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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第十章 貧乏国の娼婦
136/213

10-3 幸福な女神

「……支援術式は使ってたけど、武器使わねぇで素手でつかみかかってきたから、俺も素手で殴り倒したけど。それでよかったんだよな?」


 首を傾げて言うヒュノに、ネーツェは荒い息の下から答える(というか、四人全員が気息奄々を絵に描いたようなありさまだったが)。


「ああ、それで、いい。というか、それ以外は、やめて、ほしい………まぁ、最初からこうなるのは、わかってたからな………たとえ素手でも」


「ヒュノってば、素手でも、強すぎんだろー………体力自体は、カティの方があんのに、あっちゅーまに叩きのめされるとか、なんなんだよホント………」


「素手だろうと剣だろうと、相手をうまく仕留める技なのは一緒だからな。通じるところはあるさ。技やら手管やらをうまく応用したりとかな」


「…………、…………」


「どちくしょぉぉぉっ………! 結局、女口説けるような奴がなんもかんも持ってくのかよぉぉぉ………! ずるすぎんだろ不公平すぎんだろ許されねぇだろ! 才能最高戦闘最強女侍らせてウッハウッハとかよぉぉぉ………!!」


 地面をのたうち回りながら喚くカティフを、さすがに元気だなぁと、もはや半ば感嘆の意を込めて見つめる。ネーツェやジルディンに支援術式をかけてもらって、自分でも支援術式を使って、ヒュノが宿に帰ってきたところに不意討ちをかけたというのに、予想通りというか予想以上にというか、ごくあっさりとこてんぱんにやられてしまった。


 カティフは(ヒュノと並んで前線に立っているわけだから、当然といえば当然なのかもしれないが)相当善戦したのだが、素手とはいえ戦う際のヒュノの本気度は、カティフの意気込みをさらに超えてすさまじかったのだ。鍛え上げた術式を全力で使用しつつ、飛翔術による三次元移動も巧みに交えつつ、緩急取り混ぜた攻撃を容赦なく全力で叩き込み続けるヒュノには、カティフの防御力と体力ですらもさすがに耐えきれなかった。


 ちなみに現在自分たちはジルディンとネーツェが協力して作った異空間にいる。さすがに宿の近辺で、高い戦闘力を持つ人間同士が殴り合いをおっぱじめるわけにはいかない。異空間をあらかじめ作っておいて、ヒュノが宿の扉を開けて入ってくるのに合わせて入り口を宿の中扉の内側ぎりぎりのところに開き、強制的に異空間に招待したわけだ。


 ヒュノの勘の鋭さではそれも見抜かれてしまうんじゃ、とロワは危惧していたのだが、さすがにいきなり一歩先が異空間の入り口になっているという状況に対応できなかったのか、ヒュノは案外簡単に異空間に招待されてくれた。ことによると、戦いになる可能性をなんとなく感じ取って、自分から進んで異空間に飛び込んできたのかもしれない、とちらりと思う。


 ……その直後に、冗談のつもりで考えたことなのに、あまりにヒュノにしっくりくる違和感のない思考であることにちょっぴり落ち込んだ。あとでそこのところを本人に確認しておこう、と思いながら、力の入らない首をのろのろと持ち上げて(なにせ心身ともに疲労困憊した状態でヒュノに殴りかかったので、瞬時に落とされたとはいえ消耗が激しい)、ヒュノに問う。


「でも………ちょっと、意外、かな。誰も、殺そうと、しなかった、っていうか、わりと手加減、してくれてたよな、ヒュノ。俺、てっきり、殴りかかって、きたから、っていうんで、容赦なく、殺しかねない、一撃を、出してくる、確率、それなりに、あると、思って、たんだけど」


「お前、そんなに死にそうになりながらじゃねぇと喋れねぇくらい疲れてんのに、よく殴り合いに参加したよな。俺からすっとそっちのが珍しい気がすっけど」


「それは………その、まぁ。わりとカティフに、共感できなくもなかった、っていうか………」


「ふーん?」


「そうだよ俺らはなぁっ、てめぇのやりくさったことが本気で! 心底! 許せねぇっつぅ思いの下に立ち上がった同志なんだよっ! ふざけんなよてめぇヒュノ、俺の仲間の分際で、当然のように女の子口説くだの娼館まで送り届けるだの、優男がやるようなことやりやがってぇぇっ!! 俺らいっくら殴り倒されようと絶対に許さねぇし現在進行形で許してねぇからな!! 断固として認めねぇ徹底抗戦だ、俺は最後の一人になってもてめぇをぶっ倒すまで戦いをやめねぇ………!!!」


「………ふーん? 俺があの女と話すんの、やめろってことか?」


『………へっ?』


 あまりにあっさりとした反応に、仲間たちの声がそろう。いや、ヒュノらしいといえばそうなのだが、女の子を口説くということをやってのけて帰ってきたところなのにもかかわらず、その反応の軽さというのは、正直予想していなかった。


