9-12 黄金の雲・5
「えーとね、本来ならホスト役はエベっちゃんなんだけど、今回はイシュテんの面識あるのあたしの方だし、イシュテんはめんどっちー性格だしで、あたしの方がホスト役やるね」
「………ゾシュキアさん………」
「なに、反論あんの? あるなら聞いてあげるよ、ほら言ってみ?」
「………いえ。いい、です」
そう言ってイキシュテアフはさらにうつむく。その厭人家の程度が垣間見れる反応に、ロワは内心イキシュテアフの心身が最後までもつのか心配になってしまったが、その辺りは神々ご自身がきちんと配慮してくださっているのだ、自分が口を出してもなんの意味もないだろう。
「えっとねー、とりあえず最初はギっくん抜きで話しましょーねってことで。っていうか、イシュテんがなによりもまずロワくんに言っとかなくちゃいけないことあるから、それだけははっきり自分の口で言っときたいそーだよ」
「え……俺に、ですか?」
「ロワくんに、っていうかロワくんを通してイシュニの聖女ちゃんに、かな。はい、イシュテんどうぞ」
「……………」
イキシュテアフはのろのろと顔を上げ、たかと思うや慌ててまたうつむいて、また顔を上げて、ということを何度かくり返したが、ロワは急かすことなく発言を待った。人見知りをする内気な相手に、てきぱきと人間関係を推し進めろ、というのがどれほど無茶な話かということくらい、さすがにロワも知っている。
無言で姿勢を変えることなくイキシュテアフを見つめることしばし。ようやく心を決めたらしいイキシュテアフは、ばっと顔を上げてきっとこちらを見つめ、どもりながら「あ、あのねっ!」と声を上げた。
「はい」
「僕………加護与えてる子に、自傷行為で魔物追っ払えとか、言ってないから………!!」
「えっ、そうなんですか」
経験上、神の意志と加護を与えている人間の行いに齟齬が生じている、という可能性は考えないでもなかったが、まさか代々加護を与えている人間を首座に就かせている宗派でもそうだったとは。さすがに驚くロワに、イキシュテアフは、内気な人間がたいていそうであるように、一度話し出すと堰を切ったように、怒濤の勢いでまくしたて始めた。
「そうなんだよ、僕あんなことしてほしいなんてまるっきり思ってないから! 普通に考えてそんなことあるわけないじゃない!? 幼い頃から加護を与えてずっと見守ってきた子がだよ、あんな命に関わりかねない自傷行為なんてして嬉しい奴いると思う!? いやそりゃいるところにはいるのかもしれないけど、僕そういう趣味ないから! 加護を与えた子は、与え終わったあとも、ずっと幸せにいてほしいって普通に思ってるから! だいぶ前から今に至るまで、ずっと続いてるあの風習見るたびに、頼むから勘弁してくれって泣きそうになってるんだからね!?」
「ですけど……それならなんで、ああいうやり方が当たり前のことになってるんです?」
「知るわけないじゃない僕が知りたいよ、なんであんな変態行為が常態になっちゃうんだよ、頭おかしいんじゃないのとしか! なんか僕の送った術法を勝手に解釈してさぁ、勝手に僕の聖女ちゃんに苦行押しつけはじめちゃってさぁ、ほんっとにこれだから宗教組織って連中は! 僕の聖女ちゃんが優しい心で清らか~に人生送ってるところに、男の勝手な理屈で面倒持ちこむ奴らとか、本気で死んでくれとしか思えないんだけど!」
「じゃあ、あの感与術っていう術法は、本来どういう使い方を想定して送られたものなんですか?」
「それはまぁ、あれだよ。怯える小動物を手に乗せて、優しい気持ちで接することで懐かせちゃうっていう、太古からの聖女ムーブを期待してだよ。他にも強大な魔物に慈愛をもって接して従えさせるとか、落ち着かせるとか………ともかくそういう感じで、あんな聖女ちゃんの柔肌に自分でざっすざす刃物突き立てさせる、なんてカルト宗教みたいな荒行、断じてさせたくないしいっつもふざけんなって思ってるんだよ僕は!」
「それなら、その事実を俺からジリオシャクラ猊下をはじめとした、神官の方々にお伝えした方がいいですか? その際に、ジリオシャクラ猊下ご自身にも、直接お言葉を賜ることができれば、より効果的だと思いますけど」
