9-8 灰色の聖女・2
「てゆっかさー、あんた、ウザすぎねー? ちょっと気に入らない奴がいるからって、わざわざ金と権力使ってなんとか自分の気に入るよーにしてやろー、とかさー。世の中のこと、全部自分の思いどーりにしなくちゃ気がすまねーわけ? ごーまんにもほどがあんじゃん。頭どーかしてんじゃねーの?」
「私は……! そんな、そんな気持ちで、あなたを引き留めているわけではありません。ただ、あなたの在り方が、曲がりなりにも神から加護を得た人間として、あまりにひどすぎる、自分勝手すぎるというだけで……!」
「だっから、自分勝手なのはあんたのほーだろっつーの。人の生き方にあれ駄目これ駄目って口出せるくらい、あんた偉いわけ? たまたま神さまから加護もらっただけの人間のくせに? よくそんなめーわくなこと思いこめるよなー。ちょっとは身のほどっつーやつ考えたらどーなんだって感じ」
「っ……私は、それは、たまたま我が神イキシュテアフに加護をいただいただけの無力な人間なのかもしれませんが、それでも正すべきことを正さないことの方が、人として、神の信徒としてあらざるべきと……!」
「だっからさー、その正すとかなんとかいうその上から目線がクッソうっとーしーんだってーの。自分のことすんげー偉いすごいすばらしー人間だって思ってんだろ? 世界で自分が一番偉い、すごい、優れてる、なんてーアッホみてーな勘違いしちゃってんだろ? そーでなかったらそーいう、自分が当たり前みてーに上だー、みてーな態度取れねーもんな」
「私は、そんな……!」
「え、そーいうんじゃなくてそーいう、アホほどうっとーしー上から目線なわけ? じゃーぜんっぜん自覚なしでとーぜんみてーに自分は上、自分は偉いって思いこんでんだ。うっわ、気持ち悪……そんなんで他人のここがダメここが間違ってるって抜かしていいとか本気で思ってんのかよ。本気で頭どーかしてんじゃねーの?」
「………っ!!」
ジリオシャクラとジルディンの会談(というか罵り合いというか一方的な口撃というか)二日目。今回も、ジリオシャクラはジルディンにほぼ言われっぱなしだった。
涙目になりながらも懸命に、自分の良心と信仰心に恥じることのないよう『正しく』ジルディンを教誨しようとするジリオシャクラの姿は、たいていの人間が同情心を抱くだろうほど健気さに溢れたものだったが、基本的に他者に『優しくしてあげよう』などという殊勝なことを考える習慣のないジルディンは、微塵も心を揺らがせることなく、ずけずけつけつけと一方的に言いたいことを言っては、ジリオシャクラを何度も『視察』送りにしていた。
その言いたい放題っぷりに、基本的に女性には優しくしようとする(ただし、ほとんどの場合相手の望む優しさにはならない)カティフなどはさすがに少々まずいと思ったらしく、なにか言いたげに口元をもにょもにょさせたりもしているのだが、ジリオシャクラというひとつの信仰の頂点ともいえる存在の前で差し出口を叩くような真似はしづらいようで、口を開こうとはしていない。
他者への優しさというものの持ち合わせのなさについてはジルディンとどっこいのヒュノと、ここで口を出しても自分たちの不利益にしかならないだろう、と考えているネーツェもそれと同様。
基本的にはネーツェと似たようなことを考えているロワも、それと同じだ。
ここまで一方的に、自分勝手な理屈で言いたい放題するジルディンを見ると、さすがに口を挟んだ方がいい気はするのだが、昨日ゾシュキアとギシュディオンニクの話を聞いた身としてはそれもはばかられる。お二方とも、ジルディンとジリオシャクラが真っ向からぶつかり合うことを是としていたようだし。
神々のご意向に配慮して行動を定めるのはそれこそ神々の意思に反している、ということは理解したつもりではあるのだが、単純に、『嫌悪感・拒否感を抱いていない』『自分より上の立場』である相手の欲求に、あえて逆らうという真似は普通にやりにくい。ロワ自身、『口出ししない』という方針が基本的には最善だろう、と考えているのでなおさらだ。
