表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第十章 貧乏国の娼婦
134/213

10-1 貧しい国

「なんつーか………びんぼったらしー国だよなー」


 ぽろっと口から漏らしたジルの頭に、カティフががつんと一発拳を入れる。


「でぇっ! なにすんだよっ!」


「その国の人に聞こえるかもしんねぇとこで、国の悪口言うんじゃねえよ。たとえその国のこと心底嫌ってる人だって、自分の国の悪口言われて嬉しい奴なんてほとんどいねぇんだ」


「え、そーいうもんなの?」


「そういうもんだ。どんな人間も、自分の持ち物をけなされりゃあ、腹が立つのが当たり前だろうがよ」


「うーん、確かに、そう言われりゃそうなのかな?」


「国際的な感覚はさておいても、一般的な心の働きから考えてそれが妥当ではあるだろうな。………まぁ、発言自体には、僕もわりと同意せざるをえないが」


「まぁ、なぁ………」


 そんな言葉を交わし、揃って黙り込む。ここはパニピエオン侯国の首都、シュィペティエ。昨日の昼頃に国境を越え、一日かけて首都までやってきたわけなのだが、眼前に広がる光景は、首都と言われて想像するような代物とは、だいぶかけ離れていた。


 イィデュオカシャタクト―――ロワがかつて隠れ潜んでいた娼館のある、ユディェアハックナタの首都のように、絶望的なまでの貧しさという代物ではない。街並み自体は薄汚れているという感じはなく、むしろごみごみした場所のない、すっきりさっぱりとした街並み、とも見ることができるくらいだ。


 ジルディンが貧乏たらしい、と感じたのは、おそらく、街に行き交う人々のせいだろう。侯国とはいえ、曲がりなりにも一国の首都だというのに、びっくりするほど活気がない。


 普通首都ともなれば数えきれないほどの人が行き交い、商人たちの馬車が走り、にぎやかに呼び込みの声がして、そこかしこに市が立つのが普通だろうに。この街の人々は、ほとんど声を上げることもなく、人から目を逸らしながらせかせかと行き交うばかり。店はそれなりに存在しているが、どの店もやる気というものが感じられず、客を呼び込むことも店構えを工夫することもしていない。


 というかそもそも、街を歩く人間自体が、街の規模に比べて相当少ないように見える。一応これまでに、それなりの数の街を見てきたロワの目からすると、中規模国家の地方都市よりも、まだ少ないのではないだろうか。店がそれなりにあるのは間違いないのだが、よくよく見れば、それ以上に閉まっている店が多い。単に営業していないだけか、店じまいしてしまったのか、どちらにせよ昼日中の首都の眺めとしては、相当に似つかわしくない代物だろう。


 その上、全体的に建築物が安っぽい、というか技術水準が低く、立派な建築物と呼べるようなものがほとんどない。店に並ぶ商品も同じくで、数少ない開いている店に並ぶ品物はどれも安っぽい、質の悪いものばかり。安っぽい店で安っぽい品を、まるでやる気の見られない売り方で売っているわけだ。そういう、改善しようと思えばできそうな点を、まるで改善しようとしていないところが、貧乏たらしい国、という印象を与えるのだろう。


 とりあえず宿を探し、おおむねそれなりの格のように見えるところで部屋を取って(客がほとんど入っていないそうなので、こんな時ぐらいと一人一部屋という贅沢な真似をしてしまった)、これからの行動を相談するべく全員がネーツェの部屋に集まる。そこでようやく、ネーツェがきちんと解説をしてくれた。


「………この国は、もともと、避難民たちの寄り合い所帯としてできた国だからな。もともとこの国の北西に、フィーニクタモットという、それなりの規模の大国があったんだが」


「え、それうちの国……フィカの元になった国じゃなかったか?」


「ああ、その通りだ。フィネッカン、フィカはフィーニクタモット、フィクの大公だった人間が興した国になる。だから大公国なんだな。この国の北にあるフィキティンレサ、フィキも同じくだ。だからフィカとフィキは兄弟国と称される」


