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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
118/213

8-37 出立・2

「……さて、これで本当にお別れだね」


 城壁の外、ビュセジラゥリオーユ王都の北門を出てすぐのところまで、ジュディオランは自分たちを見送ってくれた。というか、ここまで自分たちを転移術で連れてきてくれたのがジュディオランなのだ。街中を通り抜けて、国民とぶつかり、厄介事や面倒事を起こされたくない、という点については女王陛下も他の王国上層部も意見が一致したそうで、ジュディオランに街の外まで送るように、という命令が下されていたのだという。


 他の面々は少しばかり面白くなさそうな顔をしている者が多かったが、ロワとしてはありがたい話だった。この国を去る前に、ジュディオランには伝えなくてはならないことがまだ残っていたからだ。なにをどう伝えるか考えている間に出国ぎりぎりまで引き延ばすことになってしまったが。その命令がなければ不自然に思われるのを覚悟で、ジュディオランと二人きりで話す機会を作らなくてはならないところだったので、正直言って助かった。


「君たちとはもう二度と会うこともないだろうから、一応僕も礼は言っておくよ。僕の妹を助けてくれてありがとう」


「はー? なんだよそれ、お前は俺らのやったこと、全然助かんなかったわけ?」


「国内の魔物を間引いてくれたのは一国民として礼を言うべきなのかもしれないけどね、要は国が国外の冒険者を雇ったってだけなんだから、いちいち感謝する気にもなれないだろう。ラィアにとっては人生を変えるような衝撃だったんだろうっていうのはわかるけど、僕にとってはむしろ不快な経験だったしね、東国行きは」


「この国から出られるようになったじゃん。嫌味な女連中に偉そうにああだこうだ文句言われることなくなんじゃん」


「僕は現状に強い不満は抱いていなかったしね。妹の頼みを断るわけにはいかない、助けてやらなきゃっていうのは確かに本音ではあるけど、それなりに大きな屋敷を持ち家にしながら、さして厳しい仕事もなく、上司の文句を聞き流すことさえできれば安楽に生きていられる人生は、僕にとってはそこそこ満足のいくものだったんだ。それを放り捨てて貧しい東国にまで行かなきゃならない、って思うと、はっきり言って憂鬱な気持ちの方が強い。僕は貧しさにあえぐ人たちを見ても、自分が貧しくさえなければ、誰か他のもっと余裕のある人に助けてもらってくれと目を逸らす程度には自分勝手だからね」


「ふーん……なんかえらそーな言い草だなー」


「君ほどじゃないと思うよ、はっきり言うけど」


「はぁ!? なんで!? 俺のどこがえらそーなわけ!?」


「いや僕もはっきり言うが、お前は世間の大部分の人間から偉そうだと言われると思うぞ。能力は確かに高いが、人格に対する信頼がまるでおけないのに態度が大きい、というのはたいていの人間に嫌われる」


「だよなぁ、戦場では長生きできねぇ奴だわ。助けよう、力を貸してやろうって気持ちになれねぇ奴の方が多いってことだもんな。連携なんかにも支障が出るし」


「ぅぐっ、いーじゃんか、俺戦場とか出ねーし!」


「別に戦場でなくても、冒険者としても、別パーティとの連携がとりにくくなるというのはだいぶ不利だろう。まぁ現段階では子供だからって理由でそこそこ甘く見てもらってるけどな」


「じゃー俺ずっと子供でいるし! それだったらずっと甘く見ててもらえんだろ!?」


「そういう方向に考えを進めるあたりが、お前は本当に子供だな……実際にずっと子供のまま、年齢を固定化できてしまえそうなあたりも含めて、厄介としか言いようがないというか……」


