9-11 黄金の雲・4
「納得いかねぇ……」
ぼそりとうめいたカティフに、ロワは改めて頭を下げる。
「悪かった。……でも、あの場合ああでも言わないとこちらの面子が立たなかったのも確かだろ? ジルが課された仕事を放り出して逃げ出しちゃったんだしさ」
「まーなぁ。一度請けた仕事はきっちりやらねぇと、冒険者失格の烙印押されるよな」
「あの状況で、ジルの居場所を探して連れ戻す、というのはさすがに難しかっただろうし。失態を挽回する策は必要だっただろう。……まぁ、そんな雑事に神々を関わらせる、なんて真似をしていいのかは激しく疑問ではあるが、イキシュテアフ神が代々加護を与え続けている聖女の問題だ。おうかがいを立てることくらいは許されると……いやどうかな。そもそもそんな考え方自体が不敬と言われると反論できないな……」
ヒュノとネーツェも、夕食を並べた卓の両脇から、食べる合間に援護射撃をしてくれたが、カティフはきっぱり首を振る。
「そういう話じゃねぇよ。ロワ、てめぇ、最初っからああいう話にもってくつもりだっただろうが? 神さまに直接おうかがいを立てるっつぅ話を聖女さまにして、ジルのしくじりを許してもらおうっつぅ風によ」
「……最初からあの話をすることを考えてたのはその通りだよ。ただ、俺なりに機をうかがっていたというか、俺の申し出をジラさんが受け容れてくれる頃合いに話がしたかったんだ。ことによると、最後までその機会が訪れなかったかもしれないから……」
「機会がなかったらなかったで、お前ぜってぇ無理やりにでも作っただろ。お前はそういう奴だ。やるって決めたことは意地でも、卑怯な手も反則技もなんでも使ってやってのけようとしやがる」
「あー、それはなー、確かに。ロワって基本、やるって決めたことやるのに手段選ばねぇよなー」
「一応これまでは、それが物事を丸く収めるのに都合がよかったから、なんとかなっているが。少しはその体当たり精神をなんとかした方がいいと思うぞ。お前の話術が通じる相手ばかりじゃないんだからな」
今度はカティフの方について援護射撃をしてくる二人に、なんと答えていいかわからず頭を掻きながらも、カティフに向き直り答えた。
「それは、否定はできないけど。最初はあの考え通りにやっていいのか、不遜じゃないか、ジラさんを納得させられないんじゃないか、とかもそれなりに考えてたし。昨晩からの仕事をしてた時に、ちょっとずつ決意が固まっていったっていうか。話した方がいい、って思い決めることができたのなんて、ジルが大陸中の人の想いを伝えた時の、ジラさんの反応を見てから、ってくらいの頃合いで……」
「だっからな! そういう風に勢い任せの思いつきで突っ走るな、っつってんだよ! お前なりにいけるって思ったからやってんのはわかるけどな、俺らパーティだろうが! 一人で独走されたら全員に迷惑がかかんだろが! なんかでかい行動起こす時にはな、その前に俺らにちゃんと言え! 相談しろ! 報告連絡相談は冒険者としてのみならず、人間社会で生きてくためには必須、ってお前も冒険者ギルドの講習で習っただろうがよ!」
ロワはうぐっと言葉に詰まる。確かにそう言われると、自分の行動には非難されるべきところしかない。ロワとしてもこの機を逃せばあとはない、と考えたから無理やりあの提案をねじこんだわけで、報告連絡相談をしている余裕がなかったというのも正直な気持ちではあるのだが、大きな行動を起こす可能性があるのなら、あらかじめきちんと仲間と話し合っておくべきだ、という叱責には、それこそ反論の余地がなかったのだ。
「………そうだよな。ごめん、俺が悪かった。今後はそんな真似をしないように、ちゃんと事前に話し合いをするように、心がける」
「っとに気をつけろよ、お前。これだけ言っても、お前ぜってぇ似たようなことまたやりやがるからな。話し合いをしている余裕がなかった、あの機を逃せばあとがなかった、とか抜かして」
うぐぐっ、と再度言葉に詰まった。しっかり内心を見抜かれた上で、『いい結果に終わるんだったらまぁ許してやるから気をつけるぐらいのことはしろ』と、許容しつつ注意喚起されている。さすがというか、久々にカティフの年長者としての指導力を垣間見せられた感じだ。
「っつかな。二日この街で足止めってだけでも嫌だったのに、仕事のせいで三日足止めされることになって、さらにもう一日だぞ!? ふっざけてんのかよ本気で! ぶっちゃけお前殴り倒して泣き喚くぐらいのことは許されるだろこれ! てめぇ俺がどんだけさっさと娼館行きてぇかわかってやってんのかあぁん!!?」
