壱
それからというもの、何事もなく過ごしていたのだが、通学中の電車で、毎日同じ女性を見た。
OLっぽい、スーツが似合う女性。それ以外は、特に印象がなかった。
最初は、毎日同じ電車に乗っているのだし、毎日顔を合わせるのは当然だと思った。だから俺は、特に気にかけなかった。
電車内に、あの女性以外にも何度も顔を合わせたことがある、名前を知らない誰かなんか大勢いたし。
だが、休日、あの三馬鹿と遊ぶ約束をした日、電車に乗ると、あの女性がいた。平日じゃないし、何よりいつもと違う時間だ。
ストーカー?すぐさまそんな考えが頭を過ったが、すぐさまその考えを打ち消す。そんなこと、あの男――湊音ほどのイケメンならともかく、俺のような平凡顔高校生をストーカーするもの好きはいない。
あのナルシストな言動を思い出したら、なんか腹立ってきたな。
決してひがんでいる訳ではない。
たまたま同じ電車に乗っただけかもしれない……そう、たまたま、たまたま。
急遽出社しなければならなくなったかもしれない。待ち合わせ場所の最寄り駅は、高校の最寄り駅と一緒だし。
這い寄る冷気を必死で無視し、俺はそんなことを自分に言い聞かせる。途中、友永と駅で出会ったのは、かなり心強かった。
かくして俺と友永は、集合場所に到着した。
「よ、なんか須藤と遊ぶの、初めてだな」
「そうだな。いつも馬鹿やってるお前らとは、流石に住んでる世界が違うからな」
「お前~!」
俺が言った余計な一言に、三馬鹿がじゃれついた。
こういう、なんてことないやり取りが、俺を安心させた。非日常なんか、もうごめんだ。
そんな風に、馬鹿話をしていると、ふと松山が後ろを振り向いて、固まった。
「どうした~?」
木戸が、様子の変わった松山に肩を回す。
心なしか、松山の顔が、青い気がした。
「なあ、あれって……」
俺たちは、松山が示す方向へ、顔を向けた。するとそこには、あの、女性。まさか、電車の時からついて来ていたのか……?
「な、な、な、なんで……?」
俺が絞り出すように出した声に、友永が反応する。
「須藤、知ってるのか?」
「あの女性、いつも俺が乗ってる電車に乗ってて」
そう言ったとき、友永が怪訝な表情をした。そんな友永の表情に、俺はちょっと嫌な予感がした。
「なに言ってるんだ?俺、あの女見たことないぞ?」
「え……?」
友永の最寄り駅は、俺の最寄り駅の二、三駅後だ。だから、俺と友永は一緒に登校していた。
だから、見たことがないという事はない。俺があの女性を見るようになってから、かなり経っているのだ。
彼ら、三馬鹿とここまで仲良くなる、高校での事件。それよりも、ずっと前から。
「み、見たことないって、おかしいだろ?隣だった時もあったぞ?そ、それに今日だって!」
「でも見たことないんだって」
その友永の言葉と同時に、俺はぞっとするような悪寒が、体を駆け巡った。
視界の隅で、女性がこちらへと駆けているのが見えた。
女性は、今まで見ていた時は、普通の人間とは変わらなかったのに、今チラッと見えた女性は、ぐちゃぐちゃで血まみれだった。
まるで、電車にはねとばされたかのごとく。
見ただけで、もう死んでいる、怪異であるという事が分かってしまった。
そう言えば、あの女性と一緒の電車に乗っている、と気が付いたのは、高校に入学してすぐに起きた、投身自殺だった気がする。
確か、死んだのはスーツを着た、若い女性だったような……。
「食わせろ……食わせろ……!」
女性――女怪異が、おぞましい声色でこちらに手を伸ばす。しかし、それがボトリと落ちる。
他にも、違和感がある。
まるで、上半身と下半身がずれているような気が……。
食わせろ。その言葉に、動悸がする。俺はその場に釘付けになって、動けない。
俺はまだ、高校の中にいて、怪異に追いかけまわされている錯覚に陥る。
しかし、その時に見た幻覚は、自分が電車に轢かれた映像だった。
ファー、という音とともに、迫りくる電車のライト。妙に、電車に体が叩きつけられるまでの時間が、長く感じた。
体がばらばらになる感覚。腕が痛い。下半身の感覚がない。あまりの激痛に、意識が一瞬飛ぶ。
線路から、上をただ仰ぎ見ることしかできない俺は、視界の中に駅員が映る。
俺の中に、恨みが募る。誰かに突き飛ばされた。誰かに。
必死に、自分を突き飛ばした相手の顔を見てやろうと、体を捻った。
そこにいたのは、冷たい顔をした俺だった。
信じられなくて、その瞬間をもう一度思い返す。
しかし、顔も、着ている制服も、持っているリュックも。何もかも全て、俺以外の何物でもなかった。
「違う、俺じゃない。俺じゃない俺じゃない。それは俺じゃない」
俺は、必死にその幻覚を振り切るように、頭を振った。
「お前が……お前が私を……!!!」
「違う。だってその時俺は――」
駅の階段から落ちて、左腕を骨折していた。だから、ギプスを付けていないその俺は、俺じゃない。
「逃げるぞ!」
矛盾だらけの映像が、木戸の鋭い言葉と同時に立ち消える。松山が俺の腕を引っ張った。俺は一気に現実に帰ってきた感覚がした。
俺たちは弾かれたように、走り出した。
こっそり背後をうかがうと、あの女が追ってきているのが分かった。
「どこ行くどこ行く!?」
「湊音の探偵事務所だ。そっちの方が早いし、何より実績がある」
高校での呪いを何とかしてくれた、な!
俺は、そう言って次の角を右に曲がった。三馬鹿は、慌てて俺に続く。
目指すは、あの寂れた通りにある、あの事務所。
たまたま、遊ぶ約束をしていたのが学校近くでよかった。
俺は、そんなことを考えながら、記憶を頼りに道を駆ける。背後が寒い。今の季節、もうすっかり暖かい筈なのに。
汗をかきながら走り続けているが、これは暑くてかいているのではなく、冷や汗だ。
通行人が全力疾走している俺たちを見て、ぎょっとしているが、そんなのは無視だ無視。俺たちは、人目もはばからず、目的地へと急いだ。
「お前が殺した。お前が。食わせろ、食わせろ……!」
背筋が寒くなるような声で、女怪異は俺達を追いかけてくる。
支離滅裂なことを言っているが、女怪異は気にも止めていないようだ。
「食わせろって……。まさか須藤をか!?」
「た、確か美味いんだよな、須藤って」
「おい、誤解を招く言い方するな」
俺は、友永のカニバリズム的発言を咎める。
……いや、こんなことをしている場合じゃない。
俺たちは、体がばらばらのまま、鬼の形相で走る女怪異から、必死で逃げた。
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