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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第十章 貧乏国の娼婦
138/213

10-5 不幸な少女・3

 自分にほとほと愛想が尽きた、という心底うんざりした気分で目を覚ましたロワは、重苦しい精神状態のまま食堂に降り、いつも通りに早起きして早朝稽古をしていたらしいヒュノとカティフに合流して、一緒に朝食を取った。食べているうちにネーツェとジルディンも起きてきて、同じテーブルで食事をする。食べる量は基本的にヒュノとカティフの方が圧倒的に多いので、そのくらい時間がズレても食べ終わる頃合いは、いつもだいたい同じぐらいだった。


 まったく平常心、というか普段と変わったところなど微塵もないヒュノに対して、カティフはときおりぎろぎろぎろっ、とヒュノを睨みつけているし、ネーツェはヒュノが別の方向を向いている時にその背中をじろりと睨みつけてぶつぶつなにやら呟いているし、ジルディンはむっすりと不満げな顔で、ときおりなにか言いたげにヒュノの方を見つめている。ロワも、普段通りに振る舞えた自信はない。


 だがそれでも昨日同様、口に出してヒュノを責めることはせず、一応はきちんと挨拶等はして、仲間としての体裁を保っている。自分たちの反応が理不尽だという自覚があるのもあるだろうが、これ以上惨めになりたくない、という自己保身の感情も大きいだろう。


 そして、ヒュノの方は、自分たちの普段との違いを一切気にした様子はない。同調術で感じ取った限りでは、普段との違いはきちんと感じ取っているらしいのだが、それをまるで気にせず、害がないなら反応する必要はない、と当然のように受け流しているようなのだ。


 気にしないように努めようとしているのではなく、気にする必要がないのなら本当に気にしない。いつも通りの常人とはかけ離れた思考法だが、それが(釈然としないものはあるが)自分たちの助けになっていることも、間違いのない事実だった。


「なぁ、出発って、今日の昼飯食ってからだよな?」


「……そうだな。その予定だが?」


「じゃ、俺その前に、ちっと野暮用すませてきていいか?」


「ああ。別に、かまわんが。なんの用事があるにしても、出発を遅らせたりはしないぞ」


「わかってるって」


「………重要な用事だというのなら、ある程度考慮せんこともないが?」


「あー、別にいいって。重要なのは確かなんだけど、そこまで時間かかるこっちゃねぇからさ。どう転ぶにしても」


「………そう、か」


「ごっそさん。じゃ、また昼飯の時にな」


「ああ………」


 軽やかな足取りで席を立ったヒュノが、宿を出ていくのを見送ったのち、急いで朝食を呑み下した自分たちは、昨日同様ネーツェの部屋に集まった。全員据わっていると自覚できている視線でお互いを睨みながら、言葉少なに確認を取り合う。


「じゃあ、今日もやるってことでいいな」


「おう」


「たりめーじゃん」


「………ああ」


 うなずき合って、ネーツェとジルディンが術式を発動させる。昨日と一昨日同様、ヒュノが足早に街を進む光景が虚空に映し出された。


「昨日は結局、最後までおしゃべりしてただけで、なんもやんなかったからな。あいつが口から出まかせぶっこいてて実はこの街に永住する腹だとかいうんじゃなけりゃ、ことを起こすなら今日しかねぇ」


「さすがにそれはないだろう。あの常在戦場男が、こんな街に大人しく根を据えられるわけがない」


「どうだか。わかったもんじゃないぜ。それをいうなら、ヒュノが女を口説くことがあるなんて、それこそ俺ぁ想像したこともなかったんだからな」


「………それは、確かにな」


 ぶつぶつと呟き交わしながら、映し出された映像をぎろぎろと見つめるカティフとネーツェ。むっすりとした仏頂面で、じっと幻像の中のヒュノを睨むジルディン。ロワもろくな顔をしてはいるまい。自分で言うのもなんだが、嫉妬に狂った男の顔など、はっきり言って見れたものではないのだ。


 ヒュノは昨日同様、あっという間にアミニュエタのいる娼館へとたどり着き、アミニュエタを呼び出してもらう。普通なら、行儀見習いとただおしゃべりさせるために席を用意するなど、どんな娼館でもやらないだろう。