「い、いや待てヒュノ。やめろ、というかだな。そもそも、僕たちがやめろと言ったところで、やめる気はあるのか?」


「いや、別にやめる気はねぇけど」


「てめえぇぇぇぇっ!!!」


「ただ、それはそれとして、覚悟は決めなきゃなんねぇからな。お前らの気持ちとしては、あの女と話なんてすんな、したら許さねぇ、ってことでいいんだな?」


『……………』


 仲間の視線が、カティフに集中する。ふざけ半分だった自分たちとしては、こういう風に真面目に返されると、だいぶ本気が入っていた人間に対応を任せざるをえない。


 カティフはぐぐぐっと奥歯を噛みしめ、歯ぎしりすら起こしながら、ヒュノを全力の殺意をこめて睨みつける。


「てめぇ………本気、なんだな?」


「本気じゃねぇのに行動起こして、なんか意味あんのか?」


「そうかよ………。……だったらなぁっ、最後まできっちり完遂してきやがれっ! あの女の子をきっちり幸せにしてやらなかったら、死んでも許さねぇぞどちくしょうがぁっ!」


「? なんでカティがそんなこと言うんだ?」


「こうでも言わねぇとカッコつかねぇからに決まってんだろうがぁっ! 本心は死んでも祝福なんてしたくねぇし不幸になれと命捨ててでも呪いたい気満載だわ! けどなぁっ、本気で女の子に声かけてる奴に、自分でも見苦しいとわかってる嫉妬で、誰も得しねぇのに足引っ張りまくったりしたらなぁっ、俺があまりに惨めすぎんだろうがよぉぉぉ………!」


「……いや、それ、だいぶいまさらじゃね?」


「理解するのがだいぶ遅いな」


「うっせぇだぁってろっ! とにかくっ! お前はきっちり最後まであの女の子の相手して、お前なりにあの女の子のこと幸せにしてこいっ! そうじゃねぇと俺の方も引っ込みつかねぇんだからなっ!!」


「ん、わかった」


「わかんなよぉぉ………俺ぁ実は単なる俺らの勘違いで、お前が実はあの女の子の全然興味ねぇ可能性とかそれなりに考えてたんだからな? それがいきなりわかられちまったら、もう本気でお前の童貞卒業待ったなしになっちまうじゃねぇかよぉぉぉ………どちくしょう最年長で二十歳越えで童貞っつーのみならず、五歳も年下の仲間に先に童貞卒業されるとか惨めすぎんだろ………うっぅっぅっ」


「うわ、今度は本気で泣きだした」


「今の段階で充分すぎるほど惨めだと思うんだが」


「うるせぇぇぇっ!」


 またも地面をのたうち回りながら喚くカティフに、ロワは小さくため息をつく。正直、カティフと同じようなことはロワも考えていたのだ。実は全部自分たちの勘違いで、ヒュノはいつものヒュノのように、剣の達人的な常人には計り知れない理由であの少女のことを気にかけているのかもしれない、とも思っていた。


 だが、こうして面と向かって話し、同調術で心を添わせれば否応なしにわかる。ヒュノの中には、あの少女に対する強い想いが確かに存在している。あの少女に向けた、普段のヒュノならばまず人に対して抱くことはないような、苛烈なまでに鮮烈な想いが。


 それをカティフも感じ取ったのだろう。というか、カティフ自身、ヒュノに対する嫉妬やひがみや殺意に嘘があるわけではないものの、当然ながらそれを実行に移したいと心底思っていたわけではなく、基本的には仲間内でのじゃれあいのようなものに紛れさせることで、少し気持ちをすっきりさせたいと考えていただけであることは、ロワにも、ジルディンとネーツェにもわかっていた。まぁまともな精神構造を持つ大人ならばそうに決まっているだろうことではあるのだが、カティフがこの手の話になると、普段の常識的な思考回路を吹っ飛ばすのも事実なので、一応油断なく心境を感じ取っていたのだ。


 一応信頼はしてるけど、人間っていつ信頼を裏切ってもおかしくない代物だからな、と思いつつ(なにせ自分がさんざんいろんな人の信頼を裏切ってきた身なので)のたうち回るカティフを眺めていると、唐突にカティフはぴたりと動きを止めて、低い声でヒュノに問うた。


