4-7 風神問答・2
「えぇっ……と」
さっきと同じ質問を仲間全員にくり返させられるのか、と思うと、正直ちょっとめんどくさいな、と思ったが、こんな軽い質問で、女神さまに質問することを許してもらえるなどというのは、女神さまのご慈悲としか言いようがない。こちらとしては言われるままに詳しく答えるしかやりようがないので、腕組みをしてうーんと唸りつつ考え込んだ。
「そうですね……一番しょっちゅう思うのは、苦労性だなぁ、ってことですかね」
『あぁ~……』
女神さま二人も『わかるわかる』と言いたげにうなずいてくれる。それに力を得て、というわけでもないが、ロワの舌はそこそこ軽く滑り出した。
「もともと、あいつ素の性格として面倒見がいいっていうか、『相手より自分の方がずっと頭がいい』って状況が長かったせいなのかもしれませんけど、わりとなんでもかんでも手を出しちゃうっていうか、『他の人に任せる』ってことが苦手な奴で。普段から作戦の立案から、必要物資の量やら値段やらの細かい計算とかまで、『そこはこうすればいいだろう、ええいもう僕がやる』って首を突っ込んでは自分の仕事にしちゃう、ってことが多くて。それで実際ネテがやった方が、たいていの仕事は早くて正確に終わっちゃうっていうのが、ありがたくもあり困ったところでもあるんですけど」
「うんうん」
「今回は、自分よりも圧倒的に頭がいい人たちが俺たちを指揮してくれてるんで、そこらへんちょっと戸惑いもあったみたいですけど。この人たちに従った方がいい、って結論を出すなり、自分から絶対服従宣言みたいなことまでして。そうすれば俺たちもそれに従うだろう、そっちの方が格段に生き残る確率が上がるだろう、って考えたからなんでしょうね。そういうとこを見ても、本当に頭いい奴だなぁ……とは思うんですけど。同時に、そういうなんでもかんでも自分一人で考えてやっちゃうところとか、本気で困った奴だなぁ……とも思いますね」
「なるほどねぇ」
「実際、俺たちの中に、あいつくらい頭の回転が速くて弁が立つ奴がいないから、しょうがないといえばしょうがないことなんですけど。でもだからって、あいつがなんでもかんでも引き受けて、失敗したら自分のせいだって背負い込んでいいはずないのに。ああだこうだ言えるほど、俺が能力的に優れてるっていうか、ネテの力になれるわけでもないから、今のところなんとも言いにくいんですけど。そこらへんをなんとかしてやれたらな、とは思ってます」
「なるほどねぇ……」
ゾシュキアとエベクレナが、うむうむとまたなにかを噛み締めるようにうなずく。え、いやなんだこれ、こんな顔する要素どっかにあったか、と思わず眉を寄せてしまったが、ゾシュキアはしれっとした顔で、さっきと似たような質問をしてくる。
「うん、つまりアレだよね。ロワくんは、ネテくんが大切だから、もっと自分を大切にしてほしいって思ってるわけだよね」
「ええ……まぁ、はい。仲間として一緒に冒険やってるんだから、こっちにだって助けさせてもらわないと困りますし……」
「うんうん、年の近い少年同士ならではの、その微妙な対抗心と放っておけない気持ちの混合ソーグッド。いろんな想いを込めた三点リーダーが飢えた心に沁みるねぇ……」
「ですよねぇ。噛めば噛むほど味が出る、思春期少年同士のプライドと友情、愛情と真情のぶつかり合い……ヤバ、召されそう。ヤバいヤバい顔が悦る」
「はいはいそーいう時はさりげなく後ろ向いて化粧治すふりでもしててねぇ、人次元がどうとかいう話は置いといても、女として男子に限界の顔は見せないのが礼儀だよー。……さて、じゃあまたロワくんの質問の番なわけだけど。今度はどんな質問にする?」
「そう……ですね」
頭の中の思考に穴はないか、もう一度確認して、たぶん大丈夫だろうとうなずいてから、ゾシュキアに告げる。
「『神々は、邪神に対し、抗することができないのか、それともその意志がないのか?』――質問は、これで」
