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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第九章 聖国の灰聖女
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9-5 黄金の雲・2

「ま、そんなこんなで場も程よく温まったところで」


「いやなんか私的に真面目に聞き捨てならないことばっか言われた気しかしないんですけど!?」


「そろそろ人次元にんじげんの推しについての話に移ろっか。具体的にいうと、ジル子に女子が急接近! 的な話について」


「………あぁ~………」


 エベクレナは眉を寄せ、難しい顔つきで黙り込む。予想しないではなかったが、この話題はどうやらエベクレナには相当に不快な話のようだった。


「あー、エベクレナさんって、推しに女子が近づくのイヤな人なんですね。いかにもそれっぽい感じだなーとは思ってましたけど」


「……そうですけど、いけませんか? それであなたになにか迷惑おかけしました?」


「いーえー、いいんじゃないですか? 推しに自分の妄想押しつけてる感はありますけど、それで相手の人生になにか影響及ぼそうってんじゃないんだったら別に問題ないでしょ」


「えっ……」


「俺だって推してる子と女子がくっつくとか、なんかモヤっとしますしね。まぁ、エベクレナさんたちみたいに吐き気がするほどイヤとか錯乱するほどイヤってわけじゃないですけど」


「わ、私だって別にいつもいつも錯乱してるわけじゃないんですが!? と、というか、ですね。ギクさんの推しって、どういうタイプなんですか? なんというか……『ピーッ!』生えたらアウトっていうんだったら、本当に少年時代の、ごく短い期間しか推せませんよね?」


「あーはい、俺の加護ってわりとそういう感じですねー。というかですね、俺が信仰されてる地域って、フェド大陸の北東の端っこ辺りがメインでして……気候は寒く、食料は少なく、一歩間違えれば餓死者出まくりな地域なんですよ。なんで、俺の加護や恩寵はだいぶ重宝されてるというか……」


「と、いうと……?」


「俺が加護や恩寵を与える時にはですね、まず真っ先に貯養術っていう術法を与えるんです。これ、要するに、栄養の吸収率をめっちゃよくする術法でして。たとえ毎日の食事がろくに与えられなくとも、ほぼ確実にデブれるようになる代物なんです」


「ぉ、ぉう……そ、そう、ですか」


「で、貯養術の中には、他者に蓄えた栄養を効率よく与えられる、っていう術式もありまして。それを活用すれば、ぶっちゃけ、恩寵を与えただけの子でも、一人で村ひとつを充分養えるぐらいにはなるんですよ。本来ならさして腹の足しにならない食事から、数千%全開で栄養を吸収して、それを周囲に分配する形でね」


「な、なるほど……」


「ちなみに、俺の加護や恩寵を与えられた子は、俺から試練を与えられた、っていう風にその辺りでは扱われてます。栄養の出し入れって、身体的に負担っていうか、体力相当削られるんですよね、ほとんどの子にとって。でも俺の加護っていうバックアップがついてる貯養術を使える子っていうのは、俺の信仰が広がってる辺りではそれこそ神の恵みです。少ない食料でもたくさんの人間を生き延びさせられる。なんで、俺の加護を与えられた子は、ばくばく食料食わされて太らされて、周囲に栄養配らせられる、そういうしんどいことをやらされざるをえなくなってくるわけです」


「そ、そうなりますよね……」


「まーある意味家畜扱いされるわけですが、そういう心身ともにつらい試練を乗り越えた子は、大きく成長できるようになってるんですよ。俺の加護的にもそうなってますし、貯養術にそもそも、栄養の出し入れで成長ホルモン等々の身体を強くする要素を産み出して、それを肉体の中に蓄えて、時期が来たら消費して身体を大きく成長させる、っていう要素が含まれてるんです。加護を与えた子は、それに加えて心魂を成長させるエネルギーも魂の内に蓄えさせられるわけですけど」