「っつかよ………念のため、聞いとくけどよ」


「ん?」


「お前………この国に、根を下ろす、ってわけじゃねぇんだよな? 俺らとこれからも冒険者続ける、ってことでいいんだよな?」


「は? 当たり前だろそんなん。なに言ってんだ?」


 意味がわからない、という顔で首を傾げるヒュノに、カティフは「そうか………」とうなずいてからしばし沈黙したのち、また問いかける。


「あの女の子とは………この国で別れる、ってことなんだな?」


「ああ。まぁ、俺にできることはしてやろうと思ってるけどよ」


「そうか………」


 全員が、そろってしばし沈黙する。さすがにこんな状況は初めてなので、なにを言うべきなのか、言っていいのかわからない。


 そんな中、ヒュノはいつものように、飄々とした顔で平然と告げる。


「っつか、腹減ってこねぇ? さっさと飯食おうぜ。この国の飯がどんなもんか知っときたいから、この宿で食うってことでよかったんだよな?」


「ぉ、おう! そうだな!」


「とりあえず、誰かの部屋に全員転移して、そこから食堂に下りる方がいいか。異空間の始末は通常空間からの方がつけやすい」


「まー、この国びんぼったらしーから、あんまうまい飯出てくる気しねーけどな!」


 なんと言っていいかわからないままに、誰もそれ以後ヒュノとあの少女のことについては触れないまま、食堂で食事をし、旅の汚れやらなにやらをいつものようにジルディンの浄化術で落としてもらったあと(風呂場があるというのでもなければ、基本は毎日これだ。ゾシュキーヌレフにいた頃は基本どこにでも風呂屋や風呂場があったので、馬小屋で寝た時でもない限り使わなかったが)、眠りにつく。


 全員、ややぎこちないというか、気にかかっていることをあえて触れないようにする、微妙に上滑りするような感覚を覚えていたが、そんなことを口に出してもそれこそしょうがない。結局のところ、個人的な男女の関係について、なんてヒュノ自身が相談してきた時でもない限り、たとえパーティの一員だろうと関わり合いになるべき問題ではないのだ。


 ………ヒュノが、男女関係の相談? と、その違和感のありすぎる言葉に少しばかりくらくらしたが、気にしないことにする。こんなことが起きたということは、ヒュノにも普通の男女関係というものに、それなりに興味があるということなのだろうから、そういう事態はこれから先も訪れないことはないだろう。ひとつ息をついて違和感を押し流し、まぶたを閉じて眠りについた。






 ―――そして気がつくと、神の世界以下略。


 まばゆく輝く雲を背景に立つ、いつも通りに美しく輝かしい女神さまは―――なぜか、満面の笑みを湛えていた。


 え、なんだどうしたんだなにがあったんだ、と思わず目を瞬かせる。いや、エベクレナの機嫌がいいのはロワとしても嬉しいことではあるのだが、しょっちゅう身も世もなく落ち込んでいるエベクレナを幾度も見てきた身としては、なにかおかしなことでもあったのではないか、と身構えてしまうのは否めない。


 戸惑いをこめて問いかけるような視線を送るロワをよそに、エベクレナはいかにも機嫌よさそうに、鼻歌でも歌いそうな表情で、雲の台から滑り降り、ロワと向き合って笑いかけた。


「ロワくん、一日ぶりです! 今日も申し訳ありませんけど、いつものように無駄話につきあってもらいたいんですが、よろしいでしょうか!」


「あ、はい、もちろん、問題ないですけど………」


 なんでそんなに機嫌がいいんですか? と聞くのは失礼にあたるかもしれない。エベクレナの方から話さない、ということは、機嫌がいい理由について触れてほしくない、という気持ちの表れかもしれないからだ。こういう風にぐだぐだ考えていることもエベクレナは読み取れているわけだから、機嫌がいい理由を話せるものならとうに話しているだろう。


 実際、エベクレナはロワがそんなことを考えても、自身の機嫌のよさについて説明するそぶりを見せることなく、満面の笑顔をにっこにっこと振りまきながら、今日の会話について説明を始めた。


「えっとですね、今日は、というか今日から三日間は、私ともう一人、別の男性の神の眷族を交えて、その人と一緒に話をする、っていう予定です」


「あ、エベクレナさまの女性の御友人の方々はいらっしゃらないんですね」


「そうなんですよねー。正直、ちょっと不安なんですけど。私の全然知らない人なんで、その男性の神の眷族って。でも、技術部さん的には、外せない要素らしくって………」


「外せない要素。というと?」


「えっとですね、前回の、ギクさんとイシュテさんと話した時のデータって、基本ビュセさんの時のデータとあんまり変わらないっていうか、質的には同じ方向性のデータばっかだったらしいんですね。ギュマっさんとかゾっさんとかアジュさん相手とはだいぶ違うデータだった、っていうのは変わらなかったみたいなんですよ。それが男性を交えていることが理由なのか、それ以外の理由からくるものなのかを調べるために、私と話が合うだろう男性の神の眷族を選び出して、おしゃべりさせるっていうのが今回の試行の目的らしいです」


「話が合う……ですか?」


「ええ。これまで私がロワくんと会ってきた男性の神の眷族って、邪神ウィグも含めて、微妙に私と話が合わないっていうか、喧嘩状態……とまではいかなくても、仲良し感のない相手ばっかだったじゃないですか? なんで、ゾっさんに協力してもらって、ゾっさんの広い人脈の中から、私と初対面でもめちゃくちゃ話が合うだろう、っていう男性の神の眷族を選び出して、マンツーマンで……いやロワくんはいますけど、会話させるってことみたいです」


「………そうですか」


「ただ、その………ゾっさんの見る目は信頼してますけども、ぶっちゃけ私、初対面の男性と一対一で楽しくおしゃべりできる自信なんて、まるでないので。場の空気が悪くなっちゃうかもしれないんですけども……そういう時は、どうかちゃんと言ってくださいね。ロワくんに不快な思いをさせるようだったら、即会話打ち切っていい、ってちゃんと技術部の人たちから言質取ってますから」


