2話 フェリス
前世────現代でのフェリスは、いわゆる「やべー女」だった。
馬に狂ったド級の変人。血統表で白米三杯いけます。
毎週末は競馬場巡り。もしくは乗馬。長期休暇では北海道の牧場へ。
ボーナスはターフィーショップに全額投入。あと、ぬいぐるみのクレーンゲーム。
ファッション雑誌より競馬誌。競馬のためだけにスポーツ新聞を取る。
そんな人間にも友人がいるというのがこの世の奇妙である。
彼女も彼女で重度の夢女子だったから、会話はほぼ噛み合わなかった。本当に友人か?
その友人だが、ある日何を思ったのかオススメのゲームを押し付けてきた。
『円卓の騎士と星々の誓い』────つまるところ乙女ゲームだ。
馬が好きなら騎士もいける、という謎の理論で渡され、一週間後までの感想を要求された。
オタクってそういうところあると思う。
渋々ながら、そんなに言うなら、とプレイしたものだ。
そして、一応全ルートをクリアして思った。
馬、出てこねえじゃねえか!
スチルの一枚にも写ってないとかマジ?
馬に乗らずんば騎士にあらず。常識だろう。はい、クソゲー。二度とやらんわ。
そうして、友人を締めるついでにゲームを返しに行く途中で、事故に遭ったのだった。
(結局、感想は言えずじまい、か。あいつにも悪いことしたな)
そう思ったところで、フェリスの目が覚めた。
どうやら倒れたあと、自室に運ばれたらしい。とっくに日は暮れ、人の気配もない。
むくりと起き上がり、自分の頬を揉む。
フェリス・S・モーリス。『円卓の騎士と星々の誓い』に登場する、ライバルの令嬢。
この国を滅ぼすことが目的で、邪魔な主人公を陥れようとする役回りだ。
旧い魔法使いの血を引き、魔術を使って思いつく限りの悪事を働く。
悪役令嬢なんて可愛いものではない。シンプルに悪だ。
(とはいえ、今までの私の生活に、そんな影はないんだけどな……)
おそらく、現時点から作中の出来事までに何か転換点があるのだろう。
『星々の誓い』開始時点でのフェリスは17歳だった。今が15歳だから、あと2年だ。
(けど流石に、故郷を滅ぼすのは気が引けるんだよなあ)
前世の記憶があるといっても、15年暮らした土地に変わりない。
それに、順当に話が進むならば、フェリスは必ず野望を阻まれ、最期は斬り捨てられる。
婚約破棄、遠流、身分剥奪、断罪のフルコンボ。死ぬまで毎回這い上がったのは尊敬する。
だが享年18歳。前より短い人生だ。折角の転生でそれは勘弁願いたい。
「ま、お馬さんがいれば何とかなるか」
すっかり血も止まった鼻を擦り、フェリスは能天気に伸びをした。
TIPs
「やべー女」とは、JRAの「ターフィー通販クラブ」のCMに登場するキャラクターのネットスラング。
正式名称は「競馬が好きな私」らしい。
電車内に大きめのサラブレッドぬいぐるみを持ち込むなど、やべー女として相応しい振る舞いをする。