9-15 灰色の聖女・4~黄金の雲・7
「その………わざわざ申し訳ありません。お見送りいただくだけでも恐縮するところだというのに、わざわざ馬車まで出していただくなんて………」
「いえ、そのようなことをおっしゃらないでください。私の、私たちの愚かな誤解を解きほぐし、私たちがこれからどう在るべきか導いてくださった恩人に、用が済んだからとそのまま放逐するような真似はできません。今の私たちにはろくにお返しできるものもありませんが、せめて街の外までお見送りするぐらいのことはさせていただかなくては」
「はぁ………」
正直あんまり嬉しくないんだよなその礼儀正しさ、とロワは内心ため息をつく。
イキシュテアフの神託にロワが口添えをして、イキシュテアフにとっても、イシューニェンタの人々にとっても、とりあえず納得するだろう形にもっていくことができたので、じゃあ丸く収まったということで報酬をもらってさよならしよう、という段になって、ジリオシャクラが『せめて、街の外までお見送りさせてください』なんて言い出した時には、ロワもだいぶ驚いた。
ジリオシャクラにはまるで害意も邪念も感じなかったし、悪気なく本当にただ世話になった相手にお見送りをしたい、というだけの気持ちなのはちゃんとわかるのだが、彼女の周囲の側近やらお偉方やらの反応が、だいぶアレだったのだ。ロワがジリオシャクラを説得した時点で、だいぶ強烈な嫉妬の念がもやもやと湧き上がっていたのだが、ジリオシャクラがお見送りをするとか言い出した時には、ほとんど物理的な圧力すら伴った嫉妬と敵意と殺意がロワに叩きつけられてきた。
それでも礼儀を失わず、表面的にはあくまで荘重な態度を崩さずに接してくる辺りはさすがだとは思うものの、聖女が自分用の馬車にロワたちを招き入れた時には、護衛役だろう人間の何人かは一瞬剣の柄に手が伸びていた。同調術で伝わってくる感触からして、実際に行動に移したりすることはないだろうが、一国のトップに近い人々にこぞって敵意を抱かれるのは、いい気分とは言いがたい。
まぁ、そこらへんはどうでもいいといえばどうでもいいのだが。たぶんまたこの国に来ることはそうそうないだろうし(ジルディンの転移術がある以上、基本的にはこの近辺に来るのなら交通の便のいいゾシュキーヌレフに行く方が早いはずだ)、敵意や嫉妬を抱いている人たち全員に強固な理性と信仰心があり、邪念を自身の内に封じようともしているのだから、そうそう問題になるようなことは起こるまい。
それよりも、ロワとしては、ジルディンがじとーっとこちらを睨みつけているのが気になってしょうがなかった。こちらというか、ロワとジリオシャクラを等分に睨みつけている感じだが。
今自分たちが乗っているのは、聖女専用の馬車ということで、上品でありながらも豪奢な造形と、最新技術を駆使した快適な乗り心地を両立した代物なのだが、どうやらこの馬車、中で車中泊ができるように、できる限り大きく造っているらしい。引いているのは大柄な白馬(おそらく聖女の馬車を引くために特別に配合された品種なのだろう。それを術法で鍛え上げた上に強化しているように見えた)が実に八頭、はたから見るだけでもちょっとした見物だったろうが、とにかく車体が大きく、自分と聖女(とその側近や護衛)は正面から向き合って話しているのに、小声では聞こえないくらいの距離がある。
そして、ジルディンは自分たちが座っている側の座席の、一番端っこに座り、じとーっとした目で自分とジリオシャクラを睨みつけているのだ。たぶん自分たちどちらをも視界に入れるために、わざわざ端っこに座っているのだろう。そう思うと、胸に重石が落ちたような気分になる。
共に旅をする人間に嫌われる、という経験は初めてではないが、だからこそそのしんどさはわきまえている。協力し合わなければまともに先に進めない状況で、いつ後ろから刺されるかわからない、という状態が続くのは心身の活力を削ぐ。それが積み重なればなにをするにしても失敗が増え、死を招くことになるだろう。
それを素直に受け容れるつもりはないが、かといってどうすればいいか、という方策も浮かばない。色恋沙汰はたいていの場合、手出し口出しすればするほど泥沼になる代物なのだ。