そうロワが言うや、ぎゃんぎゃんと喚き声を上げていたイキシュテアフは、唐突にぴたっと黙り込んだ。そしてさっきまでとは打って変わった、陰鬱で頼りなげな声でぼそぼそと呟きだす。
「そりゃさ………そりゃ、それがいいのかもしれないけどさ………そう簡単にいってくれたら苦労しない、っていうかさ……僕の言うことなんて、絶対まともに聞いてくれないだろうしさ………」
「いえ、神ご自身のお言葉を、ジリオシャクラ猊下のような信仰心の強い方が、無碍にするなんてことはそれこそありえないと思いますけど?」
「僕の聖女ちゃんはいいんだよ僕の聖女ちゃんは! あの子はほんっとにいい子で、優しくて可愛くてどんな相手にも親切で、それこそ男を簡単に勘違いさせちゃうくらい親切で、どんな下衆でもクズでも放り捨てにせずに、慈愛をもって接してくれるまさに天使みたいな子なんだから! そういう子だから加護与えて聖女になってもらったわけだし! ………けど、宗教組織ってさ………そういう心清い子だけじゃ回んないっていうかさ………絶対その周りを取り巻く男どもが、なんやかや横槍入れてくるだろうしさ………」
「そういう方々にも、一方的に神託を下せばいいのでは?」
「そっ………そう、では、あるんだけど。でもさ、なんていうかさ………いくら一方的だからっていってもさ、なんていうか、ああいう僕の聖女ちゃんを穢すような連中と、話するのとかさ………別に、僕が穢れるのどうのってことをいえるほど偉くないのは、わかってるつもりだけど………心と心で向き合ったせいで僕に移った穢れが、万が一にも聖女ちゃんに移ったらって思うと、二の足踏んじゃうっていうか………」
「いや、単に知らないし仲良くなりたくもない人と話すの怖いだけでしょ、あんたは」
「え、人次元の人間相手なのにですか? どんな腐れ外道だろうが、私たちみたいな曲がりなりにも神の眷族やってるの相手だったら、絶対に圧倒されまくって心の底から平伏する以外の可能性存在しないのに?」
「いや、あの、だって。僕みたいな、本来生存すべきじゃないっていうか、少なくとも神の眷族なんて代物に似つかわしくない奴だったら、その効力の効き目が落ちたりするかもしれないし……あんな連中に一歩も退いたりしたくないのに、あの連中が偉そうな態度取ったら、僕絶対びくってしちゃう自信あるし……そんな態度取ってあんな連中をつけ上がらせるのとか絶対死んでも嫌なのに、自分はそういう反応しちゃう最低のクズだって、心の底から確信できちゃうんで……」
「人次元の子に対する神次元の存在の強制的な威圧力の補正はほぼ絶対で、たとえ神託の時にどもろうがどえらい失敗しようが、人次元の子は絶対にそれも全部都合よく、神々の怒りとかなんとかカッコよく捉えてくれるから心配ない、って何度も言ってんのにね、聞きゃしないわけよ、この子」
「だっ、だって、実際にそこの、ロワくんでしたっけ、って子がいるじゃないですか。そういう前例があるのに、僕がでしゃばったせいで、僕が大したことのない存在だってイシュニ中に知れ渡っちゃって、これからの聖女ちゃんたちがめちゃくちゃ苦労する羽目になるとか、下手したら国そのものが崩壊するとか、そういうことになったらどうするんですか。自分で自分が許せませんよ絶対、そんなことになったら」
「まー確率的には否定はできないんだろうけどさ、そんな事態がほいほい転がってたら、技術部の人らがこうも苦労してデータ取りする、なんて羽目に陥るわけないでしょ?」
「起こるかもしれない可能性が1%でもあるんなら、絶対警戒すべきですよ。そんなことが起こったら、絶対僕じゃうまいこと対処できずに、クソ野郎ども調子に乗らせて聖女ちゃんたちを苦しめる、最悪の結果に直行するに決まってるんですから」
「ぁーったく、本音は単に知らない人と話すの怖い、失敗すんのヤダ、怖いことから逃げたい、ってなっさけないおくびょーもんの弱音のくせに、うまいこと本音を粉飾できる言い訳ができちゃったもんだからここぞとばかりに………」