 いつものごとくどんどん話がズレていく仲間たちをよそに、ロワは一人、ジュディオランの前に立ち、声をかける。


「ジュディオラン王子殿下。最後に、少しだけ、二人きりで話をさせてもらってもいいですか?」


「話? ……あんまりいい予感はしないな。まぁ断った時、僕に不利になるような話だというなら考えるけど?」


「はい、まさにその通りの話です。ライシュニディア王女殿下とあなたの、これからの人生に関わる、それなりに重大な話なので。ぜひとも聞いてもらいたいですね」


「………わかった。君がそこまで言うなら、無視したら本当にもっと厄介なことになりそうだ」


「はい。……じゃあ少し離れるけど、ジル。盗み聞きとかは絶対にするなよ? お前がなにかしたら、俺にはどうせ『わかる』んだからな?」


「なんで俺にだけ言うわけー!?」


「いやそれわざわざ言わなきゃなんねぇことか?」


 そんな会話を交わした後に、ジュディオランの転移術で、術法でも使わなければまず聞こえようがない、くらいの距離を取る。さあ話を聞こうか、とこちらに向き直るジュディオランに、ロワはさっそく、最初の衝撃を(与えたいわけでもないけど、それ以外にやりようも思いつかなかったので)与えた。


「ジュディオラン王子殿下。あなたは、男性同性愛者ですよね?」


「っ! ………、そうだよ」


 一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐにロワが同調術で感じ取ったと考えたのだろう、忌々しげな表情を浮かべながらも素直に肯定する。ロワがそれを見抜いたのは同調術というより、なんとなくの感覚でしかなかったのだが、ジュディオランには同じことだろうから、言い訳をする気にはなれなかった。詳しい事情を確認するために、同調術で感情を感じ取ってしまったのは事実だし。


「あなたが男に厳しいこのビュゥユで生きていたのは、外の世界、男が当然のように社会の中で生きている世界では、自分の性的指向を抑えきる自信がなかったから。性的指向をあらわにして、『男に嫌われる』という事態を迎えるのが、嫌で怖くてしかたなかったから。ビュゥユでならば、男に会うことがそもそもまずないのだから、『男に嫌われる』『男に傷つけられる』という心配だけはしなくてよかったから。『男に好かれる』という幸福よりも、『男に拒絶される』という不幸の方が、あなたには身に迫って感じられたから。で、間違いないですか」


「――その通りだよ。それが、なに? 君はわざわざ僕にこんな苦しみを与えるために時間を取らせたわけかい?」


「まさか。そんなあなたにこそ、伝えておかなくちゃならないことがあるんです」


「……何があるっていうのさ」


「ライシュニディア王女殿下は、たぶん、女性同性愛者です。少なくとも、現在は」


 その瞬間にジュディオランが浮かべた衝撃の表情は、さっきのそれとは比べ物にならないほど激しいものだった。やはり今の彼にとっては、自身の不幸よりも妹の不幸の方が、より強烈な不安を引き起こすらしい。


「まさか……! そんなわけないだろう、だったらなんでキジャや他の女たちの誘いを受けなかったんだ! いや、そもそもビュゥユから出て行くわけがない! この女性同性愛者の天国から、なんでわざわざ貧しい東国へ……!」


「言ったはずですよ。ライシュニディア王女殿下は、女性同性愛者を嫌っているからじゃなく、性的に潔癖だから、この国の女性たちの在りようが受け容れられなかったんだろう、って」


「…………!」


「そもそも、性的指向が同じ人たちに囲まれていれば幸福になれるというわけじゃない。誰もが自身の性的指向を人生の最優先事項に置くわけではない。ライシュニディア王女殿下は、人生を極東の貧しい国々の経済的な復興のために使うと言った。彼女のそういう人生観と、性的指向とが関係することの方がそもそもおかしい。少数派に属していると、少数派であることこそが自分の存在意義であるかのように感じてしまうことがままありますが、人間は普通そう単純にはできていないでしょう?」


「………っ」


「もちろん、ライシュニディア王女殿下はまだ十一歳。性的指向が完全に固まっていることの方が珍しい年齢です。だからこれから性的指向がまた変遷することもあるでしょう。むしろそれが当然です。俺は単に、今現在ライシュニディア王女が恋愛感情を抱く性別は、彼女にとって女性であることが自然なんだろう、と感じ取っただけなんですから。そもそも、今の彼女は恋愛や性愛ってものに興味が薄い、どころか自分に向けられれば拒否反応を示しちゃうでしょうしね。男女の区別なく、ビュゥユで与えられ続けた扱いと同じものだとみなして」