「あ、はい。お気遣いありがとうございます」


「いえ、まぁその、単に私が悪くなった場の空気えんえん味わわされるの嫌だなー、って気持ちもあってのことなので、お礼言われるとちょっと申し訳ない感あるんですけど………まぁ、とりあえずその、呼んでもいいですか? 今回話す予定の人」


「はい。お願いします」


 ロワがうなずくと、エベクレナは手早く手元の水晶板を操作した。とたん、自分とエベクレナの間にいつものように椅子と卓が出現する。それからエベクレナは卓を挟んで自分の右横、卓を囲む円の円周の三分の一くらいの位置に移動し(そこに椅子も用意されていた)、また水晶板を操作して、今度は自分の左横の、これまた円周の三分の一くらいの位置に新しく水晶板を出現させる。


 その水晶板の中に映っているのは、これまで見たことのなかった男性神だった。落ち着いた穏やかな風貌。もちろん造形は完璧なまでに整っているのだが、美貌というには少しかけ離れているというか、人を威圧するような個性がないのだ。なんとなく人を和ませるというか、これまで見てきた男性神の中で最も威圧感のない風貌というか、人の気持ちを自然と落ち着かせるような優しさ、という意味では女神も含めて一番かもしれない。


 そんな男性神は、軽く卓の周りを見回して、まず自分に目を留めて軽く目礼してから、エベクレナと向き合い、深々と頭を下げた。


「あの、はじめまして、こんにちは。自分、ディグラジクナフェっていいます。ディグでいいです。研鑽と救済の神ってことになってる、神の眷族です。その、どうかよろしくお願いします」


「あ、はい、私はエベクレナと申します。じゃあその、私もエベで。剣と戦の女神、ってことになってます。こちらこそよろしくお願いします」


「はい………。………あの、ええと………そちらは………」


 おずおずと視線を向けられて、ロワも慌てて自己紹介する。神々に対して自分から自己紹介を始めるというのもあまりに不遜すぎるだろう、と思っていたのだが、この男性神はどうやら、非常に慎み深い性格らしい。


「お初にお目にかかります、ウィノジョゥンカの民、チュシンとコヒアの息子、ロワと申します。どうか、以後お見知りおきを」


「はい………。あの、資料を見た時にも気になったんですけど、あなたのお名前って、フェド大陸には珍しく、すごく短い、ですよね?」


「ああ、はい………俺の名前は、幼名なので。五歳の時に故郷が滅びたので、本来なら成人の時に改めてそれなりに長い名前をつけるはずだったんですけど、どうにもならなくなって。幼名じゃない名前を自分で勝手につけてもよかったんでしょうけど、なんとなくそんな気になれなかったので……ロワで通してます」


「なるほど………」


 ディグラジクナフェは深くうなずいて、エベクレナに向き直り、やはりおずおずと告げた。


「それで、ですね。その、エベさん」


「はい」


「最初に言っておきたいと思うんですけど。あ、ちなみにこの発言、ちゃんとフィルターかけてますんで」


「え? は、はい、なんでしょう」


「その………自分、フ系なんで、よろしくお願いします」


 ディグラジクナフェがおずおずと、それでもエベクレナと真正面から向き合って、ロワには『なにを言っているのかさっぱりわからない』言葉を告げると、エベクレナは目をみはり、それから頬を一瞬でかぁっと赤く色づかせ、勢い込んでディグラジクナフェに『なにを言っているのかさっぱりわからない』言葉を言い放つ。


「そうなんですか!? あ、ゾっさんと仲良くなったのって、そっちの関係からで!?」


「えと、はい、まぁ、そうです。昔っからそっちの作品すごい好きで……そのうちに、健全な作品内でもあれこれ妄想するようになって。前世では、ぽちぽち二次創作小説書いてたりしました」


「えっ、作り手の方だったんですか! うわーすごい、私作り手の方とちゃんと会うのって初めてです! じゃあ今生でも推しの子の二次創作とか書いてたり!?」


「はい、まぁ………もちろん今生だと自分以外に推しを知ってる神次元しんじげんの方とかいないんで、ホント自己満足でしかない代物なんですけどね」


「いいじゃないですか自己満足! 推しを眺めて楽しい、推しのことを書いて楽しい、書いたものを自分で読んで楽しいとかもうトリプル役満ですよ! っていうか私普通に読みたいです、私昔っから全然知らない作品の二次創作とか読むの好きだったんで!」


「あ、ありがとうございます……じゃあ今度、そちらに書いたものしまってある倉庫のアドレス送りますね。というか、連絡先とか交換して大丈夫でしょうか?」


「はい全然オッケーです、というかぜひお願いします! うわー、なんかすっごい嬉しい………私フ系の男の人と会うの初めてなんですよ! フ系の作品が女子だけのものじゃないって、なんかちゃんと確認できたって気がします!」