「………なんか、ゾっさん、やけにイシュテさんに当たり強いですね。珍しくありません? ゾっさんがそういう態度取るの」
「だってあたしこの子嫌いだもん」
「ぅ、ぅ………ひどくないですかそういうこと直接言うとか、まぁ僕なんてしょせんそういう扱いされるのが相応のクズ野郎だってのは否定しませんけど、だからってゴミクズ扱いするとか普通に神経疑われると思うんですけどね、まぁあなたみたいな誰とでも仲良くなれまーすみたいなある意味人として頭おかしい人たちはそういう風に気軽に僕たちみたいなコミュニケーション弱者を蔑むもんだってのはわかってますけど………」
「だから文句があるなら、ぼそぼそ呟いてないで真正面からはっきり口にしろっての。こーいう風に、自分の弱さ武器にして、まともに人生と戦おうともせず、相手に罪悪感与えて譲歩させるっつークッソしょーもないやり方ばっかりうまい、自分で言ってるのより重篤なレベルのクズ野郎って、あたし嫌いなの」
「う、うーん……そういうことを言われると、私も正直そういうところあるタイプだって自覚あるんで、けっこう辛いものがあるんですが………」
「エベっちゃんは違うでしょ。だってエベっちゃん、コミュニケーション苦手だろうが失敗怖かろうが、自分の大切なもののためなら意地と根性絞り出して死ぬ気でなんとかしようとするじゃん?」
「え? それは、まぁ。推しのためなら私の苦痛や苦手意識なんて塵芥ですから、敵前逃亡は断固拒否ですし、死んでもなんとか成し遂げる以外の道なくなりますけども………」
「でしょ? こいつにはそーいう根性がまるっきりないわけ。あたし根性ない奴嫌いなの。普段はどれだけ弱かろうが、いざという時に歯を食いしばってもなんとかしようとする心意気がなかったら、それこそ生きてる意味なんもないじゃない。拗ねて逃げて自分のこと嫌いなくせにその気持ちと向き合おうともしないで、自分のこと棚に上げて遠くから周り責めて、責められたらぺこぺこ頭下げながら相手のこと蔑んで、なんて生き方してる奴、好きになる理由ある?」
「ぅ、うーん………そう言われると、返す言葉がなくはあるんですが………」
「ゾシュキアさま。よろしいでしょうか」
手を挙げて会話に割りこんだロワに、ゾシュキアはにやっと、不敵な感じに笑みを浮かべた。
「よろしいよ? どうぞ?」
「ゾシュキアさまも、わかってらっしゃることだとは思いますが。好き嫌いを持ち出したならば、どちらが道義的によしとされるか、ということとは関係なく、基本的な価値としては、お互いが等価ではありますよね?」
「まぁね。そういう視点から話をするならね」
「え、ど、どういうことですか?」
「ある人が好きなものも、他の誰かにとっては嫌いなものだ、っていう当たり前の話ですよ。好き嫌いっていうのはその人の個人的な感情だから、客観的な価値を評定できる基準じゃない。ある人が誰かに嫌われたとしても、それはその人に価値がない、ってことにはならない。単に、『ある人は嫌いだ』ってだけのことだ」
「ま、確かにそうはいえるよね。でも、その『嫌い』って評価を下す奴が社会の大多数を占める、ってくらいに、多くの価値観において拒否されたら、それはその社会の大多数から拒否されてる、その社会の価値観において価値がない、ってことにはならない?」
口元ににやにやと楽しげな笑みを佩きながら反論するゾシュキアに、ロワはきっぱり首を振る。
「社会の価値観ってものを個人の価値に敷衍したら、どんな方向にもろくなことにならないと思います。だって、冷徹に客観的に社会の価値観ってもので、他の誰より知ってる自分を、隅から隅まで品定めしたら、たいていの人間は価値がないって判断されるのが普通なんですから」
「えっ………そ、そう、なの、かな?」
思わずといったように言葉を漏らしたイキシュテアフに向き直り、ロワは力をこめてうなずく。
