弐
危機だからかなんなのかはわからないが、俺たちは、普段とは違う驚異的な記憶能力を発揮した。
寂れたビルを、二階まで駆け上がり、何とか廣田探偵事務所と書かれている戸を叩いた。
「湊音いるか!?助けて!なんか変な女に追い掛け回されてる!」
「ギャアア!もうそこまで来てる!」
「ありゃりゃ、予想以上に早かったな」
松山と木戸が鉄製のドアをガンガン叩きながら叫ぶ。
すぐに、事務所の戸を開いた。そこには、銀髪のイケメン――湊音がいた。彼はゲラゲラ笑っていた。
まだあの話をした日から、二週間も経ってない。
だから、早々にギブアップした俺たちを見て、笑いがこらえきれないのだろう。
「助けて!」
勢い余った友永が、ステンと転ぶ。俺と木戸はさっと避けたが、松山は避けきれずに友永の巻き添えとなった。
なにやってんだ。
「うーん、どうしようかな?」
湊音は、こてんと首をかしげた。それがきちんと絵になっているのがムカつく。
「いいけど、前回俺の誘いを断ったからなぁ……」
「ぐっ……。わかりました、助手にでもなんでもなりますよ……」
俺は観念した。
「「「俺たちも、パシリやります!」」」
三馬鹿も、勢いよく湊音に宣言する。
「うん、取引成立」
湊音は、よっぽど自分の思い通りに動いたのが嬉しかったのか、にっこりと笑って言った。
俺たちは、この男の腹黒さが垣間見えたような気がするが、あの女とこの男は関係ない。恐らく、だが。
俺たちはひとまず、事務所があるビルから出た。
女怪異は、俺たちを見つけると、即座に襲いかかろうとしていたが、すぐに動きが止まった。湊音の、ただならぬ雰囲気に怖じ気付いたのだろう。
湊音は悠々と女怪異と対峙する。
女怪異は、電車で見たときと比べ、すっかり様変わりしてしまっていた。
暗い色のスーツは、赤黒く染まっている。
電車内で見た時は、きちんとセットしていた髪は、ぼさぼさで、頭は変な角度をしていた。
「ギャアアァアア!!なにあれなにあれ!!!」
「血……血!?」
「首の骨折れてるよ!ほら、ポッキリと!グチャってなってるぅ!?」
三馬鹿は、三人で抱き合って叫んでいる。仲いいな、お前ら。
「俺は、神社流のやり方しか知らないからな。だから、悪霊は祓えない」
「は……?」
「頼る先、間違えた……?」
「終わった……!」
「南無阿弥陀仏」
俺達は、湊音の告白に、絶望した気分になる。そして木戸、それは仏教だ。
「いや、高校の事件時、怪異祓ってただろ」
「そんなに心配?そこまで心配しなくても大丈夫大丈夫」
湊音はそう言って、軽く準備運動をしていた。なんだかはぐらかされた気がする。
「な、何しようとしているんです……?」
「ん?ああ、俺近接特化だから」
そう言って、いつの間にか手に持っていたお札を手に、一気に女怪異に肉薄した。
「え?」
俺の戸惑った声が響いた。
「ふっ」
湊音は、女怪異の顔に、お札を張り付ける。
「ああ……」
女怪異は顔を押さえて呻き始めた。湊音は、その隙にバックステップで下がる。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"……!!!」
女のものとは思えない、醜い叫び声。俺たちは、思わず顔をしかめた。三馬鹿も、手で耳を塞いでいる。
「じゃ、さよなら」
そう言って、湊音は女怪異に向かって手を降った。
「お"前"え"ぇ"ぇ"ぇ"」
「祓へ給へ、清め給へ」
女怪異は、こちらに腕を伸ばす。鈍い切断面から、ぽた、ぽたと落ちる血は、黒いアスファルトを点々と赤く染めていた。
湊音に近寄ろうとしたが、湊音は両手をパン、と合わせ祝詞の一説を唱える。
すると、あっという間に、音もなく女怪異は消えていった。
「ま、俺にかかればこんなもんだ。いかにもな低級怪異だったな」
湊音は、俺たちの方を振り返って、満面の笑みを浮かべる。
随分と、呆気なかったように感じる。
それも含めて、低級怪異なのだろうか。
「ひとまず、事務所の中で話すか。ああ、形態としては、バイトだからな」
「え、時給もらえんの」
「当然。こちらとしても、見返りは差し出さなくちゃな」
そう言って、湊音は指で円を作る。三馬鹿の目は、完全に¥マークになっていた。
「小遣い増える……!」
「湊音さん、一生ついていきます!」
「どんなゲーム買おうかな~?」
湊音の言葉に、三馬鹿は小躍りしていた。俺は、それを冷めた目で見た。
どう考えても、時には命を懸けなければならない。だが、結局俺は湊音の助手になる以外、選択はない。
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「なあ、夢か?これ」
「ゼロ一つ多い……」
「こ、これ一日五時間で……!」
三馬鹿は二人掛けソファに身を寄せ合って、電卓に顔をのぞかせている。その目は、とてもキラキラしていた。
「お前はこっち」
そう言って、湊音は俺に電卓アプリを表示させたスマホを見せる。
そこに入力された金額を見て、一瞬息を忘れた。
「こ、これ……」
「どうだ?」
「乗った」
俺は、二つ返事で了承する。流石に、時給四万はやばい。ゼロ一つ少なくしても、十分高時給バイトだ。
「この稼業、かなり儲かるし、一回の実入りが段違いなんだ」
誰もその湊音の自慢を聞いてはいなかった。
「湊音!ここに一時間いるだけで、三万もらえるんですか!?」
「当然だ。ただ、きっちり業務はしてもらうぞ」
「「「マジか」」」
「……時給三万?」
俺は、首をかしげた。
「お前は三馬鹿と違って助手だからな。その分色々と危険がある。それはそうと、さっきの怪異だが」
湊音の言葉に、一気に空気が引き締まった。
「あの女怪異は、誰かに殺された、と俺に訴えていました」
自分を殺した相手が憎い。そんな感情が、ずっと俺に流れ込んできていた。
「ん?そんな筈はないな。祓った感じ、ただの自殺のように感じた。なんか、気になることでもあったか?」
湊音は、不思議そうな表情をしていた。
「俺が、あの女怪異を殺した、と。そういう幻覚を見て……」
「幻覚、ねぇ?」
「俺、その時骨折してたから、あの女怪異が見たのは俺じゃない。あの俺は、ギプスを付けていなかったから」
「うわ……陰湿だな……」
木戸が、どん引きしながら呟いた。
「まあよくあること、なんだが、自殺した怪異は、誰かを道連れにしようとする。その時、自分が相手を殺した、と錯覚させて罪悪感からの自殺に追い込む、というやり方があるんだ」
「ヒエッ」
ぞっとした。それは、自分があの女怪異のターゲットになっていた、という事だ。
あと四十九日過ぎてたからな、と付け足す湊音の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「怪異が見えるという事は、それだけで怪異のターゲットになりやすい。これからは、俺が守ってやる」
自信満々な笑みを浮かべる湊音の背後から、後光がさした気がした。
そんなこんなで、俺たちは廣田探偵事務所の一員になることになってしまった。
あとから、騙されたか……?とも思ったが、こちらにもメリットはある。そこに関しては、もう考えないことにした。
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