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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第十章 貧乏国の娼婦
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10-6 幸福な女神・3

 昼まで休んで昼食を取り、ある程度体力を回復させたのち、ロワは件の娼館までおもむいてアミニュエタへの面会を申し込んだ。金を取られるかな、とも思ったのだが、アミニュエタがもう形としては身請けされている身だからか、ヒュノの仲間であると申し出ると、あっさりと庭の片隅で話し合うことが許される。


 アミニュエタは自分の顔をちゃんと覚えており(まぁまともに話してもいないとはいえあんな状況じゃ印象も強くなるよな、と思った)、明らかにこちらのことを信用していない、不信感に満ちた反応を返してきた。が、ロワがヒュノの行動の理由を説明していくと、愕然とし、激怒の表情を見せて地団駄を踏み、最後には決意の表情で宣言する。


「私、行儀見習いやめない。このまま、娼婦になってやる」


「えっ………」


「あんな男のいいようにされてたまるもんか。あいつのお情けで行儀見習いから解放されるなんて、冗談じゃない。娼婦になって、姫の位にまで上りつめて、そんじょそこらの男なんて鼻づら引き回せるぐらいになってやるんだ。それで金持ちの男捕まえて、自分で身請けの代金分稼いで、あいつのこと見返してやる………!」


 憤懣と憎悪に顔を赤くして言いきるアミニュエタに、ロワは懸命に説得を試みた。ヒュノに対して怒るのは当然のことだろうが、どんなに気にくわない奴から渡されたものでも金は金。せいぜい利用してやればいい。むしろ当然の報いと、当然受け取るべき賠償金として活用するべきだ。


 それに、ヒュノがこの国に再びやってくる可能性は皆無に近いし、どれだけ娼婦として上りつめたところで、ヒュノを見返すことはできない。ヒュノは男女の関係には興味が薄いし、娼婦というものに対してもろくに興味を抱いていない。そんな奴を見返そうとしたところで徒労に終わる。あんな奴なんて相手にしない、武骨で無粋な愚か者として無視してやるのが正しい対応だ。


 そんな風にあれやこれやと言ってはみたものの、アミニュエタの決意は固かった。


「あいつがどんな最低男だろうと関係ない。私が自分を、あいつだって無視できないような最高の女だって思えれば、私にとっては復讐は終わったってことになるもの。あいつの払った金を自力で稼ぎ出せるようになれば、あいつに勝ったって思えるもの」


「いや、だけど……」


「それに……この国で、一番稼ぎのいい仕事って、娼婦だし」


「えっ……」


「娼婦になるって、好きでもない男にいいようにされるってだけで、なんだかもう人生終わった気分になってたけど。考えてみたら、この国で金持ちの男を捕まえようと思ったら、娼婦が一番、っていうかそれ以外に仕事の選択肢ないし。この国で一番贅沢な暮らしができるのも娼婦だし。形としては身請けされたわけだから、辛い時にも無理やり働かされるってことはないし。考えてみたら、そんなに悪くもないかな、って」


「い、いや……なにも、この国にこだわらなくても、もっと豊かな国で暮らすという選択肢もあるんじゃ?」


「それもちょっとは考えたけど、ゾヌみたいな大陸一の金持ちの国で、私が金持ちになれる保証ないし。そういうところだと、暮らしてくだけでめちゃくちゃお金が出ていきそうだし。他人の金持ちっぷりを見せつけられて、みじめな思いするのごめんだし。それくらいなら、この国で安定した仕事に就いて、私の家族みたいな貧乏な連中を見下して、高笑いしてやるのも楽しそうだな、って」


「………そう、ですか」


 むろんこの言葉には強がりが入っているのはわかっているが、そう言われてしまうとロワとしても、どうぞお好きにとしか言いようがない。自分から娼婦になろうとする人間を、止める資格も能力も、ロワは持ち合わせていないのだ。


