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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第九章 聖国の灰聖女
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9ー3 灰翠対談

 ジルディンは、灰色の聖女――ジリオシャクラの堂々とした挨拶を、しばしぽけっと眺めていたが、ネーツェに肘でつつかれて、慌てて自分も名乗りつつ頭を下げる。


「あ、えっと、ジル、です。ゾシュキア神官の……で、えっと、こっちがロワで、こっちがヒュノで、こっちがカティで、こっちがネテ……」


「お前な、初対面の自己紹介なんだから、愛称じゃないちゃんとした名前も言ったらどうだ」


「るっさいなー、いーだろっ!? 言わなくてもちゃんと通じんだから!」


「そんな根拠がどこにあるというんだ。というかだな、自己紹介の時には正式名称を告げるというのは、基本万国共通の常識で……」


「いえ……もちろん、おっしゃる通りそれが常識だとは思うのですけれど、今回はかまいません。私の方で、みなさんについてのそれなりに詳細なお話を、すでにうかがっていますから」


「え……」


「ほーらなっ! この人もそー言ってんじゃん!」


「いやお前が得意がるこっちゃねぇだろ」


「というかそれ以前になんでこの方が僕たちの情報を知っているのかということに注目しろお前は! そもそもこの方も『本来なら自己紹介の時には正式名称を告げるのが常識』っておっしゃってるだろうが!」


「むぐっ……」


「いえ、あの……あなた方の情報については、少なくとも国際情勢に関心のある人間なら、誰でも知っていることだと思いますよ? 邪神ウィグの堕した邪鬼の眷族の襲撃を受けた国であるゾヌが、盛大に喧伝していますから……」


「そ、そう、ですか……」


「ほらーっ!」


「いや、だからお前が得意がるとこじゃねぇだろそこ」


 いつもながらのしょっちゅう脇道にずれる自分たちの会話を、ジリオシャクラは品のいい微笑みを浮かべながら、つつましやかに見守っている。礼儀作法のなっていない相手に対しても礼儀を損なってはならない、という信仰なり信条なりを有しているということなのだろうが、どちらにしても一国の信仰の象徴、ある意味国の最上位に位置する人がそれをごく自然とやってのけるというのは、立派なことで、そして実際にはそうそうないことでもあるだろう。


 実際、ジリオシャクラの背後の見張り役であろう男たち(ジラのあとについて新しく二人部屋に入ってきた)は、あからさまに渋面を作ってジルディンたちを睨みつけているし。ジルディンたちにもロワが何度も肘でつついてようやくその事実に気づかせることができたようで、(ジルディン以外は)慌ててジリオシャクラへと向き直り、それぞれぺこぺこ頭を下げる。


「す、すいません、見苦しいとこお見せしちまって……」


「この馬鹿者についつられてしまいまして。なにとぞ、その、ご容赦を……」


「なんだよバカモノってーっむぐぐ」


「いえ、お気になさらず。よろしければ、本題に入ってもよろしいでしょうか?」


「は、はい! どうぞどうぞご遠慮なく!」


「ありがとうございます。――わざわざお呼び立てしたのはほかでもありません。ジルさん、あなたにお聞きしたいことがあったからなのです」


『………っ!』


「ぷはっ、へ、え? 俺に?」


 ふさがれていた口を解放されて、きょとんと首を傾げるジルディンに、ジリオシャクラはあくまで真剣にいってのける。


「はい、あなたに、です。――神に加護を与えられた神官であるあなたに、ぜひともお聞きしたいことがあるのです」


「そ、そーなんだ……で、なにが聞きてーの?」


 あくまで象徴とはいえ、ある意味一国の頂点である少女相手にあまりに雑駁な口の利き方ではある。だが、幸いジリオシャクラはジルディンのこの礼儀のなってなさを流すことに決めてくれたようだった。背後の男たちは殺気すら発し始めていたものの、それを無視してジルディンに問いかける。


