表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人の罪、魂の縁

作者: ウォーカー

 青い空。穏やかな風。地面に広がる花畑。

その花畑の合間を抜ける遊歩道を、二台の自転車が走っている。

二台の自転車に乗るのは二人の若い男で、風を感じて気分が良さそう。

似たような風貌の二人が乗る自転車は、しかし進路は正反対。

もう間もなく、二人が乗る自転車は、遊歩道を何事もなくすれ違うはずだった。

しかしその時、片方の自転車に乗る男が、

行く先の遊歩道に一輪の花が咲いているのに気が付いた。

その男は、咄嗟に花を避けようと、自転車の進路を変えようとした。

するとそこに、もう一人の男が乗る自転車が相対する形で飛び込んできた。

ゴツン!と固い物同士がぶつかる鈍い音が、のどかな花畑に響き渡った。

ぶつかり合って宙を舞う二人の若い男、その二人の意識は既に失われていた。



 次に、その二人の若い男が目を覚ますと、周囲の光景は一変していた。

真っ黒な空、荒野に切り立った崖、

遥か崖下には真っ赤な溶岩が煮えたぎっている。

この世のものとは思えない、地獄のような光景が広がっていた。

そしてそれは実際にその通りで、いつしか周囲には鬼たちが姿を現した。

目の前にいる一層大きな鬼が、大きな口に牙を剥いて、声を上げた。

「よく来たな、人間たちよ。

 俺は閻魔大王。ここは冥界、つまりは地獄だ。

 ここは、お前たち人間が死後、天国に行くか地獄に行くか決める場所。」

閻魔大王の恐ろしげで大きな声が、ここでしゅんと勢いを失った。

「と、いうはずなんだが。

 今、ちょっと困ったことが起こっていてな。

 お前たち二人の行く先を決めるために、お前たちにも協力して貰うぞ。」

そうして閻魔大王は、事の次第を話し始めた。


冥界、即ち地獄。

ここでは、人間が生前の行いを元に裁かれ、死後の行き先が決まる。

生前に善い行いをしていた人間は、魂が白く、其の者は天国へ送られる。

生前に悪しき行いをしていた人間は、魂が黒くなっていき、

其の者は地獄で罰を受けることになる。

しかし、ここで問題が生じた。

今しがた冥界に来たばかりの二人の若い男。

その二人の魂は、白でもなく、黒でもなく、灰色だったのだ。


閻魔大王は大きな肩をすぼませて、ボソボソと言った。

「我々、冥界の住人には、人間の魂の色が見える。

 魂の色を見れば、其の者が生前に何をしてきたかも一目瞭然。

 我々には人間の嘘は通用しない。

 しかし、この頃は人間たちも知恵を付けたようで、

 魂の色が白でも黒でもない者が増えてきたんだ。

 お前たち二人の魂も、白でも黒でもない、混ざった灰色だ。

 これではお前たち二人を天国と地獄のどちらに送るべきかわからん!」

頭を抱えている閻魔大王に、二人の男たちが尋ねた。

「僕たち、本当に死んでしまったんですか?」

「ああ、そうだ。それだけは間違いない。

 お前たちは現世で死んで死者となった。

 死ぬ間際に、何か変わったことはなかったか?」

「俺たち、お互いに自転車に乗っていてぶつかったんだ。」

「そうか。

 では死ぬ間際、あまりにも近くで同時に死んでしまったために、

 お前たち二人の魂が混ざってしまったのかも知れん。」

「魂が混ざって灰色になった?」

「と、いうことは・・・」

「お前たち二人の内、片方の魂が白、つまりは天国行き。

 残ったもう片方の魂が黒、つまりは地獄行き。

 そういうことかも知れん。

 それを調べるために、お前たちには少し協力して貰うぞ。」

そうしてその二人の若い男は、閻魔大王の尋問を受けることになった。


 真っ黒な空間に広がる荒野、崖下には熱い溶岩。

地獄のような光景のまさに地獄で、

その二人の若い男は、どちらの魂が白でどちらが黒か調べるために、

閻魔大王の尋問を受けることになった。

佇まいを正した閻魔大王が、二人の若い男を見下ろして言った。

「これから、お前たち二人には、いくつかの質問に答えて貰う。