「まぁ、少なくともうちの騎士団じゃ、フィキってめちゃくちゃ悪く言われてたけどな………」


「それはそうだろう、どちらも前線に隣り合う軍事国家、国の規模は同程度で、有する戦力はフィカの方が高いが、フィキはゾヌの支援を受けて有利に戦線を展開できている。これで仲がよくなる方がおかしい」


「んーっと、つーことはさ、この国……パンは侯国だから、侯爵が創ったっつーこと?」


「一応はな。だが、その正当性はだいぶ怪しい」


「………っつーと?」


「パンが国を興した頃というのは、ゾヌの周囲にじわじわと新しく国が興されてきた頃の後期にあたるんだ。ゾヌの周囲の空白地に、神々のお声がかりで国が興されたり、行き場のない人間たちが寄り集まって国を興したり、という流れが落ち着いてきた頃になるわけだな。その時代の終わりによって、フェド大陸には空白地と呼べる土地が前線しか存在しない、という状態にまで至るわけだが………そこまで行き着くまでの、ぎりぎりに滑りこみで興された国なんだ、パンというのは」


「うん………それで?」


「この国の北を占めるフィキが、パンのある土地にまで手を出さなかったのは、この土地がかつて神に呪われたとされていたからだ。名も知られていない神に神罰を受けた土地、と。何千年も前に、神に対して不遜な振る舞いをした者がいたせいで神罰を受けた、だからこの土地はまともに農作物が育たないのだ、という伝承があったんだな」


「え、それって……極東のあたりみてーな?」


「いや、そうじゃない。以前この土地にロヴァガの調査団が入ったことがあるんだが、その際に神罰うんぬんというのはきっぱり否定されている。もともとこの土地は大河から遠く、土地に蓄えられた栄養も少ない。そもそも農業には不向きな土地なんだよ。伝承の成り立ちにも調査が行われて、この土地に居を構えたものの、農地化を断念せざるをえなかった人間たちから発生しただろうこともほぼ特定できている」


 そうなんだよな、とロワは内心苦笑する。以前ロワが抱いていた、イゲィカディエンにたどり着くまでの道のりに、神罰を下してきた神がいる、というのは、聞きかじった話を事実と思いこんでいただけだったというわけだ。それを(ゾシュキーヌレフの冒険者ギルドの文献をあさっていて、見咎められたせいで)ネーツェに教えられた時は、自分の考えの浅さにけっこうがっくりきたものだ。


「まぁともかく、フィキはその伝承からも、知れ渡っていた農地化の難しさからも、この土地には手を出そうとしなかった。つまり、どこの勢力のものでもない、空白地が生じたわけだ。そこに目をつけた、というかそこに希望を繋がざるをえなかった、どこにも行き場のない人々が、今のパンの祖にあたる」


「ふーん………? 行き場がない、ってどーいうこと?」


「さっき言っただろう。フィクが滅びた時に生じた、難民たちだよ。フィクはそれなりの大国で、領土も広く人口も多かった。だから首都が邪鬼の襲来で崩壊し、残された王家の人々が方々の有力貴族に身を寄せて、それを擁立することで国家を名乗ることを始めた時に、『どこにも行き場のない人間』というのも一定数存在したんだ」


「え、なんで? 新しく国できたんだろ? そこに行けばいーんじゃねーの?」


「国の立ち上げには金がかかる。人手も必要だが、人手を受け容れればその分、その人たちに食べさせる食料が必要になる。それなら地縁のある人間、以前から自分たちが従えている人間を優先するのは当然だ。主に首都で暮らす貧困層の人間は、どこの貴族にも、どの国にも受け容れられることなく、放浪せざるをえなかった。その人たちが、唯一希望を繋げたのが、このパン―――農作物がまともに育たない空白地だったのさ」