「あなたは――神々の、人界に対する不干渉のあり方について、どう思われますか?」


「………へっ?」


 ジルディンはさらに首を傾げる。ジリオシャクラの言葉がどういう意味か、よくわからなかったのは間違いない。


 だが、ジリオシャクラは当然ながらそんな阿呆な可能性に考えを至らせることなく、真摯な面持ちで言葉を重ねた。


「他国の方々にこのような馬鹿正直な打ち明け話をするのはむしろ非礼であることは承知していますが、それでもこのような機会は二度とないでしょうから、あえて虚飾なく申し上げますね。私は、ずっと疑問を抱いてきたのです。神々が、人界に対して、なぜ不干渉を貫かれるのか。人間の庇護者であり、導き手であらせられる神々が、なにゆえ根本的な部分では不干渉の立場――人間が苦しみ、思い悩み、惑い、しばしば過ちを犯すことを、放置する立場を取っておいでなのか」


「………はぁ」


「もちろん、理屈としては理解しているつもりです。我々人間の自立のためであると。人間が自身の力で考え、思い悩んだ末に自らの道を見出すことこそを、神々は望んでおいでなのだと。……ですが、私はそれでも、納得がいかなかったのです。神々は我々人間を、無尽の愛で庇護してくださっているのに、なぜその点においては、人間の愚かさを、人間の醜さを、正しき道へ導くことなく放置しておいでなのか。――なぜ、人間を、過つことのないように、他者を傷つけることのないように、創ってくださらなかったのか」


「………はぁ」


「神々は、人間が自らの力でよって立つことができるよう成長することを、葛藤の末に自分なりの真実を見出すことをお望みなのだ、と司祭の方々の多くはおっしゃいます。ですが……それは、本当に、そこまで重んじるべきことでしょうか。人の過ちを放置してでも、成長と自立は重んじるべき、と神々はお考えなのでしょうか」


「………はぁ」


「私には、そうは思えないのです。成長と自立、それはもちろん大切なことではあるのでしょうけれど……創世から一万年、ずっと神々に庇護されて育ってきた我々人間にとって、『神々の手を離れ、成長し、自立する』などという考え方自体、不遜なものであるとはいえないでしょうか。いくつも無駄な過ちを重ね、傷つけあい憎しみあう、そこから数多の苦痛や悲嘆を生む、それらの事実の方が私にははるかに重く感じられるのです。過ちから憎悪が、苦痛が、悲嘆が生まれることを知りながらも、幾度も幾度も同じ過ちをくり返す、人間という種の愚かさも含めて」


「………はぁ」


「私のこの考え方が、一般的な常識からすれば正すべきものであることは知っています。でも、それでも……私は、考えてしまうのです。人間は、神々に隷従すべき種なのではないか、と。万事を神々の導きに従い行う、強い喜びもない代わりに苦痛も悲嘆もない、そういった人生の方が、現在のようにひたすらに角を突き合わせ憎しみをぶつけ合う、自分より下に位置するものを蔑み上に位置するものを妬む、救いを求める者に見ないふりをしながら、自分だけは救いがほしいと主張する、救われるべき存在だとなんの根拠もなく思いこむ、そんな人生よりどれだけマシか、と……」


「………はぁ」


「……あなたは、どのようにお考えになりますか。〝ゾシュキアのいとし子〟たるあなたのお考えを、どうかお聞かせいただきたいのです」


「はぁ……あ、終わった?」


 またもジルディンはきょとんと首を傾げる――が、その反応の軽さに、今度はさすがにジリオシャクラも口元を引きつらせた。なにせ、誠意と熱意と信念を込めて語った言葉をまったく聞いていないと言い渡されたも同じなのだから、普通なら怒髪天を衝いてもおかしくないところだ。


 だが、どこまでも人間ができているらしいジリオシャクラは、それでも話し合いを続けるつもりのようだった。真正面から真摯に誠実に、ジルディンに問いを投げかける。


「はい。どうか、お答え願えないでしょうか。一般的な人間の倫理観にもとづく、『人間自身の力による成長と自立』という題目に異を唱え、人は神に隷従すべきだと考えてしまう、私の考えについて、あなたは是と非、どちらの判断を下されるのか知りたいのです」


「んー、っていうかさー、先に一個聞いていい?」


 首を傾げて問いかけてきたジルディンに、ジリオシャクラは少し驚いたようだった。というか、仲間たちも見守っていた男たちも、揃ってみんな驚いた。さっきまったく話を聞いていませんでしたと自白したも同然の言葉をぶちまけたジルディンが、この手の話に質問までしてのけるなんて、予想もしていないのが普通だろう。