 仲間のやったことが少女の心を傷つけてしまったことにはひたすらに詫びることしかできないが、実際問題としてヒュノのやったことは、基本的にはアミニュエタの迷惑になるようなことはひとつもない。単に、アミニュエタに声をかけて、娼館に筋を通した上であれこれと話を聞き、娼館に身請けの代金を払った上で、不幸との縁を斬ってみせただけだ。そしてその上に当座の生活費まで渡している。それなのに娼婦であり続けることを選ぶのなら、これはもう本人の意志だと認める他ない。


 ロワはそれ以上アミニュエタにどうこう言うことなく、その場を辞し、宿に戻った。早めに夕食を取って、たっぷり昼寝したにもかかわらず早々と床に入る。ネーツェとジルディンに術式をかけてもらえているので、ごくあっさりと、ごく自然にまぶたが重くなり、あっという間に眠りに落ちることができた。






 ―――そして気がつくと、神の世界以下略。


 いつものように輝く雲を背景に立つエベクレナは、今日もにこにこと笑顔の大安売りをしながら、この上なく上機嫌な気配を周囲に振りまいていた。パニピエオン侯国に来てからずっと続いているこの上機嫌さがどこからくるものなのか、いまだにロワはわかっていないのだが、女神さま相手に事情を聞きほじるわけにはいかないだろうし、半ば知ることはあきらめている。それに、どうせ今回もすぐにディグラジクナフェがやってきて、昨日と一昨日同様二人の世界を構築することになるのだろうから、気にしても無駄だろう。


 などと考えていると、雲の台から滑り降りてきたエベクレナが、ちょっと困った顔をして告げてくる。


「あー、すいません、今日はディグさん来れないんですよ」


「ぇっ………」


「えっとですね、技術部の人たちの言い分からすると、今回取れたデータをもとに、ある仮説を立てたらしくって。その仮説に基づいてデータチェックとかしたいので、一度ディグさん抜きの、私とロワくんだけで話した時のデータを取りたいんだそうです。ディグさん込みでのデータもまたちゃんと取りたいらしいんですけど、その時は改めてちゃんと呼ぶんだそうで。とぎれとぎれというか、半端な形になっちゃって申し訳ないんですけどね」


「……いえ………」


「まぁ私としても、昨日一昨日とディグさんとはたっぷり語り合いましたし。ちゃんとアドレスは交換したんで、話し合いたくなったらまた個人的に連絡取ればいいだけですし、ってことで承知したんですけど。まずかったですかね? もちろんロワくんの意志最優先ですけど、個人的には私としては、パン侯国編のラストであるだろう今日は、ロワくんと二人でがっつり語り合いたいな、って思ったんですけど………」


「………、いえ、問題は、ないです。俺と語り合いたい、というのは……どういう理由で、なんでしょう?」


 千々に乱れる想いを呑み込んで、とりあえず気になったところを聞くと、エベクレナはにへら、と顔を笑み崩し、恥じらうように身をよじりながら、半ば蕩けた声を返す。


「いやぁ、それ聞いちゃいますか……もちろん、私としてもそういう微妙な心の綾を一モブ女がぶっちゃける、みたいな問題行為には及びませんけどね? これ私としてはどう答えるのがベストなんでしょう、どう答えてもロワくん可愛い反応返してくれそうですけど、できるならベストオブベストの反応が見たいというか……」


「すいません、エベクレナさま。できれば、質問に答えていただけないでしょうか。俺と、どういう理由で語り合いたかったんでしょうか?」


「はっはいっ! ヒュノくんの行動の理由が明かされた時の心境についてぜひ語ってもらいたかったからですっ!」


「………えっ?」


 思ってもみなかった答えに思わず絶句したロワに、エベクレナはハッと我に返り、わたわたばたばたとしながら必死に弁明を始める。


「はっ……いっいやその、あのですね!? 私としてはあくまでそのっ、仲間として! 仲間としてどうなのかなって! ロワくんも、仲間のみんなも、ヒュノくんが女の子口説いてるっぽいって知った時に、それぞれ取り乱してた感じですけどっ! それが全然間違いだったって知った時に、どういう気持ちになったのかなって知りたくて!」