「…………」


「ただ、彼女だっていついつまでも性的に潔癖な少女のままでいるとは限らない。誰かに性愛を含めた恋愛感情を抱くことや、他者からのそれを受け容れられるようになることだってあるでしょう。そうなると――現在の性的指向からズレがなかった場合、もしかすると彼女は、自分の性的指向が受け容れられないかもしれない、って思ったんです」


「ああ――そうだね。確かに、そういうことはありそうだ。あの子はずっと、この国の人間に対する拒否感を原動力に走ってきたんだから……」


「はい。だから、あなたにはこのことを知っておいてほしいと思ったんです。ライシュニディア王女殿下がこのことで苦しんでいたら、導いてやれるように。別に悪いことでもなんでもないんだと、冷静に教え諭すことができるように」


「………なるほど、ね。確かにこれは、伝えてもらっておかなくちゃならない話だ」


 ジュディオランは深々と息をつき、やれやれと言いたげに肩をすくめた。


「一応感謝をすべきだとわかってはいるけれど。正直、君の性質というか、能力には呆れるね。本人すら気づいていないような秘密まで探り当ててしまうなんて。個人情報の機密性の保ちようがない。諜報員かなにかに転職した方がいいんじゃないかい?」


「それは無理です。俺の同調術は、『間違いのない、客観的な事実』というのを探り当てることはできないんだから」


「どういう意味だい?」


「俺があなたたちの事情を察したのは、まず俺が感覚として違和感というか、『この人はこういう理由でこういうことを感じているんじゃないか』ってことを感じ取った上で、それを鍵にして感情に同調したからです。そしてそうやって感じ取った感情や感覚を手がかりに、あれこれ推論を立てただけにすぎません。俺が同調できるのは相手の感覚や感情だけ、相手の思考や記憶は術式の範疇外なんですから」


「……それにしてはやたらと正確にこちらの事情を感得しているようだけど?」


「単純に、あてずっぽうがたまたま正確だったってだけの話です。俺はこれまでの人生で見てきた人の考え方感じ方を参考に、相手の情報への推測を組み立てたってだけですよ」


「僕やラィアの性的指向についても?」


「はい。そもそも、それについては別に同調術で深い同調に入らなくても、ある程度はわかってましたから」


「は!? どうやって! なにをどうすればそんな情報がつかめるっていうんだ!?」


「どうやって、と聞かれると結局は『なんとなく』としか言いようがないんですけど。無理やり言葉にするなら、これまでの人生で見てきた人間についての記憶から推測したというか。たとえばあなたの場合は、カティにだけはできるだけ視線を向けないようにしてることや、カティがいる時にだけはわずかに心臓の鼓動が早くなってることや、体温が高くなってることや、あとカティや他の人間に気づかれない状況ならカティにこっそり幾度かだけ、食い入るような視線を向けていることから、そう考えただけなんです。ただのあてずっぽうなんですから、相手の正確な事情がわかるわけじゃ全然ありません」


「………それにしてはやけに自信満々だったじゃないか」


「それはまぁ、俺のこれまでの人生経験上、そういう類例に当てはまる人のほとんどがそうだったんですから、それなりに自信も持てますよ。でもあてずっぽうでしかないのは確かですからね。あくまで俺の同調術の感得は手がかりというか考えのとっかかりにすぎない、直接的な事実の収集の役には立たない、自分の中で確証を得るってだけでもかまをかけるなりなんなりして反応を引き出さなくちゃならない。その程度の役にしか経たない、と俺は思ってますよ」


「……なるほど、ね。そもそも、君自身の相手の感情を感じ取る……空気を読む能力が図抜けているからこそなわけか。それはそれで、厄介なことこの上ない話だけど」


 小さくため息をつくジュディオランに、ロワはきっぱりと告げるべき言葉を告げる。


「だから、ジュディオラン王子殿下。あなたがこの先自身の性的指向を、『あらわにしてはいけない』理由に使える言い訳は、もうなくなったんです」


「っ………!?」


「『ラィアの心に負担をかけないように、同性愛者であるという性的指向を公言してはならない』という言い訳は使えなくなった。むしろ、ご自身の性的指向を明かすことが、彼女が現在の自身の性的指向を素直に受け容れるための一助となる可能性すらある。まぁ、逆効果になる可能性もあるし、必ずしも自身の性的指向を明かす必要なんてないとは思いますけどね。それでも、使える言い訳がひとつなくなったのは確かです」