そんなこんなで、もうそろそろ今日十回目の『視察』行きになるかな、と自分たちが(罪悪感を抱きつつも、他にすることもないので、術法や魔力制御の鍛錬をしつつ)見守りながら予測し始めた頃。ふいに忙しなく扉が開かれ、神官が一人足早に入ってきた。そしてジリオシャクラに数語、早口で耳打ちする。
とたん、今にも泣きそうだったジリオシャクラは、ばっと顔を上げて立ち上がった。その顔はさっきまでの、クソガキにいじめられて半泣きだった少女のものとは打って変わって、厳しく、鋭く――使命感に満ちている。
ロワは思わず、ぎゅっと眉を寄せた。事情はさっぱりわからないが、少女がそんな顔をしなければならない事態が起こっているというのなら、それはもうろくでもない状況に陥る気しかしない。
そんなロワの慨嘆には、当然ながら気づくことなく、ジリオシャクラはジルディンに向き直って凛とした声を張り上げた。
「申し訳ありませんが、せねばならぬことができましたので。今日はここまでということに」
「え、もう帰っていーの?」
「お待ちください、我らが聖女よ。よい機会です、我らが聖女の為すことを、こちらの方々にもごらんいただいてはいかがでしょうか」
「え……」
戸惑ったような顔になるジリオシャクラに、神官たちは口々に言い募る。
「よい提案かと存じます。我らが聖女の為すことの尊さを知れば、心持つ人ならば誰であろうとも、自身の行いを省みずにはいられぬでしょうから」
「自身の愚かさ、醜さを自覚せぬ者には、正しい心を持って道を説くことよりも、我らが聖女の至尊なる行いをもって目を覚まさせるべきかと」
「それをもってしても行いを改めることのないほどの愚者ならば、これはもはや人と呼ぶに値しませぬ。言葉ではなく、鞭をもって相対するのが正しきやりようかと存じます」
「差し出すぎですぞ、各々がた。我らが聖女の行いについて指図しようなどとは、僭越がすぎましょう……ですが、我らが聖女の行いを見せるべきとの言については、私も賛成いたします。我らが聖女のご意思を尊ぶべき、そしてそのご意志を貫く障害となる些事を排すべきイシューニェンタ神官の一人として」
「…………」
ジリオシャクラは少し悩むように眉を寄せたが、結局しばしの逡巡ののちにうなずいた。
「わかりました。みなさん、ご足労をおかけしますが、少々お時間をいただいてもよろしいですか? 私の聖女としてのお役目を、一度ごらんいただきたいのです」
「えー、めんどっくさ……」
ジルディンは耳をほじりながら、いつものように無駄に正直に素直な心情をぶちまけてみせたが、ここ数日同じことをくり返しているのでさすがに学習したようで、ネーツェが肘打ちするよりも早く、眉を寄せながらも諾の答えを返す。
「けどまぁ、どーせこれもついてかねーとあとで叱られたり文句つけられたりすんだろ? そっちのがよっぽどめんどっちーもんな。だったらしょーがねーから、ついてくよ。ぶっちゃけめんどっくさくてやってらんねーけど」
「………、ありがとう、ございます」
自分の願いを聞き届けてくれた相手に頭を下げない、というのが礼儀的に許容できなかったからだろう、ジリオシャクラはきちんと頭を下げて礼を言ったが、内心では相当に、ジルディンの何倍も鬱屈を貯めているようだった。
それはまぁ今そうして頭を下げられても、恐れ入る様子どころか意に介した風も見せず、どうでもよさそうに聞き流し、心底面倒くさそうな表情で不本意だという感情を周囲にまき散らす、そんなクソガキに頭を下げるというのは、どれほど人間ができた人でも普通にイヤだろう。背後に控えた神官たちも、殺意に満ちた視線を憎悪に満ちた表情でばしばしとこちらに叩きつけてきている。