「そ、そうなんですか」


「試練と成長の神の面目躍如ってやつですね。俺はそういう風に、少年期のほんの数年の間だけ試練という形で加護を与えて、その数年を乗り越えた子を大きく成長させる、ってことを信仰が広がってる地域で手広くやってる神の眷族なんです」


「は、ははぁ……そう、なんですか……」


「なんで、俺の加護っていうのは、この子可愛いなー、太らせたいなー、泣かせたいなー、って思った子に何人も同時進行で与えて、太った男の子が俺の試練で泣いたり苦しんでるところを見て悦って、成長期が来て俺の守備範囲を脱する時が来たら、これまでのお礼に心身ともに大きく強く成長させて、強くたくましい、その地域内でリーダー的な扱いされるような男にしてやる。そういう感じですかね」


「ちなみにギっくんの加護や恩寵が男の子にしか与えられないせいで、その辺りでは男女差別っていうか、『男と女の仕事は違うもの』っていう意識がすっごい強いんだよね。今のフェド大陸って基本、文明社会では男女同権って考え方が一般的だけど、それに全力で背を向けてるっていうか」


「えぇぇ……なんていうか、それ、ゾっさん的には大丈夫なんですか。ゾっさんってそういうの、すごく嫌いな人でしょ?」


「まぁねぇ。けどまー、その辺りは文明国って誇れるほど豊かな地域じゃないのも確かだし、もう千年ぐらいギっくんのそーいう加護の元に社会が回ってるしさ。そうなるのもやむなしかなっていうか……正直ギっくんが加護で創り出した社会っつーかその中で生きる少年たちっつーか、そこらへんのエロさにだいぶお世話になってるんで、文句をつけるのも悪いかなと思っちゃうというか……」


「うっ……しょ、正直気持ちわかる……いや、ギクさんの男の子たちは私の守備範囲からだいぶ外れてますけど、本来の倫理観からすると絶対に許せないような作品でも、エロ的に楽しませてもらっちゃってるから文句つけづらい、って気持ちはすごいわかります……。性癖と倫理は別の問題として扱ってほしいですよね、真面目な話!?」


「だよねぇ! 実際に存在する子たちについては理性と倫理で対処するけど、あたしらの夢想というか妄想に関してまで文句をつけないでくれと申し上げたい! あたしら別に実際に存在する子たちをどうこうしようってんじゃないんだからさー!」


「え、いえ待ってくださいゾっさん、ギクさんの加護とか恩寵とかって、だいぶ実際に存在してる子たちを性癖でどうこうしてる部類に入ってしまうのでは……?」


「いやいや、それはちょっと待ってくださいエベさん。俺の加護とか恩寵とかは、真面目に、あの一帯では神の恩寵で、実際に使える実用品なんです。使う時に心身に苦痛を感じるというデメリットがあるからこそ、術法のコストを稼いで、貯養術のとんでもない栄養吸収率が実現できたわけで、俺なりにあの一帯に必要なものを考えた結果なんですよこれも!」


「そ、そう……なんですか?」


「そうです! 単にあくまでついでに、同時に俺の趣味も満たさせてもらってるだけで。そのおかげで俺のストレスが軽減して仕事の能率もよくなるんですから、効率から考えたらベストの手でしょ? 俺の趣味につき合わせてるわけじゃなくて、実用性を突き詰めた結果、俺の趣味も同時に満たせるようになった、ってことなんですから!」


「ぅ、うーん……そう言われると確かに、そう、なんですかね……?」


「そうです! それにねエベさん、俺の真っ当な倫理からすれば後ろ指をさされるような、実行したら犯罪確定、みたいな性癖を、『あくまで効率を突き詰めた結果』『やむをえず』『人倫にもとることなく』ある程度満たすことができる俺の加護って、そっち系の性癖の持ち主からすればある意味救いの手なんですよ? 鬼子母神のザクロの実じゃないですけど、自分の劣情をだましだましコントロールしてごまかしてかないと、社会の一員として認められないような性癖の持ち主には、そーいうちょっとでも衝動を発散できる代替物って必要だと思いません?」