というか、ジルディンが本気で色恋の感情から自分を睨みつけているのか、ロワとしてもよくわからないのだが。同調術はあくまで相手の思っていることを受け取る術法、本人が自分でよくわかっていない場合は、よほど深く同調して心を読み解くことができたり、本人が単にわからないふりをしているだけだったり、わからないと思いこんでいるだけだったり、という例外を除けば、ロワとしてもよくはわからない。
「………なるほど。つまり、聖女の方々は、イキシュテアフさまからの託宣を、言葉の形で受け取らない場合の方が多いんですね」
「そうですね、記録によれば。私の場合もそうでした。圧倒的な神威を持った方に、ひたすら平伏している間に、心に直接情報が送りこまれてくる、というか………光に触れているような感覚だ、と思ったのを覚えています。あなたの場合はそうではないのですね?」
「はい。たぶん、俺の場合は、『話し合い』をしないとならないからなんでしょうが。でも、そうでなくとも、たいていの神々は、神界に呼び寄せた人間に対峙する時、普通に言葉を使ってらっしゃるようですよ」
「そうなのですか………なにか理由があるのでしょうか」
「たぶん、イキシュテアフさまは、聖女に任ずる方との間に、誤解が生まれることを恐れていらっしゃるんじゃないでしょうか。万が一にも伝達に遺漏がないように、と気にしてらっしゃるように思えました。他の神々の場合は、その心配よりも、これぞと見込んだ相手との、めったにない『会話』という機会を楽しんでらっしゃるんじゃないかと思います」
「か、会話を楽しむ、ですか。神を人のように語るあなた方の言葉にはある程度は慣れたつもりでいますが………」
「お気に障ったら、申し訳ありません」
「いいえ、むしろ感心いたしました。さすが〝女神の巫〟たるお方だと。あなたはこの世に二人といない、特殊な立ち位置から世界をご覧になっているのですね」
「………いえ、その、感心されるようなことでもないので、どうか本当に、お気になさらず………」
ただ、ジリオシャクラの自分に対する評価が、爆上がりしているのも確かなことだった。昨日までその他大勢というか、それこそろくに話したことのない相手だったというのに、話をしたあとはジルディンに対する関心など忘れてしまったかのように、自分にばかり話しかけている。
正直ジルディンに申し訳なく思うくらいだったのだが、ジルディンにそんな話をしても怒りを掻き立てるだけだろうし、ジリオシャクラに提言するにしても、こんな話をどう告げても自意識過剰としか思われなさそうで気が引ける。
他に方法が思いつかなかったのは確かなのだが。もうちょっとうまくやればこんなこと考えなくてすんだのかな、とロワは内心でまたため息をついた。
街の外まで連れてきてくれた馬車から降り、改めて向かい合ったジリオシャクラは、自分たちに深々と頭を下げてきた。
「………それでは、みなさん。今回は本当にありがとうございました。報酬の方は、冒険者ギルドに直接振り込むのでよろしいのですね?」
「はい、こちらとしてもそれが一番手間がかからないので。問題がなければぜひそうしていただけると助かります」
報酬が絡むことだからか、これまでずっと黙っていたネーツェが、ずいっと前に出てそう告げた。側近の神官やら護衛やらから、またも苛立ちの念がぶわっと湧き上がるが、ジリオシャクラはまるで気づかず、ネーツェに「わかりました」とうなずいてみせる。
それから、またもロワに向き直り、再度深々と頭を下げてきた。
「繰り返しになりますけれども、ロワさま。あなたには本当に、本当にお世話になりました。イキシュテアフさまの御心を我ら愚かな信徒に伝えてくださったことは、本来なら国をあげて称すべき事柄でしょうし、報酬もそれ相応にお支払いするべきですのに………」
「いえその、俺がしたのはあくまで仲間の失態の償いですから。仕事としては、あくまで最初の雑務の続きです。どうぞお気になさらず」
「とうに承知してはおりましたけれども、謙虚な方ですね、あなたは。あなたがしてくださったことは、それこそイシューニェンタ聖国を救ってくださったも同じことですのに」
「いえ、そのようなことは………」
真面目にないと思うので、勘弁してほしい。ロワがやったのはあくまで、たまたま縁を得た相手との仲介役だ。労働内容といえば単に話をしただけ、ほめられたり報酬を増額されたりといった利点を費やされるほどのことはされていない。