「あはは……まぁ、基本的にはフ系の作品って少女漫画ですから、好きな男って少数派ではありますよね。ただまぁ、フ系の作品っていうのは、おおむね男に夢見てる感あるじゃないですか? 現実の男じゃない、女性にとって夢を見られるような男を描いてる、っていうか。そういうところに拒否感覚える男も多いですけど、それだからこその面白さにハマる奴もいるところにはいますよ。女性だけの歌劇団にハマる女性……とは、ちょっと違うんですかね?」


「うーん、私もそっち系には疎いので、そこらへんはなんともいえないですけど……でもおっしゃりたいことはわかります。そうなんですよね、フ系の作品っていうのは、基本夢だけ、妄想だけあればいいんですよ! むしろそれがベスト。現実のセクシャリティと比してどうこうとか、キャラがリアルに描けてないとか、こんな男いるわけねーだろキモッとかマジいらないんで! 徹頭徹尾甘い、あるいは暗い、あるいは切ない、なんであれ現実離れした妄想に頭までどっぷり浸って癒されたいから読んでるんですから!」


「確かに。少女漫画の主人公の心情がリアルじゃない、って文句をつける編集者はいても、少女漫画の男役の設定がリアルじゃない、こんな現実離れした男いない、って文句をつける編集者はいないだろう、って話ですよね。リアルな設定もそれはそれで需要ありますけど、石油王とか財閥の御曹司とか、アイドルとかモデルとかそこまでいかなくても近隣の女子全員が惚れてるような美男子とか、そういう現実には存在しない設定がいまだに愛され続けてるのは、そもそも夢を見るために描かれている作品だから、だと思いますし」


「そうですよねぇ! っていうかそもそも文句つける方がおかしいと思いません!? 少年漫画やら青年漫画やらエロ漫画やらでは、太古の昔からずーっとひたすら男に都合のいい女キャラばっか量産されてるっていうのに! っていうかキャラどころか男に都合よく使われるためのアイテムだろこれ、って女がほとんどっていうか! そういううっすい人格しか持ち合わせてない女が推しを寝取るとかマジ勘弁してって気持ちに……あ、いえ原作を私の思うままにしたいとか断じて思ってないんで誤解しないでくださいね。単にその、妄想をできるだけ長続きさせたいなぁっていう生存欲みたいなもので……」


「まぁ男連中も、推しの女性キャラなりアイドルなりが男に奪われるとか、百合妄想が否定されたりすると、よく荒れ狂ったりしますからね、お互いさまってことですよね。異性に抱く夢と妄想っていうのは、いつの世も根強いというか。自分と違うものっていうのは、自分の身に引き比べて考える、感じるってことができないせいで、攻撃した時の相手の痛みをうまく想像できなかったりして、どんな風に扱ってもいい対象、みたいに接し方が度を越しちゃうこと、ままありますけど……妄想は特にその傾向が強いですよね。自分のためだけの、自分にとって都合のいいことだけのために存在するものだから」


「な、なるほど………さすが作り手さん、話がいちいち深いですね………」


「いやあの、すいませんなんか偉そうに語っちゃって。でもその個人的に、こういう性差に伴う価値観のズレとか、互いの価値観に対する理解のなさ、理解しようとも思わない傲慢とかっていうのは、俺的にわりとこだわっちゃうっていうか………そのせいで書いてる作品は、そういうことまるで考えなくていい、気の置けない男子同士の友情に近い関係の方が多くなっちゃうんですけどね。そっちの方が書いてて気持ちいいもんで………」


「! あっあのっ、ディグさん………ディグさんももしかして、ブロマンス好きですか!」


「! エベさんも………ですか!?」


「はいっ! うわーなんか私初めてリアルで同志っぽい人に会えた………! 嬉しいです!」


 水晶板の向こうに向けて、握手するかのように手を伸ばしたエベクレナに、ディグラジクナフェの方も手を伸ばし返して、握手するかの如く力を込めて腕を振ってみせる。


「こちらこそ! 自分も正直あんまり趣味の合う同好の士って会えなかったんで嬉しいですよ! いやなんていうかもう……アレですよね、イイですよねホント、ブロマンス………! そこまでいかなくても、男同士の気の置けない友情関係ってだけで、なんかもう顔が自然と笑っちゃうっていうか!」


「わっかるー!! わかりますめちゃくちゃわかります! 電車の中で楽しげにじゃれ合う男子高校生とかもう絶対見れないですよね、顔キモくなるから! でもねぇ、だってもう、女の絡まない、気軽で適当な粗雑っぽい、でも確かにお互いのことをきちんと想いあえてる関係とか、ホント尊死しそうになるくらいキちゃうじゃないですか………!」


「そう、その下心のなさがいいんですよね! お互いのことを別に意識的には全然重視してない、くらいのが! どんな関係って聞かれても『まー、一応、ダチ?』とか『とりあえずツレ?』みたいなまるでやる気のない答えしか返ってこないのに、相手が窮地に陥った時に、男気発揮して助けにいっちゃう、みたいなのがもう本当たまらんというか!」