 だが、そこは聖女であるジリオシャクラ、あくまで落ち着いて穏やかに、ジルディンの言葉を受け止め、答えを返す。


「ええ。どうぞ、ご遠慮なく」


「じゃー聞くけどさ。なんであんたって、神さまにそんな期待してんの?」


「………えっ?」


 ジルディンの単純な問いは、ジリオシャクラの不意をついたようだった。わずかに口を開けて固まるジリオシャクラに、ジルディンは首を傾げたまま、雑駁に頭を掻きながら言葉を重ねる。


「なんかあんたってさ、神さまの言うこと聞いてたらなんもかんも全部うまくいくって考えてるみてーだけどさ。なんでそう思うの? 神さまが失敗したらどうしよう、とか考えねーの?」


「そっ、れは……あまりに、不遜な言葉ではないでしょうか。我々は神に創られ、神の庇護のもと生を重ねる存在なのですから。神々の御力に疑いをさしはさむというのは、あまりに……」


「や、俺たちが神さまに創られたのも、神さまに護られてるのもホントだけどさ。だからって神さまが絶対失敗しないかっつーと、それとこれとはまた別じゃねーの? っつか、俺らフツーに神さまが失敗したっていう話、聞いたことあるし」


「っ! ど、どこで聞いたというのですか!?」


「どこでって、そこのロワから。あんたも知ってんだろ、ロワが女神さまとちょくちょく話してる奴だって。んで、女神さまから聞いたんだってさ。極東地域がずっとずーっとド貧乏なのは、もう罰を受けて消え去った神さまが、ずーっと昔にすっげー失敗したからだ、って」


『……………!』


 ジリオシャクラのみならず、背後の男たちからも愕然とした顔で凝視され、居心地悪いなぁと思ったものの、ロワはとりあえず頭を下げた。エベクレナさまたちから極東地域でのある神の失敗を聞いたのは、間違いのない事実なのだから、ここで腰砕けになってもなんの意味もない。


「そーいう風に、神さまたちだって失敗とかフツーにするんだからさ。神さまに頼ってたら全部なんでもうまくいくー、みてーな考え方って、まずくね? そーいうのが困るから、神さまは俺らに自分で考える力っつーのをつけたんじゃねーの?」


「でっ……ですが! 我々のような、愚かな過ちを無限に繰り返す存在よりは、神々ははるかに高い知性を、考える力をお持ちのはずです! より高い力を持つ方に去就をゆだねるというのは、太古より民人のならい! そちらの方がより民人の苦しみを減らすことができるのは間違いないのではないでしょうか!」


「えー、そっかなー。っつかさー、そりゃ神さまががんばって俺らのやることなすこといちいち指示してくれてたら死ぬ人は減るかもしんねーけどさー、だからって神さまが俺らの考える仕事、全部代わってやんなきゃなんない理由とかなくね?」


「えっ………?」


 ジリオシャクラは一瞬、呆然とした顔になった。それにほとんど気づきもせず、ジルディンは言いたいことだけを適当に言ってのける。


「俺だったらぜってーヤダよ、俺より立場が下の奴が俺より仕事ができないから、なんて理由でそいつの仕事肩代わりさせられんの。仕事ができなかろーがバカだろーが無能だろーが、そいつの仕事なんだからそいつにやらせろよ、っついたくなる。仕事がうまくいかなくたってそれで一番痛い目見るの、その仕事やんなきゃなんねー奴なんだからさ、それが一番簡単でいーじゃん」


「っ……」


「神さまがなに考えてるのかってことは、ぶっちゃけ俺よくわかんねーけどさ。少なくとも俺だったら、人間の考える仕事全部押しつけられるとかぜってーヤダ、死んでもヤダ、どんなに頭下げられよーが祈られよーが絶対にヤダ。神さまだって他に仕事いっぱいあるんだからさ、あんたの言うみたいに新しい仕事押しつけられるとか、普通に考えてヤなんじゃないの?」