「え、でも、食いもんが育たねー土地で、国とか興せんの?」


「普通は無理だ。だがその人たちには他に手がなかったし、手に入れたところでなんの得にもならないどころか負担しか増えないという土地であるならば、外から侵攻されるという危険性は考えないですむ。まぁ今時侵略戦争なんて始める国はそうそうないが、豊かな土地ならば手を尽くしてうまく領土をかすめ取ろう、と考える連中はまだいるからな」


「そーなんだ?」


「それにすぐ南にイシュニが存在することが、この場合は大きな助けになった。大陸全土の神職から模範とされているイキシュテアフ神官たちの国は、政治基盤も国体も経済力も、なにもかもが脆弱なパンの難民たちを全力で支援したんだ。元から救荒作物を大量に生産していたこともあり、貧民たちを支援する体制は整えられていた。隣の国で、なにより見栄を張る余裕なんてまるでなかったパンの人々は、イシュニの慈悲にはいつくばって感謝したのさ。そういうある意味潔い態度が、今でもイシュニの支援が続いている一因だろうな」


「あー、まぁフィカは、ゾヌからの前線に支援をしてやるっつぅ上からの態度にムカついて、俺らは俺らでやるって見栄張っちまったせいで、今でもゾヌからは商売以外じゃ、小麦一袋どころか米一粒ももらえてねぇっつぅしな……どこも似たようなもんだよな、見栄張って得することなんてなんもねぇわ」


「まぁ、その一件については、ゾヌに属国扱いされるかの瀬戸際だったともいえるわけで、完全に得がなかったかというとそうでもないと思うが………フィキはゾヌに支援されている分、なんやかやと便利に使われたり譲歩を迫られたりされているわけだしな」


「ってかさー、そんなしょっぼい国……っつか、国っつっていーのかよ、それ? まーそーいう難民の集まりだったのにさ、なんで侯国ってことになってんの?」


「ああ、その話がまだだったな。この国の正当性を保証しているのは、当時のイシュニの聖女だったんだよ。フィカの侯爵の落とし種の一人が難民の中にいたことと、その侯爵家の印璽をその落とし種が所持していたことを、その聖女さまが証立てたんだ」


「いんじ? ってなに?」


「個人や家名を表すハンコだな。普通侯爵家の当主が大切に管理している代物だ。だからその落とし種は本物だ、ということになったわけだが………はっきり言ってそのやり口は、昔お家騒動で簒奪の際に、さんざん使われたやり口なんだよ」


「えっ、聖女が詐欺したってこと?」


「まぁ、詐欺といえば詐欺なんだろうがな。この場合はおそらく、誰も困らないし損をしない詐欺だ。イキシュテアフ教団はその時代すでに、大陸中から確固たる信頼を受けている教団として扱われていた。フェド大陸では基本的に聖職者や教団の社会的地位は高いが、イキシュテアフ教団は信仰と神事をつかさどる神に仕える者として、大陸各地に正しい神事を伝道してきていたからな。イシュニという国を創ってからさほどの時は流れていなかったが、当時すでに十分な資金と地位を有していたはずだ」


「? だから?」


「聖女という存在の慈悲深さは、僕たちもすでに見せられた通りだ。難民たちを救うために必要とあらば、詐欺行為でもなんでも断行するだろう。自身の命に関わりかねない自傷行為すらも、何代もずっと続けてきた人たちなんだからな」


「えっ………あっ、じゃあ、その聖女が難民の奴らに国あげるために、実は侯爵のおとしだね? だったって嘘ついたってこと!?」


「そういうことだろう、というのが歴史研究者の間では定説になっている。おそらく、当時の聖女は本物の侯爵家の人々に、持ちだすことができた家系に伝わる宝物やら、家系を表す品物やらを、金銭に換えるよう頼まれたんだろう。亡国の貴族、というあらゆる意味で面倒な地位を捨てると同時に、これからの生活に必要な資金を得るために、この上なく信用のおける上に金持ち、その上ゾヌに伝手がある、という地位を見込まれた、と思われる。おそらく、侯爵家の家系だけじゃなく、いくつもの家系に頼まれていたんだろうな」