「う……そ、それは、確かに。推し活にもそういう一面はありますし……」


「でしょでしょ。それに実際、俺の加護があの一帯で失われる命を大幅に減らしてるのも、間違いのない事実なわけですし。なんで俺は誰はばかることなく、俺のしてることは倫理的に正しいと断言できますよ! あくまで効率的な慈善活動のついでに、衝動を発散させてもらってるだけなんで!」


「そ、そこまで自信をもって断言しちゃうのもどうなんですかね?」


「……で、そろそろ話、元に戻していい?」


「あっ! す、すいません、そうでしたね。ジルくんに女子が急接近、っていう話をするところだったんですよね! すいません水差しちゃって!」


「ええと……ジルに近づいた女子、って、あのイシュニの聖女のジラさまのことですよね? なにか、彼女が、エベクレナさまたちの気に入らないことでもしたんですか?」


 ロワが発したその問いに、その場の空気は数瞬冷えた。エベクレナがじろりとゾシュキアを睨み据え、ぶつぶつとなにやら意味のわからない言葉を発する。


「ゾっさん……あなた、またフィルターかけずに会話してたんですね? 初対面のギクさんでも、こちらが念押しした甲斐あってちゃんと全会話にフィルターかけてくれているというのに……」


「ちゃんと際どい話題出てる時はフィルターかけてたじゃん。まぁそもそもあんまり喋ってなかったけどさ」


「あっ! も、もしかしてゾっさん、こっそりロワくんと文字チャットしてたりしました!? 私がホスト役としての仕事を必死に果たそうとしてる時に……!」


「ま、ロワくんが退屈しない程度にね。何度も言ってるけど……」


「わかってますよゾっさんの言いたいことは! 呼びつけておきながら無視して意味のわかんないおしゃべりばっかされてるロワくんが気の毒だって主張は! 推しを放置とかそんなありえなすぎる所業の罪過は、やってる私自身が死ぬほどわかってるんですよ真面目に! でもしょうがないじゃないですかっ、これお仕事なんだから! どんだけ不本意でもこれ私がメインの案件で、ホスト役を任されてるのも私なんですよ!? どんだけうまく会話する自信がなくても、実際にうまく会話できてなくても、やらざるをえないんですよ! できるもんなら私だって……」


「だからあたしがそこらへんフォローしてあげてるってだけじゃん。文句言われる筋合いも、卑下される必要もなくない?」


「ぐぬぬぬっ……そ、その余裕っぷりが憎らしい……私だって推しの前で余裕満点で大人っぽく振舞って尊敬の目で見られたいのに……!」


「はいはい、わかったわかった。そろそろ話題戻さないとロワくんがかわいそーだよー? せっかく話題に参加しようと質問してくれてるってのにさ」


「ぐむむむー! ……ええと、ですね、ロワくん。今回はあくまでジルくんについてのことなので、私はそこまで深刻にとらえてはいないんですが……」


「え、でもエベクレナさま、以前『俺たちの視界に女性が入るだけで嫌』みたいな感じのこと言ってませんでしたか? だから今回もそういう感じなのかと……」


「ぐっ……実際に言ったかどうかはさておくとして、そういう感じの気持ちは実際に私の中にありますが……」


「だからまぁ、たぶんあの程度の接触でもエベクレナさまはいやがるだろうなとは思ったんですが、その中でも特にジラさまを嫌う理由があるんなら教えていただきたいな、と思ったんですが。いかがでしょう?」


「ぬっ、ぐっ……で、ですから私としては、ジルくん担じゃない以上、口出しとか文句とかできるだけしないよう心がけていてですね……」


「あ、あたしとしては別に現状に文句とかないよ? あたし普通に男女もイケる人だし。推しが幸せに人生をまっとうしてくれるなら、くっつく相手にこだわりないから。まぁ、ここまでずっと男同士でイチャイチャしてくれてた以上、もうちょっと男関係で妄想楽しませてくれないかなって気持ちもあるけど?」


