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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
93/213

8-12 告白

「あのさ、みんな。さっきも言ったけど……別に、俺を置いて先に行ってくれてもいいんだぞ?」


 男を泊められる客室が一室しかないとのことで(男が寝た寝台に女を寝かせる、というのは重罪らしい。同じ部屋に男が寝た寝台が存在する時点で有罪なんだとか)、いくつか用意してあった簡易寝台を一部屋に持ち込み、寝る準備をしている最中。今しか言う機会がなさそうだったので、ロワがずっと言いたかったことを(話を蒸し返すことになるのは承知で)口にすると、仲間たちは揃って呆れた顔になった。


「俺らの方も、さっき言ったよな? 別にいーよっつっただろ、忘れたのかよ」


「いや、だけどさ。この国をさっさと出て行けば、その分旅路は進むわけだし。修行もそれだけ進められるし、カティが娼館に行ける日だって早まるわけだしさ」


「おまっ、それ言うか!? んなこと気にすんならそもそもこんな厄介事に首突っ込むなや! いやむしろ厄介事自分で起こしてだろぉがてめぇ! 全力で相談もせずに暴走しといて、偉そうなこと抜かしてんじゃねぇっ!」


「ご、ごめん……でも、別に暴走してたわけじゃないんだぞ? 俺なりに交渉がどう転んでも仲間に被害はないし、先に旅立ってもらえば旅の予定に遅れは出ない、って踏んだから突貫しただけで……」


「相談なしで突貫してる時点で駄目だろうがオイ! 結果的に無事だったからって、見切り発車で突撃して、仲間に怒られねぇで済むと思ったら大間違いだかんなコラ!」


「うっ……ご、ごめんなさい……」


 いや本当に、それを言われると本気で返す言葉がないのだが。簡易寝台の上で土下座してすいませんでしたと必死に謝意を示し――ながらも内心では、『でもたぶん同様の状況に陥ったら俺またやるな、たぶん』と思ってしまっているというのがまた、ロワのか細い良心に、ざっくざっくと罪悪感を刻みつけてくる。


 心臓がしくしく痛みだすのに耐えつつも、土下座の体勢からそろそろと顔を上げ問いかける。自分の罪悪感を軽くするため、という心情がその行動理由の大半である辺りが我がことながら情けないが、ロワとしてはここはできる限りはっきりさせておきたいところだったのだ。


「その、俺が失敗したのは申し訳なかったけど。その失敗を少しでも取り戻すためにも、旅を先に進めておいた方がいいんじゃないのか。俺が教育を終えた頃に、ジルが転移術で迎えに来てくれれば、時間の無駄なく進んだ場所から旅を再開させられるわけだし」