 だが、多額の金銭は人間社会の中でならば、たいていのことを可能にする。昨日同様、娼館の庭の奥まった場所、客からはどう転んでも見られないような位置にある東屋に通されたヒュノの前に、頬を上気させたアミニュエタがやってきた。


『あのっ、ヒュノさん……おはようございますっ! 今日も、会いに来て、くれたんですね』


『そりゃ来るさ。まだ用事が終わってねぇからな』


『……用事………ですか?』


『ああ。ちょっと、そこに立っててくれるか?』


『え………。……わかり、ました』


 いささかヒュノの言葉に不審さを感じたようだったが、感情的にも、娼館の行儀見習いとして上客から少しでも金をひっぱるよう命じられているだろう身としても(推測だが間違ってはいないはずだ)、ヒュノの言葉に逆らうことはできなかったのだろう。アミニュエタは素直にヒュノの半(ソネータ)前に立ち、じっとヒュノを見つめる。


 ヒュノはそれに対し、『しばらく動くなよ』とだけ告げて、じっとアミニュエタを見つめる。真剣な眼差しで。鋭い視線で。アミニュエタが居心地悪そうに身じろぎするも、それに言及することさえしない。心の底から真剣に、それこそ剣を構える時同様の気迫をもってアミニュエタを見据え―――


 ひゅっ、と。剣が振るわれ、びしゃり、と大きく血が飛び散った。


『!!!』


『え………?』


 アミニュエタが呆然と呟く。血を飛び散らせたのはヒュノの方だった。アミニュエタに向けて剣を振るったヒュノの方が、唐突に身体から血を噴き出して倒れたのだ。


 自分たちも愕然としたが、それでも反応は早かった。ジルディンが即座に転移術の術式を展開し、「〝祈天転〟!」と告げて瞬時に自分たちを幻像が映し出している場所、ヒュノの前へと転移させる。


「っ、あなたたち、なに………」


「どいてっ!」


 ジルディンがヒュノに駆け寄って「〝祈快癒〟!」と普段よりも強力な治癒術を発動させているかたわらで、ネーツェはヒュノのかたわらにしゃがみ込み、「〝汝六度の天眼……〟」と探査術式を発動させてヒュノの状況を把握しようとしている。ロワもネーツェの反対側に回り、「〝我が祈る声よ……〟」と術式でネーツェとは別の方向――魂や霊に属する方向からヒュノの状況を探れないかと試み、ヒュノは自分たちの後方に控えて状況の俯瞰と外部からの襲撃への警戒、そしていざという時の蓄魔石代わりとなるため、ヒュノに直接生命力を付与するため、生命力を練り上げ、強化していく。


「っ……傷が治んない! いや、治りはするんだけどまた傷口が開いちゃう! なんだよこれ!?」


「筋肉も、血管も内臓も、神経系も損傷がひどい……なんだこれは、いったいなにが起きたっていうんだ………!?」


「魂が、傷ついてる……霊魂そのものが損傷を負ってるんだ。だけど、それだけじゃない……負った傷がどんどん深くなってく……術式? いや、それならジルが気づかないはずが……呪術だとしても、なんの前触れもないのはおかしい……なにかの反動か? ヒュノはさっき、なにを斬ったんだ………?」


「お前ら! 理由の詮索はあとだ! とりあえず今は、ヒュノの命を繋ぐことだけ考えろ!」


「わっわかったっ! 〝祈快癒〟、〝祈快癒〟……!」


「っ……やるしかないか。ロワ、操霊術で僕たち全員の霊魂を繋げられるか」


「………それしかない、よな。できるだけやってみる。正直、完璧にできる自信はないけど………」


「律制術と増幅術で、できる限り支援はする。カティ、僕たち全員の命を繋げて、ヒュノの命を保たせる。生命力を循環させて強化する形にしたいんだ。ヒュノの身魂を引き上げられるほど圧倒的な生命力の持ち主は、僕たちの中ではお前しかいない。全力で生命力を高めて、循環する力の総量を増やしてくれ。僕とロワは、同じように霊魂を繋げて、力を循環させることに全力を尽くすからあまり手伝えないが、できれば生命力を循環させる方にも注力してくれるとありがたい。できるか」