というロワの思考を、知ってはいるけれども理解はできていない、心の底から『謙虚で尊敬すべき方だ』と思っていますよという顔でジリオシャクラは微笑み―――それから、ジルディンに向き直った。
びくりと身を震わせるジルディンに、ジリオシャクラは微笑みながら、静かに告げる。
「ジルさん。あなたにもご迷惑をおかけしました。教誨を為したい、と言い出したのは私だというのに………自分自身のことで手いっぱいになってしまって。結局、あなたとの対話を、最後まで行えなかったことを、お詫びさせていただきます」
「……………」
「私も、イキシュテアフさまから賜ったお言葉について、よくよく考えたいと思いますし………一から修業をし直さなければならないでしょう。あなたが反対していた儀式についても、改めて修行を行い、自身に加え神の御心ときちんと対話した上で、その是非を問わねばなりません。あなたと改めて話し合うことができるのは、きっとずっと先になってしまうでしょう。お詫びさせていただきます」
「…………ぇ?」
「次に話し合うことができるのは、もしかしたら私が聖女の役目を終えたあとかもしれません。ですが、もし、あなたにまた私と話してもいい、と思う心があるのなら………できれば、またイシュニを訪ねてはいただけませんか。あなたの考え方、生き方、在り方について………そして、修行をし直した私の考え方、生き方、在り方について、話し合ってみたいと思うのです」
穏やかな笑顔を浮かべるジリオシャクラ(そういう顔をすると、生来の美しい顔貌がよくわかる)を、ジルディンは目を見開いてまじまじと見つめつつ、震える声で訊ねた。
「………また、話す気、あるってのかよ」
「はい。私の未熟さゆえにきちんと向き合うことはできませんでしたが、あなたの告げる言葉には、確かに一面の真実がありました。あくまで真実の一面であり、万人を納得させられるものではないだろう、とも思うのですが………それについては私の言葉も同じこと。できれば、修行をし直してから、もう一度向き合ってみたいと思うのです」
「……………」
「………だめ、でしょうか。私は、儀式に断固として反対し、そのために大陸中の方々の意見すら集めてみせたあなたの心には、間違いなくひとつの気高さがある、と思ったのです。できるなら、どうか、また話し合いたいと、心より思ったのですけれど………」
「………~~~―――っ!! ぁっ………ぇと………っと………き………」
「き?」
「きっ! 気が向いたらなっ!」
叫ぶや飛翔術を発動し、すさまじい速さで街道を北へとすっ飛んでいく。ジリオシャクラは面食らってぱちぱちと目を瞬かせたが、ジルディンが礼儀知らずなことをやってのける人間だとしっかり理解している彼女は、特にそれ以上の反応はしなかった。
そんな想いをこめて、仲間からちらりちらりと意味深にぶつけられた視線に小さく首を振ってみせると、仲間たちはそろって、やれやれとばかりに肩をすくめる。
「それでは、ジリオシャクラ猊下。我々もお暇させていただきます」
「あ、はい。みなさん、本当にお世話になりました。また機会があればイシュニにいらしてください。その時にはもう私は聖女を辞しているかもしれませんが………」
「はい、機会がありましたら」
「ジリオシャクラ猊下。どうぞ、ご無理をなさいませんように。あなたがどのような決断をするにしろ、イキシュテアフ神はたぶん、その選択を尊重されると思います」
「………はい。ありがとうございます。あなたもどうか………道中、ご無事で。あなたの行く末に神のご加護がありますように」
深々と頭を下げるジリオシャクラに、こちらも深々と頭を下げる。ちらちらとまた意味深にこちらを見てくる仲間たちを睨みつけると、それぞれにふっと笑って、ロワを手招きしてきた。
「さって、んじゃまジルの奴を追っかけてやるとすっかぁ。あいつ見境なく勢い任せでかっ飛んでったから、ぜってぇこっちの位置だのなんだのって把握してねぇかんな。まぁあいつが本気になりゃいくらでも探り当てられるだろうけど、そのことすっかり忘れて大慌てしてる可能性もなきにしもあらずだしよ」
「反論できないのが悲しいところだな。さて、それじゃ僕は仲間たちの状況を常に把握しつつ、ロワに強化術式をかけつつ、魔術で飛行しつつ、全員にジルの位置を常に伝達しつつ、ロワが遅れたら機を見計らって転移させる………ぐらいかな、やることは。まぁそこそこの負担になるか」