「……………」


「……えっと、俺はそんな感じに思うんだけど、まだなんか聞きたいこととかある?」


「………っ……!」


 愕然、呆然、呆然自失、を絵に描いたような顔でジルディンをぼんやりと見つめていたジリオシャクラは、はっと顔を上げて、勢いよく首を横に振った。


「待って……待ってください。私は……あなたの言葉には、納得ができません」


「あ、そう?」


「はい……そうです、まるで納得がいきません。あなたのおっしゃりようでは、まるで神々が、卑俗な人間であるかのようではないですか。仕事を押しつけられたくない、などと……神々が、この世界をおつくりになった偉大なる神々が、そのような考えを抱かれるはずがありません」


 いや神々はもともと異世界の人間だったそうだから、その考え方は不適当なんじゃないかな、と思いながらもロワは黙ったまま微妙にうつむく。神々ご自身は秘密にする必要はないと考えているようだが、神々の真実を考えなしに誰にでもぶちまけることは、たぶん人間にとってもよろしくない結果を招くだろう。それにたとえ実害がなかったとしても、ロワ個人の考えとして、エベクレナのような神々が人間に侮られるのは嬉しくない。


 そんな自分の反応にはまるで気づかず、ジルディンは頭をがりがり掻きながら面倒くさそうな声を上げた。


「いや、だから神さまがほんとのとこなに考えてるかはわかんない、っつってんじゃん。俺だったらどーかなって想像しただけで。あんただって別に神さまがなに考えてるかわかってるわけじゃねーんだろ? ああかなこうかなって想像してるだけなんだろ? だったら俺とおんなじで、あてになる話じゃないっつーことでよくねぇ?」


「たとえただの想像だとしても! あなたの言葉は、あまりに不遜がすぎます。神々に対する畏敬の念がまるで感じられません。曲がりなりにも神官……それも、奉ずる神から加護を与えられた神官であられるというのに、そのおっしゃりようは……あまりに、道に外れています」


「うっさいなー、俺はどう思うか、っつーから俺が思ったこと言っただけじゃん。俺ちゃんと質問に答えただろ。それでなんでえらそーにあーだこーだ言われなきゃなんねーわけ?」


「なぜあなたは『叱られるほど自分は悪いことを言ったのだ』とお考えにならないのです!? 自分を省みるということをなさらないのですか!? それでは神の加護どころか、神官と呼ばれることにすら値しませんよ!?」


「べっつに俺悪いことぜんぜん言ってないじゃん! こー思ったって言っただけじゃん! それなのにえらそーにぎゃーぎゃー喚くそっちのほーが悪いだろっ、どー考えてもっ!」


「っっっ………! あなたは………!」


「なんだよっ」


 きっ、と睨みつけてくるジリオシャクラに、ジルディンもあくまで胸を張って睨み返す。しばしの睨み合いののち、ジリオシャクラは小さく深呼吸をしてから、自分たち全員を眺め回して告げてきた。


「……あなたがたは、旅の途中、ということでしたね」


「え? あ、ええ、そうですが」


「はっきりと予定が決まっているのですか? 数日この街に滞在する余裕もないほど?」


「いえ……その。まぁ、先を急ぐ理由もないではないですが。一応この街で二日休息を取る予定でしたし、なにか切実な理由があれば、その予定を超過して留まることぐらいはできなくはない、と思いますが……」


「では、〝女神を知る者〟の皆さま。どうか、私からの依頼を請けてはいただけないでしょうか」


「依頼? ですか?」


「はい。――三日間この街に滞在し、その間こちらの〝祈神絶風〟どのを、私の話し相手としてよこしていただきたいのです」


『………は!?』


「いかにイキシュテアフさまの信仰の象徴として、聖女の名を冠されていようとも、普段私にはさほど多くの労務が課せられているわけではありません。より信仰を深めるために、という理由があるならば、ある程度時間には融通が利きます。明日から三日間、私はその時間すべてを使って、〝祈神絶風〟どのに教誨を為したい、と考えているのです」


「は、はぁ………」


「専門的な話も出てくると思いますので、必ずしも皆さまにご同行していただく必要はありません。ですが、同行していただいても問題はありません。どちらにせよ、報酬は変わりなくお支払いいたします。みなさん全員に、拘束した時間分の料金をきちんとお支払いするつもりです。ですので、どうか……どうか、お願いできないでしょうか」


