参
校内中を逃げ回り、何とか五分を稼いだ。行く先々で出会う怪物から逃げ続ける俺は、激しくなってきた息切れを無視し、家庭科室に向かった。
いくら吸い込んでも、酸素が足りない。心臓が、何かに鷲掴みされているかのように痛い。それでも、俺は化け物に捕まりたくないから走った。
俺が家庭科室につくと、トロフィーのように、塩を掲げている松山が真っ先に目に入った。
「見つけたぜ、須藤!」
「じゃあこいつらに塩振りまいてくれ!」
俺は松山たちの方に、化け物を連れて走った。
「おりゃああああぁぁぁああ!!消えろ消えろ消えろ消えろおおぉぉおお!!」
松山の怒号と共に、粉雪のように舞い散る塩。
確実に化け物に当たっている。だが、何も起こらない。ただ無慈悲に、塩が床に散らばっただけだ。
全ての塩が、床に舞い散った。消えることのない化け物と共に、一瞬沈黙が流れた。
松山が叫んだ。
「何でだよ!」
「ヒエエエェェェエ!!」
「グオオオオォォォォォ!!!」
俺たちは、その化け物の咆哮に、固まった。
間近でそれを聞くことになってしまった俺は、恐怖で腰が抜け、尻もちをついてしまう。
視界が、謎の映像とダブる。
その映像が、俺に恐怖の感情を運ぶ。指先から、段々冷たくなっていくように感じる。
感じたこともない激痛が、体に走ったような感覚に襲われる。
これからどうすればいい?塩が効かなかった。次は酒か?料理酒は使えるのか?塩だって効かなかったんだぞ?
頭が、熱くなるほどに回っていても、答えは見つからない。一秒が、やけに長く感じる。しかし、体は一向に動かない。
化け物は、動けない俺たちの中から、一番近かった俺に狙いを定めた。
化け物から、巨大な手のような何かが伸びてくる。
避けられなかった。それが、未だ腰が抜けて動けない俺を掴む。
それに、妙な既視感を覚える。脳が激しく警鐘を鳴らす。
「なっ、は、放せよ!」
俺の口からこぼれたのは、そんな情けない声だった。表情もわからない筈の化け物が、笑った気がして、気味が悪かった。
化け物の手は、力強い。一体どこにそんな力があるのか、と思うほどに。
俺の体を覆うその感触は、ぶよぶよした肉で、強い獣臭と、死臭がして、吐き気がした。なんか、妙にぬるくてそいつが動くたびにぐちゃぐちゃと気持ち悪い音をまき散らす。それが、本当に気持ち悪かった。
化け物の体はとても大きかった。2.5mはあるんじゃないかと思うくらいには。
そして、俺は初めて化け物が二足歩行だという事に気が付いた。やや、人型をしているという事も。獣と人の見た目を併せ持つことが、より化け物がこの世ならざるものだという事を感じさせ、より恐怖を誘った。
「須藤!!」
友永の悲鳴が、家庭科室に響く。しかし、俺はそれに答えられなかった。俺の目は、目の前の化け物に釘付けになっていた。
化け物の体は、横に裂けた。中には、赤と鋭い白が見えた。それは、おぞましいほど大きな口、恐ろしいほど鋭い歯。
俺は、生物的な恐怖に支配された。
化け物の手からは、逃れそうにもない。動かない腕に必死に力を込めて、自由な足をばたつかせるが、うまくいかない。
生臭い。そんなにおいが鼻にかすめたのを感じ、俺は諦めてしまった。どうやっても、この化け物から逃れることができない。
そう、決して。
眼を硬くつぶり、これから来るであろう痛みに、俺は耐えようとした。
「……?」
いつまで経っても、覚悟していた痛みが来ない。というか、ちょっとした衝撃が尻に伝わっただけだ。まるで、化け物の手から放されたように。
俺は覚悟を決めて、恐る恐る目を開けてみることにした。
「……!?」
そこには、銀髪の狩衣姿をした男がいた。
俺が、突然現れたおかしな格好の、二十代後半くらいの男の背中を呆然と見つめていると、木戸、友永、松山が俺に駆け寄った。
「「「す"と"う"う"う"ぅ"ぅ"!!!よ"か"っ"た"よ"お"ぉ"ぉ"ぉ"!!!!!」」」
涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった三馬鹿は、俺を抱きしめていた。
そんな俺は、安堵で腰が抜けていた。一応漏らしはしなかったが、俺はこいつらのなすがままになっていた。
「お"え"ぇ"ぇ"」
ほっとしたのも束の間、俺は吐いた。胃の中のものを、全てひっくり返す勢いで。
三馬鹿は、そんな俺に焦りつつ、水道に連れて行ってくれた。運のよかったことに、服は吐いたもので汚れていなかった。
一方、俺たちが感動の再会と俺の介抱をしている最中、男は俺を捕まえていた化け物に対し、やけに神々しい、息をのむほど美しい刀を構えた。
化け物が動こうとする前に男が動き、化け物が一瞬のうちに左右に真っ二つになった。その後、化け物はさらさらと、声もなく消えていった。
俺は、呆気にとられて、ただその様子を見ていた。あまりにも現実離れした光景だったからだ。あの狩衣姿も、より現実感をなくさせる作用がある。俺たちは、今目の前で起きたことが、現実に起きたことだと脳が処理しきれなかった。
そうして、男は俺たちの方に振り返った。彼は恐ろしく整った顔をしていた。そんな彼は、優しい銀の眼差しでこう言った。
「頑張ったな」
俺は、なぜかその優しい言葉に、涙があふれてきた。
ずっと、気を張っていた。だって、こいつら全く頼りにならねぇ。ずっと怯えて体震えてるし。
自分の努力を、せめて自分だけでも冷静にいようと思って気丈に振舞っていたことを、見透かされた気がして、涙が止まらなかった。
そんな俺を見て頷いた後、男はすぐに俺の周りにまとわりつく三馬鹿に、険しい表情をした。
「お前ら、厄介な封印をよくも解いてくれたな?」
「「「ギクッ!!」」」
三馬鹿の体が硬直する。
男は、溜息を吐いていた。
「別に、俺は超優秀だから、まあ厄介な封印でもなんとかなるけどさ?そんな超優秀な俺が来なければ、こいつ死んでたぞ?」
「「「ヒエッ!」」」
三馬鹿は男の脅しに、震えあがった。
俺は一瞬、その言葉を吐く男と、俺を慰めてくれた男は同一人物なのか、を疑った。あまりにも、言葉使いが違う。それに、雰囲気も。
涙はすっかり止まってしまっていた。
「お前らにも協力してもらうぞ」
「え?」
俺たちは、突然男の言った言葉を、上手く理解することができず、間抜け面を晒す羽目になった。
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