「俺はそう思います。社会の構成要員がなんとなく想像する『当たり前』ってものを、きちんとできてる人間なんて実際にはほとんどいない。たいていの人間は苦しいことから逃げて、自分の駄目なところに見ないふりをして、過去のしくじりを無理やりにでも忘れて、そうやってなんとかかんとか生きていると思うんです。そんな人間を『社会の価値』ってもので大上段からぶった切ったところで、誰も得をしない。それよりは、自分に一番甘い存在である自分の価値観で、自分にできたことを少しずつでも認める方向で考えた方が、『自分』が幸せになる分まだマシです」
「で、でもその。僕がこんな自分なせいで、迷惑をかけちゃってる人たちは確実にいるわけだし。接する人たちに、不快な思いをさせちゃうことだってあるし。そんな風に、気楽に考えちゃって、いいのかな………」
「人の迷惑を考えるのは、大事なことでごく当たり前なことでもあるでしょう。でもそれは、その人が自分一人で立てるようになってから、自分の心身の面倒を自分で看れるようになってからのことだと、俺は思います」
「ぅっ………」
「一丁前の口を叩くことができるようになるのは、自分なりに自分の傷を自分で処理できるようになってから、でしょう。………なので、こんな風に偉そうに言う資格、実際には俺にあるかっていわれると、正直自信ないんですけど………」
「あ、それ自覚あったんですね。ビュゥユの一件での、不幸スパイラル方面へ全力で突撃する思考暴走っぷり、覚えててくれてよかったです」
「………その節は、本当に、ご心配をおかけしまして………」
「いえいえ、推しに対する心配とかマジそれだけで実生活ぐっちゃぐちゃになるくらい惑乱しますけど、それもなしに推し活してるなんていえるわきゃないですから! 特に私、そうは見えないけれども実は不幸不憫哀れって系統の子に全力でキちゃう傾向があるんで、もはや推しの心配とか推し活に常についてまわってますし! ………いやまぁ推しが幸せでおいしいご飯食べて人間関係にもなんの不安もない、って状況の方が嬉しいのは確かなんですけども………」
最後の方をぼそぼそと早口で口にしてから、エベクレナはイキシュテアフに向き直り、にやっと笑って胸を張った。
「どうですかイシュテさん、うちの推しは」
「いやエベっちゃん、今別に自分の推しをアピールする場じゃないからね?」
「はっ! い、いや、わかってますよそれはもちろん! ただその、普段私身内っていうか内輪っていうか、よく見知った間柄の人としか話す機会ないですし、そういう人たちは私とわりとツボがずれてるんで、推し語りというか『うちの推しすごいでしょ~』みたいに自慢する機会がないので、つい調子に乗ってしまったというか………」
「………まぁ。いい子ですね」
イキシュテアフからぼそっ、と漏れた一言に、エベクレナは満面の笑みになって身を乗り出し、すさまじい勢いで言葉を叩きつけはじめる。
「でしょ!? でっっしょ!? もーホントにロワくんって、何気に相当不幸な生い立ちしてるんですけど、そんでそんな半生にくじけずにポジティブに生きてるわけじゃなくてしっかり影背負ってるんですけど、それでもそれに完全に打ち負かされちゃうことなく、健気に懸命に折れず曲がらず歪まずに生きてきた子なんですよ………! もう私そういうとこがホンットにマジで好きで! もうツボツボツボの大連打っていうか! あっ、なんなら過去ログ見ます? 布教用の推しどころ編集動画もありますよ? なんでしたらお勧めカプ用の布教動画とかもあるんでよろしければ! いやもちろん無理にお勧めする気はないですけども、ロワくんのこういう影を背負いながらもめちゃくちゃいい子ってとこにツボってくれたんでしたらこの動画のこのシーンとかすっごいお勧めで………!」
「エベっちゃんエベっちゃん、クールダウンクールダウン。イシュテんガチ引きしてるから。この子そういう話しにきてるわけじゃないから。あとイシュテんが少女聖職者フェチってこと忘れないであげてね?」
「はっ! す、すいません、身内以外に推しに興味を持たれるとか、私のツボと同じところに反応してくれるとか、本当ずっとなかったものでつい………!」
「ぃ………いえ」