「……要するにお前、なにがなんでも、あの王女さまをみっちり教育してやらねぇと気が済まねぇってぇんだな?」


「そういうわけじゃ……」


「じゃあどういうわけなんだ? 仲間に相談なしで女王陛下に突撃するほどやりたいことなんだろう?」


「気が済む済まないの問題じゃない、ってだけだよ。俺はあんなふざけたことを抜かす奴をそのまま放っておくことは、天地がひっくり返ったってできやしないんだ」


『……………』


 ロワの心情をできる限り正確に言い表そうとした言葉に、仲間たちは揃って顔を見合わせてから、ロワに問うてくる。


「なー。ロワってさ、娼婦の人らに、なんか思い入れでもあんの?」


「っ……」


「娼婦の人らに育てられたとかか? それで娼婦の人らに尊敬とか感謝とかしてるとか」


「それは、その……」


「言いたくなくても、ここはきちんと説明してもらうからな。勢いでおおごとに巻き込まれた側としては、きちんと事情の説明をしてもらわないと納得がいかない」


「だな。そこらへんきっちり教えろや。素直にそうするってぇんなら、とりあえず一応は、おまえのしでかしたことは水に流してやるからよ。それでいいよな、みんな?」


「おう」


「うん」


「ま、とりあえずはな」


「……俺のしでかしたことでみんなに迷惑をかけたのは確かなんだから、別に許す必要はない、と俺は思うんだけど……」


「だぁっ、しょうもねぇことぐだぐだ抜かしてんじゃねぇ! 実際に俺らがお前のこと許さねぇせいで、嫌な空気になったら本気で落ち込むくせになに言ってんだ!」


「ぅぐっ……」


「俺らの方だって、こんなことぐだぐだ引きずりたくねーしな」


「パーティの一員としての説明責任を果たすだけだろう。許す許さないだのしでかしたことの報いだの、そういう代物とは別問題の、当然の義務だと思うが?」


 そう言われると、これまた返す言葉がない。しばし考えたのち、覚悟を決めて、はぁっとため息をついてから仲間たちの顔を眺め回した。


「あんまり愉快な話じゃないと思うぞ?」


「別に、仲間の昔話に愉快さなんて求めていない」


「まー、おもしれーんならそれにこしたことねーけどさ。それよりなにより、きっちり事情とか聞いとかねぇと、こっちも腰が落ち着かねーし」


「わかったよ。……俺は別に、娼婦の人たちが好きだってわけじゃない。尊敬や感謝の気持ちがまるでないってわけじゃないけど、そんなものは個人に対して向けるもので、職業全体に向けるものじゃないし。俺の気持ちをできるだけ正確に言い表すんだったら……『苦痛』っていうのが一番近いんだろうな」


「苦痛……?」


「見るだけで苦痛。娼婦って言葉を聞くだけで心臓が苦しくなる。だから正直、娼婦の人たちとはできるだけ関わりたくない。だけどあの人たちを馬鹿にされたり、軽んじられると、それこそいてもたってもいられなくなる。……ネテの言った通りだよ。俺は娼婦の人たちに育てられたんだ。娼婦の人たちに、我が身を犠牲にかばわれながら、護られながら」


「えっ……ど、どーいうこと?」


「俺の出身が東方の、もう滅ぼされたアユワドゥメンモト――アユトって国だっていうのは言ったよな?」


「ああ……確かに聞いたな。あっという間に滅びたせいで名前も覚えていない帝国の、侵略拡大政策に呑み込まれて滅びた、遊牧民たちの国だ、と」


「そう。帝国の侵略に、アユトの民は懸命に抵抗したけれど、『帝国』を名乗るに足るだけの軍事力を有していたその国からすれば、しょせん無駄な抵抗でしかなかった、らしい。アユトが滅びたのは俺が五つの時だから、詳しいところまで見聞きしたわけじゃないけどな。男たちは皆殺しにされ、女子供は見目のいい連中だけが奴隷として国に持ち帰られた」


『…………』


「俺たち部族の女の人たちの中で、特にきれいな人たちは娼館に売られた。その中で、一番大きな店――俺たち部族が一番多く売られた店の中で、娼婦となった部族の人たちに俺はかくまわれたんだ」


「か、くまわれた、って……どうやって? 娼館だっていうんなら、別にお前を買い取ったっていうわけじゃないんだろう?」


「結界が張られていたんだよ」


「結界……?」


「俺のばばさま――祖母が、部族が滅ぼされる時に、その命と魂のすべてを費やし発動させた、俺を護るための召霊術による個人用結界術式。部族の霊魂が多くそばにあるほど――部族の生き残りがいればいるほど強く、部族以外から俺の姿を隠してくれる代物。ばばさまは、滅ぼされた部族の再興のために、俺をなんとしても護らなければ、って思ったらしいんだ。俺の部族では、召霊術を学んだ巫たちは、部族を支える柱であり、魂の護り手であり、部族の歴史を受け継ぐ者だったから」


「へぇ……?」


「そしてその結界は、五転刻(ビジン)で跡形もなく消え去ったんだ」


「……は!? いや、なんでそうなる。まさかお前と一緒にいた人たち全員が亡くなったというわけでもないだろうに。いや、それとも、それもありえないことじゃない、のか……?」


「ありえないことじゃないっていうのは確かだけど、俺と一緒にいた人たち全員が俺の前から姿を消したのは、別に全員が死に絶えたことが原因じゃない。俺が、自分で、その結界を消したからなんだ」


「えっ……」


「娼館にかくまわれて五転刻(ビジン)が過ぎた頃に、俺は、逃げ出したんだ。娼館から、結界に護られた世界から。――娼館に残された、部族の女の人たちを、すべて見捨てて」