「………ごめん。というか……そんなにさっさと娼館に行きたいんなら、この前ユディタに向かう途中に通った街まで、ジルに転移してもらえばいいんじゃないのか? 大陸を事実上半分横断してるわけだし、噂が届いてない街や国だって普通にあっただろ?」
「あー、それ駄目だったんだわ。っつか、半分はカティが嫌がったっつーか」
「? どういう意味だ?」
「基本、ゾヌから転移術師が簡単に転移で行き来できるような場所は、もうわりとゾヌから噂が流れてしまっていてな。まぁ、ゾヌとは交易関係で密接に繋がっている場所になるわけだから、当たり前だが。ジルが風で軽く街中の噂を探ってみた限りでは、もう娼館の方にもだいぶしっかり噂が流されているようで……もう童貞だからと娼館に断られるのはいやだ、とカティが主張してな……」
「しょうがねぇだろいい年こいて未経験を強いられてきた男の心がどれだけ繊細かわかってねぇのかてめぇ! そんで、そこまで噂の流れてねぇとこは流れてねぇとこで、街中が貧乏たらしかったし……!」
「なにせ東部に近づいていく旅、というか移動だったわけだからな。いくら転移術者のいる大きな街から街へ移動していったとはいえ、ゾヌの娼館を見慣れたカティからすると、ジルの術式で容貌を見つめて回った限りでは、お気に召さない女性ばかりだったんだそうだ」
「しょぉっがねぇだろ初体験だぞっ、別に一生の思い出になんぞと女の子みてぇなことはいわねぇけどよ、ゾヌの娼館に断られたからあんな程度の店で満足してんのかぁ、みてぇなこと抜かされたくねぇだろうが! ゾヌの楼主連中見返すぐらいの女買いてぇだろうが! そりゃ贅沢言ってる余裕あったらさっさとヤりたいくらいのこたぁ思うけどよっ、通った街の娼婦連中、どいつもこいつもクソ外れだったんだからしょおっがねぇだろうがよっ! あんな女で初体験すますとか、女ってもんにもう夢が見れなくなっちまいそうだったんだよぉぉぉ………!」
小声で器用に喚き散らし、がっくりとくずおれてすすり泣くカティフ。女性が聞いたら相当優しい人でも軽蔑の眼差しを向けるだろう、男の我欲に満ちた身勝手な台詞ではあるが、さっきまで真っ当に説教されていた関係上、ちょっと文句はつけにくい。
ロワはため息をついてから、卓についていながらさっきからずっと黙りこんで、ぷいっと仲間たちに背を向けている少年に声をかける。
「で、ジル。お前は明日、ついてくるつもりはあるのか?」
「…………俺一緒に行ったって、意味ねーじゃん」
ぼそっと、こちらに背を向けながら、拗ねまくった言葉を吐いてくる。ジルディンにしては、相当に珍しい反応ではあった。
「ふーん。ま、行きたくねーってんならいいけどよ」
「いや、そうもいかないだろう。明日の仕事の責任者はロワということになるんだろうが、それはジルが仕事を途中で投げ出した、というしくじりの責任を取るための代案なんだからな。前任者のしくじりを許してもらうための仕事に、前任者が頭を下げに行かない、なんて話はありえない」
「俺、行かねーもん。ぜってー行かねーもん。俺が行ったって、なんかの役に立つわけじゃねーし。だってのにあんなとこ行って、よってたかってえらそーなこと言われながらがんばったって、どーせまた俺のやったこと意味ねーって話になんだもん。そんなのやだもん。やってらんねーもん」
「ジル、お前な………」
曲がりなりにも仕事をして生計を立てている人間としては、言語道断としかいいようのない台詞だが、そんなことをいまさらジルディンに言ったところで納得させられるわけもない。どう説得するか、と考えはじめたネーツェにちらりと視線を送ってから、ロワはジルディンに向けて告げた。
「明日俺がやる仕事には、ジルがいてくれた方がいい。いや、ジルがいてくれないと困る。ジルがいないと、まともに仕事が終えられない」
「……………」
「そーなんか?」
「お前、なにか腹積もりを隠してでもいるのか? どうしてそういうことになる」
「どうしてもなにも。この仕事は、ジラさまが最初にジルに持ちかけた、『ジルへの教誨』って仕事の続きだからだよ。仕事の最終目標は、『ジラさまの納得』なんだ。ジラさまが納得してくれるんなら、ジルの存在は別に必要ない、っていえなくもないけど………最初の『これがしたい』って持ちかけてきた仕事にまともな決着がついてないのに、心の底から納得してくれる人って、そんなにいないだろ?」
『…………あっ』
「考えてみりゃ、そりゃそーだな。いっくらロワが頑張って助けたって、決着がつかねぇまんまじゃすっきりしねぇに決まってるわ」