エベクレナはぺこぺこと頭を下げるが、イキシュテアフの顔のひきつりは和らぎはしなかった。神々の一柱である御方を自分と引き比べるのは不穏当だろうが、エベクレナのこういうところを初めて見た時は自分も呆然としてしまったので、正直今の気持ちはわからないでもない。
ともあれ、今はイキシュテアフとイシューニェンタ聖国がどうかかわるかについて話すべきだろう。改めてイキシュテアフに向き直り、話しかける。
「それで、話を戻しますけども。イキシュテアフさまは、イシュニの上層部の方々とは話をしない、ということでよろしいんですよね? ジリオシャクラ猊下とは、直接お話をされますか?」
「えっ………い、いいの? 僕がその………僕の聖女ちゃんを取り巻く男連中と、話をしないでも?」
「いやだって、誰が誰と話をするか、なんて普通話す本人が決めるものですよね? 神と人っていう立場から考えても、神が神託を下す相手を選別するのは当たり前のことですし。別に問題があるわけではないのでは?」
「そ、そぅ、そっかぁ………」
「ただ、イキシュテアフさまご自身が話されるのよりは効果は薄いでしょうけど、俺の方からイキシュテアフさまのご意志をお伝えする、ということになってもよろしいんでしょうか?」
ここらへんの確認はきちんとしておかなくてはならない。なにせ、ことは一国の秘儀、一宗派の首座の在りようにもかかわる大事だ。取り扱い方を間違えれば、とんでもない結果に終わる可能性もある。
さすがにイキシュテアフもそこらへんの問題については悩みどころらしく、ロワの問いにうんうんと唸り声を上げて悩み始めた。
「ぅ、うーん………ど、どうしよう、かな。どうすればいいんだろう……なんていうか、あの蛮行っていうか変態行為にふざけんなって思ってるのは確かなんだけど。なんていうか………人次元の子たちが、自分で考えて決めた儀式って考えると、神次元の僕らが、気楽な気持ちでああだこうだ抜かしちゃうのは、すごい気が引けるっていうか………」
「あー、わかります、それ。人次元の子たちには基本的に干渉禁止、って規則をさておいとくにしても、人次元の神殿の人たちの考えることって、ガチの宗教っていうか、大真面目に修行した上であれこれ考えて思い悩んでるわけですもんね。私らの感覚からいやそりゃねーだろって思っちゃうようなことも、ああもガチで修行したり思い悩まれたりした上で決めてるって考えると、ちょっと腰引けちゃいますよね」
「ま、そこらへんは神次元のたいていの神の眷族は抱えてる葛藤だよねぇ。人次元の子たちって二次元に見えるし他人事感強いしで、軽~い気持ちで深く考えずに伝えたりやらせたりしたことが、なんかろくでもないことになったりとんでもない大事になったりで頭抱えちゃう、みたいなのもあるし」
「あ~、確かに。そういうの聞いたことあります」
「そこまでじゃなくても、たいていの神次元の子は、宗教関係にあんまり縁の深くない感じだから、人次元の子たちにガチで宗教のために命懸ける、みたいなことされたらぎょっとして大慌てすること多いしね。特に自分のせいじゃないっていったらそうなんだけど、曲がりなりにも自分に関わる、自分の名前が使われてるところでそんな真似されたら、普通の子はうろたえちゃうっしょ」
「え、そうなんですか? 宗教関係者とか一人もなし?」
「少なくともあたしの知ってる限りでは、前世で宗教関係者だったって子は一人もいないかな? まー宗教関係者が、自分が信仰の対象になるって状況を気楽~に受け止める、なんてことなかなかできないだろうしね。神さま的にそこらへんは配慮してるっつーか、今みたいな気楽にテキトーに信仰の対象やってる、って状態の方が神さま的にありがたいんでないの?」
「なるほどー………え、ええとロワくん、こういう話って耳に入れても平気ですかね? ちょっと不安になってきたんですけど、人次元で曲がりなりにも信仰の対象やってる奴が、こういう話してるのって、ロワくん的に言語道断だったりします?」
「え、いえ、そうは思わないですけど。むしろ、信仰の対象になりながら、俺たちと同じ目線で相対しようとしてくれてることに、ありがたいなって思うっていうか」