ただこちらとしては、どれだけ申し訳ないと思っても、行動を正すことを求められている相手がジルディンである以上、どうにも修正のしようがない。頭を下げたい気持ちはあったが、自分たちが平身低頭しようと、相手の憤懣が治まることはないだろう。立ち上がるジルのあとについて、無言のままジリオシャクラたちのあとを追った。
* * *
魔物の群れ。そう称するしかない代物が、眼下に広がっていた。都市のならいとして、イシュニゥアンテの周囲はそこそこ開けているが、その開けた部分を埋め尽くす――とはいかないまでも、ぱっと城壁の周囲を見回した時にだいたい魔物の姿しか目に入らないぐらいの数の魔物が、人間が通り抜けるのはちょっと難しいぐらいに密集して、イシュニゥアンテの城壁の間近にたむろしている。
単一種の魔物ばかりというわけではなく、おおむね肉食の魔物が五、六種ぐらいはいるだろう。それがぱっと見のべ数百頭。アーィェネオソク平野の常として、一頭一頭がかなり大きいので、相当な迫力だ。
城壁の周りがすべて埋め尽くされているというわけではなく、自分たちのいる近辺、街の北東にある城壁の周囲に集まっているだけのようなのだが、それでもここまでの数の魔物が集まっていては、街に出入りしようとする商人たちが怖気づかない方がおかしいだろう。
「……魔物の暴走? なのかよ、これ?」
「いや、これは、その前段階というところだな。数はそれなりにいるが、周りの動くものすべてに突撃するような攻撃性がない……まぁ、このまま放置していれば、ほどなく暴走を引き起こすのは間違いないだろうが」
そんな光景を、イシュニゥアンテの北東部分の城壁の上から眺めつつ、そんな会話を交わすジルディンとネーツェに(のみならず仲間である自分たちにも)、刺すような視線が投げかけられる。視線の主は、ジリオシャクラの周囲を護るように固める、高位聖職者であるだろう面々と、護衛役なのだろう、武装した側近たちだ。
彼らは、ジリオシャクラのあとについてここまでやってきた自分たちに、文句をつける気はないようだったが、存在を許容する気もないらしい。周囲すべてから殺意を叩きつけられて、ロワは正直少し気分が悪くなってきたのだが、ジルディンは意に介した様子もない。
そして、普段はそういうことをわりと気にする方であるネーツェも、眼下に広がる魔物たちの群れに気を取られているのだろう、気にした様子もなく、厳しい面持ちでジリオシャクラに告げた。
「ジリオシャクラ猊下。むろんご承知のこととは思いますが、ここまではっきりと魔物の暴走の兆候が表れたというのは、僥倖以外の何物でもありません。一刻も早く冒険者のパーティを雇えるだけ雇い、魔物の間引きをするべきでしょう。攻撃性の発露がない状態で、これほどの数の魔物が人里近くまで現れるなどという、めったにない幸運が訪れてくれたのです。座視したまま機を逃すなんて馬鹿な真似をするなど―――、?」
ネーツェは、そこまで言うと、いぶかしげに眉を寄せ、ジリオシャクラの周囲を取り巻く聖職者たちを見回した。彼らは(全員男性だった)、高位聖職者たちも、護衛役なのだろう神官戦士たちも、揃ってネーツェの言葉に笑みを――優越感たっぷりの、無知な子供を笑う大人の笑み(そんな笑みを浮かべる者が真に大人と呼べるのかはさておいて)を浮かべていたのだ。
「……僕は、なにかおかしなことを言いましたか? 魔物の状態がここまでに至った以上、人的被害を防ぐ気があるなら、一刻も早く手を打つべきでしょう」
「〝調魔絶賢〟どの」
「………はい?」
ネーツェとしては『え、なにそれ、もしかして僕の二つ名? 聞いたことないんだけど?』という想いをこめての問いかけとして漏れた言葉だったが、聖職者たちは単に応えとして受け取ったらしく、口元に笑みをたたえながら次々にネーツェに向けて告げる。
「あなたは賢者と呼ぶにふさわしい知性をお持ちの方とうかがいましたが。どうやら、我らイシューニェンタの誇る、聖女さまの御力については、詳しいことをご存知ではないらしい」