「…………」


 つまり、エベクレナは、この三日間の自分たちの醜態を見ていたわけか。いや、エベクレナが女神さまであり、ヒュノに加護を与えている以上、自分たちの様子を見るのはごく当たり前の話ではあるのだが。あのような、自分たち自身すらも、見るも無様というか、この上ない醜行だと理解せざるをえない行いを、この美しい女神さまに見せつけてきたのだと考えると、罪悪感でめまいがしてきそうだ。


 だが、そんなロワの心境を正確に読み取ったのだろう、エベクレナは首を振って否定してくる。


「いや、あの、別に醜行ってほどではなかったというか、嫌な感じはしなかったですよ? むしろ私的には仲間が女を作りそう、ってだけでああも取り乱すみなさんに、仲間の絆の濃さを感じさせてもらって、ご馳走様ですとしか言いようないっていうか? それだけヒュノくんとの心の距離が近いんだって気がして、むしろ嬉しかったですけどね? 私、推し剣がモテモテになるのとかは、どちらかというと盾の子の心境が心配になっちゃうんで、さほど好きではないんですけど、仲間同士なんだったら全然オッケーむしろ歓迎ですんで。仲間との絆、濃い想いの行き交いは私の基本ですから!」


 突然『なにを言っているのかさっぱりわからない』発言が入り混じったりもするものの、あれこれと言葉を尽くして自分を慰めようとするエベクレナに、ロワは「すいません……」と頭を下げる。女神さまの視点からすれば、人間の営みはすべて愛でるべき代物なのかもしれないが、営んでいる側からするとその思考はいささか受け入れがたい。


「というか……もしかして。いやもしかしてというかこれに気づかなかった俺が間抜けなだけなんですけど、エベクレナさまは、俺たちがパニピオエンに来た時から……というか、ヒュノがアミさんに声をかけた時から、ヒュノがなにを考えてるか知ってらっしゃったんですよね?」


「はい、もちろん! 最初っからヒュノくんの気持ちがわかってたんで、すごく穏やかというか、むしろオチを楽しみににこにこ笑顔で鑑賞させていただいてました! まーあのメスがお姫様気取りでヒュノくんにモーションかけたりするあたりはさすがにイラッとはしたんですけどね、さすがヒュノくんというか、そんな状況でも一ミリも心を揺らさずに、あの女を自分の剣の修行に役立てることばっかり考えててくれたんで、ショックを受けることとか全然なく、オチを楽しみに待つ心が増すばかりでしたし!」


 それならその事実を俺に教えてくれてもよかったんじゃないかなー、とちらっと思ってからすぐに打ち消す。女神さまに親切を強要するなど思い上がりもいいところだし、そもそもエベクレナ自身が、人の心を垣間見るのは基本的にロワと深く関わる問題についてのみ、と断言しているのだ。人界への介入を厭う神々の気質からしても、気楽に知りえた情報をもらすなどできるわけがない。


 そんな自分の思考も見通せてしまっているのだろう、エベクレナはちょっと苦笑してみせた。


「まぁ、そういう問題とかもありましてですね、ロワくんにお教えすることはさすがにできなかったんですが。オチも本当に見事だったというか、あのメスにわずかばかりの希望も与えず、きっぱりすっぱり情け容赦なく振ってくれたんで、もう快適爽快心地よさ抜群! って感じの気分でして。なのでその、できればでいいんですけど……ヒュノくんがそういう行動に出た時の、ロワくんの心境など、ひとつお教え願えれば、と思ったんですが………」


「………俺の考えてたことなんて、もう全部読み取られているのでは?」


「いやまぁそのそれはそうなんですけど。ロワくん本人が、ことが終わって落ち着いたあとに自分の心境を振り返って、どういう気持ちだったか語る、っていうのはそれとは別の意味合いがありますし。それにですね、私としては、前回も前々回も果たせなかったんで、ロワくんの愚痴とか、そういうもののぶつけどころになれたら嬉しいなー、って思ってるんですけど……いかがでしょう。仲間のみんなには言えなくても、他人、どころか次元すら違う私になら言えるというか、ぶつけられることとか、あったりしません?」