「ぉ、ぉおう………いつもながらのスパダリムーブ、というかこの場合はいい子ムーブ? ありがとうございます………素直に悶えるべきか、夢女にさせられる兆しに震えるべきか、ちょっと迷うところですけども………」
そんなことを話している間も、イキシュテアフはずっとうんうん唸りながら考えている。眉間に皺を寄せ頭を抱え、心底苦悩しているという表情で、少なくとも当分は結論が出そうにない。
答えが出るのをこのまま待ち続けてもよかったのだが、人間としては女神さまたちの時間を必要以上に浪費させるのも気が引ける。少し考えて、ロワは話の切れ間を狙って、二人の女神に話しかけた。
「エベクレナさま、ゾシュキアさま。イキシュテアフさまはずいぶんと思い悩んでいらっしゃるようなので、一度新しい人材を投入して、思考に刺激を与えてはどうでしょうか」
「え、それって……」
「あー、ギっくん呼んできたら? ってことね! 確かにいい感じの刺激剤になるかもだ。いいかな? エベっちゃん」
「え、それって私が決めることなんです?」
「ホスト役はあたしがやるけど、一応ロワくん関係の案件の、一般神の眷族側での責任者はエベっちゃんだからねー。っつか、ロワくんに関わることなのに自分が一番に関われない、っつー事態なんてヤでしょ? エベっちゃん」
「それは確かに超イヤですね! ………いやでもまぁ、基本的には技術部の人らに先に確認取ってから、でいいんじゃないですか? 基本人材の出し入れはデータの変動があるだろうからってんで、勝手にやらないよう念押しされてますし………」
そんなわけで、技術部の方々にきちんと確認を取った結果、許可はあっさりと下りた。ゾシュキアがギシュディオンニクに連絡を取り、この託宣の間に呼び寄せる。
水晶板が現れたのはゾシュキアとイキシュテアフの間辺り。いつものように爽やかな笑顔で、「ロワくん、二日ぶりだね。今日も気楽にやらせてもらうので、よろしく」と頭を下げてくる。
ロワが礼を返すのにうなずいてから、ギシュディオンニクはイキシュテアフへと向き直った。あまり自分たちの会話を意識していなかったようで、唐突に出現した他人にぎょっとした顔になるイキシュテアフに、ギシュディオンニクは笑顔で話しかける。
「はじめましてですね。俺はギシュディオンニク、人次元では試練と成長の神、って呼ばれてる神の眷族です。今日は託宣の間を出たり入ったりしながら、場の話題にあれこれ口出しする感じで参加させてもらう予定ですんで、どうぞよろしく、イキシュテアフさん」
「は………は、はぁ………」
だいぶ腰の引けた感じで一応答えを返したイキシュテアフに、ギシュディオンニクは笑顔ですすすっと顔が映っている水晶板を近づかせた。イキシュテアフはぎょっとした顔になり距離を取ろうとするが、まるで気にした風もなく、笑顔のままぐいぐい距離を詰め、あれやこれやと話しかける。
「イシュテさん、って呼んでいいんですよね? 俺のことはギクでいいですよ。なんでしたらギっくんでもギっちゃんとでも。俺初対面の人に距離詰められても全然気にならないタイプなんで」
「あ………は、はぁ………」
「ええと、イシュテさんは信仰と神事の神、ってことになってるんでしたっけ。それってやっぱりあれですかね、性癖関係からなんですかね? 確かイシュテさんって聖職者フェチなんでしたっけ? あ、美少女聖職者フェチって言った方がいいですか? でもまぁ男なんだから普通ブスフェチとかでもなけりゃ顔がいい方が好きですし、ロリ好きもぶっちゃけ性癖でいうならたしなみレベルですし、わざわざ口に出すことでもないですよね」
「あの………は、はぁ………」
「イシュテさん的には聖職者のどのへんにクるかとか、そういうのって口で説明できます? いやまぁ性癖口で説明するのって普通に無粋っていうか、口で説明したってその根っこのところは伝わらないってのはわかってるんですけど、俺わりと語るの好きな方なんで、他の人の性癖語りとか聞くのも大好きなんですよねー」
「えと………は、はぁ………」