「んじゃ、俺は飛翔術でジルに追いつくのを目指すとすっか。曲がりなりにもエベクレナさまからもらった恩寵なんだし、いっくらジルの魔力制御がすげーからって、実力で身につけてる術法に後れを取ってばかり、っつーのもなんだしな」
「………できる限り頑張って走りはするけど、その、お手柔らかに頼むぞ………」
「あ、あの、みなさん? まさか、飛翔術で飛んでいったジルさんを、走って追いかけるおつもり………」
「そんじゃ聖女さま、元気でな。あんま無理すんなよ。ジルが怒って泣きべそかくから」
「おっまえなぁ、それわざわざ口に出すかよ。っとに男心もわかんねぇ奴だなお前………あ、じゃあ俺も失礼しますんで! 今後ともごひいきに!」
「僕も失礼させていただきます。仲間の礼儀知らずな振る舞い、どうかお許しください。今後お会いすることがありましたら、その時までになんとか矯正したいと考えてはいるのですが………猊下にもご理解いただけました通り、本当に度し難い奴ですので。果たせなかったとしても、どうかご容赦いただきたく存じます。それでは」
挨拶を終えるや次々走り出したり宙に舞い上がったりと、各々の手段で移動を始める仲間たちを追いかけるべく、足に力を入れかけて、まだ言っていなかったことを思い出して振り返る。
「………そうだ。最後に、ジリオシャクラ猊下」
「は、はい。なんでしょう」
「あなたはイキシュテアフ神に愛されています。だからこそ、生きるだけでも本当に大変なこともあると思いますが………それは、あなただけじゃないので。愚痴を言いたくなったら、呼んでください。時間のある時だったら、おつきあいできると思います」
「え………?」
「うちのパーティは、ほとんどが女神に愛されてる奴らですし。俺も………まぁ一応、〝女神の巫〟とかいう二つ名をつけられるくらいには、神々についての事情を存じ上げているので。愚痴を言われても、気になりませんから」
ついでに言うなら、そういう風に気軽に話し合える相手として自分たちを認識してもらうことで、ジルディンの想いに落としどころが見つけられる可能性を残しておきたいのだ。
色恋沙汰に首を突っ込むつもりはないが………まぁ、この程度の小さなおせっかいなら、さほど問題はないだろう。
そんな気持ちで告げた言葉に、ジリオシャクラは一瞬頬を上気させ、にこっ、と嬉しげな可愛らしい笑みを浮かべて、大きくうなずいた。
「はい! また、いつか!」
端的かつ必要十分な別れの言葉に、ロワは小さく頭を下げて、ようやくジルを追って走り出す。自分の足ではたぶんイシューニェンタ聖国を出るにはまだまだ時間がかかるだろうが、そこは仲間たちが無理やりにでも自分の足を速めてくれるだろう。まぁそれでも今日中にイシューニェンタ聖国を出るというのはどうやったって無理なので、今日は野営にしろ街道筋の宿に泊まるにしろ、イシューニェンタ聖国の領土内で眠ることになるのだろうけど。
―――そして以下略。
今回は、ほぼ最初からエベクレナはゾシュキアとギシュディオンニク、さらにイキシュテアフを呼び出した。この国でのなんだかんだについて話すのなら、自分ではなくその三人がふさわしい、という考えなのだろう。
実際、呼び出された三人は、活発に、(おおむね)楽しげに言葉を交わし合っている。今回の一件におおむね満足がいっている、少なくとも致命的なまでに気に入らない結果に終わった、と考えてはいないようなので、とりあえずはほっとした。
「………確かに、さ。その、致命的なまでに気に入らない、ってとこまでは、いってない、けどさ。ぶっ殺してやるとか、そこまでは………思ってないけどさ、ゾシュキアさん怖いし。でも、不満っていうか………ムカつくとか、腹立つとか、許せないとか気に入らないとか、そういう気持ちは、すっごくあるんだけど。それわかって言ってんの、かな………?」
「わかってるに決まってるでしょう、舐めないでくださいようちの推しを! わかってるからこそわざわざ注釈立てて、あなたの気持ちについて言及してるんでしょうに!」
「まーねぇ、あたしら的にはぶっちゃけ大満足だしね~。なーんも考えてないクソガキの成長の萌芽って何度見てもたまらんわぁ~。最後までがっつりぶつかり合ってくれて、聖女ちゃんマジいい仕事してくれたわ! 大感謝!」