「………それは………」


 ためらわれるというか、申し訳ない気持ちがやはり先に立つが、そのお言葉に甘えたい気持ちもある。自分たちの視界に女性が入るだけで苛立つエベクレナにしてみれば、今回の一件は本当に心の底からスッキリする、心地よい娯楽に他ならなかったのだろう。そういうお方にとっては、今回の話についての愚痴はむしろ、娯楽として楽しんでもらえる話なのかもしれないし、そういう自分たちとは違う視点を持っているお方に、自分たちの心情がどう映るか、知っておきたい気持ちもあった。


 なので、躊躇しながらも、ロワは言われるままに口を開く。


「なんというか……筋違いなのはわかっているけど感情をおさえられない、っていう、自己嫌悪が一番強かったですね……」


「ふんふん!」


「ヒュノが女の子を口説こうがどうしようが、人倫に反するようなことをしないのなら、俺が文句をつけられる筋合いなんてどこにもないのに。それはわかってるのに、どうにも面白くなくて、イライラして。ふざけるな、とか不当にもほどがある文句をつけたくなっちゃう気分、というか。自分でも本当、見苦しくていやになるんですけど………」


「いえいえそんな! ロワくんからすれば当然の感情だと思います!」


「そ、そうでしょうか………別に、ヒュノがうらやましい、とかそういうわけじゃないんです。俺は、正直男女の関係に、積極的になる気にはなれないですし。ただ、なんというか、釈然としないというか、気に入らないというか、そういうしょうもない気持ちがあっただけで………そんな気持ちが溢れそうになって、のぞきに加担するとか、下衆な真似をしちゃったんですから、本当に処置なし、っていう話なんですけど………」


「いえいえいえ! ロワくんがそう思うのも当然だと思います! まぁ、ロワくんにしては珍しい行動だなーって思ったのも確かなんですけど。自分の感情を不当だ、って思ってるからヒュノくんにはぶつけられない。でも、そこで自分一人でその感情を抱え込んで自分を責めるんじゃなくて、仲間の子たちと一緒に状況をのぞき見る、っていうのはだいぶロワくんにしては珍しいですよね? ああだこうだ文句つけてる仲間の子たちの中で、一人なんにも言わずに黙ってる、っていうのはすごくロワくんらしいですけど」


「そ、そう、でしょうか………」


「はい。まぁ、私としてはロワくんの中で、ヒュノくんがそれだけ大きな存在なんだって再認識させてもらえて、非常にありがたいイベントでしたけどね! ヒュノくんにはどうしても普段より遠慮なく当たっちゃう! ちょっと意地悪しちゃう! 伝統と信頼の少女漫画シチュ、ごちそうさまですとしか言いようないですよねこれ………!」


 突然飛び出した『なにを言っているのかさっぱりわからない』話に戸惑いながらも、ロワは小さくため息をつく。やはりエベクレナにとっても、今回の自分が常軌を逸していたのは間違いないのだろう。面目ない、としか言いようがない。自分がいくら気に入らなかったところで、人の逢引きをのぞいていい理由にはならないのに。


 あれこれ考えてみて出た結論としては、ロワは、たぶん、ヒュノが、『娼婦ならば好きに口説いてものにしていい』と考えているように見えることが嫌だったのだ、と思う。気に入らなかった。面白くなかった。娼婦がそういう仕事だということはわかっていても、どうにも自分の中では今も納得しきれていないのだ。


 カティフのように、女性というものをそもそも自分と同じ人間扱いをしていないというか、崇め奉って懸命におこぼれをもらおうとしているいじましいところを見せられていたなら、さすがにもう苦笑しながら『まぁ財布の中身を根こそぎにされないようにしろよ』としか言いようがないのだけれども。ヒュノは、アミニュエタと接する時、いつも冷静だった。冷静に、自分の目的のために、アミニュエタを口説き落とそうとしているように――利用しようとしているように見えたのだ。