 深々と頭を下げるジリオシャクラの後ろでは、男たちが険しい顔をしていたものの、彼らは制止する声も上げず、ジリオシャクラのあとについてしずしずと頭を下げてくる。それだけジリオシャクラの意志というのは優先されるべき、とイシューニェンタでは考えられているということだろう。


 戸惑いながら顔を見合わせる仲間たちの中で、ネーツェは一人渋面を作りながらも、一歩前に出て口を開いた。


「僕たち全員を拘束する料金を支払う、とおっしゃいますが……今の僕たちを拘束するとなると、けっこうな額になりますよ?」


「と、おっしゃいますと?」


「冒険者ギルドの料金設定の中でも、一番支払う額の安い『雑務』に分類されるとは思いますが……指名依頼になりますし、三日間僕たちの時間を拘束することは確かですし。冒険者ギルドは、百万ルベトほどを要求してくると思います。ギルドに支払う仲介料も含めると、そのさらに倍。最終的に支払う額は二百万ルベト以上になるのではないかと……」


『えぇ……!?』


 三日間話し相手になるというだけの仕事になんでそんな額が、しかも自分たちなんぞに、という想いから思わずロワも声を揃えてしまった。悪質な詐欺かなにかの現場を見せられているようだ。冒険者を雇う際、冒険者に対する料金と冒険者ギルドへの仲介料を合わせた代金を雇う側に要求するのは冒険者ギルドの仕事だが、それでもいくらなんでもその額は。


 だが、ジリオシャクラはむしろほっとした顔になり、素直にうなずいてみせた。


「大丈夫です。そのくらいの額なら、私の貯めているお金でなんとかなります」


「……なんとかなるにしても、安い金ではないと思うんですが?」


「私、聖女に対して支払われるお手当を、使い道がないのでずっと貯めていたんです。聖女には任期中に個人的な寄付を行ってはならない、という決まりがありますので……もちろん、聖女の任期が終われば寄付のために使えるお金になるわけですから無駄遣いは当然できませんが、神の加護を受けながら神を敬しない神官という、ありえざるべき存在を正すために使うならば、決して無駄遣いにはならないのでは、と」


「…………。カティ、どうする?」


「は!? なんで俺に聞くんだよオイ!」


「パーティ内で一番先を急ぎたがってるのはお前だろ。お前以外は数日旅の予定が遅れたところで、特に文句を言いはしないだろうし。もともと、この街で二日休む予定だったわけだしな。一日の遅れをいちいち気にする奴は、今のところお前以外いないだろう」


「ばっ、なっ……別に、それは……まぁ、間違いたぁ言わねぇけどよ……」


 口ごもりながらちらちらと聖女たちに目を向けてくる成人男子を、ジリオシャクラは誠意と期待を込めた視線で見つめる。その真摯な眼差しにカティフは見る間に半泣きの顔になって、うつむき今にも泣きだしそうな声で答えた。


「わかったよぉっ……俺が我慢すりゃあいいんだろ我慢すりゃあよっ……!」


「あの……なにか、先を急ぐ特別な理由がおありになるのですか? それでしたら、おっしゃっていただければできる限り考慮は……」


「……理由を、おっしゃって、いただければ?」


「え? えぇ。だって、どのような理由で先を急いでおられるのかがわからなくては、お力になることもできませんよね?」


「………いいです、なんでもないです、俺のことなんか気にしなくていーですからどーぞお好きなだけジルと話してやってください………」


「よろしいのですか!? ありがとうございます! あなたにイキシュテアフさまのご加護がありますように」


「ははは……どーいたしまして、ははは………」


「っつかさー、ちょっと待てよ! なんで俺に最初に聞かねーわけ!? 俺と話するとかいう仕事なんだから、俺に最初に聞くのが筋じゃんっ!」


 しばしぼけっとやり取りを見ていたジルディンだったが、ようやくそこに気づいたようで、勇んでネーツェに文句を言い出す。ネーツェはふん、と面倒くさそうに鼻を鳴らしてみせた。