「俺ぁ術法関係にゃ知識も経験もろくにねぇってのに、無茶振りしやがって……わぁったやってやる、こっちはまかせろ! 要するに道に練り上げた力を通して、押し出しゃあいいんだろ!?」


「ああ、それでいい! ジル、お前は全力で治癒術を唱え続けろ! 身体に負った傷がほぼ致命傷なのは間違いないんだ、身体が先に死んだら元も子もない! お前の術式の強度と制御力なら、たとえ心臓が止まってもその直後なら蘇生させられるはずだ! ヒュノの身体が『生き方』を思い出すまでもたせろ! 頼んだぞ!」


「ぅぅうわかったよぉっ! 〝祈快癒〟、〝祈快癒〟、〝祈快癒〟……!」


 全員で必死になって、それこそ死線をくぐったと言えてしまうほどに命懸けで死力を尽くして、なんとかヒュノの命を救うべく奮闘すること数短刻(ナキャン)。ようやくヒュノの身体がびくんっと震え、傷がジルディンの術式で癒されたのち、のろのろとまぶたを持ち上げて目を開けた時には、自分たちは揃って息も絶え絶えの状態だった。


「ぁー………もしかして、世話、かけたか?」


「かけなかったと、思うのか、この状況を見て……」


「死ぬかと、思ったぁー………ヒュノの身体、真面目に、死にかけだったしさぁー………治癒術かけても、すごい勢いで、傷開いてくしさぁー………ネテたちが、生命力循環させてったら、ちょっとずつ、回復してはきたけど、そっち邪魔しねーよーに、開いてく傷治癒すんのとか、めっちゃくちゃ制御に気ぃ使うしさぁー………」


「当たり前みてぇにこなしといて言える台詞かよ……まぁ正直キツかったのは確かだけどよ……っつか、お前本気でなにされたんだ。生命力だの霊魂だの繋げられた時の、感覚だけで言うけどよ、もう本気で身体も魂も全力で死のうとしてる、みてぇな勢いだったぞ……」


「………、…………」


 のろのろと体を起こしながら言った言葉に、ほとんど倒れそうになりながらも反応した自分たちに対し、ヒュノはのろのろと腕を持ち上げ、かりこりと頭を掻いてみせた。


「あー………悪ぃな。今回のことについちゃ、なんか礼するわ。俺の見込みが甘かったっつーのが原因だしな」


「お前、原因わかってんのかよ。一体全体、なにされたってんだ」


「なにされた、っつーか……説明はすっけどよ、とりあえず、いったん休んで、体力と魔力回復させてからにしねぇ? 一度宿に戻って、数(ユジン)休めば、とりあえず全員人心地つくだろ」


「さんせー……いったん休もーぜー、もー俺めっちゃくちゃ疲れたぁー………朝っぱらだってのにさぁー………」


「しかたない、な……じゃあ宿屋に転移、いやこんな状態で転移術なんて使えるわけないな、徒歩で戻るしか……」


「えー、歩くのやだぁー……こんな短い距離の転移、別に大した負担でもねーじゃん、さくっと宿屋戻ろうぜぇー……」


「お前は、ほんっとうに、いちいち術法使いに喧嘩を売ってくる奴だな………」


「………あー、そうだ。その前に、ちっと言っとくことあったんだった」


「言っとくこと………?」


 ヒュノは頭を巡らせて、呆然とこちらを見つめていたアミニュエタへと向き直り、歩み寄った。はっとして表情を整え、ヒュノを上目遣いに見つめるアミニュエタに、ヒュノはあっさりした口調で告げる。


「言い忘れてたんだけどさ」


「はい………」


「お前、もう娼館の行儀見習いじゃねーから」


「………はい?」


 目を見開くアミニュエタに、ヒュノは相変わらずあっさりとした、淡々としたというよりはごく適当な、どうでもいいことを話している時同様の口調のまま、アミニュエタの一生に関わる言葉を続ける。