「そうそうそうそうそうなんですよ!! 『絆』って言葉が一番似つかわしい関係ですよねブロマンスって! 性欲とか下心とかに繋がる『恋愛』っていう代物だけが人と人が繋がる関係じゃないってわからせてくれるっていうか! まぁ好きなハイパイになると二人が越すに越されぬ一線を越えちゃう作品とかもめちゃくちゃありがたいんですけど、基本は友情! 絆! 純粋に相手を想う心ってやつですよね! まぁもちろんこれも男性にめちゃくちゃ夢見てるっていうのもわかってるんですが………それでも、ふとした時にそういう気配を垣間見せてくれるぐらいなら普通にあるのがもう、もうっ………!」


「そうそうそう、ちゃんとした人格の持ち主なら同性に友情を感じるのとかごく普通にあるし、それを相手に伝えることもないではないし、創作物の中だったらそんなんごく普通にありますしね………! というか、別に伝えなくてもいいですよね。口にしなくてもいい、言葉に表さなくても伝わるものはある、みたいな間柄も友情関係だったら真面目に、リアルにいるところにはいますし! もちろんこれも夢見てるっていうか、男がそんなきれいなものだけでできてるわけないっていうのはわかってはいるんですけど! でも、ねぇ! 現実じゃないからこそ救えるもの、っていうのは存在するっていうか!」


「そうですよねぇ~………! 現実逃避こそが娯楽の基本の形! 一瞬現実から離れて心を癒すために、人は物語を読むんですし! そして現実じゃない、心底きれいなものでできてる、あるいは汚れていてもそれでも心に大切なものを持っている、そんな男子を描く時、その純度が限界を超えるというか、下心とか性欲とか関係のない、純粋に人を想う心っていうのを全開で表現してくれるのが、ブロマンス、友情関係というやつなわけで………!」


「わかる、わかります、めっちゃわかる………!」


 ………すさまじい勢いで、瞳と表情をきらきらと輝かせながら、心底楽しげにエベクレナはディグラジクナフェと会話する。そのしゃべる勢いは怒濤のごとく、休まず口を閉じず、黙っている時間がもったいないといわんばかりに、互いに喜びをだだ漏れにしながら、想いと言葉を交わしまくる。


 ………もちろん、エベクレナは自分などとは次元の違う存在で。人界の者たちが崇める女神さまの一柱なわけで。自分がなにかを感じたり、思ったりするのは不遜で、わがままだということはわかっているのだが。


「………俺のこと、崇めそうな勢いであれこれ言ってたのは、なんだったんですかね………」


 口の中だけで呟いて、ロワは自己嫌悪にこっそりため息をついた。エベクレナが男性神と、自分と話しているよりはるかに楽しそうにしゃべっていただけでこれとは、ロワが時々自分の浅ましさに死にたくなるのも、ゆえないことではなかったということなのだろう。






 エベクレナとディグラジクナフェの会話が途切れた際に、自分がずっと黙って二人のおしゃべりを見守っていることに気づいたのは、ディグラジクナフェの方が先だった。


「……あっ、すいません、エベさん。ロワくんのこと放ってしゃべっちゃってますね」


「………あっ! すっすいませんロワくん、つい興が乗ったというか、おしゃべりがあんまり楽しくて、つい夢中になっちゃいまして………!」


「自分も謝ります、申し訳ない。ここまで話が合う人って、あんまりいなかったもんで………」


 揃って頭を下げる二人に、「……いえ、お気になさらず」と答えて首を振る。自分が不満を抱く筋合いのことでもない。


「そうですか……あの本当、すいません。申し訳なかったです。こんなに話の合う方、前世含めてもほとんどいなかったもんで………」


「自分も似たようなもんです。なんかなんでゾシュキアさんこれまで紹介してくれなかったのかな、って思っちゃうくらいで」


「ね! ホントそれ気になりますよね、魂の兄弟か!? ってくらい話が合うのに。まぁゾっさんてて面倒見のいい人ではありますけど、興味のないことは基本やらないですからね。友達が他の友達と仲良くなるとか、別にわざわざする気になれないってだけだったかもしれないですけど」


「いや、まぁ自分はゾシュキアさんと、友達っていえるほど親しくないですからね、そのせいかもしれないですね。なんにせよ、今回紹介してもらって自分としては大感謝ですけど」


「ね~」


 顔を見合わせ、笑顔を交わし合う二人の神々に、ロワは無言で拳を握り締めたが、特にそれ以外に反応を返さず、無言のまま待つ。エベクレナもディグラジクナフェも、それ以上二人の世界に入ることはなく、あっさりと話を先に進めた。


「ええと、じゃあどうしましょうかね。ロワくんも交えた会話をすることになるわけですけど………ディグさんはなにかいい案あります?」


「いや、自分に遠慮しなくても。自分ちゃんと資料見ましたし、今日のロワくんの行動ログを軽くさらったりはしましたんで。今日話すべきことを話しちゃっていいんじゃないですか?」