 最初ロワは、なにがどうなったのか、まるで理解できていなかった。


 それもある意味当然といえば当然だ。その当時、自分はわずか五歳の子供でしかなかった。部族一の巫であり、長老でもあるばばさまに、後継者として見込まれて、物心つく前から召霊術を仕込まれてはいたけれども、それでも遊牧民の子として当たり前の範疇にあった、馬を駆り、羊を追い、家族と共にひとつの天幕で起居しながら草原を巡る、これまでの生活がなぜ突然失われて、馬車で見知らぬ場所へ、それも木と石で作られた建造物の中などへ連れてこられなければならなかったのか、その理由も必然性も、まるでわかっていなかったのだ。


 わかっていたのは、部族の中の、顔見知りぐらいの関係でしかない女の人たちが、自分をかくまってくれていること。そして、自分たちに与えられた食事を少しずつ減らして、ロワに分け与えてくれていることだけだった。


 それが危険な行為であること、知られれば女の人たちはひどく咎められるであろうことくらいはロワにも予測はできたので、ロワは五歳から十歳までの五転刻(ビジン)を、ひたすらに息をひそめて過ごした。ばばさまの使った結界術式のことはある程度理解できていたが、だからこそそれが絶対的に信頼のおけるものではないことも、ロワは事実として知っていたのだ。


 押し込められた部屋の外から、ときおり響いてくる悲鳴、蛮声。すすり泣く声。それがひたすらに恐ろしく、厭わしく、忌まわしかった。逃げ出したい、草原へ帰りたいといつも祈り願っていた。


 だからこそ、ロワなりに自分の周りの女の人たちに、できることは全部やったつもりだ。わがままを言わず、騒ぎ立てもせず、邪魔にならないよう、普段はひたすらに息をひそめ、ばばさまから習い覚えた形ばかりの祭司の役割を懸命にこなした。女の人たちの様子に常に注意を払い、少しでも落ち込んでいる人、気分が悪い人がいれば、ばばさまから教わった知識を必死に思い出して、召霊術や祭司としての対話法を駆使し、心魂の調子を整えるよう努めた。傷や病気を得た人には、召霊術を倒れるまで全力で使い、ないよりは多少マシ程度でしかないものの、できる限りの治療を施した。


 ロワが女性に慣れていたり、女性がなにを考えているか察するのがうまかったりするのは、主にこの頃の経験によるものだろう。ロワにしてみれば、自分のことを命を削って護ってくれている人たちなのだ、死力を尽くして恩を返さないわけにはいかない。


 ――そしてそれ以上に、そうしなければ自分の生活基盤が危ういのだという自覚と、それに伴う打算が、ロワの背中に常に刃を突きつけていた。薄氷を踏むような想いで、この人たちに見捨てられれば自分は命がないのだという想いに追い立てられて、必死に女の人たちの感情を、気配を読み取り、心地よい気分を保ち続けてくれるよう全力で尽くした。


 それ以外に生きる道がなかったからだ。女の人たちの機嫌が悪ければ、それだけ自分は死に近づくからだ。必死に、ひたすらに、できるだけ自然に相手の気に障らないように、媚を売り恩を売り愛玩してもらうべく力を尽くした。結局のところ、すべて自分のために。自分が周りに攻撃されないまま、殺されないまま、今日も生き延びることができるように。


 だから、だろうか。どれだけ労わり、慈しみ、心を安らがせる態度を取ろうとも、自分は周りの女の人たちを――娼婦として性を搾取され、強者の思うがままに蹂躙される人々を、内心どこかで、恐れていたように思う。


「……恐れていたというか、いつ見捨てられてもおかしくないと思っていた、と言う方が近いかな。なんていうか……俺がこの人たちを信じられないんだから、この人たちもいつか俺のことを裏切るだろうって、当たり前のように思ってた気がする」


「し……信じられないって、なんで? だってその人たちって……ロワと同じ……ぶぞく? だったんだろ?」


「同じ部族ではあったけど、顔見知り程度の仲でしかなかったし……その人たちからしてみれば、俺は一族の長老に押しつけられた近所の子供だ。そんな奴に優しくする人なんて……いつまでもどこまでも優しくしてくれる人なんているわけないって、単純にそう思ったんだ」