「なるほどなるほど。――その質問に対する答えはシンプルだね。両方だよ。抗することができないし、その意志もない」
「っ……」
「でも、付け加えさせてもらうけど、それは邪神側も一緒だよ? 向こうも私たちに向けての対抗手段を持ってるわけじゃないし、私たちと喧嘩する意思もないはず。少なくとも、普通の邪神ならね」
「………え?」
予想外の答えにぽかんと口を開けるロワに、ゾシュキアは面白がるような顔をしながら説明を続ける。
「そうだね、質問に余すところなく正直に答えるってルールだし、納得してもらうために解説しようか。まず、邪神ってものがなんなのか、ってことからね」
「……はい」
「とりあえず前提。邪神も神の眷族の一柱である、ってこと。これはもうエベっちゃんから聞いてるでいいんだよね?」
「あ、はい……一応、うかがってはいます」
「まぁ、あたしらも邪神って存在が、神の眷族的な性質として、あたしらとまるで少しも変わらない、って確信持って断言できるわけじゃないんだけどさ。少なくとも、上の人の扱いが変わんない、ってのは確かだよ。神音を世界に巡らせるって仕事をして、仕事をした分の神音をもらう。一緒に仕事したこともあるから、そこは間違いない」
「え! い、一緒に仕事してるんですか!」
「まぁ、邪神連中って異動が多めっていうか、信仰の基盤があんまりがっちりしてないから、勢力圏がころころ変わるせいで、あんまり長期間同じ場所で仕事することってないけどね。それでもフツーに一緒に仕事したし、フツーにお喋りとかもしたよ。そーやってそれなりに仲良くなったから、邪神ってことも教えてもらったわけだし」
「いや……あの、すいません。正直よく理解ができないっていうか……その、そもそも、神さまの仕事がどういうものかってよくわからないので、ちょっと想像を絶してるっていうか……」
「んー、とね。基本的にはどんな神の眷族も、自分一人でっていうか、自分の部屋で神音を巡らせる仕事をしてるわけなんだけど……まぁイメージ的には、土地神っぽいっていうかな。あくまでイメージだけど、『あの土地がわりと乾いてるからそろそろ雨を降らせなきゃ、そうすれば水の流れからしてこっちの土地にも恵みが行くはず』みたいな。そういう風に、慣れてない頃はマニュアル片手に、神音が効率よく有効に働くやり方をあれこれ考えながら、この窓を通じてあれこれ操作して、人次元の神音を動かすわけなんだけど。そういう風に仕事をする範囲の土地が、だいたいの場合そいつの人次元での神としての信仰の勢力圏になってるわけ」
「は、はい」
「でもさ、神音――世界の力の源の流れは、一つの土地だけで完結してるもんじゃないんだよね。人の流れのように、水や風の流れのように、絶えず世界を巡ってる。それに、フツー信仰ってのは、その土地にただひとつしか存在しないわけじゃないでしょ? 境界線があるわけでもなし、幾柱もの『その土地で盛んな信仰』ってものがあって、それが微妙に重なり合ったり反発したりしながら、個々の信仰圏を成立させてる。だからどんな神の眷族も、『こっから神音こう流したいんですけど皆さんどっすか』『いや俺こっからこう流したいからこういう風じゃダメなの?』『じゃあマニュアルに従って中間のここからこうで』『りょー』みたいな会話ちょくちょくやってるわけよ。部屋の中から、この窓を通じてね」
「は、はぁ……えっと、顔を合わせてやるんじゃ駄目なんですか?」
「駄目ってことないけど、個々人でやった方が効率いい仕事も多いし、そうなると自分の部屋で仕事した方が通勤時間とかもないしね。それに、万一仕事で険悪なムードになった時も、喧嘩に発展しにくいし。仕事での個人的な付き合いってのがそもそもできにくいし、喧嘩とかには人事部がわりとすぐ介入してきて、場合によっちゃ別の土地に異動させられたりするから、誰も積極的にしたがらないけど」