「………なにを」


「あなたはこれから、自身の性的指向と向き合うなり、向き合うのを避けて受け流すなり、なかったことにするなり、自分で決めなくちゃならないってことですよ。どんな選択をするのも自由ですけど、選択することからは逃げられない。あなたの好きなように、あなたが生きやすいように、あなたが納得できるように、自分の人生を決めてください」


「…………………」


 ジュディオランはじろじろと、というかぎろぎろと、鋭い視線をしばしロワに叩きつけたのち、はーっとため息をついてうなだれた。うつむいたまま仏頂面でぼそぼそと、半ば独り言のように呟いている。


「本当に、君は、最後の最後まで楽をさせてくれない人だね。人に対するいたわりの気持ちとか、そういうものはないのかい? さんざんこっちの事情を引っ掻き回した末に、さらにこんなことを命じてくるとか」


「いたわりの気持ちがないわけじゃないですけど、俺はあなたとまた会えるかどうかわからない人間なので。言わなくちゃならないことはさっさと言っておこうと。あと、最低限やらなきゃならないことはやっておかないと、あとから取り返すのがどんどん大変になっていくのは知っているので」


「それはまぁね……僕も知っているけど。本当に……隠していたつもりなのにあっさり見抜かれているし。色目を使っていたわけでもなんでもないのに、ちょっとちらちら見ただけなのに、どういう気持ちか看破されているとか」


「カティみたいなやつは、たいていの男性同性愛者にそこそこ好かれるっていうのは知ってましたから。そういうところを見てれば、普通わかりますよ」


「ああそうかい……まぁ、ラィアが女性同性愛者でもまるで驚かなかったんだから、僕の性的指向を知ってもまるで対応が変わらないのは当たり前、って言うべきなんだろうね。正直いろいろ複雑なものはあるけど……」


 そう呟いてから、ジュディオランは首を振り、ロワの方に向き直った。真正面からこちらを見つめて、はっきりきっぱり言い放つ。


「それでも、たぶん僕は君に礼を言うべきなんだろう。僕の妹を――そして、僕自身や妹の守護騎士や、女王陛下をはじめとしたこの国の人間についてもいくぶんかは、導いてくれてありがとう、とね」


「……そんな風に言われるだけのことはできてなかったと思いますけど」


「それはわかってるさ。正直、僕の方も、君についての感情を開示するなら、憤懣が半分以上なのは確かだしね。素直に礼を言いたくない、と思う程度には僕は君に腹を立てている。あれこれいろいろ言われたし、君のせいで僕は今の安楽な人生を失うわけだし」


「それは……すいません。俺の力が及ばず……」


「……でも、そこであっさり謝ることができてしまうような奴を相手に、いつまでも腹を立てていてもしょうがない。だから、僕は君に、最後にこう告げよう」


 ジュディオランは軽く肩をすくめながらも、こちらを真正面から見つめたまま告げてきた。


「借りができたね。僕の力が必要な時はいつでも言ってくれ。できる限り力になるよ。――ま、ない袖は振れないけどね」


 その言葉は、思いのほか凛として、軽やかで、ある種のさっぱりとした気概に満ちていて――ジュディオランが、ロワたちがこの国で為したあれこれを、そう悪くは思っていないのだと、はっきり伝えてきてくれたのだ。






「お? もういーの?」


「うん、話は無事にすんだよ。一応の挨拶は済んだし、このまま自宅へ戻るってさ」


「や、そりゃまぁ転移術で消えたんだから、そのつもりなんだろうってのはわかるけどな」


「………あー、無駄な時間使った。クッソ無駄な時間使った! 俺は一刻でも早く童貞捨ててぇってのに、国の女全員同性愛者とか、んっとに、勘弁してくれとしか言いようがねぇ国だったな、本気で!」


「いや、この国の女性たちも別にお前に童貞を捨てさせるために存在してるわけじゃないからな? というか、お前が童貞を捨てる相手って、娼婦の方々だろう? そういう職種の女性が、必ずしも異性愛者だとは限らないと思うんだが……」