「? はぁ……」


 ゾシュキアがなにを言っているのか(後半部分はいつものように『何を言っているのかまるでわからない』という状態に陥ったし)いまひとつピンとこなかったのだが、つまりゾシュキアはこれまで会ってきた女神さまたちの中では珍しく、女性が加護を与えている人間に近づくのを忌避しない方なのだ、ということはわかった。


「……ゾっさんのそーいうところは、ホントうらやましいですよね……雑食の人って本当に、どんな状況でも楽しんでそのシチュをしゃぶりつくせるから……今回のシチュも、普通に楽しめたんでしょ?」


「あったりきよぉ、だってジル子の人生に初めて女子が入ってきたんだよ? 真っ向からジル子の誤謬に指突きつけて否定してきてるんだよ? そんなもんお祭り状態でしょ普通に! ことによるとジル子の初恋的なイベントあるかも、って思ったらもうわっくわくっていうか!」


「た、楽しんでるだろうなとは思ってましたけどそこまで喜びますか……本当に、雑食の人ってどんなシチュにも対応してきますね……」


「だってさぁ! 普通に燃えるシチュでしょ、これまで基本与えられたものにあぐらかいてテキトーに怠け虫やってたジル子が、ある意味フェド大陸の信仰のトップとバチバチとか! イシュテんの加護の与え方やら、イシュニって国の在り方やら、そういうのってジル子の世界にはこれまで存在しなかったもんだしねぇ……推しが新たな世界を開いてくれるかもって思ったら、もう燃えない方が嘘じゃない?」


「そ、そう言われるとそうかもなという気はするんですけど。でもですね、私みたいなタイプからすると、そういうシチュって地雷を踏まれる予感しかしないというか……これまでひそやかに大切に育ててきた妄想を、土足で踏みにじられて否定される気しかしなくて、勘弁してくれと喚きたくなっちゃうんですよ。……まぁこれまでのつきあいで、お互いのそこらへんのスタンスは把握してますけども」


「ゾっさんとエベさんってホント仲いいんですね。何転刻(ビジン)くらいつきあってるんですか?」


「ええと……だいたい七百転刻(ビジン)くらいですかねぇ。私がこっちにきて、百転刻(ビジン)くらいずっと一人で他人と個人的な関係を結ばない生活してた頃に、たまたま同じ地域の担当になって、ゾっさんの方から声をかけてくれて……」


「あー、ゾっさんってそういうタイプですよね。一人でいる子見ると積極的に声をかけにいくタイプ。まぁそっから先仲良くなれるかどうかは、本気で遠慮ないというか、すごい自分の気持ちに正直ですけど」


「よせやい、照れるぜ」


「それあんまり褒めてない時に言う感じの台詞じゃないです?」


「……ま、それはさておくとしてさ。あたし的には、これからの展開ガチで期待してるわけよ。聖別された無菌室みたいな世界でひたすらに清い心を育ててきた聖女ちゃんと、自分が問題児だってことにすら無自覚なダメっ子神の寵児。そんなんもうマリアージュを期待しないわけないじゃん?」


「まぁ……言いたいことは、わかりますけど」


 神々の会話が一段落したようなので、そこでロワは口を挟んだ。時々『なにを言っているのかさっぱりわからない』としか思えない部分もあるものの、漏れ聞こえてきた言葉から今回の一件に対するゾシュキアの考え方はわかったし、とりあえず安心もした。そして、それならば、できるだけ聞いておきたい情報もあったのだ。


「じゃあ、ゾシュキアさまとしては、ジルがジラさまと喧嘩することになっても、全然問題ないんですね。……イキシュテアフさまの方は、どうなんでしょう?」


「んー、そーだね。ここに来る前にちょっと話したんだけどさぁ……」


「え……もしかして、もうお知り合いでした?」


「うん。あたしわりと顔広いから。……んでまぁ、イシュテんの方としては、もちろんまずはなによりも人次元にんじげんの存在にあれこれ自分の感情を押しつけない、っていう大前提があるんだけど、それはそれとしてシンプルに心情で言うと、『殺すぞテメェ』みたいな感じっぽかったかな」