「は、はぁ……?」
「ともかくさ。神の眷族が、一緒に仕事するってことがどういうことなのかってのは、イメージできた? 一緒に仕事してる相手でも、相手のことをよく知らないってことがよくあるのも」
「そ、れは……はい、まぁ」
「で、自分が邪神だってことも、単に仕事してるだけなら言う必要がないってことも、わかった?」
「それ、は……」
いまひとつ、身に沁みて理解できていない気はするのだが。神々の仕事というものを、文言通りに解釈するならば。
「……そもそも、名前を名乗り合う必要性も、あんまりないんだな、ってことはわかります」
「そー、その通り。そういうことなわけよ。むしろ逆だね、名乗り合わない方がいい。人次元で信者同士が争い合うなんてことだって起こるわけなんだから、仕事の繋がりしかない相手の素性を知るのは、トラブルの種にしかならないわけ。そういうことを知るのは、相手と個人的に親しくなってからってのが鉄則ね。……で、そうやって、親しくなった相手から邪神だって告白されたことが何度もあるあたしが言うんだけどね?」
「はい」
「神の眷族としての仕事をして、働いて得た神音を使って、人次元の中から選んだ子に加護を与えて、自分なりの……まぁ基本的には人次元に伝えてる教義に基づいた形で、世界を変えてもらってーの、信者を増やしーの、より多くの祈りをもらいーの、それを神音に変えてまた加護を与えーの……って、人次元の子からすると、一番神っぽく思われがちなルーティンは、神の眷族的には、プライベートの活動なんだよね。本来の仕事に対するプラスアルファなの」
「……やってもやらなくてもどっちでもいい、ってことですか?」
「ま、ぶっちゃけた話、そうなんだよね。やったとしても誰に褒められることでもなく、やめたところで誰に責められるわけでもなく。だからそこでなにをやろうと、誰からも文句は出ないって感じ? 他人の個人的な事情だから口を挟む必要もないだろう、的な? 神の眷族っつっても、しょせん元人間だから、誰にも叱られないなら自分のエゴ最優先になるのは変わらないしね。人次元の子たちがどんだけ苦しもうとどうでもいい、みたいな思考が蔓延してたり?」
「………それは―――」
「いや、ちょっと待ってくださいよ! それはいくらなんでも言いすぎっていうか、暴論です!」
そう唐突に話に割って入ってきたのは、さっきからできるだけ会話に入ってこないよう、口をつぐんでいたらしい、エベクレナだった。顔を興奮で赤く染めながら、おそらくは義憤に似た感情の勢いに任せ、椅子から立ち上がり卓子に手をつき、身を乗り出しながら言ってくる。
「そりゃ確かに理屈の上ではそうかもしれませんけど、誰も彼もがそんな殺伐っていうか、ドライな価値観で神の眷族やってるとは思えませんよ! 私たち全員一度死んでこの世界に転生してきたわけですけど、少なくとも全員が勧誘された時に面接受けてるわけですよね? そのまま死んで輪廻転生の流れに乗るって選択肢も提示された上で、新しい人生を自分から望んだわけでしょう? それってつまり、自分の人生を、最初からじゃなく今この瞬間から、やり直そう、変えていこうって決めたってことですよね? いっくら精神的に老化から保護される作用があったって、自分の人生をちょっとでもマシなものにしよう、世界を少しでもマシにする手伝いをしようって気概もなしに、こんなルーティンワーク何百年何千年って続けられませんよ!」
「っ……!」
「ふぅん? ……それで?」
「それでじゃないですよ当たり前のこと聞かないでくださいよ、私たちみたいな神の眷族は、推しがいるから生きていられるんだって話ですよ!」
「……へ?」
え、そういう話だったのか? いつからそんな話に? と目を白黒させるロワをよそに、エベクレナはほとんどゾシュキアに食ってかかるようにして、ずだだだだと言葉を叩きつけまくる。
