8-14 託宣・2
しばし唸りながら悩んだのち、エベクレナは顔を上げ、ロワに考え考え、という様子で言葉を告げた。
「なんていうか……感心できないとは思うんですけど、単純に否定もできない、っていう感じ……ですかね」
「そうなんですか」
「はい。まぁそもそも私がリアル同性愛についてあっさい知識しか持ってないので、そんな奴がああだこうだ訳知り顔で抜かすのとかクソ失礼だっていう認識がそもそもあるんですけど。その上で、あえて口にするなら、そういう感じになると思います」
「なるほど……。まぁ、一般的な感性の人間だったら、ビュゥユの在り方っていうか、国民の人たちの態度は感心できない、とは普通思いますよね」
「そうですねー。常識的な理性持ってる人間だったら普通そうだと思います。女の私だって、目の前で男の人がむやみやたらと迫害されてるの見たりしたら気分がいいわけないし、連れがそんな風に扱われたりしたら喧嘩売られてるとしか思えないですもん。少なくとも国家が基本理念として有しておくべき、『より正しく在ろう』っていう概念をそもそも持つ気がないんだな、って思いますよそりゃ。そんな国を無条件に肯定することは、ある程度まともな理性持ってる人間だったらできないと思います」
「……でも、単純に否定することもできない、と」
「そうですね……。私みたいなリアル同性愛について浅い知識しか持ち合わせてない奴でも、そう思えちゃいます」
エベクレナは、考え考えという調子を崩さないまま、ときおりうつむいて考えにふけったり考えをまとめようとしたりしながら、それでも誠実に答えてくれる。
「何百年、何千年っていう単位で私たち神の眷族がちみちみ教えを伝えてきた甲斐あってなのか、同性間で子供を作るための術法が広まっていった甲斐あってなのか、それとも単純に時代の流れか、同性愛というものは、少なくとも文明国と呼ばれる土地においては、差別や侮蔑をされることは少なくなりました。でも、それは、あくまで攻撃されることが少なくなったっていうだけで、当たり前の自然な存在として受け容れてもらえているっていうこととイコール、っていうわけじゃ全然ないですからね」
「そうですね。同性愛の気質を持っている人のたいていは、それをひた隠しにして、同好の士の間だけで明かすことにしてるそうですし。誰にも明かさずずっと一人で抱えたまま、っていう人も少なくないと聞いてます」
「ど、どこでそーいうことを聞いたのか激しく気になりますがそれはともかく……自分の性的指向を、自分にとってはそれがごく自然である在り方を、心のままに明かすことができないっていうのは、相当に重圧と苦痛を感じる生き方のはずです。そのせいで幸せをまともに感じることのできないまま亡くなった方も多いはず。そんな中で……自分の性的指向をあるがままに明かせる、それが自然で、まっとうなことで、正しく正常なものであるとして扱ってくれる国家が、社会があるっていうことは、大きな救いになりえるはずです。それを考えると……私としては、気に入らなくとも一概に否定はできない、ですかね……」
「そうですね……」
ロワとしては、女神さま相手に同性愛だなんだと下に関わる話をするのは正直気が引けるところもあったのだが、さすが女神というか、エベクレナはそういった下情にも通じているようだった。それだけ人間の世界を精緻に観察しているということでもあるのだろうが、やっぱり優しい方だなと感心しながら問いかける。
「俺はこれまでそういう、『普通』や『一般的』から外れさせられてしまう性的指向……性的指向に限らなくてもいいんですけど、疎外迫害されがちな人たちの安全圏というか、大手を振って秘密を公言できるような国って見たことがなかったんですけど……大陸のあちらこちらに、そういう国ってあるんですよね? どこもビュゥユと同じような感じなんですか?」
「んッ、がッ、ぐッ……こっちの邪念が伝わらないようにしてるからやむをえないこととはいえ、私なんぞが推しに『下の話をしたら申し訳ないな』と思われてるとか、罪悪感とその他もろもろでハートがきっつい……! いや、はい、ええとですね……少なくともビュゥユほど先鋭的というか、攻撃的なのは普通ないです」
「そうなんですか?」