「は!? え、や、ちょ、待てよ! 娼婦のねぇちゃんたちが、同性愛者!? なんだそりゃありえねぇだろ意味わかんねぇぞ!?」


「別に誰もかれもがそうだって言ってるわけじゃない、そういう人もいる、って聞いたことがあるだけだ。別におかしなことでもないだろう、娼婦の人たちにとって客との性行為は業務なんだから。本来の恋愛対象との性行為をまっとうな代物として大切にして、それ以外の性行為はいやいやながらやるものと位置付けてる、ということだろう? 筋が通ってると思うが?」


「いやいやいやそういう問題じゃ………!」


「あのさー、俺は別にいんだけどさ、カティそんなこといつまでもくっちゃべってていいわけ? さっさと童貞捨てるつもりだったんじゃねーの? この国にいつまでもいたってしょーがなくね?」


「はっ! そうだそうだよこんなどうでもいい話ぐだぐだくっちゃべってる暇ねぇんだよ俺には! さっさと次の国行って、やることやって、きっちり童貞卒業しねぇと……!」


「卒業するっつっても、素人童貞なのは変わんねぇけどな」


「それを言うんじゃねえぇぇ!!! 殺すぞクソが! 世の中にはなぁっ、玄人にしか相手にしてもらえねぇ男ってぇのが山ほどいんだよっ! てめぇの今の発言そういう男どもを一瞬で全部敵に回したからな!?」


「………あのさ、みんな。ちょっといいか」


 いつものごとくあっという間にどんどんと全速力で脱線していく会話に、ロワは無理やり割り込んだ。今のうちに仲間たちには、言っておかねばならないことがあったのだ。


 怪訝そうな顔をしながらも、とりあえず聞く態勢になった仲間たちに、言うべきことを告げる。


「今回の一件については……本当に、世話になった。感謝してる。繰り返しになるけど、ありがとう。本当に」


『………はぁ』


「だから……働きで返す、っていうのとは別に。一人につきひとつ、恩返しというか、お願いがあったら聞くつもりなんだけど、なにかあるか? なんでもとはさすがに言えないけど、できる限り注文には応えるぞ」


「え!? ロワ、なんでも俺らの言うこと聞いてくれんの!?」


「いやだからなんでもじゃないって言ってるだろ! ただ、できるだけ注文に応えるってだけ!」


「それでもだいぶ命知らずな話だろそれ……あえて聞くけど、正気か? お前」


「そのくらいには、みんなが俺にしてくれたことは重いってことだよ。少なくとも、俺にとっては」


「……ふぅん。ま、そーいうことなら遠慮なく、注文つけさせてもらうとすっか」


「くり返すけど、本当に、なんでもというわけじゃないからな?」


 ロワの再三の主張が耳に入っているのかいないのか、仲間たちは面白がっている顔でにぎやかに、お願いをなににするか話し合い始めた。半ば以上、駄弁っていると評するのが妥当な会話ではあったが。


「こーいう時は金じゃね? 誰でももらったら嬉しくて取られたらイヤなもんだから、ちゃんと罰っぽいし! 飯おごってもらうとか!」


「まぁそれも以前ならアリではあったんだろうが、今じゃあんまり意味がないな。僕たちは全員、一生遊んで暮らせるだけの資金を既に手に入れてしまっているわけだし……それに今現在、その資金が一番目減りしているのがロワなわけだから、そこからさらに奪い取るというのも気が引ける。もうちょっとこう、労力的というか、ロワの持っている技術で役に立ってもらう、という方がおいしくないか?」


「おいしい思いねぇ………、! おいロワ! い、い、一応聞いてみたりしちまうんだけどよ、お前の操霊術とかで、美人の気を引くとか、好かれるとか、そういうことってできたりすんのか!?」


「や、そーいう話だったらカティの誘引術が一番向いてね?」


「そもそもそういう話は試みた時点で犯罪だ。人間の精神を術法で操作するというのは、術法関連の法令の中では一、二を争うほど、罪の影響度に比して罰が重いことで知られているんだぞ? どんな術法でもそれは変わらない。ついでに言うが、お前がその手の犯罪を犯した時には、僕は容赦なく通報するからな?」


「なっ、てめぇには慈悲の心ってぇのがねぇのか! なにもあれこれしてぇとまでは言ってねぇんだぞっ、ただ単に俺は美人といちゃいちゃしてみたいというか、ちょっとくらいは美人にモテてぇと」