「お前の娼館への借金、俺が払っといたから。とりあえずお前が落ち着き先を決めるまでは面倒見てくれ、って心づけ弾んどいたから娼館で暮らしてても文句は言われねーだろうけど、出てっても娼館の連中が文句つけられる筋合いねーから。なんだかんだ言ってくるようだったら、俺に教えてくれよな。あー、でも俺ら今日この街出てくんで、なんか言うんだったら今日の昼までにな」


「………え………」


「それと、これ。当座の生活費。こんくらいあればゾヌまでの道護衛雇って、ゾヌでもしばらく普通に暮らせるくらいにはなると思うぜ。ただ一生暮らしてけるほどの額じゃねーから、こっからの人生どう生活してくか、ってことについちゃ悪ぃけど自分で考えてくれよな。ぶっちゃけ、俺一般人がどう暮らしてくのがいいか、なんてことにゃ全然詳しくねーし」


「………あ、の………」


「えーとあと、そうだ。これ、この街の冒険者ギルドへの紹介状な。これがありゃ、ヘボな護衛をつけられる、ってことはあんまりねーと思う。この街のギルドにゃ、ゾヌの冒険者ギルドに喧嘩売る度胸とかなさそうだったし。ただまぁ馬鹿なこと考える奴はどこにでもいるし、この紹介状奪って利用してやれ、とか考える奴はそれなりにいそうだけど、そこらへんは自分でなんとかしてくれな」


「あ、の………ヒュノ、さん………」


「じゃ、そーいうことで。元気でな」


「あのっ!!!」


 やはりごくあっさりと背を向けるヒュノに、アミニュエタはひどく切羽詰まった叫びをあげた。ヒュノはこだわりなく振り返るが、その顔もやはりいつも通りの、ごく飄々とした重みの感じられない顔つきだ。


「ん? なんだ?」


「あのっ……なぜ、私に、こんなことを………」


「? 余計なお世話だったか? お前、娼館の行儀見習いって立場、気に入らねーみたいだと思ったんだけど」


「それはっ、そうですけどっ! ヒュノさんが、私に、なぜ突然、そんな風に……なんの見返りもなくっ……そんな大金を、当たり前のことみたいにっ……」


 たぶん、アミニュエタとしては、そういうことが言いたいわけではない。


 言葉を濁しているから、美談じみて聞こえる言い方になってしまっているが。アミニュエタは、なによりもこう言いたいのだろう。


『あなたは私がほしいから、これまで私のために金を使ってくれていたのではなかったのか?』


『なんで私になにもしないまま、あっさりと金だけ払って、私と別れようとしているのか?』


『まるで私になんて、まったく興味がないみたいに―――』


 ヒュノはかりこりと頭を掻きながら眉を寄せた。その表情はよく知っている。その上、同調術でもしっかり感じ取れる。今ヒュノは、確実に、『めんどくせーこと聞いてくる奴だなぁ』と思っているのだ。


「前言わなかったか? お前のこと、幸せにしてやらなきゃならねぇからだけど」


「! だったらっ!」


 アミニュエタは喜色を浮かべ、それを一瞬で切なげで儚げな表情に隠して、勢いよくヒュノの胸の中に倒れこむように飛びこんでくる。眉を寄せながらもとりあえず受け止めたヒュノに、アミニュエタは抱きついてかき口説いた。


「私を、捨てないでください。私を、放り出さないでください………私を、あなたのそばにいさせてください。私のそばにいてほしいんです………あなたのためなら、私、なんだってできます。だから、どうか………私に」


 すっとヒュノの顔を見上げ、ほろりと目の端から一粒涙をこぼして。


「お情けを………」


 ………自分たちが固まった状態で眺めているのに気づいているだろうに、ここまで積極的な誘惑を試みるアミニュエタの心は察するに余りある。彼女はそれだけ、ヒュノをなんとか繋ぎ止めようと必死なのだろう。一千億という資産を有するヒュノを、なんとか自分の男にしようと必死になるのは、不遇な人生を歩んできた、自分で生きる気力のない女性にしてみれば、ごく当たり前の思考だ。