「まぁ、我らがあえて聖女さまの御力を喧伝することのないようつとめていることもあるのでしょうが。イキシュテアフさまより加護を授かりし、我らが聖女の御力のすばらしさを理解できぬ、哀れな方々が世に数多おられることは残念ながら否定できぬ事実ですからな」
「ですが、曲がりなりにも一国の英雄と扱われるほどの方々が、道理をそのような人々と同程度にしかわきまえておられぬということは、普通に考えてありえぬこと。そこはあなた方を信じさせていただきますが、どうかその信頼を裏切ることのなきようお願いいたしますぞ」
「いや……信頼もなにも、ジリオシャクラ猊下の御力というものについてなにも存じ上げない以上、なんとも申し上げられませんが。それでも、いささか不穏なおっしゃりようではありませんか? フェド大陸の一般常識から、かけ離れたことをする、というように聞こえるのですが?」
「イキシュテアフさまより加護を授かりし、貴き聖女のなさることです。人の常識で量れる道理などございますまい」
「いや、ですから……」
「申し訳ありませぬが、しばしお静まりを。これより、我らが聖女さまがその御力を振るわれます」
しずしずと頭を下げられたのち、ジリオシャクラに向き直って、半ば平伏するように頭を下げる聖職者たちに、とりあえずネーツェは口を閉じ、ジリオシャクラのすることを見守る態勢に入ったようだった。他の仲間たちもそれに倣う。
ジルディンは心底面倒くさそうというか、まるで興味はなさそうだったが、よそ見をしていてあとでなんやかや言われる方が面倒、という程度の予測はできたのだろう、自分たちと同様にジリオシャクラに視線を向ける。
その場にいる者たち全員の視線を受け、ジリオシャクラは数度深呼吸をしたのち、呪文を唱え始めた。
「〝我が神よ。我が祈りをお聞き届けください。天地にただお一方、殺すことでなく、生かすことで、世界の理を巡らせることを肯んずるお方よ〟」
ジリオシャクラが身体の中で魔力を循環させ、強化して、魔物たちに向け投げかけていく。その力と精度は、さすが加護を与えられた人間というべきか、ロワなどとは比べ物にならない段階、と言っていい。
ただ、魔力の気配をまるで隠すことをしていないせいか、魔物たちの中には何体も、警戒態勢に入った個体がいた。だからころロワ程度の力でもジリオシャクラの発揮した魔力が読み取れたわけだが、普通の攻撃術式を使うのだとしたら、教師に落第点をつけられてもおかしくないやり方だ。
もちろん、ただ攻撃術式を使う、なんて話のわけはないのだろうが。『殺すことでなく、生かすことで』なんて呪文を唱えていたし。どういう術式を使うつもりかは知らないが――と、そこまで考えて、気づいた。
この術式は、わかる。詳しい術式を知っているわけじゃないが、理解できる。ロワが、起きている間はずっと、できる限り発動させ続けている術法と、酷似した力だ。
「〝命あるものの理への悲嘆を。悲痛を喰らう者たちへの哀憐を。世の始まりより当然のこととされ、どうにもならぬことと諦められてきた、数多の悲痛を。我が苦痛によりて、わずかなりとも贖うことをお許しください。我が神よ、どうか、この祈りに、祝福を――――〟」
その言葉と共に、術式は発動した。ジリオシャクラから投げかけられていた魔力は、術式として形を成して魔物たちを捕らえ、影響下に落としこむ。
―――それとほぼ同時に、ジリオシャクラは、隣にいた神官から差し出された短剣をしゅっと抜き、自分の胸に突き刺した。
『――――!』
「なっ………!」
仲間たちが愕然とするのを完全に無視し、ジリオシャクラはざすっ、ざすざすっ、と幾度も幾度も短剣を自分に突き立てる。胸に、腹に、足に、腕に。当然ながら傷がつき血が噴き出すが、周りの神官たちはその姿をじっと見つめるだけでほとんど反応すらしない。
「ちょ……おいっ、なにやってんだよっ!」