「別に聞いても聞かなくても同じだろうが。お前はどうせそんな依頼いやだ、と抜かすんだろう?」


「は!? 別にそんなことひっとことも言ってねーだろっ!?」


「ほう? そうなのか、お前にもまともな労働意欲があったのか、それはけっこうなことだ。じゃあこの依頼を請けるでいいんだな?」


「そ、そーも言ってねーだろっ! 俺の仕事なのに、最初に俺にどーいう気持ちなのかを聞かねーのがムカつくっつってんの!」


「……まぁ、それはそれなりに正論ではあるが。この場合、お前がどういう気持ちであるにしろ、あんまり意味はないと思うぞ?」


「は? なんでっ!」


「ことはイシューニェンタ聖国と、ゾヌのゾシュキア神殿に対する信仰の問題に関わってくるからさ」


「はぁ!? っだよそれっ、っつかゾシュキア神殿のことだったら俺のほーがネテよりずっとよく知ってっし! うちの神殿じゃ、どんな相手だろーと自分の意志を貫くのが最優先だから、どんなケンリョクシャが相手だろーとビビって信徒にあれしろこれしろとか言ったりしねーから!」


「僕よりお前の方が神殿に詳しくなかったらそれこそ驚きだ。ま、僕もお前の話から、ゾヌのゾシュキア神殿がそういう組織なのはわかっている。どんな相手にも自主自尊、独立独歩を貫くべしとして、しかもそれを実際にやってのけることができるほどの財力と影響力がある組織だというのはな」


「へ? うちの神殿って、そんなに金持ちだったの?」


「舌の根も乾かないうちになにさっきの自分の発言全否定してるんだ! ゾヌの国教なんだぞ、金持ちじゃない方がおかしいだろう! ……とにかくだ、ゾシュキア神殿がそういう組織なのはわかっているが、お前も言っていただろう。イシューニェンタのイキシュテアフ神官は、大陸中の神官から規範とすべしとされている方々だって」


「それがどーしたってんだよ、だからそんなんにうちの神殿腰引かせたりしねーから!」


「だから、ゾシュキア神殿じゃなく、ゾヌの冒険者ギルドがそれを危険視するだろうって言ってるんだよ」


「……へ? なんで冒険者ギルドが?」


「正確には冒険者ギルドというか、僕たちのことをゾヌの英雄として大陸中に喧伝している人々が、だな。イキシュテアフ信仰の象徴である聖女さまが、ゾヌの英雄であるゾシュキア神官を否定する。この事実は、ゾシュキア神殿よりも、むしろ神殿の権威と、それに影響される人々を気にする商人や権力者にとって重いはずだ」


「え、ど、どゆこと?」


「……大陸中の神官の規範たるイキシュテアフ神官たちの頂点に立つ聖女さま。この方のお言葉は、それこそ大陸中の人々を動かす力がある、と権威を気にする連中は考えるだろうってことだよ。事実、そういう側面は確かにある。聖女さまがゾヌの喧伝する英雄を否定したならば、ゾヌの情報戦略に大きな翳りが出てくるのは避けられない。基本、権威や噂話に踊らされやすい人々を対象にした情報戦なわけだからな」


「け、けどさ、そんな奴らのそんな話、俺らに関係ねーじゃん? そいつらが勝手にやってることじゃん? そんなの気にする必要……」


「ま、確かに基本的には関係はない。が、そういうことをやっている人々は金と影響力を持っている。ゾヌの冒険者ギルドのお歴々としても、敵に回すと面倒くさい、と思うぐらいにな」


「え、と、それって……?」


「お前がここで聖女さまに言いたい放題のことを言ったまま、依頼を受けずに遁走すれば、聖女さまはお前に相当な悪感情を抱くだろうし、聖女さまを尊崇するイキシュテアフ神官の方々も同様だろう。もちろんあからさまに悪感情を振りまいたりはなさらないだろうが、人の口に戸は立てられん、どうしてもそういう噂話は漏れ聞こえるはず。それが広がってゾヌまで届けば、ゾヌの商人や権力者たちは顔を青くして冒険者ギルドに、『ジルディンにイシューニェンタの聖女さまへ詫びを入れさせろ』と命令してくるだろう」


「ぼ、冒険者がそんな命令聞く義理ねーじゃん!」


「そうだな。が、言っただろう、そういう命令を下す連中は金と影響力を持ってるんだよ。ゾヌの冒険者ギルドは強靭な組織だが、だからこそ金と影響力で足を引っ張られるのは無視できない。話し合いを重ね、なんとかお前に命令を下すことなく聖女さまと和解させることはできないかとみんなが頭を突き合わせて考えることになるだろう」