 だが、ヒュノはそれに気づかず、というか気づいたとしても斟酌する必要性を認めなかったのだろう、まったく変わらぬごくあっさりとした口調で告げた。


「いや、いいわ。俺冒険者だから、あんたについてこられても足手まといだし。街にあんた残すにしたって、いっつもあんたの安全確保すんのにあれこれ考えなくちゃならねぇのとか、めんどくさそうだし。それに、カティより先に女に手ぇ出したら、抜け駆けだなんだって絶対やかましくわめきそうだしな」


 すいとアミニュエタの身体を遠ざけて、きちんと自分の足で立たせてから、またごくあっさりと背を向ける。


「じゃ、そういうことだから。ジル、転移頼めるか?」


「あ、ぅ、うんっ!」


 問われて慌ててジルディンは転移術を発動させた。瞬時に世界が切り換わり、自分たちは泊まっていた宿の、ネーツェの部屋へと移動する。とたん、ヒュノはうーんと伸びをしてから、くるりと自分たちに背を向けて、部屋を出ていきかけた。


「さって、んじゃ各自の部屋で休むとすっか。昼飯の時に起こしてもらえるように頼んでくるわ」


「待てや、おい」


「少し話を聞かせてもらおうか」


 その両肩をがしっとつかんだカティフとネーツェに、ヒュノはやはり飄々とした顔で肩をすくめ、「や、まぁ、いいけどよ」と答える。その反応の軽さに、ロワは思わず額をおさえた。


「っつか、話ってなんの話だ? 休んでからじゃ駄目なのかよ?」


「こんな落ち着かねぇ気分のまんまで休んだってまともに休めるわきゃねぇだろっ! むしろ具合が悪くなるわっ!」


「同感だ。話に一応のオチがつかないと気持ちが休まらなくてしょうがない。そもそも、訊ねるが、ヒュノ。お前はどういうつもりで、あのアミという女の子に声をかけたんだ?」


「絶縁術の練習になるかと思ったからだぜ?」


『………は?』


 カティフとネーツェとジルディンが、揃ってぽかーんと口を開ける。同調術で感じ取った感情で、ある程度ヒュノの心情を推測できていたロワは、深々とため息をつくだけですんだが。本当に、同調術は使っていたのに、昨日と一昨日はなぜこんなことが感じ取れなかったのだろうと思う。


「いっ、いや、ちょっと待て。ちょっと待てオイ。絶縁術って………練習って………お前、あの女の子のことを好きとか、ヤりたいとか、そういうことは一切考えていなかった、ってのか………?」


「別に考えてねぇよ。まぁ二、三回ぐらいはその手のこと経験しといてもいいかなとは思うけど、カティ俺が先にヤったら絶対ブチ切れんだろ? あとあとまでしつっこくグチグチ文句言ってくんだろ? そんなんめんどくさかったからさ、俺は最初っからカティが経験したあとでいいや、って思ってたぜ」


「そっ、そもそも絶縁術の、なにを練習したっていうんだ。お前がいきなり血を噴き出して倒れたのと、なにか関係があるのか?」


「あー、うん。まー、俺もまさかあんな反動がくるとは思ってなくてよ。なめてたっつーか、見込み甘かったなーって反省したぜ。お前らが監視しててくれなかったら、たぶん俺死んでたしな。それについちゃ、ちゃんと礼すっから心配すんなよ」


「別に礼について心配してるんじゃない! いやまぁ今後こういうことがないようにしてくれとは切に願うが、その一件について判断するためにも、詳しい事情の説明を要求してるんだっ!」


「事情っつーほど大した話でもねぇけどさ。俺、あのアミって女初めて見た時、見た感じからして『私は不幸で不幸でしょうがないです』って主張しまくってんな、みたいな気がしたんだよ」


「それは……まぁ。娼館の行儀見習いという立場なら、さもありなんという気はするが……」


「んでさ。絶縁術の練習……絶縁術の中でもいっちゃん難しい部類の、『因果を絶つ』って術式の練習ができるかもしれねぇって思ったんだよな」


「因果を絶つ………って? なに、それ………」


「だから絶縁術の中でもいっちゃん難しい術だって。縁を断つ、っつーのかな。不幸な人生を送ってきて、これからもずっと不幸な人生を送るだろう奴がいるとすんだろ? そいつと不幸の因果を絶つ。それすると、そいつはこの先不幸と縁が切れて、不幸じゃない人生が送れるようになる、っつー感じのやつ」


