誰のための天国か
死んだおれは驚いた。そう、死んだこと自体に驚いたのではない。死ぬことは苦でも何でもなく、恐れてもいなかった。むしろ生き続けることが、とまでは言わないが、おれは死を待ち望んでいたのだ。
妻と息子に先立たれてもなお、長生きした身だから、そんな考えを抱くのも不思議ではないだろう。
驚いたのは他のことだ。まず、天国に来られたことにはほっとした。長生きした分だけ人に迷惑もかけたし嫌なこともしただろう。もっとも、警察の世話になるようなことはしなかった。税金をちょろまかせないかと画策したことはあったが、つまりまあ、平均的普通人だったのだろう。そして、それは天国入りの基準を満たしていたと。
おれがここに来られたのなら、妻も息子もここにいるはずだ。会いたい。なのに……
「これはいったいどういうことだ……」
おれはそう、つい独り言を言った。天国は想像通り白を基調とした世界だったが、住人は驚くべきことに皆同じ顔をしていのだ。
どうやら、男と女はそれぞれ一種類しかないらしい。しかも、全員が裸であり、若い美男美女だから、相手が男であっても目のやり場に困った。温厚で、キャッキャウフフアハハと天国の住人らしい立ち振る舞いをしていたが、しかし、他の者たちはどこにいるのだろうか。
「あ、あの」
「はーい?」
おれは近くの男に声をかけた。振り返った男の目は、とろんとしており、赤子のように首を揺り動かし、口は緩やかに波打っていて、まともな受け答えは期待できなかった。しかし、他の連中もきっと同じようなものだから、選り好みはできない。
「あの、あなたは天国の住人ですよね?」
「そーですよぉ。あなたもねぇ。おめでとう」
「ええ、どうも……それで、あなた方はどうして皆同じ顔をしているのですか?」
「へへぇ、あなたもねぇ」
「え……?」
やはり会話が成り立たないようだ。そう思ったのだが、気づけば、おれも全裸になっており、そして下半身、モノが、どうやら顔も彼らと同じになっていた。これが、この天国の法則なのだろうか。
「だ、だが、これでは誰がおれの妻で、誰が息子かわからないじゃないか……神は何を考えて、あ……」
神が何のために、誰のために天国を作ったのか。それは……自分のためだ。神はきっと後悔していたのだ。アダムとイヴを手放したことを。そう、理想の息子と娘を……。