壱
俺は、結局湊音の助手をやることになった。俺が、そこらへんで拾ってくる怪異を、湊音が祓う。そんな奇妙な関係になっていた。
そしてこの探偵事務所、思った以上に依頼人がやってくる。どうやら、雑誌に載っていて、その業界では有名だからだそうだ。物凄いドヤ顔と共に教えられた。
確かに、依頼は想像以上にひっきりなしに来る。
事務所にかかってくる電話に出て、依頼を受ける。
一日に数人はこの事務所に訪れ、心霊系の依頼や普通の探偵にするような依頼をする。
その中で、湊音が依頼を断っているのは見たことがない。
自己申告通り、湊音はかなり優秀なのだろう。ほとんどは俺たちの手を借りず、あっという間に依頼を解決していった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今日も依頼人がきた。彼女は、どうやら会社の受付嬢をやっているらしい。
俺と木戸は湊音の両脇に座り、彼女の話を聞く体制を取る。
友永と松山は、赤点の補修で居残りだ。今日は水曜日なので、部活はない。
俺たちは、時給目当てで学校帰りに事務所に寄っていた。
「あの、その子たちは……」
依頼人は、制服姿の俺たちを、訝しげに見る。俺たちは、もう既に慣れていたため、軽く流した。
「高校生ですが、とても優秀な助手ですよ。あとで秘密保持契約書にサインさせます」
湊音は、有無を言わせない圧を出す。依頼人は、不承不承ながらも頷いた。
「では、本日はどうされましたか?」
普段、俺たちには見せない、爽やかな笑みを浮かべる湊音。依頼人は、そんな湊音に見惚れていた。
確かにイケメンだもんな。
俺たちは、依頼人が赤面するのもそこそこ経験していたため、スルーする。もはや嫉妬するのも疲れた。
「あ、あの、職場の先輩が死んでからずっと、体が重いような感じがしているんです。更に、最近は頭の中で「死ね」と言われ続けていて……!しかもそれ、死んだ筈の先輩の声なんです!」
依頼人は、精神的に追い詰められているのか、必死に湊音に自分の身に起こったことを説明する。
「そうですか……それは大変でしたね。しかし、申し訳ありませんが、それは貴女の思い込みではないでしょうか?貴女には、幽霊なんて、一切取り憑いていませんよ?」
湊音は、ニコッと笑って安心させるように依頼人に言う。しかし依頼人は、湊音のその言葉に、必死な形相を崩すことはなかった。
「それでも、感じるんです!」
湊音に相談する、可愛い感じの女性。
なおも言い募る彼女に、湊音は整った顔を、困ったようにしていた。
しかし、普段の湊音を思い浮かべていると、さして困っていないという事はすぐわかる。
「気安めですが」
控えめな調子でそう言い、湊音は白いお守りを依頼人に渡した。それは、奇妙なほど白い。お守り特有の神聖さが欠片もない、不気味なもの。
依頼人は、それを不思議そうに受け取った。
「これを持っていれば、心配な気持ちは収まるのではないでしょうか?――ああ、お代はその効果が実感できたら、で結構です」
「分かりました!ありがとうございます!」
依頼人は、嬉しそうにそのお守りを握りしめ、湊音の嘘に、気付かずに事務所から立ち去った。
だが、俺と木戸には見えていた。依頼人の首を絞めている、異常なほどに首の長く、顔が赤黒い女怪異が……。
更に、依頼人と女怪異の着ている制服は、同じだった。
「あ、あれ……」
「やっぱ、あれだよな……?」
木戸と俺は、さっき見た怪異について、顔を見合わせていた。
「何でさっき、嘘を吐いたんですか?」
俺たちの疑問に、湊音はふ、と息を吐いた。それはまるで、何も気付かない俺たちを、馬鹿にしているようだった。
「あの女の話、きちんと聞いてたか?普通、ああいう場合は、職場の先輩が亡くなったって言わないか?でも、あの女は死んだって言ったよな?それに、死んだ筈ってさ、まるで、自分がその先輩を殺したみたいな言い方するよな」
湊音の見事な解説に、俺と木戸は戦慄した。まさか、そんな奴と、さっきまで同じ空間にいたのが、怖くなってきたのだ。
確かに、あの女怪異は、依頼人の女性を恨みの籠った表情で睨みつけていた。
言われてみれば、依頼人の言葉には、違和感があった。それが、湊音の解説によって、やっと理解できたのだ。
「なら、あのお守りは……?」
「あれは、もしその先輩を、殺したことを反省しているんなら、効果を発揮するよ?でも、反省していないんなら……」
湊音は、そこで言葉を切った。俺と木戸は、その続きが怖くて、しかし気になって、じっと続きを待つ。
「怪異は凶暴化するだろうね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
後日、あの依頼人が投身自殺したことがニュースになっていた。
湊音の話を信じるならば、先輩を殺したことを、何の罪悪感もなく生きていたらしい。
同じく、依頼人の会社の先輩が、首を絞められて殺されていたことも報じられた。
どうやら、彼女は自殺に見せかけるための工作も行っていたらしい。
その時に見た写真は、あの時に見た女怪異と顔が似ていたように感じた。女怪異の顔は、膨らんでいて、識別なんかつかなかったのに。
また、その依頼人が職場の先輩を虐めていたことも明らかになった。
元々は、依頼人が好きだった男が、先輩に告白したことを妬んで、だそうだ。
「罪悪感で、耐えきれなくなったんでしょうかね?」
そんなニュースキャスターの言葉に、俺は直感的に違う、と思った。
結局それも、すぐに別のニュースへと切り替わり、アナウンサーは何事もなかったように別のニュースを報じ始めた。
湊音は、あれでいて信条があるらしい。それは、悪人の力にはならないこと。
俺は、なら金は取らないのか?と聞いたが、湊音が言うには、そういう奴から金を取ったら、面倒だから取らない。
この仕事はグレーだし、そういう厄介な火種を作りたくないのだとか。
確かに、効果がなければ、いちゃもんやらクレームやらつけてくるだろう。だが、代金を払っていないのなら、そう強く出ることもできないらしい。
それでも、いちゃもんを付けてくる奴はいるらしいのだが、それなら金払え、で終わるらしい。
どこの世界でも、金銭トラブルは面倒のようだ。
結局、あの白いお守りは、いつの間にか、ひとりでに帰ってきていた。あの依頼人の女性に、湊音が渡した白いお守り。
一体、それの正体は何なんだろうか。
なんだか、あれが怖い。俺と木戸は、あのお守りには近づかないようにした。正体なんか、知りたくもない。
松山がドジを踏んで、コーヒーを掛けても、染み一つなかったのが、個人的に一番怖かったかもしれない。
そんな毎日だが、実は退屈していない。湊音の事務所にいる時だけ、非現実を味わえるからだ。
平和な日々が長く続けばいいな、と思いつつ、今日も今日とて、寂れた通りにある、寂れたビルのフロアの一つ、廣田探偵事務所と書かれている戸を、俺は開けるのだった。