ジルディンが慌てて叫ぶも、神官たちも、ジリオシャクラも、その声を完全に黙殺した。ジルディンが業を煮やして、「〝祈癒――〟」と癒しの呪文を唱えかかった――とたん、神官たちは揃ってばっと立ち上がり、素早い動きで協力してジルディンを取り囲み、羽交い絞めにして無理やり口を閉ざす。
「ぶっ、なっ……」
「お静かに。我らが聖女の邪魔をなさるおつもりならば、我らとしても黙っているわけにはまいりませぬ」
「いかに女神よりご加護を賜った方といえど、これは我らが聖女の貴き秘蹟。妨げることはいかなる神も許されぬでしょう」
「なに言ってんだ意味わっかんねぇよ! 自分の身体傷つけんのの、なにが偉いってんだよっ!」
『秘蹟』という言葉の意味もわからない子供の発言とはいえ、発言の内容自体はごく真っ当だ。だが神官たちはまるで心を動かされた様子もなく、重々しい面持ちで、頑固にきっぱり首を振る。
「『自分の身体を傷つける』、それこそが我らが神、イキシュテアフが聖女に賜りたもうた秘蹟なのです」
「この世でただお一方、イシューニェンタの聖女にしか許されぬ秘蹟。本来人の身では振るうことができぬほどに、並外れて強力な感与術」
「か、感与術……?」
「自身の感じたことを、対象に強制的に強烈に共感させる術法です」
「今、眼前に集いし魔物たちは、我らが聖女がご自身の身に刻まれた痛みを、聖女ご自身よりも強烈に感じているはず。人間を喰らうべく集ったこの地で恐るべき痛みを味わわされたことにより、この魔物たちは人を襲うことそのものを恐れ、厭うようになるのです」
「のみならず、心が弱ることで生殖の衝動も薄れ、さらにその心魂の衰弱は他の魔物たちにも伝播するため、魔物の増殖をほぼ完全に押さえこむことが可能となります」
「この世でただお一方、イキシュテアフさまの加護を受けた聖女が、イキシュテアフさまの祝福に満ちたこの地、イシューニェンタのみで行うことを可能とする奇跡。それを妨げる者は、まさに神敵としか申しようはありますまい」
そんなことを話している間にも、ジリオシャクラは幾度も刃を自分に突き立てている。肌を斬り裂くのみならず、肉を貫き、血管を切断し、突き立った刃を体内でぐりぐりと動かして傷を深めてすらいるようで、灰色の法衣は赤黒く地で染まり、ずたずたに斬り裂かれてもうぼろぼろだ。
それ以上に、ジリオシャクラが感じている痛みは尋常ではない。ぐっと唇を噛みしめているだけで、叫び声すらあげていないのが信じられないほどだ。おそらく幾度もくり返していることではあるのだろうが――いや、幾度もこんなことをくり返しているからこそ、ジリオシャクラの精神力が異様なほどのものであるのがわかってしまう。
のみならず、流れ出た血液の量も、もう少しで生命に危険が及ぶほどの量になっている。周囲の神官たちについても、ジリオシャクラについても、思考や感情がある程度読み取れるので、できる限り見守る態勢でいようと考えているロワですらもひやひやしているのだ。ネーツェに強制されて、ある程度の医学の知識を頭に叩刻みこまれているジルディンにとっては、それこそ信じられない愚行と映るのだろう。ぎっと神官たちを睨みつけ、罵り同然の勢いで言葉を叩きつける。
「ばっっかじゃねぇの!? んなことしてなんになるわけ!? 魔物に襲われないようにするために、暴走を防ぐために、自殺みてーな真似してるわけ!? そんなんやってなんの得があるってんだよっ、普通に冒険者雇って魔物間引きすればいいだけだろ!?」
「あなた方のような、魔物を殺すことを生業とする方々には、それが正しい理屈であるのは承知しています」
「ですが、世の中には、そうして失われる魔物たちの命を、『当然のこと』と肯んずることをよしとしない方々もおられるのです。我らが神イキシュテアフさまや、我らが聖女のように」
「はぁ!? なんだよそれ意味わっかんねー……! よしとしないもなにも、魔物っつーのは間引きするもんだろ!? そうでないと魔物にとってだって面倒なことになんだろ!? それなのにきっちり殺さないで、勝手な理屈で勝手なことして、自分いいことしてる、みてーに思いこんでんのかよ、バッカじゃねーの!?」