「はい。基本そういう国って、私ら神の眷族の一人が全面的にバックアップすることで成立して、成立後はその眷属が護国神をやる、っていうパターンが普通なんですけど……その眷属がまともな思考回路してるんだったら、その国の人間に疎外とか迫害を推奨するような、無茶な教え広めたいなんて思わないじゃないですか、普通に」
「……つまり、ビュセジラゥさまがビュゥユの民に広めてる教えは、神々の視点から見ても無茶な代物ではあるんですね」
「そうですねー。疎外とか迫害とか、そういうものに対するアンチテーゼ、ってほど大仰なものじゃなくても拒否感とか嫌悪感とか、国造りの動機ってそこらへんからスタートすることが多いらしいですから。それを自分の国の民にやらせたい、なんて言ったら国造りの意義がなくなる、って普通は考えますよね」
「……そうですね」
そう口に出しては言いつつも、ロワは(いつものことではあるのだが)神々の善良さに内心感嘆せずにはいられなかった。ロワのように、『結束した者たちが他者を攻撃したがるのは当たり前』だの『自分たちの正当性を確信した上で他者を攻撃するほど気持ちいいことはない』だのという思考など最初から浮かびもせず、それが当然という顔で正しいことを、そして人情に厚い振る舞いをしてのける。
そういう方々だからこそ、善意に基づく暗黙の了解だけで、創世の時から現在に至るまで、掟をこすっからく利用して人の世界に悪逆を為そう、などと考える輩が出てこなかったのだ。ウィペギュロクのせいでその記録は途絶えてしまったものの、それでも神々の、少なくともエベクレナの善良さが消えて失せるわけではあるまい。当たり前だけどすごい方たちだなと感心する。
そしてそんな想いも当然ながら読み取られてしまったようで、エベクレナの顔がひきつりこわばって、絶叫してのたうち回る直前のような気配を醸し出したが、幸い今回はそこまで暴走はせずに、気がつかないふりで話を進めてくれた。
「……とにかく、ビュセジラゥさんがビュゥユでやってるあれやこれやは、神次元の法に反してるわけではないにしろ、良識からするとちょっと眉をひそめざるをえない、って感じなんです。まぁ男が国に入ったらいびり出すのに全力を注げ、みたいな教え広めてる国とか、どう考えたってヤバいとしか言いようないですもんね」
「そうですね……だけど、それでも完全に否定はできない、っていうことなんですよね?」
「はあ、まあ、そうなりますね……。なんていうか……自分の性癖を当然のごとく公言できる世界で、次に求めるものが、『自分の性癖以外の性癖が存在しない世界』だっていうのは、ある程度理解できちゃうんですよ、私。だって『普通』『一般』『常識』って代物が自分と違う、自分とは相容れないものだったら、どうしたって息苦しいし窮屈だし、『攻撃されてる』って感じさせられ続けることになるじゃないですか?」
「……はい」
「そういう想いをずっと抱え続けてきて、自分の性癖こそが普通で一般で常識である世界にたどり着くことができて、心から解放されてすっきりして。それなのに、これまでずっと自分を攻撃し続けてきた性癖を目に入れさせられ続けるっていうのは、どうしてもその、苦しいんですよ。攻撃されてるって感じちゃうんですよ、たとえ自分がマジョリティになったとしても。やっと手に入れられた幸福で安楽な世界を壊して穢す、必死に造り上げた心の安寧にひびを入れて苦しめ傷つけてくる、敵であり武器であるもの、っていうように感じられちゃうんですよ」
「はい……」
「かつての世界で多数派だった性癖が目障りで目障りで、消えてほしいいなくなってほしいって思わずにはいられなくて。でもそんな自分の感情が不当で横暴だっていうのはわかってるから、懸命に自分の心をなだめて見ないふりをして。それでもやっぱり苦しいんです。かつてと同様に苦しめられ続けてるって思っちゃうんです。だから、ビュセジラゥさんがそういう多数派をほぼ完全に排除して、特定の性癖の人だけにひたすら心地よい国を創った、その動機はなんとなくわかっちゃうし……攻撃的すぎるとは思いますけど、完全に否定もできないんですよね……もちろん、正しいとも思いませんけど」
「……なるほど。ありがとうございます」