「そ、そうですか……」


 直截かつ不穏な言葉にロワの顔は思わずひきつったが、ゾシュキアはそんなロワの反応など歯牙にもかけずに言葉を続ける。


「まぁ、イシュテんはさー、聖職者フェチ……清く正しい、真面目に信仰に向き合う聖職者(ただし少女に限る)が好きな人だからさ。ジル子みたいな奴は、本当にどこもかしこも気に障るところしかない、って感じなのね、もともと」


「そ、そうなんですね」


 ところどころで唐突に『なにを言っているのかさっぱりわからない』状態になるのが気になったが、おおむねイキシュテアフという神について想像していた通りの言葉に、とりあえずうなずきを返す。


「それがこれまで大事に大事に育ててきた聖女ちゃんに接近するとか、聖女ちゃんが穢れる! 寄るな触るな視界に入るな! って喚き倒す勢いになるでしょ。まーイシュテんって基本良識と常識はある方なんで、あからさまにはしなかったけどさ」


「それでも、内心の気持ちを正直に言えば、ジルみたいな奴が聖女さまに近づくなんて断固として許したくない、ってことなんですね……」


 ロワは明日からの仕事の厄介さに、思わずずぅんと気分を重くする。イキシュテアフの怒りを買わないためにはできる限りジルとジラを近づけないようにしなければならず、かといってジラのあの剣幕では、ジルが本気で反省して性格改造に乗り出しでもしない限り、依頼を取り下げることはないだろう。どうしたものか、とため息をつくと、ゾシュキアが真面目な表情で首を振った。


「ロワくん、それは違うよ。ダメだよ。そういう風な考え方で人次元にんじげんの問題に対処するとか、しちゃダメだよ」


「えっ……」


「何度も言ってるでしょ、あたしら神次元しんじげんの存在は、人次元にんじげんに恣意的に関わることを禁じられてるの。どんなにしたいって思ったって許されないしできないの。それなのに、あたしらの心情おもんばかって人次元にんじげんの問題をどうするか考える、っておかしいでしょ? その結果その問題がどんなに厄介なことになったって、あたしらは絶対助けの手を差し伸べられないんだからさ」


「そ……れはそう、かもしれないですけど。でも、神々のご意思は世界そのものに影響を及ぼしているわけですし、『神々は敬い崇めるもの』って一般常識からしても、できる限りご意思に配慮するのは当然なのでは? 特に今回は、イキシュテアフさまに加護を与えられて、その託宣を受けることができる方が関わっているわけですし」


「いいえ、ロワくん。それは違います」


 エベクレナも厳しい表情で口を挟んでくる。普段ロワと話している時には見せない、鋭く凛とした、剣と戦の女神にふさわしい面持ちだ。


「私、イシュテさんって方のこと、話で聞いたことしかないですから、その人格をどうこう言える立場じゃまるっきりないですけど。それでも、その方がまっとうに神の眷族をやっているのなら、これだけははっきり、きっぱり言えます。――人次元にんじげんが、自分の要求に応じて、自分の願いに従って変容するところを見たいなんて、思ってるわけがありません」


「えっ……でも、ジルをジラさまに近づけたくない、って思ってらっしゃるわけですよね……?」


「欲求はありますよ。不満もあります。なんでこんな展開になるんだふざけんな責任者出てこい! って気持ちになることたびたびです。でもね、だからって私たちの……神の世界を受け取る側の存在である私たちの、歪んだり後ろ暗かったりもする欲望に応えるために、神や人次元にんじげんの子が選択を変えてしまったら……そんなんもう原作レイプじゃないですか!!!」