『………はああぁぁぁぁ!?』


「ちょっと待ておいなんだそれは、そんなとんでもない術法があっていいのか!? いや因果術式については僕も知っているが、あれはあくまで有する関係性を利用した術式だろう!? というかそもそも身体の一部のように、そういった関係性については基本途切れることがないからこそ、術式として成立しているはずだ! それをそんな、未来の運命そのものを変化させるような術式なんて、人に使えるものなのか!?」


「って、ってゆーかさっ、なんでいきなりそんな難しい術式使えるよーになってんの!? ヒュノ、別に術式そんな熱心に鍛えてなかったじゃん!? そーいう、術法の中でもいっちゃん難しい術式使えるよーになってるとか、き、聞いてねーんだけどっ!?」


「いやそういう問題じゃねぇだろお前ら!! 術法がうんぬんってのはさておいて、だ! お前、んな、術法、っつぅか鍛錬のために……完璧に完全に、自分が強くなるためだけに、あのアミって子をどうこうしてやろうっつぅ下心微塵もなしで、声かけて口説いたってぇのかよ!?」


「? 別に口説いてねぇよ。声かけて、協力してくれるよう頼んだだけ」


「いや口説いてただろあれ完全に! 完璧に!」


「だから口説いてねぇって。もしかしたら不幸との縁を斬ってやれるかもしれねぇぞっつって、あいつが話聞いてくれたから、あれやこれやこれまでの人生のこと聞き出して、さっき不幸との縁を斬っただけ」


「へっ……やっ……へ? いやいやいや、おま………だ、だって手ぇ繋いで家まで送ったりしてただろ!?」


「家っつーか、娼館だけどな。いつまでもあいつが動かねぇから、引っ張って先導してはやったけど、それなんかおかしいのか?」


「お前がどういう風に生きてきたか知りたいとか言ってたじゃねぇか!」


「ああ、絶縁術で斬る『縁』がどういうもんなのか、ってのをちゃんと知ってなきゃならなかったからな。なにせ初めて斬るもんだしよ、少しでも情報を集めて、理解深めねぇとどうにもならねぇだろ?」


「あの子が恨んでる親とか兄弟とか殺してきてやろうか、とか言ってただろ!?」


「ま、あいつには実験台になってもらうわけだしな。失敗したって、あいつに害が及ぶこたぁねぇと思ったから声かけたわけだけど、あいつがいてくれねぇと練習にならねぇし。あいつのこと幸せにしなきゃなんねぇってのもあるし、そんくらいの礼はしなきゃならねぇかなって思ったんだよ。ま、恨み晴らすための依頼されての人殺しってのはあんま好きじゃねぇし、剣が濁るかもなとも思ってたから気ぃ進まなかったしな、断ってくれて助かったぜ」


「そっ、そうだよ、それだよ! お前、あの子のこと幸せにしてやらなきゃとか抜かしてたじゃねぇか! あの子のことわざわざ身請けして、当座の生活費まで渡してたしよっ! あんなん、お前があの子のこと好きだから以外に、どんな理由があるってんだ!」


「いや、そうしろっつったのカティだろ。なに忘れてんだ」


「………へっ?」


「一昨日殴り合いしたあと、『あの女の子をきっちり幸せにしてやらなかったら、死んでも許さねぇ』っつってたじゃねぇか。『きっちり最後まであの女の子の相手して、お前なりにあの女の子のこと幸せにしてこい』ってよ。カティあれこれ泣き喚いてたし、これ逆らったらめんどくさそうだなって思ったからよ、言われた通りに俺なりに、あいつと不幸の縁を斬ったあと、幸せになるようにあれこれ金払っただろ? なんか俺失敗したか?」


