四.高校一年の夏
小学生の頃は毎年、祖父母の家へと夏休みには遊びに行っていたけれど中学生にもなるとそれは無くなった。
共働きの両親の仕事の都合だったり、母が「疲れるのよね」と言って行きたがらなくなったのだ。
今にしてみれば、義父母の元へと二週間滞在するというのは嫁の立場を考えると大変なことだったのだと理解できる。
けれど、中学に入りたてだった明日葉は緑禅に会いに行けなくなることが寂しかった。
子供一人で祖父母のところに連れて行ってくれないだろうかと一度、聞いてみたことがあったけれど、「危ないから」と言って許してはくれず。だから、中学三年間は祖父母の家には帰省しなかった。
高校一年の夏、明日葉は久しぶりに祖父母の家へと向かっていた。
***
高校生となって電車通学にも慣れた明日葉はすっかりと成長していた。
部活には入っていないにしろ、運動が得意で身長は伸び、少しばかり体つきがよくなっている。それでもまだ華奢に見えるのだが幼い時よりは良いほうだ。
少し長めの栗毛を靡かせて明日葉は田んぼのあぜ道を歩く。久しぶりに帰省したといっても村は全く変わっていないので道に迷うこともない。
高校生になったということもあって両親が一人で祖父母の家に行くのを許してくれた。
そんなにあそこが好きかと両親には驚かれたが、「静かだから勉強しやすい」と返せばなんとなくではあるが納得してくれた。
勉強はそれなりにできて比較的偏差値が高い高校に入学できたこともあってか、勉強のことを口に出せば両親は「お前がそう言うならば」と言って深く突いてくることはない。それを利用して明日葉は帰省したのだ。
見えてきた鳥居をくぐって坂を登れば記憶と変わらない赤い鳥居が出迎えてくれた。古びたお宮と倉庫しかないだだっ広い場所に懐かしさを感じる。
自分以外に誰もいないことを確認してから明日葉は「りょく兄ぃ」と呼んだ。こうやって名前を呼ぶと彼は音もなくやってくるのを覚えていたから。
「随分と大きくなったね」
ふっと風が吹き抜けたかと思うと上から声がした。見上げればご神木だろう巨木の上に緑禅は立って明日葉を見下ろしている。相変わらず見た目は変わっていないので見間違うことはない。
鼻から上はお面に隠れているけれど嬉しそうにしているのは察せられた。狩衣を着こなす緑禅は翼をはためかせてゆっくりと明日葉の前に降り立つ。
「うーん、ますます好みだ」
「それ、まだ諦めてなかったわけ?」
「諦めないけど?」
緑禅は「お前を俺は嫁にしたいよ」と断言するものだから明日葉は諦めが悪いなと思った。
明日葉は嫁になるつもりが今のところないのだが、彼は「気が変わることもあるさ」と言っている。これはまだまだ諦めないなと明日葉は悟った。
緑禅は三年間、訪れなかった明日葉のことを気にはしていなかった。家庭の事情などを理解しているようで、「人間というのはそういうものだ」と怒ることも悲しむこともしない。
「お前はまた俺に会いに来てくれるだろうと思っていたからな」
「何、その自信」
「まぁ、会いに来なくとも俺が行けばいいことだ」
「来れるの!」
「行けるよ」
明日葉の腕に付けられたブレスレットを指差して、「それがあれば行けるよ」と緑禅は教えてくれた。そのブレスレットは道しるべでそれさえあれば辿っていけるのだと。
そんな効果があるのかと明日葉は驚きながら腕につけているブレスレットを見つめた。
「でも、ここより人多いぜ?」
「普通の人には妖怪は見えないものだ」
妖怪というのは幽霊と同じで普通の人間には見えない。僅かな人間にしか見えないし、姿を消すことなど妖怪にとっては朝飯前だ。
緑禅は「お前にしか見えないように俺はできるからね」と言われて、妖怪って意外と凄いのだなと失礼なことを明日葉は思ったけれど口には出さない。
出さなくても緑禅には分かっているようで「妖怪にも力はあるものさ」と言われてしまった。
「明日葉はいつまで此処に滞在するんだい?」
「二泊三日、それ以上は母さんが許してくれなかった」
「と、なると盆祭には参加しないんだね」
「あれ、母さんが嫌いだから参加すんなって言われてる」
母は盆祭が嫌いだったようで息子にも参加してほしくないらしい。もう少し滞在したかったけれど母に勘繰られるのも面倒なんで妥協したのだ。
緑禅は「短いね」と残念そうにしていたが、諦めてもらうしかない。
「まー、いいじゃん。話はできるわけだし」
「それはそうだね」
「あ、百鬼夜行ってまたやるの?」
小学生の頃に毎年見ていた百鬼夜行、久しぶりに見てみたいなと思った明日葉が聞けば、緑禅は「あるよ」と答えた。
「あれは毎年恒例だからね」
「また見たいんだけど」
「お前は好きだねぇ……別にいいけれど。明日の夜にあるから迎えに行くよ」
お前は運がいいねと緑禅に言われて、どうやら一日でも遅れていたら見れなかったようだ。
年に一度と言っていたのを覚えていたので明日葉は「ラッキー」と笑む。
「また、愛らしく笑う」
「何、好きな顔でしょ」
「そうだよ。てか、言うようになったな」
「まぁ、もう子供でもないし」
恋愛を知らない年齢ではもうないのだから、緑禅に抱かれている感情が分からないわけではない。
彼が自分の顔が好みだと言っていたことも覚えていると言えば、「よく会いに来たものだ」と笑われてしまった。
「お前は俺に狙われているというのに」
「そーだけどさー」
緑禅との思い出というのは明日葉にとって楽しくて輝いたものだった。妖怪たちを見れることも、自分の知らない世界を教えてくれることも。
それに彼のことは嫌いではない、好きか嫌いかで言うならば好きなのだ。
ただ、それが恋愛感情からなるかは分からない。けれど、緑禅と一緒にいて話している時間は好きだった。
「別にいいじゃん。なんかまた話してよ」
そうとは言わずに明日葉は緑禅に話しを強請った。気恥ずかしさもあったが、それを言えば彼が調子に乗る気もしたのだ。
緑禅はそんな明日葉の気持ちを知ってか知らずか、特に指摘することもなく妖界であった話をし始めた。