「い、いやぁ~………正直すっごく話したい気持ちはワキワキしてるんですけどね!? でもその、私なんぞが二人の関係に口を挟むとかマジ絶許というか! 展開的にマジ理想というか、どちらの反応も見事なまでに美しいちょっとしたすれ違いを描いてくれちゃってるのに、そんな中で私が口を挟んで二人の想いの行き交いの邪魔になったりしたら自裁するしかないわけで………!」


「あー、それはわかります……二人の男子の尊い関係に、横から入って邪魔者になるとかどう考えてもナシですもんね。んー、だったらどんな話がいいですかね? ロワくんも交えて話するってなると、ぱっと思いつかないですけど………」


「私も同じです……というか推してる相手と無駄話というか悶え転がるような話を積極的にしてこい、みたいな指示とか普通に考えてありえないと思いません!?」


「ですよねぇ!? 正直自分もこれエベクレナさんめちゃくちゃ大変そうって思いました! どう考えたってあらわにできるわけねぇだろうと! 全力で隠したい話しかないのに、そんな話を積極的にしろとかどんな拷問なんだと!」


「わかってくれますかディグさん………! この件に関してはホンット上司と技術部の人らを恨みたい気持ちしかないですよ私! まぁ推しと毎日のように思う存分会話できるとかいう恵まれた環境で言うことじゃないとは思うんですけど、それでもやっぱり納得いかない感溢れまくりというか………!」


「………すいません、お二人とも。俺と話したいことがなにもない、ということでしたら、俺からお話してもいいですか」


 また『なにを話しているかさっぱりわからない』話を再開した二人に向けて、ロワができるだけ静かに言葉を差し挟む。エベクレナとディグラジクナフェはぎょっとした顔になったが、すぐに自分の方に向き直ってうなずいてくれた。


「はい、もちろん! ロワくんが話したいことでしたら、なんでも! かまわないですよね、ディグさん?」


「はい。自分ゲストですし、お二人の邪魔するために来たわけじゃないですからね。どんな話でもおつきあいしますよ」


「えっ………二人の邪魔、って、どういう意味で………?」


「………? あっ、誤解させちゃいました!? 推しとそのファンって意味ですよ! いくら毎日のように話せる相手だからって、推しとの時間を好き放題に邪魔されたりしたら、普通にぶっ殺しもんでしょ!?」


「あっ、そうですよね、すいません! なんか最近私友達にそういう方向で冷やかされたりすること多くて、つい過敏になっちゃって! 常識で考えたら推しと私たち神次元しんじげんの存在がどうこうとか、ないですよね普通に!」


「そりゃそうですよ、一般的に考えれば。まぁもちろん双方の同意があるんなら自分的には全然オッケーなんですけど、エベさんは別にそうなりたいわけじゃないんでしょ?」


「うぅぅ、良識溢れる見解に涙出てきます……そうですよ、当然そうなんですよ! 天に輝く星に自分のところまで降りてきてもらうとか、常識で考えて絶対イヤですよね!? それを横から楽しく面白がりながらはやし立てられるとか、私の推し活酒の肴にすんじゃねぇぇと叫びたい気持ち満々で………!」


「………お二人とも、よろしいでしょうか?」


「あっはいっすいません、どうぞなんでもなんとでも!」


「こちらも全然かまいません。どうぞお好きに」


 二人そろってこくこくうなずかれ、また拳をぎゅっと握り締める羽目になりながらも、ロワは二人を等分に見比べながら続ける。


「お話したいのは、ヒュノ―――俺の仲間のことなんです」


「……………!!!」


「え、エベさん、これは………!」


「で、ですよね、これそういうことですよね!! うわぁどうしようどうしよう、なんか今回こそ本気で推しとその相手方の関係の相談とか、フのたしなみのある人間なら間違いなく全員歓喜する話が持ちかけられちゃうんでは………! すっすいませんディグさん、私が正気失ったらお願いですから全力で突っ込んでくださいね!? 私失わない自信全然ないんで………!」


「わっ、わかりました、全力を尽くします! ひ、他人事とはいえこのシチュを体感できるとか、それだけでだいぶ感動ものなんですが………!」


「……よろしいでしょうか。ヒュノが、今日、女の子に声をかけて、送っていったことについて、なんですけど」


「はっ、はい。それがどうかしたんでしょうか? ……うおぉこれはマジに、ガチでそういう話の展開ですよ!? し、心臓が、心臓が痛い………こ、こんなシチュが私に訪れるとか、私真面目にそんな善行積んだ覚えないんですけど………!」


「エベさん、落ち着いて! 落ち着いてロワくんの話聞きましょう! こんなもう二度とないだろうシチュ、きちんとしゃぶりつくさないとかそれこそ推し活のマナーにもとりますよ!」


「………ヒュノが、その、あの女の子とどうにかなったとして。そうなると、エベクレナさまは、ヒュノに与えている加護を取り上げる、ということはあるんでしょうか?」


「へっ………? す、すいません、あの、意味がよくわからないんですが?」


 本気で意味がわかっていなさそうな顔で首を傾げるエベクレナに、ロワは『自分で言いだしたこととはいえ、女神さまにこんな話をするとか普通に不敬すぎるだろう』と内心で思いつつも言葉を続ける。どれほど無礼な話だろうとも、話し始めてしまったのは自分なのだ。きちんと決着まで話さなければ、それこそ断じて許されない。