「え、なのになんでその侯爵家にしたんだよ?」


「単純に、地位と人柄的にちょうどいいと思っただけじゃないか。難民に侯爵の血を引くと名乗らせても、あとから文句を言い出したり、その難民に金をせびったりしない奴だってな。もしかすると、ものを買い取る際に、すでに侯爵にその旨誓わせたりしていたのかもしれないが………とにかく、当時の聖女は、難民たちが周囲から害されないように、いいように扱われないように、せめてもの外装として、侯国という箱を与えたんだ、といわれているのさ」


「ふーん………けどさ、それってこの国がびんぼーだってのと、どー関係あんの?」


「単純に、この国を治めることになった人間が、まともな政治力を持ってなかったってことと関係するんだよ。侯爵家の落とし種という役を背負わされてパンを治め始めた人間は、聖女に見込まれるだけあって、民から金を巻き上げるようなことのない清廉潔白な人間ではあったが、民衆を指導し、集めた金を差配し、国を動かすということに対する、理解も知識も持ち合わせていない人間だった。『国を治める者として間違っていること』はわかっても、『どう国を治めるのが正しいのか』っていうことはわかっていない人間だったんだ」


「へー………?」


「要するに、お前のように、誰彼は横暴だ、間違っている、としじゅう文句を言うことはできても、どういう風にやるのが正しいのか、ってことはまるでわかっていない人間が国を治めようとしたら、どう転んでもろくなことにならないだろう、という話さ」


「………はぁっ!?」


「あー、なるほどなー。そりゃろくなことになんねーわ。むしろ滅びてねーだけ大したもんだな、この国」


「ホントにな。よくまぁいまだに生き延びてられるもんだぜ。まぁ貧乏国だってんなら、まともに生き延びてるってわけでもねぇのかもな」


「なっ………ちょっ………なんだよーっ!!」


「笑ってるが、これはけっこう真面目な話だぞ、お前ら。政治の腐敗を間違っていると声高に告げればいい、と考えている政治家に権力が与えられた結果、それまでよりさらにろくでもない結果に終わる、という歴史はこれまでにいくつも例があるんだ。政治のみならず、どんなことでも、自分以外の誤謬を攻撃することで足れりとするな、という大切な教訓なんだぞ、これは。まぁ、そういう政治家はそういう政治家で、国民の意志をきちんと言論に反映させているならば、国民の意思を無視した政治に対する制止役として、一応の存在意義はあるんだが」


『ふーん………』


 ネーツェの説明に、他の面々はわかるようなわからないような、という感じの反応を返す。ネーツェとしてもまともな反応が返ってくるとは期待していなかったようで、軽く肩をすくめると、話を先に進めた。


「そんなわけで、だ。この国は領土も……ゾヌやビュゥユほどじゃないが小さいし、産業も見るべきものがない。観光名所らしい場所もまるでないわけだが………」


「そんでも、ロワを回復させるためにゃぁ、ここにしばらくは留まらなきゃなんねぇ、ってぇんだろ? わかってるっつの」


 カティフの舌打ちせんばかりの顔に、さすがに申し訳なくなって、ロワはベッドに横たわった状態で力ない声を上げた。


「………、ご、めん………」


「あぁ? しょうもねぇ気遣いしてんじゃねぇっつの、てめぇが気ぃ使ったところで滞在する時間が短くなるわけでもねぇだろうが。気ぃ使う暇があるんなら、とっとと身体と精神力回復させやがれ」