 女を食い物にする男たちと同じように。娼婦をものとして扱い、適当に金を払って自分のために消費する連中と同じように。


 それがどうにも受け容れられなかった。自分の仲間が、娼婦にそんな扱いをする、と考えると腹の底が煮えた。ただそんな思考が、娼婦たちにとってすら迷惑であることはわかっていたから(娼婦は自分たちに金を落としてくれる人々がいなければ生きていけないのだから)、その思考と感情を否定し、『どうにも面白くない』という屈託の形になって発露したのだと思う。


 ……これも単に自己を正当化しようとする、薄汚い思考にすぎないと言われると、返す言葉がないのだが。


「ん~~……イイですね、この反応。たまりません。自分に理解しやすい、受け容れやすい思考に置き換えて呑み下しながらも、それでも心から離れない自己嫌悪。自罰的思考。もう自分で自分の気持ちに嘘をついて、自分を騙してると言ってくれてるようなもんじゃないですか………! 心のどこかで自分の本当の気持ちに気づきながらも、お互いの関係を護るために自分すら騙してしまう。自分のことを責めながら、苦痛と悲嘆を抱え込みながら。そういう闇と病みを抱え込んじゃう盾とか、もう幸せにしてあげるしかないですよね!? お願いしますよヒュノくん、ロワくんをどうか幸せに………!」


 唐突に天を仰ぎ目を潤ませながら祈るように両手を組み合わせたエベクレナに、なにか自分が粗相をしてしまったのかとロワは慌てたが、それを直截に口に出すことはさすがにできない。そんな自分の思考も読み取られているのだろうから、エベクレナが口にしないということは、そのことについて話す気はないという意思表示なのだろうし。


 なので、女神像かなにかのように祈るエベクレナからできるだけ目を逸らしつつ、なにか自分の方から提供できるまともな話題はないかと考えていたのだが、ふと「あっ」と呟いてしまった。そうだ、これは聞いておかなくてはならないことだった。


「え、どうしたんですロワくん……聞いておかなくてはならないことって……ま、まさか私ロワくんにフ的思考の匂わせとかやっちゃってました………!? そんなんマジで自裁案件なんですが………!!」


「え、ええと、エベクレナさま、お聞きしてもよろしいですか?」


「ぅっ………まぁ、はい。もし私の危惧が当たっていたなら、私としては逃げ出す以外の選択肢ないですけども……」


「ええと、ですね。エベクレナさまは、ヒュノに恩寵として与えた絶剣術が、どれだけの反動をもたらすものかご存じなんですよね?」


「えっ」


 なぜか絶句したエベクレナに目を瞬かせながらも、ロワは聞いておくべきだろうことを問いかける。


「ご存知、なんですよね? ヒュノが今日死にかけたのも、当然織り込みずみで、ヒュノに絶剣術を授けられたんですよね? それでその、もちろんそれが許されているなら、でいいんですけど、絶剣術というものが、どういうことをすればどういう反動が出るか、教えていただければな、と思ったんですけど。もちろんそれが禁止されているなら聞こうとは思いませんけど、そういう情報があるとないとでは、ヒュノが絶剣術を使う時の安心度が格段に違う、と思うので」


「はい………」


「はたで見ているだけの俺たちの負担を減らす、というのが贅沢に過ぎる言い分だと言われればその通りなんですけど。ヒュノは、基本的に自分が死ぬような目に遭おうがどうしようが、被害が自分だけに収まるなら『いける』と思っちゃう奴なので。自分の生き延びる力に自信がある……というのとはまた違って、『死んだら死んだ時のこと』っていう見切りが異常に早いから、気にせず突っ込んじゃうっていうか。それでこれまで生き延びてきたんだから、大したものだとは思いますけど……今回みたいな事態は初めてだったので、俺もさすがに放っておくわけにはいかなくて」