「それを術法でやるってーのが犯罪なんじゃねーのー? 俺だってどーでもいー奴に心操られてちやほやさせられるとかやだもん」


「……ほら見ろ、ジルでさえもこの意見なんだぞ。ジルに諭されるとか、成人男子として恥ずかしくはないのか、カティ?」


「それどーいう意味だよ!? 俺いっつもフツーのことしか言ってねーだろー!?」


「ぐ、ぐぬっ、ぐぬぬっ……しょうがねぇだろぉ俺はモテてぇんだからぁっ! モテるためなら手段選んでる余裕ねぇの、美人にちやほやされるためだったら邪神にだって魂売れるわ! いや邪神までいくと相応の人数の美女に相応のことを満足するまでヤらせてくれる、くらいじゃねぇと売りたくねぇけど!」


「お前それアーケイジュミンさまにも言えんの?」


「ぐはっ………!! い、言えるわけねぇだろクソがぁ……! すいませんアーケイジュミンさま本気じゃないんです、ただ俺の中の燃え盛る勢いにちょっと流されただけなんです、どうかなにとぞお許しを……!」


「懺悔するくれーなら最初っからそんなこと言わなきゃいーのに。っつかさー、ネテとヒュノは決まってんの? 俺ロワにできることでなんかしてほしいこと、っつわれてもあんま思いつかないんだけど」


「そうだな……別に大したお願いじゃなくてもいいんじゃないか? ちょっとした日常の手伝いというか、やらなきゃならないけど面倒なことを肩代わりしてもらう、ぐらいの話でも……」


「あそっか! そーいうのもありなんだ! じゃー俺は決まりだなっ、野営の時の食事当番代わって! これから先ずーっと!」


「へー、お前そこまで食事当番嫌だったのか。俺よかよっぽどうまい飯作れんのに」


「だってさー、家事関係はみーんな孤児院にいた頃神官連中仕込まれたんだぜ? 次はあれやれこれやれっていっちいちうるさく喚かれてた時のこと思い出すしさぁ……ふつーにめんどっちいじゃん。誰かに代わってもらえるんなら代わってほしーだろ!? それにロワの作る飯そこそこうまいし!」


「まぁ、それは同意しなくもないけどな……これから先ずっとというのは同じパーティの仲間として却下させてもらうぞ。お前ばかりがずっと食事当番を代わってもらい続けるというのは見ていてイラッとするし、家事労働ができるのにやらないで、技術をさび付かせてしまうのを放置しておくというのも同じパーティを組んでいる人間としては容認しがたい」


「ちぇーっ、わーっかったよ、じゃー一節刻(テシン)ぐらいっつーのは? こんくらいなら代わってもらってもいーよな?」


「ふむ。どうだ、ロワ?」


「うん。俺としてはかまわないけど」


 というか、ロワの心境としては、この先一生食事当番を代わらされたとしても、その程度じゃとても足りないほどの恩ができたと思っているのだが。まぁネーツェの言うことも正論だし、いずれ機会ができたらこっそり足りない分の恩を返させてもらう、ということでいいのかもしれない。


「よっしゃー! 一節刻(テシン)食事当番しなくてすむー!」


「そのくらいのお返しで満足するとか、ガキかてめぇは。いやまぁガキなんだけど」


「むっ、なんだよー、じゃーカティはそんなすごいお返ししてもらうってーのかよー」


「ああ。これしかねぇっつぅお返しを思いついた。―――ロワ」


「うん、なに?」


「これから先、俺が狙った女の、好みの贈り物とか彼氏のいるいないとか、そういう個人情報をがっつり俺に教えてくださいっ! 同調術使って!」


 勢いよく頭を下げられて、ロワはとりあえず、ネーツェに視線を向けた。


「それ、法律違反とかにならないかな、ネテ」


「なんでそこでネテに聞くんだよぉ……!? いや確認大事ってぇのはわかってっけどさぁ!」


「お前、仲間に法に反してでも自分のお願いかなえてほしかったわけか? 人非人か。……まぁ、同調術でその程度の情報を聞き出すぐらいなら、まず法に引っかかることはないだろうが……」