 質問には全て正直に答えることだ。

 嘘や隠し事をすれば、魂にゆらぎが起きてすぐに分かるからな。

 では、二人とも、名前を言うがいい。」

「上田二郎」「下田一郎」

「むぅ、二人とも似たような名前だな。年齢は?」

「26歳。」「俺もだ、26歳。」

「好きな色は?」

「僕は赤。」「俺も赤。」

「好きな食べ物は?」

「ビーフカレー。」「ビーフカレー。」

「好きな飲み物は?」

「ビール。」「ビール。」

「むぅ、好きな飲み物まで同じなのか。」

そうして閻魔大王は、その二人の若い男に尋問を続けた。

しかしその二人の若い男の解答はどれも似通ったものだった。

誕生月は同じで、誕生日も近い。

住んでいる家は比較的近所で、家族構成も似たようなもの。

卒業した学校も仕事も似たりよったり。

二人とも趣味はサイクリングなどで、親孝行であるところも同じ。

それだけでは、どちらが白か黒か見極めるのは難しい。

しかしそんな似た者同士の二人に、たった一つだけ違うところがあった。


 年齢も経歴も家族構成も似た者同士の、その二人の若い男。

しかしその二人には、決定的に違うところがあった。それは。

「僕は、動植物が好きです。

 家では犬と猫を飼っていて、草花も生き物と同じだと思ってます。

 死ぬ直前には、花畑を見るためにサイクリングをしてました。」

「俺は、動植物に興味は無いよ。

 ペットを飼うつもりもないし、どんな草花も雑草と同じようなもの。

 死ぬ直前は、通り道だったからあの花畑を通っただけだ。」

動植物が好きかどうか。

その二人の若い男の明確な違いは、そこだけ。

閻魔大王は太い腕を組んで、う~んと唸った。

「お前たち、死んだ時のことを聞きたいのだが。

 お互いに自転車に乗っていて、ぶつかったと言っていたな。

 どうしてぶつかったんだ?」

するとその二人の若い男は、考えながら答えていった。

「僕は、花畑を見ながら自転車を走らせてました。」

「そうなのか。

 俺は、空を見ながら自転車で走っていたよ。

 花畑も綺麗ではあるがな。大した興味は無い。」

「君、それ本気か?あんなに綺麗な花畑があるのに。」

「俺はあの花畑が通り道だっただけだからな。

 それよりも、お前こそ花畑なんか見ていて余所見をしたんじゃないのか。」

「それは・・・どうだろう。」

そう言われた方の若い男は考え込んだ。

数拍の時間を置いて、ハッと表情を変えて口を開いた。

「・・・そうだ。

 僕は花畑を見ながら自転車を走らせていた。

 そうしたら、目の前の遊歩道にも花が咲いてるのを見かけて、

 慌ててハンドルを切ろうとしたんだ。

 それでハンドル操作を誤って・・・」

すると、もう片方の若い男も、あっと声を上げた。

「そうだよ!

 お前、急にフラフラして俺の前に出てきたんだ。

 そのせいで、俺たちは正面衝突して死んでしまった。

 やっぱり、あの事故はお前が原因だったんだ。

 おい、閻魔大王、聞いただろう?

 こいつが事故の原因だったんだ。」

一方的に罵られた方の若い男は、不満げに反論する。

「確かに、僕の前方不注意だったかもしれないけど、

 それは君だって同じだろう?

 君だって空を見ながら自転車で走っていたと言っていたし。

 そのまま真っすぐ走っていたら、僕にぶつかっただけでなく、

 遊歩道の花を轢いてしまっていたかもしれないんだよ。

 どうして止まるか避けるかしなかったんだい?」

「急いでいたんだ。花なんて知ったことか。

 それよりも、事故の原因を作ったお前が悪い。

 花を守ろうとして、人間に危害を加えるなんて。」

そうしてその二人の若い男は、

ギャアギャアとお互いに罵り合いを始めてしまった。


 死後の行き先を決める魂の色は、事故の原因は。

その二人の若い男は、お互いに相手が悪いと罵り合っている。

大きな左右の耳から喧騒を聞いてた閻魔大王は、

カッと目を見開いて怒鳴り散らした。

「双方、口を閉じよ!