ロワは深々と頭を下げ、感謝の意を示す。偏った考え方にはっきりと不賛成の立場を取りながらも、その考え方に至った経緯や感情を見抜き、共感して答えを出すというのはエベクレナらしい。エベクレナの考え方になにもかも共感するとはいかないものの、考えをまとめる助けにはなってくれた。
「いやまあ実際のとこその考えの源って、前世でネットにはびこるハイパイの逆とか別とか解釈違いとかが目障りで目障りでどんなに検索除けしても目に入ってきてうぎいぃぃ! って悶絶して猛り狂ってた経験から、なんですけどね……なんでそういう風に感心されたりしちゃうといたたまれないこと嵐のごとしなんですが……」
「あの、エベクレナさま」
「は、はいぃっ! なんでしょうなんか思考漏れてましたか!?」
「いえ、あの、できればあとひとつお聞きしたいな、と。エベクレナさまは……俺がこれから授業をすることになる相手、ライシュニディア王女について、どう思いました?」
「え……あの、なんでそんなことを?」
「エベクレナさまのご意見をお聞きしたいな、と。俺は一応彼女がどういう存在、というか……なにを考えて生きてるのか、みたいなことにある程度のあたりをつけてるので……それがまるっきり勘違いとかだったらまずいじゃないですか。なので、もし駄目じゃなかったら、ズルをさせてもらいたいな、と思ったので」
「う、うーん……ロワくんのそういう嫌な仕事でもできる限り誠実に取り組もうとする、そしてそれ以外の些事についての良識とか正直さとかは積極的に丸めてポイしちゃう秘かに闇病み抱えてるところとかも非常に好みなので、できればお役に立ちたくはあるんですが……」
「やっぱりまずいですか。いえ、もちろんそれならそれで全然かまわないです、ただ言ってみただけなので……」
「いえあの……神次元のルール的にどうこう、っていうんじゃなくてですね。私がまず、あの王女さまについてほぼなにも知らないので。さすがになにも知らない相手にどうこう言うことはできないかなー、というか……」
「え……いやでも、神々は俺たち人間の考えてることなんて、見てるだけで簡単に読み取れちゃうんですよね?」
「はぁ、まぁ、その時に考えてること自体はね、読み取れますよ。昔のことを回想してたりしたら、その回想シーンの情報もちゃんと映像音声つきで見れますし。ただ、基本的にはその時考えてることしか読み取れないので。過去ログとか見ようと思えば見れますけど……正直、命懸けて魂懸けて推す覚悟のない相手に、いっくらフィルターかけてたって、その人間の過去をほいほい盗み見るっていうのはどう考えても、プライバシー完無視のデリカシー皆無な行いだなって、以前ロワくんと話してて自覚したので。できるだけ控えるようにしてるというか……」
「えっ……あっ、確かに以前、そういうようなことはお話ししてましたね。でも、俺は女神さまなんだから気にしなくてもいいんじゃないか、みたいなことも言ってたと思うんですが……」
「まぁ、確かにそういうありがたさの極みみたいなことも言っていただきましたけど……それでもやっぱり人のプライバシー考慮せずにいくらでも盗み見て恥じることもない、というのは人としてダメなんじゃないかと悩みまして。命懸けて魂懸けて推す相手に対してか、それに至るかどうかを確かめるための様子見として、以外に対してはできるだけ控えることで、なんとか自分の良心と煩悩の折り合いをつけたので。簡単にそれに反することはしたくないなー、と……」
「そうですか……エベクレナさまらしいですね。人間相手にも、どこまでも同じ視線で向き合うところとか」
「いやまぁ前も言いましたけどもともと私人間ですし、今も人間の時からそんなに変わった気しないですし、他人に与えてもらった立場でいきなり上から目線になるとか人としてヤバいですし……あとですね、それも嘘じゃないですけどなにより先に、私の推しにあんなクッソ失礼なこと抜かしてきやがるメスガキの過去なんてぶっちゃけ見たくないんですよ! 人としてその特殊な環境についてそれなりに配慮しなくちゃならない、っていう現状でも相当イラッイラしてるってのに! どんなにくっらい過去があろうと私の推しに暴言吐いた事実は消えないんです、私としては永遠に憎み恨み続ける覚悟完了してますから!」