「だって好きって気持ちを全力でぶつけられるのって、気持ちよくないですか? 自分とは全然関係ない、想像したこともないような『好き』でも、好きっていうエネルギーの人を幸せにするパワーってのは変わんないですし、自分はこれのこんなとこが好きなんだー、これでこんなに幸せになれてるんだー、っていう語り浴びせられるのって、幸せのおすそ分けもらう感じで、こっちまで幸せな気分になっちゃいません?」
「あ………それは、ちょっと………わかるかも、です」
「でっすよねー。好きとか幸せって気持ちのエネルギーって、基本誰も不幸にしないとこがいいですよね。まぁ伝わり方の加減とか、受け取る側の調子とかでストレスを与えちゃうことはありますけど、基本的には歪んだりしてなければ周りの人もなんかいい気分になるじゃないですか。だから俺、好きなもの語られんのも、好きなこと語れる人も大好きなんですよねー」
「そ、そう………なんですか」
「はい! じゃあそういうことで、いっちょ性癖語りしてみてくれませんか? もう俺に布教して落とす勢いで、ガンガン語っちゃってくださいよ!」
「え、ええと………その………じゃあ、少しだけ………」
「………すいません、ゾっさん。私、その………こういう視点をリアルに持ちこむのって大厳禁だってわかってますし、同好の士の方々を貶めないためにも、こういう視点はあくまで創作物の範囲にとどめておくべきだ、という鉄則は重々承知しているつもりなんですけれども………その、これって、なんというか………」
「あー、ギっくん本人の言によると、別にそーいうことじゃないらしいよ? ギっくんってさ、穏やかないい子を指導して服従させるのが好きとか言ってたじゃん? 友達関係にもそーいう傾向があるっていうかさ、内気な相手をどんどんリードして頼ってもらうのが好きなんだってさ。別に本気で服従させたいわけじゃないけど、上の立場で頼ってくる相手を世話してあげる、っていうのがギっくん的に一番心地いい友人関係なんだって。だから内気な子を見ると、ついついぐいぐい距離詰めがちになる、とかなんとか」
「いや、その………別にそういう傾向を否定するわけじゃないですけど………なんていうか、その、それ………だいぶあれじゃありません?」
「まぁねぇ。でもまーどっかの誰かも友情は恋愛の一形態だ、とか言ってたし。どういう友人関係を築くかなんて、当人同士の好き好きだしねぇ。それにギっくん距離はぐいぐい詰めるけど、相手が本気で嫌がる前にさっと退く、みたいなのもうまいし。嫌がる子を追い回すような真似もしてないしさ。聞く限りでは友達とちゃんと仲良くやってるみたいだから、いーんじゃない?」
「………まぁ、そうですね。相談されてもないのに、犯罪とか悪意とかの絡まない他人の人間関係に口出しするとか、不毛の極みですしド失礼ですしね。温かく見守るのが一番ですよね………それに正直、見てる分にはけっこう楽しいですし………」
「そうなんだよねぇ。別に本気でそっち系の視点発動させてるわけじゃないけど、見てる分には普通に顔ニヤったりするぐらいには楽しいよね。まぁ楽しませてもらってる分、トラブルやらぶつかり合いやらが起こらないように、温かく注意深く見守るぐらいのことはさせてもらうって感じでいっかな?」
「はい」
なにやら小声でぽそぽそと話していたエベクレナとゾシュキアは、事態を静観することにしたようで、積極的に話しかけるギシュディオンニクと、それにぽつぽつと答えるイキシュテアフの会話をじっと見守り始める。
ロワも神々の会話を邪魔してはいけないだろう、とそれにならうことにしたのだが、ちらちらとエベクレナたちの様子をうかがっていると、唐突ににっと笑みを浮かべたり、さっとさりげなく顔をそらしたり、口元を隠したり、なんてことをすることがあったので、この男性神二人の会話にそんなに面白いことがあるのかな? と内心首を傾げることがしばしばだった(二人の会話はロワには途中から『なにを言っているのかさっぱりわからない』としか感じ取れなくなってしまったので)。