 娼婦という職業の過酷さは、幾度も幾度も否応なしに見せつけられた。毎日毎日好きでもない男に好き放題に扱われ、それでも客には媚を売らねばならない生活。心も尊厳も貞操も純潔も、なにもかもを奪い取られてなお、それを売り渡し続けなければ生きていけない。ロワの回りの女の人たちの心が、日々軋み、荒み、荒れ果てていくさまを、ロワは何度も何度も見せつけられた。


 それでも、ロワの回りの女の人たちは、よくロワの面倒を看てくれたと思う。女たちの寝起きする部屋にロワを隠し、食事を少しずつ分け与え、時には頭をなでたりまでしてくれた。


 毎日毎日小さな部屋の中で身動きすらろくにできないまま、悲鳴や蛮声やすすり泣きの声を聞くことしかできない生活だったとしても、ときおり荒れ狂った女の人に息ができなくなるほど殴りつけられたとしても、こっそりと浴びせかけられる、『私はこんな目に遭わされているのになぜお前だけがこんなにも安楽に暮らしているのか』という呪いと怨嗟の言葉の頻度が日々増していく一方だったとしても。それでも自分はとりあえず、その日を生き延び続けられたのだから。


 だが、そんな生活もいずれは崩壊を迎えるだろうことは、ロワにもなんとなくわかっていた。子供なりに、女の人たちの心情と真情を、できる限り感じ取ろうとしながら生きてきた者として。


「最初に落籍された人が出たのは、俺たちが捕えられてから三転刻(ビジン)後ぐらいだったかな。なにせ俺の部族の中でも一番きれいな人たちばかりを買い取った娼館だったから、仕事に慣れれば客の心をつかむのは難しくなかったみたいなんだ。物慣れない風情も、そういう芸風として売りにできるぐらいには、娼婦って仕事をものにできた。そういう人から少しずつ、俺の周りから姿を消していったんだ」


「一応……聞いておきたいんだが。そういう時、お前はどうしてたんだ? つまりその、お前を護ってくれていた女の人と別れる時、お前はその人に、どういう対応をしていたのか、ってことなんだが……」


「どういう対応もなにも。『別れる』なんてまっとうな離れ方をしてくれた人、誰もいなかったからな」


「へっ?」


「落籍された人も、格の高い娼館に売られていく人も、娼館から逃げ出した人も。みんな娼館からいなくなるその時まで、なんにも知らない顔で俺たちと一緒に寝起きして、当たり前みたいに他のみんなとおしゃべりしてたんだ。いなくなる時はいつも不意討ちだった。みんなに黙ってこっそり準備を進めて、準備が整ったら唐突にいなくなる。そういう離れ方ばっかりだったな」


 最初はたぶん、単純に、仲間たちから離れることが裏切りのように思えて、責められるのも嫌で、落籍される当日まで黙っていたというだけだったのだろうと思う。


 だが、そういったことが重なるうちに、部族の女の人たちは、裏切りに厳しく目を光らせるようになっていった。立場の強い何人かが主導して、密告を奨励し、盗み聞きなどの諜者じみた真似までして、落籍される人、その可能性のある人をいじめて、嫌がらせをし、いたぶりぬいた。


 ロワはその大義名分として使われることが多かった。部族の再興なんて夢みたいなことに力を注ぐような、現実の見えていない人はさすがに娼館にはいなかったが、『こんな幼い子供の命を見捨てるのは、護ることを放棄するのは人非人だ』『この子を護るために自分たちは鉄の結束で身内を固めなければならない』という理屈はそれなりに説得力があり、その論旨に真っ向から反駁する女の人はロワの周りにはいなかったのだ。


 だがそれでも、落籍される人も、他の娼館に買われる人も、いなくなりはしなかった。というより、落籍される人を全力でいじめぬいていた人たちも、他の女の人たちが見ていないところでは、必死に客に媚を売り、自分を買い上げてくれるよう、なりふり構わず願い、ねだり、必死に頼み込んでいたのだ。手段を選ばず、尊厳も矜持もすべて放り捨てて。ただひたすらに、自身の安寧のために。


 それらすべてを――今落籍される話が出ている人が誰かということも含めて、ロワはなんとなく感じ取っていたし、召霊術である程度直接情報を得てもいたが、それを誰かに告げることはしなかった。裏切り者にそばにいられてはこちらの身が危ないと思ったせいもあるが、それよりもっと単純に、同調圧力で仲間をつるし上げ、足を引っ張り、貶めながら自分一人だけは助かろう、という醜行に手を貸すのが嫌だったのだろう、と思う。