「そ、そうですか……」
「むしろそーいうくっらい過去とか知ってあのメスガキへの恨み憎み妬み嫉みとかを加減しなきゃならなくなるのとか絶対嫌っていうか! 推しに上からの態度でなんか言ってくる時点で基本敵認定なのに、あれだけド失礼な振る舞いしといて悪びれもしない、かつ言動が人としての良識に反してるとか絶許としか言いようがないですし! そんな奴のために過去をのぞく罪悪感とか抱かなきゃいけないのとか超ごめんなので! ……すいません本当になんというかその、器のちっさい見苦しい奴で……」
勢い込んで熱く語っていたかと思うとしゅーんと沈み込んでしまったエベクレナに、ロワは思わず小さく笑って首を振った。
「いえ、別に気にすることでもないと思いますよ。むしろどっちかっていうと、俺は嬉しかったです」
「はい? あ、ちょっと待っ、このパターンってまた夢女的展開になりませんかねぇちょっと」
まったく意味のわからないことを慌てたように呟くエベクレナに、なにを考え呟いているかはわからないので邪魔にならないようできるだけ端的に告げる。
「エベクレナさまは本当に、女神さまって呼ばれるのにふさわしい優しさとか、誠実さとかもお持ちですけど。それだけじゃない、人間のような、普通なら『在るべきじゃない』っていわれるようなところも持ち続けていて。その上で、『できるだけ正しく在ろう』『いい方向に変わっていこう』みたいな気持ちも持ってる。そういうのは本当に、生まれつき正しくて、正しくない部分なんて持ち合わせようがない女神さまよりも、俺としてはすごく素敵だなって思いますから」
その言葉に、エベクレナは数瞬固まった。が、唇を震わせながらも、なにやら呟きながらも、懸命に顔を上げてこちらを見返してくる。
「ふ、ふふっ……た、耐えました、よ? 大丈夫ですわかってましたから読めてましたからこの展開。にこっと笑顔でこっちを口説いてくる推しとか前世で幾度も経験してますからジャンルは限定されますけど! しかもこの世界の推しは本気で生きてて魂があるってこと考えると、本気で頭吹っ飛びそうになりますけど、私だって伊達にこれまでのロワくんの口説き動画一日百回ループしてたわけじゃないですから……!」
ふるふる震えながら、決死と言いたくなるような形相でこちらを睨み据えてくるエベクレナの言うことは、やはりまったくわからない。だが、ロワとしては別にそれでもかまわなかった。
いつか言わなければならない時が訪れえることは覚悟していたものの、それでもやはり自分の過去を仲間たちに打ち明けるのは、心地よい時間とは言い難かった。気持ちも心も沈み込んで、自分なんて存在しなければいいという想いも去来した。そんな想いを自分が抱くことは、許されないと知っているのに。
そんな現実の世界のあれこれを、エベクレナと会っている時には忘れられていることに、ロワは今回初めて気づいた。これまでの女神たちへの謁見では、それよりも先にやらなくてはならないことがあれこれあったのでわからなかったのだろう。
エベクレナと会うと、心が軽くなる。現実のよしなしごとを記憶し続けながらも、棚上げして一時心地よい逃避に浸ることができる。エベクレナには申し訳ないし失礼なことだろうとも思うのだが、正直な気持ちだった。エベクレナがとても可愛い方だから、会っている時は苦痛を忘れることができるのだろう、と。
「………うぎゃ―――――――っす!!!」
唐突な絶叫と共に世界が吹き飛ぶ。ああやっぱりこうなったかいつもながらなんでこうなるのかさっぱりわからない、と嘆息する思考が一瞬脳裏を走るが、それよりも猛烈な速度ではるか彼方へ吹き飛んでいく勢いに負け、なにも考えることができなくなる。
雲を突き抜け、空から滑り落ち、エベクレナから離れて彼方へ、彼方へと吹き飛ばされ―――
―――目を開けると、いつの間にか窓から光が差していた。男性用便所の中ではあったものの、きちんと術法具が働いてくれているおかげで悪臭や不潔さはどこにも感じられない。
ただもちろん一晩中座ったままだったわけだから、身体のあちこちが痛くはある。立ち上がって軽く伸びをしたりしながら、今日一日なにをするかについて考える。
休みの時は終わった。また一日、現実と戦う時が来たのだ。