「その……エベクレナさまは、俺たちに女性や女の子が近づくのを拒否してらっしゃいましたから。だから、ヒュノが、あの女の子とどうにかなったりすると……許せない、とか裏切られた、とかお思いになって、ヒュノへの加護を取り上げたりすることもあるんじゃないかな、と思ったんですが………それならそれで、仲間として事前に知っておきたいな、って………」


「………………」


「エベさん! しっかりしてください! いやまぁ自分も推しにこういうこと言われたらだいぶ本気で落ち込みそうですが………!」


「いやだってディグさん……これ私自裁ものじゃないですか……? 推しのぴゅあっぴゅあな心に男女関係がどうとかの薄汚れた思考を持ちこむってだけでも絶許なのに、そんな生臭い代物のために推し欲を放り捨てると思われてるとか、なんかもうアイドルに男ができたからガッカリしてファンやめます、とか言う最低野郎と同じような女だって思われてるってことですよね………? なんかこれ、もう真面目に死にたいくらい落ち込むんですが………」


「いや、待ってください落ち着いてください! これ、見ようによっては、むしろ普通に考えても、だいぶ遠回しですけど嫉妬ってことじゃないですか!?」


「えっ………詳しく!!」


「いやだってそうでしょ、エベさんが加護を取りやめないか知りたいっていうのは、言い換えれば神々にとって、ヒュノくんの行動が問題視されるかどうか知りたいってことですよね!? 神々にとっても問題視されるような話なんだったら、遠慮なくヒュノくんにそんな関係やめろって言えちゃうわけでしょ!? 自分でも気づいてないけど、あくまで冒険者の仲間として冒険に支障がないか探りを入れてるつもりだけど、その実はヒュノくんの行動に鬱屈を溜めてるってことじゃないですか!!」


「…………! そ、そうかっ、その通りですよね!? ありがとうございますディグさん~、おかげで私もちゃんと推しの行動まともに解釈できました! やっぱり作り手さんってすごいですね、私なんかの貧弱発想力じゃ、そんな当たり前のことにも気づけてませんでしたよ~! ホント助かりました!」


「いえいえ、同志のよしみです、どうかお気になさらず!」


 潤んだ瞳でディグに手を差し伸べ、すがりつかんばかりの勢いでぺこぺこ頭を下げるエベクレナ。それに対しディグラジクナフェは、あくまで紳士的な笑顔で、励ますようにうなずいてみせる。それはロワの常識で解釈するならば、世間知らずのお嬢さまが、成熟した大人の男性に、手玉にとられている姿そのもので―――


 ぐ、と拳を握り締めたのち、ロワは端的に告げた。


「エベクレナさま」


「は、はい。なんでしょうか?」


「申し訳ないんですけど、俺、今日は帰ります」


「えっ………な、なにかお気に召さないことでもありました?」


「………俺、今日は自分で、あんまり冷静じゃないなってわかるので。これ以上お二人に迷惑をかけたくないな、と思いまして」


「………! ディグさん、これって、自覚症状アリってことですよね!? 自分でも仲間を疑ったり、神々の考えに探りを入れたりするのはよくないなって思ってはいるけど、感情が止められないってやつですよね!? ピュアな心に湧き立ったどす黒い感情に苦しんでるってことですよね!?」


「エベさん、気持ちはわかりますが今はロワくんと向き合いましょう! 相手との関係に苦しんでいる推しに、少しでも気持ちを楽にしてあげるとか、推し活者として幸運すぎるシチュですよ!?」


「そっ、そうですよねっ! ……ええとロワくん、あの、私でよければ、お話、聞きますよ? 玄関の足ふきマットかなにかだと思って、好きなように使っていただければ……私としては、遠慮なく使ってもらえた方が嬉しいですし………」


「なんでしたら、自分は席を外してますから。どうぞご遠慮なく」


「………いえ。やっぱり今日は、帰ります」


「そ、そうですか……。え、ええと、技術部の人に一応確認取りますね? ………あ、そうなんだ……ふんふん、そうですか………。えっと、ロワくん。技術部さんたちとしては、もう充分にデータが取れたので、今日は帰ってもらっても大丈夫ってことみたいですけど……」


「そうですか。じゃあ、今日は帰ります」


「は、はい………その、どうか、無理はしないでくださいね? 私、ロワくんのお役に立つためなら、犯罪行為以外はおおむねオッケーですから!」


「はい。ありがとうございます」


「………え、ええと、じゃあ、送還しますね………?」


 言ってエベクレナが水晶板をいじる。一瞬後には、ロワはもう人界へと戻っているだろう。その直前に、またロワはこっそりため息をつく。


 なにをやっているんだろう、自分は、と、どっぷり落ち込みたくなるような、惨めな気分だった。

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