 お前たちがその口より語ったこと語らぬこと、

 それにより、何が起こったのかが分かった。」

大きく険しい目で二人の若い男を見下ろして、閻魔大王は言った。

「お前たち二人が死ぬことになった事故は、

 お前たち二人の一方、上田二郎が遊歩道の花を避けようとして起こった。

 上田二郎は花を大事にするあまり、人に危害を及ぼした。それは罪だ。」

罪を言い渡され、その二人の若い男の片方、

上田二郎はガックリと地面に手を突いた。

もう片方の下田一郎は、嬉しそうに小躍りをしている。

「閻魔大王は話が分かるぜ。

 俺は被害者、悪いのはあいつ。

 だから、天国に行けるのは俺の方なんだろう?」

しかし閻魔大王は、重々しい首を横に振った。

「いいや、話はまだ終わってはいない。

 花を大事にするあまり、人間に危害を及ぼすことは罪。

 しかし逆に、花を粗末にするのもまた罪だ。

 下田一郎よ。

 お前は事故現場に来る直前に、花畑を横切って花を轢いたな?

 最初に言ったはずだ。隠し事は無用だと。」

「あっ、あれは仕方がなかったんだ!

 急いでて、回り道をしたくなかったんだ。

 それに、俺が轢いたのは、遊歩道に溢れていた花だ。

 元々あの場所は、花畑じゃなくて遊歩道の一部のはずだ。」

「それは人間の都合でしか無い。

 その時に轢いた花が、お前の自転車のブレーキに絡まっていたようだな。

 それが少なからず事故に影響したことだろう。」

閻魔大王の言葉がその二人の若い男の片方、下田一郎の頬をピシャリと叩いた。

すると今度は、その二人の若い男のもう片方、上田二郎が勢い付く番だった。

「やっぱり動植物も大事ですよね!

 こいつみたいに、花を粗末にする奴は許せない。

 動植物を粗末にする奴は、地獄に落ちれば良いんだ。」

すると今度こそ、閻魔大王から雷のような大声が浴びせられた。

「黙れい!

 上田二郎、お前にも罪があると言っただろう。

 お前たち二人には、それぞれに罪がある。

 しかし、お前たち二人の最も大きな罪は、

 お互いを認め合おうとしなかったことだ。

 お前たちは名前から経歴まで何もかも似通っている。

 違うのは唯一、動植物が好きかどうか、それだけだ。

 なのにお前たちは、たった一つの違いから相手を憎み、罵り合い、

 決してお互いのことを認めようとしなかった。

 それは大罪、お前たちの一番の罪だ。」

断罪されたその二人の若い男は縮み上がっている。

真っ黒な上空には、閻魔大王の雷がまだ鳴っている。

わしは最初、お前たち二人の魂のどちらかが白、もう片方が黒、

 白と黒の魂が混ざって灰色の魂になったのだと思っていた。

 しかし、どうやらそれは間違っていたようだ。

 お前たち二人は、どちらも罪を抱えている。

 つまり二人の魂は最初から灰色だったのだ。

 白でも黒でもない、灰色の魂の死者は、

 天国でも地獄でもない所に行くのが相応しい。

 そこでもう一度、自らの過ちを悔いて修行するのだ。」

天国でも地獄でもない所とはどこだろう。

それを閻魔大王に尋ねようとしたその二人の若い男は、

しかし足元に開いた大穴に飲み込まれ、

真っ暗な地面の底へと落ちていったのだった。



 天国でも地獄でもない、この世の片隅。

ある産婦人科医院で、玉のような赤ちゃんが生まれた。

オギャアオギャアと生まれ落ちた赤ちゃんは男の双子で、

取り上げられて早速、両親と顔を合わせることになった。

父親が二人の赤ん坊を抱き、母親に顔を見せて微笑む。

「よーしよしよし。お前たちの名前は、一郎と二郎だ。」

「二人とも、仲良くするのよ。」

つい今しがたまで泣き喚いていた二人の赤ん坊は

父親と母親に頬を寄せられ、今は嬉しそうに微笑んでいる。

キャッキャと微笑む二人の赤ん坊は、しかし、

両親から見えない足元では、その小さな足で、

お互いの体をポカポカと蹴飛ばし合っていたのだった。



終わり。


 二人の似た者同士の若い男が、お互いに認め合うことができず、

輪廻転生の輪に囚われて、転生してもなお縁が切れず争い合う話でした。

人の罪は数あれど、お互いに認め合うことができないのも罪だと思います。


生まれてきた双子の赤ん坊たちには、せめてこれから心を入れ替えて、

お互いに仲良くしていって欲しいものなのですが。


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