 部族の女の人が周囲にいなければ自分の命が危ない、ということは理解していたが、当時の自分の心境を振り返って考えてみるに、あの頃……娼館に囚われてから四転刻(ビジン)ほど経った頃、部族の女の人同士が足を引っ張り合い、憎み合い、罵り合い傷つけ合うことに夢中になっていた頃は、自分はもう嫌になっていたのだと思う。生きるということに嫌気がさしていた。こんなことはもうたくさんだ、となにもかもを放り出したくなっていたのだ。


 ばばさまが命と魂を捨ててまで発動させた結界術式も、しょせんは娼婦たちを監視する連中の目をごまかすくらいのことしかできない。分け与えられる食事はじわじわと減っていく。しじゅう空腹と渇きがロワを苛み、のみならずロワに屈託を暴力という形で叩きつける女の人も日に日に多くなっていた。部族を再興するなんて目標は、最初からかなうはずのないむなしい希望でしかない。


 それなのに、生き続けなければいけないというのが、ロワにはどうにも苦しかった。生きる意味を見出せなかった。自分が息をしていること自体が他者の迷惑にしかならないように思えたし、無駄なこととしか感じられなかった。


 だから、逃げ出したのだ。周りの女の人たちの心を、必死に慰めながら、労わりながら。計画を練り、隙を見計らい。その女の人たちから解放され、『生きなくてはならない理由』がすべて自分の側に存在しなくなり――もう死んでもよくなる、死ぬしかなくなる、そんな結末を求めて。


「………あのさ」


「なんだ?」


「ちっと、疑問なんだけどさ。なんつぅか……お前の言い方からするとさ。そういうなんだかんだって……お前が娼婦の人らを嫌う理由にはなっても……尊重? する理由にはならねぇんじゃねぇの?」


「あ、それ俺も思った! フツーなら娼婦って奴らみんな大嫌い、ぶっ殺してやる! って感じになっても全然おかしくなくね!? っつかそっちのがフツーじゃね!?」


「……まぁ、お前がそこまで短絡的な人間とは思わないが」


「たんらくてきってなんだよー!」


「僕も確かに、お前のそういう過去が、娼婦という職業を、お前が命を懸けてでも擁護せずにはいられない理由になっているとは思えないな」


「……俺は、そうは思わない」


「え……」


「『なんとなく感じ取っていた』って、言っただろ。感じ取ったんだ、俺は。ずっと一緒にいた。自分が息をひそめてるすぐ隣で、女の人が荒れ狂ったり、泣きじゃくったり、すすり泣いたり、もうなにも見たくない聞きたくない感じたくもない、って顔でばったり倒れ込んだりしてるのを見ていた。ただ生きる、それだけでも本当に死に物狂いの力を振り絞らなけりゃならない中で、ちょっと知ってるぐらいの関係でしかない俺を、労力を費やして生き延びさせてくれた。――それを知っているのに、俺は逃げたんだ。あの人たちをすべて見捨てて」


 本当に、否応なしに感じ取れてしまうのだ。召霊術で招じた霊に、部屋の外の様子を教えてもらうたびに、はっきり理解できてしまう。閉塞した空間で、自由もなにもない囚われの身で、毎日毎日毎日毎日、ひたすらに性を搾取され続ける生というものがどういうものか、が。


 刺し殺してやりたいほど憎らしく汚らわしく思っている男に、毎日のように媚を売り、言われるままに股を開かねば生きていけない。男の身勝手な薄汚い欲望に、尊厳も矜持も放り捨てて、笑顔で応じ続けなければ息をすることも許されない。苦しくてたまらないのに、それを表に出せばそれだけ自由が、人生に残されたただひとつの儚い希望が遠ざかる。そんな人生を、自分はいくつもいくつも、そのすぐそばで見聞きし、感じ取っていた。