「みっ……身請けの代金、支払ったのも。当座の生活費、渡したのも………?」


「ああ。ま、今は俺相当金持ってるからな、そんくらい負担じゃねぇし、いいかなってよ」


『………………』


 ひたすら唖然呆然として、脱力してへたりこむカティフとネーツェとジルディンをよそに、ヒュノはごく飄々とした顔のまま、さっき問われた質問への返答を続ける。


「まぁ、運命変わるっつったらそうだけどよ、縁を斬ってもまた新しく縁を繋ぐ、ってことはできるらしいしな。それなりに気合入れて縁を結び直そうとしなきゃならねぇらしいけど。要するにこの先どうなるかは本人次第、ってのは変わらねぇんだよ。単にあれだよ、祝福みてーな? 本人がこうしようって決めて道を進むときに、後押しする感じ? あの女を不幸にしてた要因、家族やら娼館やらから、関心も執着も持たれなくなって、身請けの代金払われたあとに、もっと金を吸い取ってやろうって絡まれることがなくなるとか、そんな程度の話なんだ。そこまでとんでもねぇ術式でもねぇだろ?」


「いや……それは普通に相当とんでもないと思うぞ……人間の精神も含めた、世界の改変と言ってもいいほどだ。運命を自在に操作するということはできなくても、未来を大きく変えることは可能な………ああそういえば、絶縁術というのはそもそも、受け継ぐ人間が誰もいなくて廃れた術法だったな。こんなとんでもない術式を含む術法、そりゃ受け継ぐことができる人間なんて、そうそういなくて当然だ………因果を絶つ、か。本来斬れないものまで斬る、とは言っていたが、いくらなんでも常識外れの範囲が過ぎるだろう………」


「で、術式そんなに熱心に鍛えてなかったっつー話だけどよ、俺的にはそんなこたぁねぇぜ? 絶縁術も、もちろん剣真術も飛翔術も、俺の剣を一歩先に進ませてくれる術法だったと思ったからな、ゾヌにいた頃から全力で気合入れて鍛錬してたっつの。っつか、絶縁術も剣真術も、剣術と組み合わせて使う術法だからよ、剣術と同時並行で、組み合わせてより高みを目指す、ってやり方でやってたんだよ。どんな常識はずれな効果があろうが、それは剣術の高みと同根のもんだ。それなら俺もどう鍛えるかはわかってるし、なによりエベクレナさまの加護があったからな。成長速度も速くなるさ」


「………、………」


「だから、俺としちゃ『たぶんできるだろ』と思ってやったことではあるんだけどよ。まさか反動があそこまででかいとは思わなかったぜ。世界だの運命だのってもんを直接斬るには、あれだけの反動……心身にも霊魂にも直接死を刻まれるくらいの代物を、きっちり抑え込むだけの腕がいるってこったな。まぁお前らにはホント世話かけたし、助かったけどよ。少なくとも今回である程度要領はつかめたから、今度やる時はあそこまで世話かけることはねぇと思うぜ。まぁ、万一ってことはあるから、ちゃんと今度からは相談すっけどさ」


「…………、…………」


「そんなわけで、とりあえず質問には全部答えたと思うけど。もういいか? 俺、とっとと宿屋で働いてる奴に伝えること伝えて、寝てぇんだけど」


『………………』


「ああ……とりあえずは、もう、いい。引き留めて……悪かったな」


 とりあえずこの中では一番精神的に受け身が取れているロワが、とぎれとぎれにそう告げると、ヒュノは「おう」とあっさり答え、さっさと部屋を出ていく。それでもいまだ回復せず呆然とした顔で脱力している仲間たちに、なんと声をかけたものかと思っていると、おもむろにカティフにぎっ、とこちらを睨まれた。


「おいロワ………てめぇ、まさか、わかってやがったのか? わかってたくせになんにも言わねぇで………」


「違うよ。俺も、本当に、わかって、なかったんだ………本当に、つい、さっきまでは」


 いまだ整っていない息の下から、喘ぎつつも答える。実際、ロワも果てしない徒労感と、脱力感と、たまらない申し訳なさを感じているのは確かなのだ。自分がもう少しまともに同調術を使えていたら、もう少し結果をマシにできたのかもしれないと。