「その心が、その在りようが生きざまが、その魂が推せるから、生きててよかったーとかこの世界を創ってくれてる神に感謝ーとかこの子の幸せのためなら世界救っちゃるわーとか思えるんでしょう? 稼いだ神音を貢ぎまくって、加護しまくって、推しが幸せに生きてくれるように、世界を少しでも変えようって頑張れるわけでしょう? 心の底から推せる子を生み出してくれるこの世界と、それを創って維持してくれる神への感謝だって否応なしに湧いてきますよ曲がりなりにも人がましい心持ってたら! 推しっていう世界の希望がいてくれるこの世界で、ひたすら無為にルーティンワーク続けてだらだら生きようとする人なんて、百年もしないうちに神の眷族やめてますから絶対!」
「……だってさ。どーいうことかわかるー、ロワくーん?」
「えっ……そ、それは……」
つまり、それは。今エベクレナにとっての生きる希望が、他の誰でもなく、自分なのだ、ということだ。
ともすれば無為や怠惰に堕しかねない、ひたすら同じ作業を繰り返し、積み上げ続ける神々の生。それを忌避することなく、必死に頑張って仕事を続け、世界を無事に回すことができているのは、他でもない自分が、生きていてくれるからなのだと。エベクレナは今きっぱりはっきり、(ほぼゾシュキアの言葉への反感による勢い任せに)思いの丈をぶちまけてくれたのだ。
「えっ……やっ、ちょっ、ま! 待っ……いや、嘘じゃないんですけど、百パー真実ではあるんですけど! いやだってそんな……わ、私なんぞのそんな気持ちを推しに認識されるとか、もったいないとか畏れ多いという次元じゃ……ちょ、いや待っ、あの……せ、赤面ごちそうさまですぅぅ!」
「はいはい逃げない逃げない。興奮しない興奮しない。私の質問、まだ全部終わってないんだよ? エベっちゃん、ここで暴走して、本命の子への気持ちとかしっかりがっつり聞かなくってもいいの? こんなチャンスもう二度とないかもなのに?」
「ぐっ……うっ……そ、れは、ありえなさすぎっていうか、死んでも嫌ですけどぉっ……そーいうこと言うなら気持ちが乱れるようなこと言わないでくださいよぉぉぉ!!!」
「あっはー、ごめんごめん。いやだってこういう言い方したら少年少女が可愛く赤面し合うとことか見れるかも? って思ったらさぁ、ついやっちゃった♪ わかるでしょ、面白そうだったし、可愛いところが見れそうだったんだよ。推し活してる者として、そんなチャンス逃すわけにいかないでしょ?」
「その少女ってのがすでに勤続数百年を超す異世界転生ドフハイ女じゃなければ心から賛同してあげてもよかったですけどねぇ! っていうか友達相手にそういう仕掛けホンットにやめてくださいよ!? 推しご本人さまに一ファンを認識させるのみならず、個人として会話させちゃってるだけでも申し訳なさの嵐だってのに……!」
エベクレナとゾシュキアはそれからしばらく言い争っていたが(正確には、エベクレナが一方的に、という方が正確だったろうが)、ロワは正直、助かった、と思ってしまった。今自分の顔が相当赤いだろう自覚がロワにはあったし、そんな状態でエベクレナと向き合ったら、絶対変な顔をして、変なことを言ってしまう自信があったからだ。
――たとえば、自分にとってもあなたは生きる希望のひとつです、とか。
――あなたがいてくれるからここに生きていられるのは、俺も同じです、とか。
そういう恥ずかしいことを勢い任せに言ってしまいそうなほど、恥ずかしく照れくさくどきどきしていたロワは、ゾシュキアに食ってかかっていたエベクレナはともかく、こちらを視界に入れていたゾシュキアには、そんな恥ずかしいことを自分が思っていることも筒抜けだということをすっかり失念しており、エベクレナが落ち着いた頃に満面の笑みでゾシュキアにその辺りをつつかれて、思わず走って逃げてしまうことになろうとについては、まるで考えてもいなかったのだ。