「やめてくださいよふざけないでくださいよ僕の聖女ちゃんをクソ汚らわしいオスガキなんぞと関わり持たせようとするとか断固拒否しますからっ!! 僕の聖女ちゃんは、あくまで、あのオスガキのクソ汚らわしいところを注意してただけ、ですから! 泣いちゃったのも、あくまで、僕のというか神の御心に自分が沿ってなかったっていう、自責の念からくるものですから! あのクソ汚オスガキとか、微塵も、これっぽっちも、僕の聖女ちゃんの心に関わったりしてませんからぁっ!!」
「わー必死ー。まー自責の念が強いってのは認めるけどさぁ、あれはフツーにジル子が他の人間とは違う特別席占めた感あったじゃん? ジル子の方も聖女ちゃんのこと、仲間たちとはまた違う特別席に座らせた感あったしさぁ。それがどーいう気持ちかとか、この先どーいう気持ちに発展してくか、みたいな無粋なことは言わないけどさぁ、事実は事実として認めた方がいいんじゃないのー?」
「認めませんっ! からっ! あくまで純粋に、少女聖職者として、悔い改めるべきクソ汚オスガキを指導してただけですからっ! 僕の聖女ちゃんを穢すようなこと言うんだったらっ、ゾシュキアさんだって全力で徹底抗戦しますからね僕っ!?」
「まーまー、イシュテさん落ち着いて。ゾっさんも、他人の地雷に突っ込むのは推し活民として厳禁でしょ? それがどんなものであれ。エゴだろうがなんだろうが、推しの子に向ける熱量高い感情を『道理に合ってないから』『事実じゃないから』って否定しちゃったら、推し活そのものに対するエネルギーも低くなっちゃうじゃないですか?」
「それはわかってるけどさー。あたしもそーいう側面がないとは言えんし。でもこいつのあからさまに現実から目ぇ逸らしてるとこが、あんまり見苦しいもんだからさー」
「それだけ好きに本気ってことでしょ? その熱量がプラスの方向に働くんなら、世界とイシュテさんの幸福につながるんだからいいじゃないですか。推し活って基本、そういうもんでしょ?」
「まーそうだけどー。っつーかさー、こっから先はロワくんに伝えずにこっそり言うけど。ロワくんも聖女ちゃんの、ジル子とはまた違う特別席に座った感あったじゃん? そこのところはどー考えてんのあんたら」
『………は?』
「うっわー、さっすがゾっさん、見えてる地雷にまで全力で突っ込みますねー」
「聞ける時に聞いとかないとね。せっかく転生したんだから、死ぬときに悔い残すのとかフツーに嫌だし」
「冗談、やめてもらえます? っていうかだとしてもなんか意味あります? それがロワくんのこれからの人生になんか関係があるとでも?」
「っていうか! そもそもの話! そんな事実微塵も存在しませんからっ! 何度も、何度も言いますけどっ! 僕の聖女ちゃんが男なんぞに関心を抱くとか、天地がひっくり返ってもないですからっ! 僕の聖女ちゃんはあくまで、清らかで、清純で、穢れなんて一mgも存在してない、この世で一番まっ白い存在なんですからねぇっ!!!」
「あの聖女の子がどうこうというのはおいておいて。そもそも、ロワくんがそんな、行きずりの女なんぞにかまけるわけないでしょ? ロワくんが関心を持ってるのは、あくまでこれからの道行きと仲間に関してだけ。これ真面目にはっきり本人が心の中で断言してますからね? あの聖女の子についての関心なんて、ジルくんとの関係でちょっと面倒かな、くらいにしか持ってないですし」
「………そこの子がどうこうとかいうのはおいておいて。そもそも僕の聖女ちゃんは、ど汚い女どもだろうと、クソ汚らわしい男どもだろうと、あくまで清らか~な視点からしか見てませんからね! あのクソガキに声をかけたのだって、僕に向けた信仰心からですし! そこの子についてだって、僕に対する誤解を解いてくれた感謝、ぐらいがせいぜいですから! 微塵も、少しも、それ以外の関心なんて持ち合わせてませんからね!」
「………聖女の子がどんな風に思おうと、ロワくんにはそもそも関わりないですからね! ロワくんってほんっとに遠慮深い人柄で、自分について他の人間が関心持っても、それは勘違いだろうって思っちゃうくらい控えめで、つつましい心の持ち主なんで! 特に女が恋愛的な関心とか持ったとしても、『それは勘違いだろうからできるだけ早く目を覚ましてもらおう』って考えて、さりげなく距離取ったり、遠回しに勘違いだって伝えたりしちゃう、そういう推す側としても心境とかこれからの人生とか心配になっちゃうくらい、自分のこと当然のように軽んじる、切なくも推せる心の持ち主なんで!」