「………、う、ん………」


 我ながら情けないほど力のない声で、ぼそぼそと答える。まぁ要するに、今回も道中の相当な割合を走り通したことと、ヒュノに『生き延びるために』ということでみっちり修行をつけられて、疲労困憊しているわけだ。今回は、ビュセジラゥリオーユの首都ビュシクタリェーシュから、イシューニェンタの首都イシュニゥアンテまでよりも、さらに距離があったので(パニピオエンの領土は一般的な小国程度、少なくともゾシュキーヌレフやビュセジラゥリオーユの十倍以上はあるのだ)、イシュニゥアンテを訪れた時よりも体力はさらに削られているだろう。


 それだけの体力と時間を費やして鍛錬を続けているにもかかわらず、ロワは自分の体力が上がったとも、技量が上がったとも思えない。まぁ神や女神の加護を受けている連中と比べる気はないが、さすがに情けない気分になるのは避けがたかった。


 ヒュノに時間を割いて特訓を受けているというのに、まるで成果が上がらないというのも申し訳ない。ロワとしてはヒュノに自分のために無駄に時間を使わせてしまうのが申し訳なく、『自分のことはいいからヒュノ自身の鍛錬に時間を使ってくれ、その方が戦力的にははるかに有効だ』と一再ならず言っているのだが、そのたびにヒュノは『自分の鍛錬は当然やるけど、お前の生き延びる可能性をちっとでも上げねぇとこっちの方がしんどい。お前に死なれたら俺らは全滅しかねねぇんだ、強い奴が出てきた時のために、それなりに動けるようになるまでやってもらう』と断言している。


 他の仲間たちもおおむね同意見なようなので、ロワとしても(『自分がいなくなったら全滅しかねない』と仲間全員が思いこんでいるのは閉口するが)素直に従うほかない。まぁ足手まといだからとパーティから追放されるよりはマシだ、と考えるべきなのだろう。


「んーと、じゃーどーする? 見るもんがねーっつってもさ、宿ん中でずーっと寝てるっつーのもつまんなくね?」


「まぁな………僕としては、一応軽く街を見て回るぐらいのことはしたいと思っているが。まぁ、その後はこれまでに得た知識を使っての勉強と鍛錬にあてるつもりだがな」


「勉正術って本気で便利だな……一度見たもんを覚えるどころか、読んでもいねぇ本の内容、術式で探査するだけで完璧に覚えられるとかよ……」


「あくまで情報を習得するだけで、自分の知識として自在に扱うには、得た情報を使って改めて勉強しなくちゃならないけどな。まぁ書籍を持ち歩く手間を省いたり、購入できない貴重な書籍の情報を書き写す手間を省いたりできるっていうのは、充分以上に大きな利点だが」


「ふーん……ネテが外に行くってーんなら、俺も一緒に行くか。なんか気になるもん見つけた時に、解説してもらえるってのはありがたいからな。カティはどうする? ここの娼館にすんのか? 童貞捨てんの」


「童貞言うなぁっ!! ………まぁ、一刻でも早く捨ててぇってのは確かなんだけどよ………ここまで街がびんぼったらしいと、萎えるっつぅか………娼館行っても、ろくな女いなさそうじゃね?」


「あー。まー、そうかもな」


「ここまで待たされたんだったらちゃんと極上の店でヤりてぇし………そのくらいでねぇとゾヌの楼主連中見返せねぇしな。悩むところではあっけど………今回は通しってことで」


「ふーん……」


「ただまぁ、一応一通り店の様子とか調べてはおきてぇからな。俺も一緒行くわ。ジルも来るよな? 飯おごってやっから、街ん中で娼館の姉ちゃんたちの美人度とか調べてくれよ」


「えー、別にいーけど、こんなびんぼったらしー街で飯おごられてもあんま嬉しくねーなー………」


「というか、食事をおごるというのが僕たちにとってはあまり意味のある行為にならなくなってると思うが? 少なくとも一生分の食費には困らない程度の資金を全員有しているわけだし………」


