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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ショートショートⅣ「日食 -Diamond Ring-」

作者: 北ノ雪原




挿絵(By みてみん)






「はぁ、どこかに、あの美しいダイヤモンドリングをプレゼントしてくださる王子様はいないのかしら。」


 ため息混じりにそうSNSに書き込んだのは、とある大豪邸に住む一人のお嬢様。

 美しく彫刻された窓枠。ラグジュアリーなカーテンを靡かせ、外から心地よい風が入ってくる。その窓から広大な庭園を眺め、一人物思いに耽っていた。


「ナオミ、君は世界で一番美しい。」


 そのナオミというお嬢様は、その美貌故に近寄ってくる男性が多く、数多もの高価な品々を贈られてきた。


 けれど、何を贈られても彼女は満足しない。


 高級なダイヤモンドはもちろんのこと、ダイヤモンドよりも希少であると言われる世界三代希少石のアレキサンドライトなどを贈られても、はたまたお嬢様専用の大豪邸や土地をプレゼントされても、一向に満足しない。


 なぜなら、彼女の周りの貴族達は皆、誰もがそのような高価な物を身につけているからだ。なにも彼女だけが特別というわけではなかった。


 誰もが、美しさや身に付けている品々の価値などを競っている。

 どれだけ数多もの男性から愛の言葉を貰おうともその言葉は全て中身など無く、結局は自分もその男性達のファッションでしかないことには気がついていた。

 パーティーでは誰もが自分の美しいパートナーを見せびらかし、周りの目ばかりを気にしている。

 彼女の目など、誰も見てくれはしなかった。


 富、名誉、金。全てが手に入っても、唯一手に入らないもの。

 それが、本物の愛であった。


「私を愛してくださらない男なんていらないわ!!!」


 彼女は、本物の愛が無い男性のことは次々と消していった。全て病死などと偽って。


 ただひたすら愛されたい一心で、さらに美しくなろうと整形などもした。しかしそのようなことを繰り返しているうちに、彼女の中身は外見とは裏腹に、徐々にそして確実に、歪んでいった。


 そんなある日、彼女はとあるものを目の当たりにした。

 それは、空に浮かぶ一つの美しい指輪。


 そう、皆既日食におけるダイヤモンドリングである。


 その光景はそれはそれは美しく、また人間たちはそれに釘付けで、誰もが口々に美しいと心からの声を零していた。


 ナオミは、世界に一つしかない、値段などつけようもないこの指輪をプレゼントしてくれる男性だけが、自分を本当に愛してくれる人に違いないと確信した。


 SNSに心の呟きを漏らした後、その投稿を見たとある人物から、ダイレクトメッセージが送られてきた。Zと名乗る者であった。


「ナオミさん、投稿を拝見致しました。実は、あの空に浮かぶ美しいダイヤモンドリングをプレゼントできる方がいるのです。詳細をどこかで詳しくお話できればと。」


 ナオミは舞い上がった。

 普通このようなメッセージは嘘に違いないと誰もが思うのだが、このお嬢様は違っていた。

 愛に飢えすぎて、既に気が狂っていたのである。


 Zから指定された場所へと行き、詳細を尋ねた。あのダイヤモンドリングをプレゼントできるという相手とは誰なのかを。


「ズバリ、神です。あのダイヤモンドリングは宇宙の神秘が織り成す特別な代物。つまり世界そのものの宝。それを扱うことのできるのは、もう神しかいないのです。」


 ナオミに衝撃が走った。

 神に愛してもらえたなら、どれだけ幸せだろうかと。


「神との契りを交わした時、あなたは神と一つになる。あなたのその美貌なら、絶対に神から愛されますよ。」


 それから3年程の月日が経ち、ようやく皆既日食の機会が訪れた。

 ナオミは3年間、神と一つになることを信じ続け、神に相応しい女性になれるよう美しさに更に磨きをかけていた。


 皆既日食の当日、ナオミは大海原が眼前に広がる断崖絶壁の上へとやってきた。


「とても良くお似合いです。それならばきっと上手くいくでしょう。」


 彼女は純白のウェディングドレスを身に纏っていた。それは太陽の光に照らされ、まるで虹色に光り輝いているようであった。


「あぁようやくこの時が来ましたわ。どれだけ待ちわびたことでしょう!」


 ナオミは天を仰いだ。太陽が、月によって隠れ始める。日食が始まった。


「さぁ!神が創りしこの偉大で広大な海にキスをし、その命を神に捧げるのです!さすればあなたは神との契りが交わされ、永遠に愛されることでしょう!!」


 Zが高らかにそう告げた数瞬後、ナオミは断崖絶壁の上から真下の海へと、その自らの身を投げ出した。


 天空に一つのダイヤモンドリングが現れたのと同時、彼女は海とキスをした。





「いやぁお見事です。感謝しますよ、彼女を葬ってくれて。あの女に私は殺されかけましたからね。長かったですが…ふふ、これで私もかなり心が軽くなりましたよ。」


 ブロンドの艶やかな短髮を靡かせ、高級ワインを飲みながらその男はZに感謝を述べた。


「いえいえ。あのような愛に飢えた女を騙し、葬り去ることなど私には容易い。」

 Zは顎髭を撫でながら不敵な笑みを浮かべる。


「けれどもし本当に神のもとへと行ってしまっていたら…。彼女を幸せにしてしまうことになる。」


「いえ、それなら大丈夫ですよ。数多もの男性を殺してきた女です。神のもとへはおろか天国など行けるはずもなく、今頃地獄へと堕ちていることでしょう。」


 Zは高らかに笑いながら、巨額の金銭をその男から受け取っていた。





 どこまでも広がる水平線。

 この広大な海の上、小さな岩にしがみつき生の魚をそのまま貪っている何かがいた。


 全体が血で染まり、純白の欠けらも無いウェディングドレス。傷だらけの肌。

 何百メートルも上から落ちたために、コンクリート化した海に叩きつけられてひどく歪んだ顔や体。


 美貌というものが海のどこかへと流されていってしまったような、見るに堪えない花嫁姿の女がそこにはいた。


「もう、美しさも高価な品々も全て失ったわ。中身だけでなく外見までこんなに歪んでしまいましたわね…。けれどこんな私のことでも救おうとしてくださる救世主が現れたら、それこそ私の神であり王子様ですわ。」


 彼女はその場で待ち続けた。

 もう誰も、彼女の姿など見えるはずもないのに、彼女はただひたすら、永遠に、その場で本物の愛を待ち続けたのだった。












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