「そこの子がたとえ口説いてきたとしても、当然のように拒否るくらい、清らかで信仰心豊かな子ですからね、僕の聖女ちゃんは! 男にも女にも優しくしますけど、それはあくまで慈愛であって、薄汚い下心とか一mgもないんで! なんでもかんでも恋愛だの性欲だのに結びつける連中とは、マジ魂のステージが違うっていうか! たとえ告白とかされたとしても、あくまで優しく誠実に、でも相手を尊重しつつもきっぱりと振る、そういうことができる子ですから! どんな時も下心持って人と接するようなドクソ汚い連中とは、真面目に同じ空気吸ってほしくないですね!」
「あーはいはい、わかったわかった。あんたらが推しの子に全力で夢見てたいってーのは死ぬほどわかったから」
「夢見るとか失礼ですね私ロワくんに関しては事実しか言ってませんけど!?」
「ぼっ、僕だって僕の聖女ちゃんはそういう子だって心の底から確信してますし!!」
「だからわかったっつーのに。あたしが言うのもなんだけどさ、目の前にいる人次元の若い子から、それこそピュアな眼差しで見つめられてるっつーのにそんな妄想口にして、恥ずかしくなんないわけ?」
『ぅぐっ………』
さっきまでゾシュキアに詰め寄っていたエベクレナとイキシュテアフが揃ってこちらを向いて呻いたので(それもなんと呻いたのかはわからないのだが)、ロワはそっと目を伏せる。なにを話しているかはまったくわからないのだが、自分の存在が神々の話し合いの邪魔になるというのは本意ではない。
「ぅぅ~~~………ぅも~~~………あーもうほんっとに私の推しってば、つつましすぎるというか謙虚すぎるというか自己の存在を軽んじすぎるというか………推せるッ!! いやそうでなく、建設的な話し合いをしましょうよみなさん、ロワくんわざわざ呼び出して話し合いしてるんですから!」
「え、建設的な議題なんてなんかあったっけ? 技術部の人らはあたしらの推し語りのデータ取りたいわけだし、こーいう風にうだうだしょーもないこと語り合うくらいしか、話すことなんてなくない?」
「そ、それはわかってますけどなんていうかこう、前に進んでる感ある話を、ロワくんを交えてしたいというか! さすがにロワくんには聞かせられない話をえんえんとし続けるというのは申し訳ないというか!」
「………じゃあ、そうですね。だったら俺、ロワくんにちょっと聞いてみたいことあるんですけど」
ギシュディオンニクが告げた言葉に、なぜか神々の間の空気がざわっと揺らめくのがわかった。
「ちょ………ギクさん、あなたなに言うつもりですか? この状況でその台詞って、嫌な予感しかしないんですけど?」
「僕の聖女ちゃんを穢すようなことは言わないでくださいねっ!? そんなことされたら僕も断固として徹底抗戦するしかないんで!」
「心配しなくていいですよ、大したことじゃないんで。………それじゃ、ロワくん。ちょっといいかな?」
「あ、はい。なんでしょう」
「聞きたいんだけど。ロワくんとしては、結局聖女………ジラ嬢と、仲間のジルくんの関係を、どういう風に思ってるのかな? なんていうか、その時その時の考えてることが読み取れるだけじゃ、理解しきれないややこしい気持ちを抱いてるみたいだったからさ」
「えっ………いえ、別にそんな大したことは考えてませんけど………」
そう答えつつも唸りながらちょっと考える。ジルディンとジリオシャクラの関係については、自分としてもややこしいものがあると思っていたことも事実なのだ。
「ええと、まず最初にあの二人が話してた時は、普通に、相性悪いなぁって思ってたんですよね。箱入りの真面目な聖女さまと、なんにも考えてないくせに人にケチをつけるのはうまいクソガキ。聖女さまがどんなに真面目に接したって、クソガキはケチをつけてまともに取り合おうとしない。聖女さまが一方的に損をする関係だろう、早めに見切りをつけてもらわなくっちゃ、って」
「ふんふん。でも、聖女ちゃんには見切りをつけてほしいのに、君たちは見切りをつけようとか思わないんだね?」
「それは、まぁ………仲間ですし。俺たちも、ジルより褒められた人格してるか、っていうとそうでもないですし。お互いさまの相見互い、わざわざ喧嘩してぶつかり合って、ジルの性格を上の立場から矯正できるほど、偉くもないよな、って思っちゃうっていうか」