「え、なんで同調術だと大丈夫なわけ?」


「大丈夫というか、何度も言っているが、同調術はいわば自分の空気を読む能力を強化する術法だから、そういった個人情報を聞き出すためには、きちんと本人に接触して、会話術を駆使して話をそちらにもっていくことが必須なんだよ。その程度の力しかない術法だから、ある程度お目こぼしされることが多いのも普通だろう?」


「え、ちょ、待てよ、それじゃ情報引き出すためにはロワが俺の目ぇつけた姉ちゃんと楽しくおしゃべりしなきゃなんねぇわけか!? んっだそれそんなんありかよ、美人のねぇちゃんと楽しく会話とか童貞にそんなことできるわきゃねぇだろぉぉ……!!」


「や、それカティの話だろ? ロワはどっちかっつーと、そーいうの得意な方じゃね?」


「得意というか……好みの贈り物を聞き出すくらいなら、普通にできるけど。玄人の姐さんたち相手に、なんだよな? それなら客に聞かれれば素直に答えるのが普通だし。自分の収入に直結するわけだから、そこでごまかしてもなんの得もないしな」


「え、玄人相手の話なの、これ? ふつー女に狙いつけるって、素人相手にいう言葉じゃね?」


「ううううるっせぇ! 素人相手に狙いつけられるほど俺の対ねぇちゃん能力が高いわきゃねぇだろ! ちょっとでも相手にしてもらうねぇちゃんに媚売って、好かれて、ちやほやしてもらいてぇって男心がわかんねぇのかよっ」


「うん、ぶっちゃけ微塵もわかんねーけど。ただでさえ金払ってんのにさらにちやほやしてもらうためだけに金使うって、意味なくね?」


「かぁっ、このクソガキが! んっとにてめぇはなんっにもわかってねぇ! 傷つけられ続けた男の繊細な心の機微っつぅのがいい年した男にゃああるんだよっ」


「まぁ……俺としては、それでカティがいいっていうならいいけど」


「できんだったらぜひ頼む! 本気で頼む! もしできたら真面目にロワさまと伏し拝んで一節刻(テシン)ずっと飯おごってもいい!」


「いや、これ恩返しなわけだからそんなもの要求しないけどさ……ネテは、なにかあるか?」


「そうだな、ここは単純に。とりあえずはこの先一節刻(テシン)、僕の勉強や術法の鍛錬を手伝ってもらおうか」


「え……ネテのそういう鍛錬に、俺になにか役に立てることがある気がしないんだけど……」


「そうでもないぞ。僕が勉強している時に、神祇術で結界を張って、周囲の騒音や面倒事を遮断してくれるだけでも充分役に立っているといえるし……術法の鍛錬の時にも、神祇術の結界で、魔力の流れをはじめとした空間の状態を純化して完全に乱れのない空間を作ったり、閉鎖空間での爆発系破壊術式の実験に使ったり、巻き添えの心配なしに遠慮会釈なく術式を使えるようにしたり……他にも操霊術で僕の心魂の状態を操作したり、僕の思うがままに働いてくれるなら助かることはいくつもある」


「え、そうなのか。……というか、別に期限を切らなくても、この先ずっと一生手伝い続けろって言われても、俺としてはかまわないんだけど」


「阿呆。言っておくが、僕としては全力でお前をこき使うつもりだからな。お前の方から恩返しすると言ってきたんだから、遠慮する気はない。そんな状態をいつまでも続けたら、お前の心身の方がもたないに決まってるだろう。お前に潰れられたらそれこそ困るんだ、おとなしく期間限定の労働にとどめておけ」


「………わかった」


「っつかさー、神祇術ってそんな使い方もできんのな! 前はネテだって神祇術とか使い道ねー、みたいなこと言ってなかったっけ?」


「だからなにか使い道がないかあれこれ考えて、案をひねり出したんだよ。女神に授けられる恩寵のひとつに選ぶにはもったいなさすぎると今も思ってはいるが、選んでしまった以上できる限り使い道を見つけて活用しないのは、それこそもったいない」