 苦悶、煩悶、懊悩、惨痛。数えきれないほどの、終わる見込みすら定められていない、いつまでも続く苦痛。それを間近で感じ取ってきた者として、あの人たちが苦しめられてしかるべきと、好き勝手に利用していい代物だと、あの苦しみをまるで知らない輩にいいように扱われるのを放っておくことは、どうしたってできはしない。あの五転刻(ビジン)という時間が、自分にそんなことを許してはくれないのだ。あの小さな部屋の中にまで響いてくる、悲鳴とすすり泣きの声が。


「……決行の日、俺がやったことは単純だった。部屋の中に部族の女の人たちがいなくなるのを見計らって、なにも考えずにまっすぐ外に出ようとしただけ。俺の目算としては、そうすればすぐに見咎められて、捕まるだろうと思ったんだ。部族の女の人たちからある程度離れれば、結界術式は作動しない。娼館の、娼婦たちの部屋や仕事部屋から、出入り口のある場所へはそれなりに距離がある。どうしたって見つからないわけはない、って子供なりに考えた」


「お前……そんなに、捕まりたかったのか?」


「少なくとも、自分にできることは、責任はきっちり果たした上で解放される、楽になれる唯一の方法だ、って思ったんだ。これまでずっと隠れ続けていたんだ、娼館の人たちは怒り狂って俺を責め立てるだろうと思った。怒りに任せて殺されるにしろ、男娼用の店に売り飛ばされるにしろ、少なくとも俺がいなくなることで、部族の女の人たちは少しは解放されると、楽になれると思った」


「っ……」


「護らなければならない子供から、背負わされた義務から自由になって、自分たちだけのために必死になれる生き方は、少なくとも今よりマシだろうと思った。『部族のため』『残された子供のため』なんて大義名分を背負わされたまま生きさせられるより、少しは心が自由になると思ったんだ。あの人たちを解放することで、俺がこれまで護られてきた分の恩義を、苦しめてきてしまった償いを少しでも果たして、死出の旅路なり絶望の生なりに突き落とされるのなら、俺なりに責任を果たしたって言えるんじゃないかって。一番マシな解放のされかたなんじゃないかって……」


 でも、そうはならなかった。


 目算通り、ロワは娼館の人々に見咎められ、捕まった。だが、娼館の人々から向けられたのは、怒りでも敵意でもなく、どこまでも困惑でしかなかったのだ。


 娼館の人たちに教えられた。ロワの故郷であるアユトを滅ぼし、自分たちを奴隷に堕とした、ロワが今に至るまで名前をまるで知らない大帝国は、とうに滅ぼされているのだと。周囲の国々を侵略して拡大しようとする国がたいていそうであるように、周囲の国々に雇われた冒険者たちに内部に入り込まれ、補給線の寸断、武器や兵器の強奪、皇帝をはじめとした頭となる人々の略取といった手段によって、国体を維持できなくなり崩壊したのだと。


 だからロワたちはもはや奴隷ではなかった。ただの売られてきた商売品でしかなかった。そしてロワについては、娼館は一ルベトも払ってはいない。これまで寄生されていたといっても、食事を分け与えていたのは娼婦たちだし、娼館がなにか損をしたというわけではほとんどない。


 困惑と混乱に満ちた論議の末――そういう理屈で、ロワは解放されたのだ。娼館から、自分をずっと閉じ込めてきた、苦痛に満ちた世界から。なにひとつ、傷も苦痛も与えられることなく。なにひとつ、命も魂も奪われないままで。


「……だったら部族の女の人たちも解放してくれないか、と訴えたけど、まるで相手にされずに放り出された。当然だよな、相手が国であれ人であれ、娼館にとっては部族の女の人たちは、金を払って手に入れた商品なんだ。商品が今どんな気持ちでいるかなんてことを考えていたら、商品を酷使する商売なんてできるわけがない。むしろ俺は、娼館の人たちが俺を傷つけることもなく解放したことにぞっとしたよ。あの人たちには、『商品ではない』子供をできるだけ傷つけたくない、という良心が存在した。そんな『正しい』心があるのに、娼婦たちを閉じ込め、毎日毎日男に弄ばせてまるで恥じることもない。それが当たり前のことだと、自分たちのまっとうな商売だと思ってるってことに……」


