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廣田探偵事務所の事件簿~助手業始めました!~  作者: 七海飛鳥
電車の中の女

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9/10

 危機だからかなんなのかはわからないが、俺たちは、普段とは違う驚異的な記憶能力を発揮した。

 寂れたビルを、二階まで駆け上がり、何とか廣田探偵事務所と書かれている戸を叩いた。


「湊音いるか!?助けて!なんか変な女に追い掛け回されてる!」

「ギャアア!もうそこまで来てる!」

「ありゃりゃ、予想以上に早かったな」

 松山と木戸が鉄製のドアをガンガン叩きながら叫ぶ。


 すぐに、事務所の戸を開いた。そこには、銀髪のイケメン――湊音がいた。彼はゲラゲラ笑っていた。


 まだあの話をした日から、二週間も経ってない。

 だから、早々にギブアップした俺たちを見て、笑いがこらえきれないのだろう。


「助けて!」

 勢い余った友永が、ステンと転ぶ。俺と木戸はさっと避けたが、松山は避けきれずに友永の巻き添えとなった。

 なにやってんだ。


「うーん、どうしようかな?」

 湊音は、こてんと首をかしげた。それがきちんと絵になっているのがムカつく。


「いいけど、前回俺の誘いを断ったからなぁ……」

「ぐっ……。わかりました、助手にでもなんでもなりますよ……」

 俺は観念した。


「「「俺たちも、パシリやります!」」」

 三馬鹿も、勢いよく湊音に宣言する。


「うん、取引成立」

 湊音は、よっぽど自分の思い通りに動いたのが嬉しかったのか、にっこりと笑って言った。


 俺たちは、この男の腹黒さが垣間見えたような気がするが、あの女とこの男は関係ない。恐らく、だが。



 俺たちはひとまず、事務所があるビルから出た。

 女怪異は、俺たちを見つけると、即座に襲いかかろうとしていたが、すぐに動きが止まった。湊音の、ただならぬ雰囲気に怖じ気付いたのだろう。


 湊音は悠々と女怪異と対峙する。


 女怪異は、電車で見たときと比べ、すっかり様変わりしてしまっていた。

 暗い色のスーツは、赤黒く染まっている。

 電車内で見た時は、きちんとセットしていた髪は、ぼさぼさで、頭は変な角度をしていた。


「ギャアアァアア!!なにあれなにあれ!!!」

「血……血!?」

「首の骨折れてるよ!ほら、ポッキリと!グチャってなってるぅ!?」

 三馬鹿は、三人で抱き合って叫んでいる。仲いいな、お前ら。


「俺は、神社流のやり方しか知らないからな。だから、悪霊は祓えない」

「は……?」

「頼る先、間違えた……?」

「終わった……!」

「南無阿弥陀仏」

 俺達は、湊音の告白に、絶望した気分になる。そして木戸、それは仏教だ。


「いや、高校の事件時、怪異祓ってただろ」

「そんなに心配?そこまで心配しなくても大丈夫大丈夫」

 湊音はそう言って、軽く準備運動をしていた。なんだかはぐらかされた気がする。


「な、何しようとしているんです……?」

「ん?ああ、俺近接特化だから」

 そう言って、いつの間にか手に持っていたお札を手に、一気に女怪異に肉薄した。


「え?」

 俺の戸惑った声が響いた。


「ふっ」

 湊音は、女怪異の顔に、お札を張り付ける。


「ああ……」

 女怪異は顔を押さえて呻き始めた。湊音は、その隙にバックステップで下がる。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"……!!!」

 女のものとは思えない、醜い叫び声。俺たちは、思わず顔をしかめた。三馬鹿も、手で耳を塞いでいる。



「じゃ、さよなら」

 そう言って、湊音は女怪異に向かって手を降った。


「お"前"え"ぇ"ぇ"ぇ"」

「祓へ給へ、清め給へ」

 女怪異は、こちらに腕を伸ばす。鈍い切断面から、ぽた、ぽたと落ちる血は、黒いアスファルトを点々と赤く染めていた。


 湊音に近寄ろうとしたが、湊音は両手をパン、と合わせ祝詞の一説を唱える。


 すると、あっという間に、音もなく女怪異は消えていった。



「ま、俺にかかればこんなもんだ。いかにもな低級怪異だったな」

 湊音は、俺たちの方を振り返って、満面の笑みを浮かべる。


 随分と、呆気なかったように感じる。

 それも含めて、低級怪異なのだろうか。


「ひとまず、事務所の中で話すか。ああ、形態としては、バイトだからな」

「え、時給もらえんの」

「当然。こちらとしても、見返りは差し出さなくちゃな」

 そう言って、湊音は指で円を作る。三馬鹿の目は、完全に¥マークになっていた。


「小遣い増える……!」

「湊音さん、一生ついていきます!」

「どんなゲーム買おうかな~?」

 湊音の言葉に、三馬鹿は小躍りしていた。俺は、それを冷めた目で見た。

 どう考えても、時には命を懸けなければならない。だが、結局俺は湊音の助手になる以外、選択はない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「なあ、夢か?これ」

「ゼロ一つ多い……」

「こ、これ一日五時間で……!」

 三馬鹿は二人掛けソファに身を寄せ合って、電卓に顔をのぞかせている。その目は、とてもキラキラしていた。


「お前はこっち」

 そう言って、湊音は俺に電卓アプリを表示させたスマホを見せる。

 そこに入力された金額を見て、一瞬息を忘れた。


「こ、これ……」

「どうだ?」

「乗った」

 俺は、二つ返事で了承する。流石に、時給四万はやばい。ゼロ一つ少なくしても、十分高時給バイトだ。


「この稼業、かなり儲かるし、一回の実入りが段違いなんだ」

 誰もその湊音の自慢を聞いてはいなかった。


「湊音!ここに一時間いるだけで、三万もらえるんですか!?」

「当然だ。ただ、きっちり業務はしてもらうぞ」

「「「マジか」」」

「……時給三万?」

 俺は、首をかしげた。


「お前は三馬鹿と違って助手だからな。その分色々と危険がある。それはそうと、さっきの怪異だが」

 湊音の言葉に、一気に空気が引き締まった。


「あの女怪異は、誰かに殺された、と俺に訴えていました」

 自分を殺した相手が憎い。そんな感情が、ずっと俺に流れ込んできていた。


「ん?そんな筈はないな。祓った感じ、ただの自殺のように感じた。なんか、気になることでもあったか?」

 湊音は、不思議そうな表情をしていた。


「俺が、あの女怪異を殺した、と。そういう幻覚を見て……」

「幻覚、ねぇ?」

「俺、その時骨折してたから、あの女怪異が見たのは俺じゃない。あの俺は、ギプスを付けていなかったから」

「うわ……陰湿だな……」

 木戸が、どん引きしながら呟いた。


「まあよくあること、なんだが、自殺した怪異は、誰かを道連れにしようとする。その時、自分が相手を殺した、と錯覚させて罪悪感からの自殺に追い込む、というやり方があるんだ」

「ヒエッ」

 ぞっとした。それは、自分があの女怪異のターゲットになっていた、という事だ。


あと四十九日過ぎてたからな、と付け足す湊音の言葉は、誰の耳にも届かなかった。


「怪異が見えるという事は、それだけで怪異のターゲットになりやすい。これからは、俺が守ってやる」

 自信満々な笑みを浮かべる湊音の背後から、後光がさした気がした。



 そんなこんなで、俺たちは廣田探偵事務所の一員になることになってしまった。


 あとから、騙されたか……?とも思ったが、こちらにもメリットはある。そこに関しては、もう考えないことにした。

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