 力と気迫を込めて、全力で言い切るエベクレナに、ロワは思わず気圧されて固まった。だがエベクレナの方はそれを気遣う余裕もないらしく、いつものように目を据え髪を振り乱し、ずだだだだと喚き散らす。


「曲がりなりにもファンを、推し活するぐらいがっつりとやってる奴が、絶対に断じて死んでもやっちゃならないことでしょそれ! ファンの要求の、欲望のためになにより愛する作品世界が歪められちゃうんですよ? そんなん他のファンに申し訳なさすぎますし、なにより自分の手で愛する人を殺すのと同じような大罪ですよそれ! もし自分のせいで作品世界が歪められて、これ以上愛することができなくなったらどうするんですか!? 悪夢どころの騒ぎじゃないですよ!」


「は、はぁ……」


「これまでそんな例がいくつあったと思います? 創造主が社会の圧力でファンに媚びた作品を作らざるをえなくなったことに端を発する作品の終末が! 作品を創造主が自らの意志で殺すんですよ、その苦痛と絶望いかばかりか……! 曲がりなりにもファンを名乗るなら、創造主に心安らかに、思うままに作品をはばたかせていってほしいと願うのは当然でしょ!? それを理解せずに、自分たちの感性に媚びた展開になってくれるのを喜ぶ連中とか、真面目にぶっ殺としか言いようないんですけど!」


「お、落ち着いてください……」


「もしそんな輩なんだとしたらそんなクソどもの思惑なんて気にする必要皆無ですし、ちゃんとした人なんだったらロワくんたちはロワくんたちの意志にのみ従うべき、と心の底から思ってるはずです! どっちにしろ、神の眷族の欲望や感情に配慮という名の媚を売る必要なんてなし! 私は曲がりなりにも神を崇める者として、断固としてそう主張させてもらいますよ!!」


「は、はぁ……わかり、ました……」


 とにかくこの状況でエベクレナに逆らっても意味がない、ということは心の底から理解して、ロワはこくこくとうなずく。そんな自分の脇で、身を乗り出してまくしたてるエベクレナを見下ろしつつ、ギシュディオンニクがくすりと笑い声を立てた。


「エベさんって、なんていうか……面白い人ですね」


「すいませんねぇ変な女で、でも私一応推し活民としての心得を大真面目に説いてるつもりなんですが!?」


「あぁ、別に言ってることがおかしいとか思ってるわけじゃないです。なんていうかリアクションとかが、可愛い感じに面白いなぁと」


「……いや、あの……ギクさんに他意がないということは理解しているつもりではあるんですが、その、やめてもらえませんかそういう、口説き言葉と取れなくもないような台詞……。私、本当にそっち系の免疫皆無なんで……」


「すぐ勘違いしちゃうかもしれない、みたいな感じですか?」


「いえ、あの、プレッシャーで気持ち悪くなります。自分なんぞが男性のそういう意味での視野に入るとか、本当なんかの間違い勘違いによるものとしか思えないんで、罪悪感とか申し訳なさとか取り返しのつかないことをしてしまった的な恐怖というか……」


 一気に表情を暗くしてぽそぽそと言うエベクレナに、ギシュディオンニクはぷすっ、と噴き出した。あからさまに笑いをこらえている、という顔で口元を押さえつつ、できるだけ平静を装って震える声で告げる。


「いや……本当真面目な話、エベさんってだいぶ、面白い人だと思いますよ?」


「あ、ありがとうございます……その反応からして、『おもしれー女』的なアレではなく、珍プレー的な面白さだというのがよくわかるので、素直に受け取りにくいですが……」


「エベっちゃん、あんた男に真面目に口説かれるのイヤなくせに、男に対象外にされるのもイヤなわけ? どういう反応してほしいのさ」


「いやどういう反応もなにも、私男性っていう存在そのものに基本慣れてないんですよ! 前世からもう八百年以上喪女やってんですよ、基本男性と話すだけで緊張するししんどいし自分で自分がわけわかんなくなって失敗してあとで落ち込むまでワンセットなんですからね!?」

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