喚き暴れるジルディンを、神官たちは顔色を変えてぎっと殺意と憎悪を込めて睨みつけ、押さえつけはじめた。殴りつけたりはしていないものの、それに近い勢いで押さえつけ、ついには縄を取り出して縛り上げすらする。
「あなたはどうやら、我らが聖女のお志の尊さについてまるで理解できぬお方のようですな」
「この世の条理の無残さを悲しむイキシュテアフさまのご慈悲も、我らが聖女の慈愛も、おもんばかることも感謝することもできぬとは」
「そのような愚者というも生易しい、醜悪な心の持ち主などが、我らが聖女の御前に侍るなど、イキシュテアフさまもお許しにはなりますまい」
「む、ぐっ……! ぶはっ、はなっ、むぐー!」
自分たちが見守る先で、ジルディンは見る間に簀巻きにされ、階下に運ばれていく。その間にジリオシャクラは儀式――自傷を終えたようだった。
眼下の魔物たちが吠え声を発することすらなく、静かに街の近辺から退いていく。それを見届けるや、ずっと必死に気を張っていたのだろう、ジリオシャクラはふらりとよろめいて、背後の神官たちに慌てて支えられ、的確に治療の処置を受けていく。
きちんと治療術式を施され、ジリオシャクラの傷は跡も残さず消えたものの、まともに喋れるほどには意識も回復していないようで、ぐったりと身体を神官たちにもたせかけている。
当然ながら神官たちは彼女の介護を最優先問題と考えたらしく、小声で口早に今後の処置を話し合いながら、階下へと降りていく。ジルディンの運ばれた階下とは別の扉を使ったのは、単純に聖女が通る扉は常に格式が最上位のものでなければならないというこの国の不文律のせいもあるだろうが、今ちょうど城壁へ上る扉の外へ叩き出されたジルディンから、できるだけ聖女さまを遠ざけたいという気持ちもあるのだろう。ともあれ、自分たちを残して、イシューニェンタ側の人間は誰一人いなくなってしまった。
ロワたちにしてみれば、パーティが分断されたわけでもなし、取り立てて文句をつける気はないが。宗教国家のトップに対して言いたい放題のジルディンが死ぬほど無礼なのはまごうことなき事実であるにしろ、一応そのトップから依頼を請けた立場の人間に対する態度としては、神官たちにも遺漏がないとは言い難い感じになってしまった。ロワとしてはできる限りジリオシャクラ側の言い分に無条件降伏するつもりだったので、あまり嬉しくない話なのだが。
「なー、今ジルの奴なにやってんの?」
「城壁の外へ叩き出されて喚いてる。ただまぁこれは、ジルなりに猊下の行いに衝撃を受けて、その事実を直視したくないから見境なく反発してる感じだな」
「ふーん……」
「とりあえず……ジルが牢獄にぶち込まれてるとか、袋叩きにされてるとか、喚くジルを小突き回してるとか、そういうのはねぇんだな?」
「ああ。完全黙殺の構えだ」
ジルディン――というか、パーティ内の人間はそれぞれ、状況を確認できるよう、複数の術式で追尾しているネーツェの言葉に、全員やれやれという顔で肩をすくめた。
術法で状況は常に確認できているし、いつでも術式を使えば合流できる。ジルディンが暴走すればすぐに割って入れるよう、入念に準備もしている。
それならば、なんらかの術法による妨害がない以上、パーティが分断されたという事態にはあたらないし、騒ぐほどのことでもない。ジルディンをやっきになって教育してくれるというならそれはそれでありがたい。
そんな気持ちでジルディンが簀巻きにされて運び出されるのを座視していた仲間たちは、あてが外れた、というような顔をしていた。
「……ならしゃぁねぇ、ジルの奴をとっとと迎えに行ってやるとすっか」
「このまま放っておいても、ジルがろくなことをしないのはほぼ確実だしな。しかたあるまい」
仲間たちはそれぞれ面倒くさそうな、興味のまるでなさそうな顔でうなずきあって、さっさとジルのいる階下へ続く階段へと向かった。