「神ご自身からのご託宣、という反則技にもほどがある超絶的経験ができるなら、些事にそれほどこだわる人はいないだろう、というつもりでいたが………顧客の満足度をより高めることを考えれば、最初の仕事にもそれなりに決着がついた方がいいに決まってるな、確かに」
「どうすんだ、ジル? お前がいねぇと仕事がちゃんと終わらねぇ、ってことになっちまったぜ?」
「…………、だけど、俺がいたってさ。あの女、ぜってー納得とかしやがらねーもん。なんかわけのわかんねーこと、えらそーに勝手に言って、俺のいうことぜんぜんきかねーもん。そんなの………」
「いやお前、依頼人にいちいちいうこと聞かせてぇのかよ? そんなんばかばかしくねーか? 会う奴会う奴にいちいちいうこと聞かなきゃダメだ、なんて思うとかさ。他人が自分のいうこと全部聞いてくれるなんぞ、そうそう起こるこっちゃねーだろ?」
「そうだな、甘えているにもほどがある、としか言いようがない。お前の納得と依頼人の納得は別だ。そして僕たちは、依頼人に納得してもらって、金を払ってもらうことで生計を立てている冒険者だ。曲がりなりにも冒険者として生きる以上、自分の感情にかまけて仕事を中途半端に放り出す、なんて許されることじゃない」
「………ま、俺に言わせりゃ、自分の納得ってもんもそれなりに大事にしとかねぇと、人生もたねぇと思うけどな。っつぅか、お前だってあの聖女さまに、それなりに未練あんだろ? ジル」
「みれんって……なんだよ」
「自分なりにやった仕事がうまくいかなかったからって理由で今放り出すと、あとあと『もっとあの時納得いくまでやっときゃよかった』って思いそうってことだよ」
「……………」
カティフの言った言葉に反論したそうに口を開くものの、結局なんといえばいいかわからずに黙り込んでしまう。そんな、ジルディンにしてはめったにないほどに屈託を持て余している様子に、仲間たちはそれぞれに肩をすくめながらも、ちろりとロワに視線をやってきたので、小さくうなずいて告げた。
「ジル。俺の仕事にはお前が必要だし、お前もジラさまとの決着をつけたそうだし。明日は一緒に来る、ってことでいいんだよな?」
「………けど、俺………」
「明日の仕事がちゃんとうまくいけば、だけど。お前にとっても、それなりに納得のいく終わり方になると思うし」
「えっ………」
目を見開いてこちらを振り向くジルディンを、静かに見返す。……まぁ、正直なところをいうと、その目算は今夜の神々との邂逅の結果次第でどうとでも変わってしまうものなので、はなはだあてにならない代物であるのも確かなのだが、それを今言ったところでなんの役にも立たない。
それからロワなりの目算というものについてしばし聞き取ったのち、ジルディンは相変わらずの仏頂面ながらも、明日も一緒にジリオシャクラの私室へと向かうことに同意した。
―――そして気がつくと、神の世界以下略。
二日ぶりに会うエベクレナは、まばゆい雲の上でいつも通りに輝いていたが、その表情は前回同様重苦しげだった。やはりジリオシャクラとジルディンの関わりが負担をかけているんだろうな、と思うと申し訳ない気持ちにもなったが、エベクレナご自身からそのことに関しては気にしないでほしい、と言われている。
蒸し返してもエベクレナの負担にしかならないだろう、とあえて表情については言及せず、雲の上から下りてくるエベクレナに向けて頭を下げた。
「すいません、エベクレナさま。突然で申し訳ないんですけど……ゾシュキアさまに、お願いをさせていただいてもいいでしょうか? 人間が女神さまにお願いをしてほしいと頼むなんて、分不相応だということはわかってますので、もちろんご迷惑でなければの話なんですけど………」
「………いえ、気にしないでいいです。ロワくんにもわかってもらえてる通り、今日も私とゾっさん、ロワくんたちの状況しっかり鑑賞させていただいてましたんで。どういうお願いしたいかもちゃんと伝わってますから………ゾっさん的にも超OKって感じの話だったんで、もうイキシュテアフさんの方にも話通してあるそうです」
「そうですか。ゾシュキアさまにも、イキシュテアフさまにも、お礼を申し上げなくちゃならないですね」