「う、ぅうう、そういう仲間への『わかってる』感みたいなのはめちゃくちゃ大好物ではあるんですけども………!」


「どうでしょう。禁止されているというわけじゃないのなら、できればお教えいただきたいと思うんですが」


「う、ぅ、ううう………ちょ、ちょっと待ってくださいね!」


 エベクレナは必死の形相でそう言って、水晶板をすさまじい勢いでいじり始めた。とりあえず黙って待っていると、エベクレナは突然ぱっと顔を輝かせて、うんうんとうなずいてから、ロワの方に向き直る。


「えっとですね! ロワくん、提案なんですが! ロワくんに、『癒しの力』って贈り物をあげたいんですが、よろしいでしょうか!」


「………はい?」


 思わずきょとんと首を傾げてしまったロワに、エベクレナは勢い込んで言いつのる。


「あのですね、絶剣術のコストというか、反動というか、そういう情報について事細かに伝える、というのは神次元しんじげん的にアウトではあるんです。というか、恩寵として与えた術法は、コストや反動というものについては、なんとなーく感覚的に理解できるものなんですよ。使い手がそれを理解してるはずなのに、危険を覚悟でアクセルベタ踏みで突っ込んでくる、という状況についてまで、神次元しんじげんの法は考慮してくれてなくって」


「それは……そう、でしょうね」


「でも、ロワくんの言うこともすごくわかるっていうか。危険を覚悟で突っ込む子が仲間にいたら、絶対気持ち休まらないだろう、って私としても思いますし。そこをなんとかするために、ロワくんにはぜひ、この贈り物を受け取っていただきたいんですが、どうでしょう! この『癒しの力』っていうのは、要するにヒーリング系の術式、にとどまらず医療行為、肉体精神魂問わず、傷を癒す力に対する強力なバフです! これがあればヒュノくんがたとえまた傷を負うようなことがあっても、きっちり癒しきることができるはず!」


「いや、あの……エベクレナさま、俺がそれを受け取る筋合いというか、受け取れる資格なんて、どこにもないですよね? そういう贈り物って、エベクレナさまが働いて得た神音かねを使って手に入れるものでしょう? 以前のように、神界と人界を揺るがすような一大事があったならまだしも、仲間が無茶をして死にかけた時のために、なんて理由で、女神さまの懐を痛めるような真似は……」


「うん、まぁそう返されることはおおむね予期してましたけどね。なら、こう考えてくれませんか? 私にとってヒュノくんは、加護を与えている存在です。人次元にんじげんの発展と自分の楽しみのために、働いて得た神音かねを使って成長を願っている存在なんです。そんな相手が不慮の事故で死ぬような事態こそ、私からすれば悪夢そのもの! そういった事態を避けるために、私を助けると思って、受け取っていただけませんか!」


「っ……」


 そういう言い方をされると、正直反論しづらい。エベクレナにとって、ヒュノは現在進行形で加護を与えている存在なのだ。自分の仲間だという以前に、成長のために神音かねを消費し続けている存在なのだ。それを無駄にしないために、と言われると、ロワとしても納得せざるをえない。


「あくまでヒュノくんのためにお渡しするものなので、ロワくんの任意で使われることのないよう、キーロックもかけさせていただきます! ヒュノくんが魂に関わる深い傷を負った時のみ、『癒しの力』が解き放たれて、ロワくんのヒーリング能力に強力なバフを与える、という形に! あくまで私の与える加護を護るために、という目的でお渡しするものなので! いかがでしょう、受け取っていただけませんか!」


「………わかりました。そういうことでしたら、受け取らせていただきます」


「っし! ありがとうございます! ………ぁ~、やっぱりディグさんに相談してよかったぁ………! 剣だけのためのヒーリング能力を盾に与えるとか、推し活民にして女神としてベストすぎる行動じゃないですか私………! 真面目にこれなんか今度お礼しなきゃですよ、ありがとうございますディグさん………!」


 満面の笑みを浮かべるエベクレナ。その表情にいくぶん心を和まされながらも、ロワの神経にはなぜか、ちりりと苛立ちに近い拒否感が走った。なぜそんなものを感じるのか、自分でもさっぱりわからなかったけれども。

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