「わぁったわぁった、じゃぁ貸しイチってことでどうだよ? お前の飯当番なりなんなり、一回代わってやっからよ」


「んー、ま、それならいっか。大した手間でもねーし。ちゃんとロワに代わってもらってるのが終わってからにしろよな?」


「へーへー。で、ロワはどうする? 宿で休んでるか? それとも、イシュニの時みたく、ジルに術式かけてもらってついてくるか?」


「………ついていっても、いいのか……?」


「ま、いいかどうかはジルしだいだろうけどよ。どうだ? ジル」


「んー、ま、別にいーぜ。他のみんながいんのに、ロワだけいねーとかなんかアレだし。まー、ここまで見た感じ、ろくに見るもんとかなさそーではあるけどさ」


「………わかった。じゃあ、頼む………」


 ロワもなにがなんでも街を見て回りたい、というわけではないのだが、曲がりなりにも一国の首都を通過するのに、その首都のことをまるで知らない、見ていない、というのはさすがに寂しい。イシュニゥアンテ同様、ジルに飛翔術で、寝ているのと同じ程度にしか体に負担のかからない状態で、街中を仲間たちについて運んでもらうことにした。






「………なんつーか、ほんっとになーんにもねーなー」


「もう少し小声で言え。お前にしては周りを気にしているのは褒めてやるが」


 ジルの言葉に同意するのもなんだが、正直に言ってしまうとその通りなんだよな、とロワは運んでもらいながら内心苦笑する。このシュィペティエという街は、本当に見るべきものが見つからないというか、どこをどう探しても、栄えていない地方都市と似たようなものしか見当たらない街だった。


 食うに困っている人が山といる、というわけではない。道を歩く人はそこまで貧しげではないし(裕福なように見える人は皆無だったが)、乞食がいないわけではないが、そういう人々もむしろ(そういう人々にしては)品よく落ち着いているように見える。


 だが、どこをどう探しても、繁栄や余裕という言葉に繋がるものが見つからない。一国の首都に住まう人間、そこにあるもの、立ち並ぶ家々、そのすべてが、貧しげだの貧乏たらしいだの、そういう言葉に似つかわしい雰囲気を保っている。


 それはそれで珍しいことなのかもしれないが、見て楽しいものでないのは間違いない。店にもそこに並ぶ品々にも街並みにも人々にも、特色らしい特色が見えないのも確かだし。


 とりあえず街を歩いてみてはいるものの、見るべきものも見出せず、全員盛り上がりのない顔でうろついていると、ふいにヒュノがすいと身体を退かせた。ちょうど曲がり角を曲がろうとしていたところ、角の向こう側からちょうどヒュノのいた場所に倒れ込んできた者―――美少女と言っていいくらい顔立ちの整った少女だったが、その少女はヒュノが身体を退かせたせいで支える者もなく、地面にばったりと倒れ込む。


「ぅわ………えっと、大丈夫?」


「ヒュノ………お前なぁ、倒れ込んできた女の子ぐらい受け止めてやれよ、男としてよぉ」


「? なんで?」


「なんでって。お前にゃ別に負担でもなんでもねぇだろうがよ」


「女を支えることはできても、その女が刃物だのなんだの取り出して襲いかかってきた時に避けにくくなるからな。下手すりゃ受け止めようとしたところに機を合わせて刺し貫かれかねねぇ。鍛生術の鍛錬怠けてるわけでもねーし、普通の女の細腕ぐらいならそうそう内臓傷つけられるようなことにゃならねーだろうけど、刃物にどんな毒塗ってあるかまでは気配だけじゃわかんねぇからな」


「おま……まぁいいけどよぉ、お前そういう奴だし………」


「………、大丈夫、です。ごめん、なさい………」


 倒れ込んだ少女は、力なくそう答えて、よろよろのろのろと立ち上がった。明らかに力の入っていない足取りだが、肌艶はそう悪くない。飢えているわけではなさそうだ。となると、彼女の活力を奪ったのは、彼女の抱いている絶望か。