「ふむふむなるほど。続けて?」
「はい………でも、その。なんていうか………ジラさんが一生懸命ジルと向き合おうとしてるのを見ていて、それからジラさんが自分の身体を傷つけて魔物を追い払うところをジルが見て、衝撃を受けるところも見ていて………ジラさんを、この人はジルを変えられる人なのかもしれない、って思うようになったんですよね」
「変えられる人。なるほど?」
「自分たちみたいに、仲間みたいに、どんな性格でも特に気にしない、っていうんじゃなく。真正面からジルと向き合おうとする意志と、ジルの性格の直した方がいいところを正面から指摘して変えようとする気概と、ジルの薄っぺらな人生経験じゃ太刀打ちできないような重い人生経験を背負うだけの心の強さと。そんなものを併せ持っている人なんてそうそういない。なんで、この人は本当にジルを変えられるのかもって思うようになったんです。ジラさんにとって迷惑なことは変わりないとは思うんですけど………たぶん、仲間たちは全員、似たようなことを考えてたんじゃないかな」
「ふむふむ。それで?」
「だから、というか。俺たちとしてはできるだけ、二人に向き合う機会をあげようって考えるようになったんです。ジルがジラさんを翻意させたいって考えてるんだったら、ジルなりのやり方でその気持ちが押し通せるように手助けする。ジルが自分の無力さに打ちひしがれて逃げ出すのなら、また向き合えるようにお膳立てをする。まぁ、単純にジラさんの信仰の在り方がイキシュテアフさまの意志とズレてたらどちらにとっても不幸だろうな、と思っておせっかいを焼いちゃったっていうのもあるんで、ジラさんに俺と話すことの方を優先された時は、正直ちょっと失敗したかな、とも思ったんですけど」
「へぇ、そうなんだ。でも別に後悔はしてなさそうだよね?」
「はい。神々との意思疎通に齟齬があるっていうのは、神々にとっても嬉しくないことでしょうし。俺で役に立てることがあるなら、力を貸したいとは普通に思いますから。まぁ、ジルは思ったより素直だったというか、ジラさんが誠実に向き合おうとするのをやめないでいてくれたおかげで、わりとあっさり機嫌が直ったみたいなんで、ほっとしましたけどね」
「ジルくんとジラちゃんが向き合う機会というか、ジルくんの気持ちに落としどころが見つかる可能性を残しておきたい、って考えてたよね?」
「あ、はい。ジルがジラさんをどう思ってるのか、ちゃんとわかってるわけじゃないんですけど、特別に思うようになった、っていうのは確かだと思うので。誰かを特別に思うっていうのは、人生が変わる第一歩ですよね? なんにも考えてない仕事嫌いのクソガキから変わる様子のなかったジルが、これをきっかけに『変わりたい』と思うようになるかもしれない。少なくとも、俺たちはジルのあんな反応を、これまでに見たことがなかった。だから、これからもジラさんとは繋がりを保っておきたいな、と思ったので」
「ふーん、ロワくん的にはそういう気持ちってだけ? なんかジラちゃんと別れる時に、なんか仲間の子たちと意味深なやり取りしてたけど?」
「意味深、というか………あいつらが、考えてることはそれぞれ違うにしろ、俺がジラさんに気持ちを向けられる、というか………好かれる、というほど強い想いではないにしろ、ジルよりも強く注目するような気持ちを抱かれていることを、冷やかすような気持ちを抱いていたのは確かなので、茶々を入れるなよ、って視線で釘を刺しただけですよ」
「へぇ、好かれたとは思ってないんだね?」
「それはもちろん。あれほど真摯に信仰に人生を捧げている人が、そう簡単に他者に特別な行為を抱くなんてありえません。仲間たちもそれはわかっていたと思いますよ。だからこそ軽く冷やかすことができたわけですし。そうでなかったら、カティならもっと荒れ狂ってますよ。いくらカティにとって女扱いする気になれない少女相手でも、将来美女になりうる女性に好かれた、ってだけで充分カティに敵意を抱かれるに足りるでしょうし」
「なるほどねぇ………よくわかったよ、ありがとう」
「いえ………」
「いやなにがわかったんよ。まぁあたし的にも妄想を掻き立てる材料になりまくるんで、公式からのこういう供給めっちゃありがたいけどさ」