「俺が、同調術で、感じ取ったのは、あの、アミって女の子、に対する、ヒュノの、強烈な、関心と、執着だ……だから、普通に、ヒュノが、あの子に、一目惚れしたんだろう、って考えちゃったんだけど。あとから、考えれば、受け取った感情が、からりと、しすぎてたっていうか……普段の、ヒュノの、感情と……まるで、変わりが、なさすぎた、とも思う。しょせんは、後知恵でしか、ないけど……」


「それ、は………」


「確かに、責められはしないな……そんな感情を受け取れば、誰でも普通は一目惚れだと考える。普段のヒュノに見合った感情として考えれば、それは確かに剣術鍛錬の目標、という考えもありではあるが。そもそも、ヒュノがあんなことをしようと考えているなんて、あんなことができるなんて、僕たちは誰も知らなかったんだ。それなのに、『絶縁術の試し斬りの相手』なんてことを考えつけ、なんてそれこそ無理な話だ……」


「っつか……ロワの同調術って、ホントになんでもかんでもわかっちゃう、ってわけじゃねーんだな。感じたことをとっかかりに考えなくちゃなんねーから、考え違いしてたら、ホントに全然見当違いの話だと思いこんじゃうのか。そりゃ、あんまりあてにできねーって軽く見られるわけだよな……」


「………うん、まぁ、そうだな」


 理解してくれてありがたいとも思うが、だからといってエベクレナから授かった術法が軽く見られるのも嬉しくない。湧いてくるそんな感情をねじ伏せて、ロワは話を先に進めた。


「とりあえず……あの、アミって子には、俺があらためて、話をしておくよ。詳しい事情を話して、ヒュノが、どういう奴なのかも、伝えれば、ふざけるなとは、思われるだろうけど、少なくとも、感情の、落としどころは……見つかると、思う」


「は!? おい待てや、てめぇ娼館に自分だけ行くとか、抜け駆けする気か!? 傷ついたあの女の子を口説いて、モノにしようとか考えてんじゃねぇだろうな!?」


「………それなら、カティも、一緒に、来るか? 怒りまくった、女の子に、八つ当たりされる、かもしれないけど……」


「ぅぐっ……」


「っつかさー、せっかく娼館見つけたんだからさー、さっさとここで童貞捨ててけばいーんじゃねーの? 少なくともあのアミって女の感じからすっと、汚い女ばっかってわけじゃなさそうじゃん」


「………ジル」


「へっ!? ちょっ、ロワ、なんで睨むわけ!? 俺なんも変なこと言ってねーだろっ、に、睨むなよぉっ……」


「いや、ロワが怒りそうなことは言っただろ……ロワが娼婦たちを侮辱するような言葉は聞き逃せない人間だというのを忘れたのか?」


「ぅ、ぅうー、わ、悪かったよぉ、ごめんなさい……」


「…………」


「ん、んんん……ひ、惹かれはすっけど……や、やっぱやめとくわ。しょ、正直に言っちまうと、あの女の子レベルの顔の姉ちゃんが何人かでもいるってんなら、ぜひともお願いしたくはあんだけどなっ!? 可愛い行儀見習いの女の矜持ってもんを、ああもズッタズタにしくさった奴の仲間が、娼館の姉ちゃんたちに優しくしてもらえる気がしねぇ………あんなレベルの顔の女の子なら、さぞ姉ちゃんたちに可愛がられてんだろうし……どちくしょうヒュノの奴があんなことしやがらねけりゃ………」


「………そう、か」


 娼館の娼婦という存在にそれなりに詳しいと自負しているロワからすると、可愛い行儀見習いが娼婦たちに可愛がられるとは限らないと思うのだが、あえて口に出すのはやめた。その可能性がないと限ったものでもないし、仲間がああも傷つけた女の子のいる娼館を利用する、ということ自体が微妙に感じるのもよくわかるからだ。


「………というか、今日の出発の予定を、明日に伸ばさないか? これだけ疲れきっているのに、街道を走るなんて疲労感を増すようなやり方で進んで、疲労が完全に回復しない野宿なんてやり方で休む、というのはいくらなんでも負荷が大きすぎると思うんだが」


『賛成………』


 ジルやロワはもちろん、これまでやっきになって先に進もうとしてきたカティフも一緒に、声をそろえて力なく応じた。

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