「そっか? まー、大丈夫ならいーけど」


「はい………ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 やはり力なくそう告げると、少女は深々と頭を下げて、「それでは………」とこちらに背を向け、力ない足取りで去っていく。それをなんとなく見送って、また改めて歩き出そうとする自分たちの中で、ヒュノは一人、じっと少女の後姿を見つめていた。


「? どうした」


「なんだよ、まぁまぁ可愛かったから、倒れ込んできたのを避けたのはまずかった、なんて後悔でもしてんのかぁ? 言っとくけど女ってなぁ自分がやったことは忘れてもやられたことは絶対忘れねぇからな、いまさら後悔しても無駄だっつぅの」


「んー、ま、それはそうなんだろうけど………」


 ヒュノは考えるようにかりこりと、人差し指で何度か頭を掻き、それからうん、とうなずいて告げる。


「俺、あの女のあと追っかけることにするわ。先に宿戻ってていいぜ」


「へっ………」


「あ、おい! ちょっと!」


 仲間の上げた声を聞き流し、ヒュノは小走りで去っていった少女を追う。残された仲間たちは、互いに驚きに満ちた視線を交わした。


 ヒュノが、少女を、追いかける? 武芸者でも強者でもない相手を? いや、そんなことありえるのか? いやいやありえるもなにも現に今こうやって追いかけてるわけで。


 困惑と混乱と驚愕が、それぞれの表情に浮かんでいる。それもうなずけるほどに、ヒュノのさっきの反応は意外だった。常在戦場を地でいく、いついかなる時も斬り合いになることを前提において人と接する奴が、なんの力もなさそうな、なかなかの美少女であること以外はごく一般的な少女にしか見えない相手を気にかける、というのはこれまでヒュノと接してきた中で一度もない。ヒュノに対する見方がひっくり返る、とはいかないまでもある程度は変わらざるをえないような衝撃があったのだ。


 黙り込んで驚きの視線を交わし合う仲間たち―――に、ロワは(いまだにあまり力の入らない身体を無理やり動かして)声を張り上げた。


「追いかけよう」


「へっ………」


「お、追いかけて? なにするってんだよ?」


「ヒュノが、なにをするのか、見張る」


「み、見張るって………なんで?」


「ヒュノが、なにをするのか、気になるから、かな」


「い、いやまぁそりゃ気になるけどよぉ。仲間が女追っかけてったのを監視する、っつぅのも……男同士の仁義に欠けすぎてねぇか?」


「単に、女の子を、追いかけていった、ってだけなら、それも正論、だろうけどな。ヒュノの場合、単にそれだけとは、思えないだろ?」


「………まぁ、それも、そうか。ヒュノがこれまで見せてきた反応からして………単に可愛い子だったから口説きたい、というだけとは正直思えないしな。またなにか剣の達人的な妙なことを考えている可能性は捨てきれない」


「あー、それはそーかも。んじゃさ、俺が風で探ってみよっか? ネテが映像と音作ってくれりゃ、見張らなくても全員状況見れるぜ?」


「んんん………男が女追っかけてったってのに、口説く以外の可能性ねぇだろと思うんだがなぁ……男の仲間同士で、そんな話に首突っ込むとか、普通にありえねぇし………」


「ならカティは見なきゃいーんじゃね? 俺らだけで見るからさ、先に宿に帰ってたら?」


「いやいやいや、お前らだけで見るっつぅのもありえねぇだろ! まぁな、ヒュノが暴走する可能性もないたぁ言えねぇし、そういう時に割って入るためにも、様子を見るのはやっとかなんねぇかもだしな?」


 そんなわけで、自分たちは路地裏の隅っこに四人で集まり、周りには音も映像も漏れないようにした上で、ヒュノがさっきの美少女を追っていった先で、なにが起こるのかを監視することになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