低い声から感じられたので、明日葉「わかった」と返事を返した。
「どうやって頼ればいいの?」
「それに祈ればいい」
明日葉の腕につけられたブレスレットを緑禅は指さした。それに祈れば俺はいつでもお前を迎えにいこうと。
「迎えって、何。まだ嫁にすること諦めてねぇの?」
「諦めないと言っただろう?」
「そうだった」
彼は諦めないのだったと明日葉は思い出して小さく笑う。
それがまた愛らしいのだけれど本人に自覚はない。緑禅はその様子に息を吐いてからそっと明日葉の顔を持ち上げた。
明日葉は距離がとたんに近くなったことに「近い」と押し返そうとして、固まる。そっと唇に何かが触れた。
それはすぐに引いていく、何があったのか一瞬理解できなかった明日葉だがすぐに察して顔を赤くさせた。緑禅に口づけをされたのだと。
「は、はぁ?」
「俺がお前を好いているのは本当だという印さ」
だから、いつでも俺を頼りさない。そう告げる緑禅の言葉を片耳に明日葉は動揺していた。男にキスされたというのに嫌だと思わなかったから。