「…………」


「そして、俺はなにより自分自身の心にぞっとした。俺は傷つけられることもなく娼館から解放された。部族の女の人たちは、まだ十何人もがその中で地獄のような生活を強いられ続けるっていうのに。その人たちを助けることに死に物狂いにならなくちゃいけないのに。それが当然なのに。そう思っているのに、同時に『逃げ出せてよかった』とほっとしてもいたんだ。傷つけられることなく、殺されることなく売られることなく、なにも失うことなく逃げ出せて、あの女の人たちとの関わりを断つことができて、よかったって、助かったって、心の底から思ってもいたんだ」


「…………」


「自分の中のその気持ちを自覚して、その醜さと気持ち悪さを悟って、混乱して狼狽して――結局俺は、逃げ出した。助けてくれた部族の女の人たちに、なにも返すことなく。責任を取らずに。なにもかもを放り出して、置き去りにして、ひたすらにその娼館から遠ざかった。俺を命懸けで助けてくれた、護ってくれた女の人たちが、まだ地獄の苦しみの中にいるのを知りながら、その女の人たちをすべて見捨てて逃げ出したんだ」


「…………」


「……俺が娼婦の人たちに対する侮辱を放っておけないのは、そういうことだよ。顔も見たくない、存在も認識したくない。だけど俺はあの人たちに受けた恩も、それをすべて放り出して逃げ出したっていう俺の裏切りも、一瞬も忘れたことがない。だからあの人たちに与えられている苦痛も絶望もなにも知らずに、あの人たちを蔑む言葉を放っておくことはできない。……ただそれだけのことなんだ」


『…………』


 仲間たちが揃って、『なんと言えばいいのかわからない』という顔でこちらを見ている。困惑と迷いに満ちた、『そんなことを言う奴に、なんて言うのが一番いいのかわからない』と書いてあるのがありありと見える顔で。


 そんな顔をされたくないから、できる限りこの話をするのを避けてきたんだけどな、と内心で嘆息する。あえて隠そうとはしていなかったつもりだが、口に出さないですむならできる限りそうできるよう神経を使ってきた自覚はあった。


 もちろん自分の醜行を、罪科を告白して、軽蔑されたり嫌われたり拒絶されたりするのが嫌だ、という気持ちもある。だけどそれ以上に、『気を使われたくない』という感情の方が強かった。


 みんながそんな顔をする必要はない。みんながそんな風に苦しむ必要はない。みんなが俺の心を慮る必要はない。


 だって、俺は本当に罪を犯したんだから。してはいけないことを、許されないことを、取り返しのつかないことをしてのけて、いまだまるで償えていないんだから。


 気を抜くと叫び出しそうになるのを掌にきつく爪を立ててこらえ、座っていた寝台から立ち上がる。そしてそのまま、扉を開けて部屋を出た。


「あ、おい!」


「今日は別のところで寝るよ」


 それだけ言って扉を閉じる。なにせこの国のことだから、男が眠れる場所、眠っても許される場所なんてそうそうないだろうが、話し始める前からそこらへんのあたりはもうつけていた。


 最初に案内された男性用の風呂と、その隣の男性用便所。どちらにするか少し考えて、便所の方の扉を開けた。風呂の方はさっき自分たちが使ったので濡れている、そこで休むのは気分的に嬉しくない。ここの便所は糞便抹消の術法具が備え付けてある型だったし、消臭用の術法具も完備されていたので、匂いの類はまるでしなかった。一日ぐらいそこで休んでも、体力的には問題ないだろう。


 便座の上に座り込み、背中を便器に預け、ふぅ、と小さく息をつく。自分がけっこう落ち込んでいるな、というのは自覚していた。


 だけど後悔しているつもりはない。ロワは自分の過去についての話は、相手が真正面から訊ねてくれば正直に答えると決めていた。これまで自分の過去などに興味を持つ人が誰もいなかったから、人に話したのはこれが初めてだけれども。


 たとえこれで自分の仲間たちが自分のことを拒絶するようになっても、一緒にはやっていけないと言われてパーティから排斥されることになっても、自分なりに過去の罪を受け容れた時から、そんな事態はすでに想定済みだ。後悔も憤懣も不満もない。ただ粛々と義務を果たすのみ。


 それを承知しているのに落ち込んでるあたりがもういろいろ語るに落ちてるよな、と苦笑しつつ、ロワは目を閉じて脱力した。明日からもいろいろやることがある、少しでも体力を回復させなくてはならない。

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