「なに言ってんですか妄想とかありえないでしょ人次元側の子がはっきり僕の聖女ちゃんが特別な好意を誰かに抱くとかありえないって公言してんですよ!?」
「そうですよ現実に目を向けてくださいよご本人さまがきっぱり否定してるんですから素直にそれを受け容れるのが筋というものでしょ!?」
「あんたらにだけはそーいうこと言われたくないわ、マジで」
「ははは………ま、アレですよ。俺なりの、今回の一件での組み合わせが決まったというかなんというか」
『………はい?』
「俺的にはこうですね。クソガキくんと聖女ちゃんの男女ハイパイの、どちらにも片思いする巫くんで」
『………はあぁぁぁぁぁぁ!!?』
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ギクさん話聞いてました!? そこの子もはっきり否定してましたよね、そーいうハイパイとかの次元になるほどの強い感情なんて、自分たちの間には一切ないって!」
「やーまぁそれはそうなんですけどね。ハイパイなんて基本妄想ですし。俺的にはこの組み合わせが一番妄想を掻き立ててくれるというか」
「と、と、というかロワくんが男女の組み合わせの双方に片思いって何事ですか!? ロワくんがそんなふしだらな男子だとでも!? すぐ目の前にいるこの子のぴゅあっぴゅあな心根を垣間見た上で言ってるんですかその台詞!?」
「ぴゅあっぴゅあだからこそですよー。俺的にはこれプラトニックの極みというか、それこそピュアな気持ちから生まれた感じですからねこの組み合わせ」
「どーいう発想したらぴゅあっぴゅあな子がそーいう地獄に落とされる発想になるんです!?」
「だって、さっきまでのロワくんの言ってること思い出してくださいよ。ロワくんはあくまで、純粋に仲間の一人であるジルくんを思う気持ちからジルくんとジラちゃんを近づけて、お互いの成長のためにも向き合うように仕向けて、そのためなら徹夜してまで頑張って、神さまとも渡り合ってフォローに尽力してるんですよ? そんな風に八面六臂の働きをしながら、ジラちゃんの真摯な心根にも感じ入って、この子のためにできるだけのことをしてあげたいと考えて、全力尽くして頑張っちゃうんですよ? そんなん、妄想世界では超簡単に、『特別な好意』と読み替え可能じゃないですか?」
『…………っ!!!』
「愛する仲間のために、仲間の成長のために聖女と向かい合えるよう陰から尽力して。聖女自身の心根にも感じ入って、聖女のためにも働いて。仲間と聖女の間の距離を縮めて。その気持ちに少しも嘘はないのに、最初からそのために行動していたのに、いざ本当に仲間と聖女がくっついてしまうと、胸の中に吹く隙間風。二人の間の距離が離れれば、残念にも思うけれどもほっともしてしまう自分の心。自分自身の気持ちを後回しにして、他人のためにばかり頑張ってしまう子だから、自分の気持ちを正直に表すなんて発想がそもそもないから、形にされることなくなかったことにされて消えていく、自分自身の正直でわがままな想い。どうですか、けっこうキませんかこのシチュ!」
「た、た、確かにっ、説得力はありますけどっ………ありますけどぉ~っ………!!」
「だ、だ、だからってそんな、だからって………ぼ、ぼ、僕の気持ち的にそんな妄想許せるわけっ………!!」
「………ギっくん。まず、聞いていい?」
「はいはいどうぞ、なんですか?」
「そのハイパイでさ。ロワくんとジル子の組み合わせだと、剣盾の組み合わせ、どうなってんの?」
「んー、まぁ俺的には、ロワくんが剣でジルくんが盾ですかね? 切ない片思いが発露する時があるなら、片思いしてる方が剣でしょ普通?」
「―――わかった。じゃあ、始めようか………戦争」
その後(それまでも『まったく意味がわからない』という会話が幾度も続きはしたのだが)、神々と女神たちの会話は、ロワには『さっぱり意味がわからない』内容に終始し、時には怒鳴り時には角を突き合わせての言い合いに、ロワとしては正直ひやひやのし通しだったのだが、最終的には全員力尽き、それぞれに争いのむなしさを噛みしめている顔で散会することになったので、まったく意味がわからなかった会話なりに、やはり争いはむなしいものだという事実を再確認することになったのだった。まぁ、それがわかっていても争ってしまうというのもよくある話ではあるのだが。