「いえ、あの、それは本当気にしないでいいそうです。イキシュテアフさん的にも、今回の一件は、聖女さん自身に、伝言形式とはいえ言葉を伝えられるめったにない機会だって思ってるらしいんで。ゾっさんから聞いた話ですけど。というか、イキシュテアフさんって、だいぶ人見知りするタイプなんで、初対面の人次元の存在……というのはおいといても、若い子と真正面から話するってのがだいぶしんどいんだそうで、できれば会話は最低限にしたいし、お礼とか言われてもなんて返せばいいかわかんないし、そーいうの頼むから勘弁してっていうのが正直な気持ちなんだそうなので」
「そ、そうですか………」
そこまで人見知りをする神というのは、これまで会ったことがなかったので、ロワは戸惑い気味にうなずいた。人と神という、それこそ次元の違う存在相手に、そこまで気後れする必要など微塵もないだろうと思うのだが、少なくとも人間の場合は、強烈な人見知りというのは、それこそ幼児と相対する時にも重圧を感じてしまう質であることは知っていたので、その言い分は無神経なものでしかないのだろう。
「ええとそれだと、俺はあまりイキシュテアフさまに直接話しかけたりしない方がいいですかね?」
「はい、そうですね。できればそうしてほしいそうです。ただその、イキシュテアフさんとしても、なんとしても言いたいことがいくつかあるそうなので、その話をする時は真正面から遠慮なく言葉を交わしてくれてかまわない、だそうです。……というか一応、この場は技術部の人たち主導のデータ収集の場なので、最後までまるで会話を交わさない、なんていうのはありえないってことで、あれこれ指導されたあげくそういうことになったらしいんですけどね」
「なるほど………その技術部の方々にとっては、今回の一件はあまり歓迎できない、ってことなんでしょうか?」
「いえ、その、前回と前々回ではあんまり目立った、というかこれまでとそれほど変わらないデータしか取れなかったので、状況を変えてみるのはアリかも、ってことでわりと歓迎されたみたいです。ただその、ギクさんが……今回の一件にはぶっちゃけ全然関係ない人なんですけど、データ収集的に活用したいってことで、出たり入ったりというか、消えたり現れたりをくり返すことになるそうで。落ち着かなくてすいません」
「いえ、それは全然………」
確かに、ギシュディオンニクは今回の一件にはまるで関係のない神だ。立場としては野次馬のようなものになってしまう。だが神々ご自身が納得された上でのことなら文句をつける気はないし、これまで見てきたギシュディオンニクは冷静で会話術に長けた方のようだったから、場を掻きまわすことはあっても邪魔をすることはあるまい。
「ええと、それじゃあの、始めてしまってよろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします」
ロワがぺこりと頭を下げる、や自分とエベクレナの間に、いつもと同じ、お茶とお茶菓子を乗せた優雅な卓が現れる。その左右に二つ水晶の窓が出現し、くるりと微妙にこちらの方を向いた。
「二日ぶりー。今日も気楽に喋らせてもらうんで、よろろー」
「………いえ、あの、ゾシュキアさん。お願いしますって、言いましたよね、僕………」
「あー心配しないでいーって、わかってるわかってる。そのへんはちゃんと塩梅してあげっからさ」
「お願いしますよ。冗談ごとじゃないですよ、真面目に………」
こちらに水晶板を向けながらも、ロワから微妙に視線をそらしつつゾシュキアにそう告げた男性神は、陰気を絵に描いたような風貌をしていた。伏し目がちで、肌は病的に白く、伸ばし放題にした鳥の巣のような印象の髪と、常にうつむいているような首の角度が、厭人家であることを如実に伝えてくる。
だが同時に、その姿は、心弱い者なら惑乱させてしまうだろうほどの不思議な美しさを有していた。厭人家が時に有する病的な妖しい美しさを振りまきながら、同時に髪の狭間から垣間見える悲しげな色を宿した瞳は清廉な気配をたたえ、彼のこれまでの清らかで誠実な生き様を如実に伝えてくる。
そんな相反した気配と美貌を有する、不思議な雰囲気の男性神。それがイキシュテアフという神であるようだった。
「…………………」
「はーい、イシュテん、逃げないでねー。言わなきゃいけないことあるんでしょ? ちゃんとやるって決めたんでしょ? だったらちょっと顔のことあれこれ言われたくらいで逃げない逃げない」
「いや、でも、気持ちわかりますよ……神の眷族になって、超絶美貌与えられたのって、基本嬉しいは嬉しいんですけど、だからって自分のことこんな風に超絶美人みたいに心の中で思われると、誰のこと言ってんのみたいな気分になるというか、申し訳ないというかいたたまれないというかな気持ちになりますよねぇ……」