「……うぅ」


「神殿の方にも話がいって、お前に対する憤懣が神殿の中に蔓延することになるはずだ。僕たちの方にギルドから幾度も連絡が入って、なんとかお前を説得してくれないかと懇願されるだろう。そうやってみんなが『お前に命令する権利はない』という建前を守るためにすさまじく苦労して、結果お前に対する恨みつらみがどんどんと山積していく」


「………うぅぅ」


「そしてそれでもお前がそういった要請を無視し続けるのなら、たぶんギルドに強制呼び出しされることになるだろうな。そして冒険者ギルド、神殿、商人や権力者のお歴々が集まった上での大説教大会だ。なんとしてでも聖女さまに詫びを入れ、許してもらってこいと言い渡されることになるはず」


「ううぅぅ………」


「もちろんそれは命令ではないが、断ったら関係者全員から殺意を抱かれることになるのは確定だろうな。まぁそこに至るまでに充分殺意は抱かれているだろうが、そこまでいくと本当にとち狂って殺しにくる人もいるかもしれない。なにせお前が最初にちゃんと聖女さまと話し合っていれば必要なかった仕事を、えんえんえんえん何百(ユジン)も残業させられながらこなし続けた末のことなわけだから。――そういう話になる前に、今聖女さまの依頼を請けておくべきだ、と僕は思うんだが、お前はどうだ、ジル?」


「ぅぅぅぅ……あーもーっ、わーかったよっ! 俺が悪かったっ! ていうかさーっ、そんなことになるくらいなら今さっさと謝るから、そーいうのなしにしてもらえねーのっ!?」


「阿呆。聖女さまがお前の浅い謝罪なんぞを求めてるわけがないだろう。この方が問題にしているのは、お前の宗教観のご自身との齟齬だ。……まぁ、宗教問題については僕は門外漢なので、偉そうにどうこういうことはできないのですが、そういうことでよろしいのでしょうか、ジリオシャクラ猊下?」


「えっ……は、はい! おっしゃる通りです、私は〝祈神絶風〟どのに謝罪していただきたいのではなく、あくまで教誨を為したいだけなのです。それを断られたところで、悪心を抱くようなことは断じてありません……ただ、ゾヌの商人の方々が、あなたのおっしゃるように私たちの影響力を案じて、私たちの心を安んじようと考え動かれる場合は、私たちとしても、対処のしようがないのは確かですね……」


「うぅぅうぅぅー……」


 とうとうとまくしたてられて目をぱちくりさせていたジリオシャクラの困り顔での言葉に、ジルディンは半泣きになりながらソファの上に沈み込む。ジルディンには気遣いや繊細な神経というものの持ち合わせはまるでないが、矜持や気位というものもほぼ持ち合わせていないので、面倒なことになるぐらいなら頭なんていくらでも下げるというのは本音だっただろうが、ジルディンに対し誠意と善意でもって行いを正そう、なんて考える人相手には、頭なんて下げてもまるで役には立たない。


 つまり、ジルディンにとってジリオシャクラというのは、天敵といってもおかしくないぐらいに、相性の悪い相手なのだ。


「……それでは、明日……そうですね、十五(ユジェク)に改めて、こちら……白の神殿にお越し願えますか? 私も、朝にはお勤めがありますので、自由になる時間がなくて……それが終われば、ある程度は時間を自由に使うことを許されていますので……」


「わかりました、十五(ユジェク)ですね。それではまた明日、こちらで」


「よろしくお願いいたします」


 慎み深く頭を下げるジリオシャクラの顔は、あくまで誠実な決意に満ちており、心の底からジルディンの言動を危惧し、なんとしてでもその悪心を正さなければ、と思い決めていることがうかがえた。


 ……まぁ、自分たちパーティにとっては、そんなことをしても精神力の無駄遣いにしかならないことはよくわかっていたことではあるのだが。そういうことを大真面目に考える善良な人間にそんなことを言っても無駄というか逆効果にしかならないことも、よくわかっていることだったのだ。

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