「ふーん……」


「あ、俺も思いついたぜ。お願いの内容」


 言ってヒュノはひょいと手を挙げてみせる。いつものごとく軽いというか、適当さがにじみ出ている、というよりあふれ出ている態度ではあるが、ヒュノはそんな顔のまま平然と敵をぶった斬る奴であることはよく知っているので、それなりに警戒しながら問いかけた。


「……どんな内容?」


「うん。『生き延びろ』」


『………はい?』


「だから、『生き延びろ』だって。今回の仕事でさ、俺実感したんだよ。このパーティん中じゃ、ロワがいっちゃん死にやすい、って」


「それは、まぁ……神々の加護を受けていない以上、しかたないことだろう?」


「しかたねぇとかあるとかじゃなくてさ。なんとかちっとでも死なねぇように手ぇ打っとかなきゃなんねーな、って思ったんだよ。そうしねぇと、本気でちょっとした失敗や巻き添えで、あっさりロワ死んじまうぞ?」


「む……まぁ、加護を受けている人間に合わせた仕事を共にこなすなら、そういう対策はきちんと立てておくべきだな、確かに。考えが足りていなかった、と認めざるをえないことも、まぁ、ないかも……」


「つってもさー、なんかそんなすっげー効果のある手って、ぱっと思いつかなくね? 俺だってロワが死んだら困るし、なんかいい感じの作戦考えとかなきゃとは思うけどさー」


「……そこらへんは、ネテに考えてもらうのが一番いいだろ。すげぇ効果のある対策となると、どうしたって術法を駆使することになるだろうし、そこらへんの専門家……になるべく日々修行中の奴でもなけりゃ、いい手なんて思いつきようがない」


「修行中で悪かったな……まぁ事実だが」


「ま、俺も相談には乗るから、そう心配すんな。俺は少なくとも、戦場で生き延びることについちゃ、一応は専門家の端くれだ。それなりに効果のある手をなんとか考えてみせるさ」


「うん、そこらへんはまかせた。で、それはそれとしてさ。ロワ本人にちっとでも生き延びる力をつけさせる、っつーのも大事だよな?」


「それは、まぁそうだな。……もしかして、ヒュノ。お前、自分で?」


 ネーツェの訝しげな問いかけに、ヒュノはあっさりうなずいてみせる。


「ああ、俺の稽古の時間をちょっと割いて、ロワを軽く揉んでやる。殺されかける経験を何度も積みゃあ、ちっとは死なねぇ立ち回りってのにも慣れてくんだろ」


「………え………」


「あーあー、あーあー……ロワ、これ仲間に殺されちゃうんじゃね?」


「馬鹿、ヒュノが殺す気のない相手を勢い余って殺す、なんてへまをするわけがないだろう。……死ぬぎりぎり直前までは、それこそ数えきれないほど追い込まれるんだろうが……」


「あぁ、そりゃ間違いねぇな。ご愁傷さま。……ま、とりあえず俺らもできるだけ早く、なんかいい感じの対策考えるから、それまでは頑張って死なないようにしてくれよな?」


 絶句してしまったロワを、仲間たちが同情と、自分たちは関係ないんだから巻き込むなよ、という必死の念がこもった視線で見やる。これから恩返しをする相手を苦境、というか真面目に命の危険がありそうな(ネーツェの言う通り、実際に死ぬことだけはないんだろうが)苦難の道に引きずり込むほど我を失ってはいないが、正直失ってしまいたい、などと内心ちらりと考えてしまった。


 ヒュノが『殺されかける経験を何度も積ませる』というからには、本当に自分は間違いなく、死ぬぎりぎり直前まで、幾度も幾度も追い込まれることになるのだろう。いまさらそんなのいやだと言い張るなんてことはしないが……しないが。絶望の未来に、頭を抱え込みたくなってしまっているのも、また事実だった。


 そろそろとヒュノを見やると、ヒュノはにかりと、ごくあっけらかんとした笑みを向けてくる。そこには悪意も敵意も微塵も存在せず、恩返しという申し出を利用して仲間を生き延びさせる確率を少しでも上げる、という策略を成功させた、単純な喜びと好意しか感じ取れなかった。


 はは、と力ない笑みを返してから、ロワは一度深々と息をつく。本当に、これは、ネーツェとカティフが驚異的な効果のある作戦を思いつくまで、自分にまともな明日は来ないのかもしれない。

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