8-35 託宣・6
「……ええと。それでは、質問の方に入っていきたいと思いますが、お二方とも、よろしいでしょうか?」
「はい」
「いつでも!」
エベクレナの仕切りで、改めてビュセジラゥと相対する。今度はエベクレナが微妙に卓子の横側に移動し、ビュセジラゥがロワと真正面から向き合う形になった。もやもやした気分が晴れたわけではないが、この質問大会はロワが請けた仕事の一環でもあるので、放り出すわけにはいかない。
「ええと……じゃあ、誰からがいいですかね。あ、誰からっていう以前に、省ける質問は省いちゃった方がいいか」
「省ける質問……っていうと、ネテの質問ですよね?」
「そうですね。基本、神次元の神の眷族が人次元の子に教えちゃいけないことはない、っていうのは確かなんですけど、その手の質問は神次元の法に抵触しちゃうんですよね。『人次元の存在自身による健全な発達の阻害』っていうタブーに触れちゃうんです」
「ああ……やっぱりそういう法、ありますよね」
神々は様々な法に縛られているという話はこれまでにも何度も聞いたし、そういう法がない方がおかしいだろうと思ってはいたが。
「前のウィペギュロクの時みたいに、神次元にとって益のある功績のお返しとして、人次元に生きていたらまず取得できない情報や、かつて人次元に存在したけど今は失われた情報や事物を渡す、ってのならオッケー、みたいな判例はあるらしいですけど。まぁだいぶ限られたシチュですよね。まぁ人次元の子が私らに自由に質問をする、っていうシチュがそもそも普通ありえないんで、この法律は神の眷族が勝手に人次元の子に情報を流さないように、っていう意味合いなんだと思います」
「そうですね」
まぁ、たぶんこういう返答が返ってくるだろうな、とは思っていた。そうでなければあまりに都合がよすぎる。神々の知る真理を人間に下げ渡すことが許されているのなら、とうの昔に神々は人間たちを直接導いているはずだ。
「まぁそんなわけで、ネテくんの質問はスルーするとして……そうなると、一番質問をしたがってた子から始めるのがいいですかね、やっぱり。ジュディオラン王子の質問からっていうのが妥当ですか」
「えーっ……まぁ、いいっすけど……」
「なにかご不満でも?」
「いや、なんつーか、女装男子から始めるっつー字面がなんかイヤだなって思っただけっす。俺心も体も本物の美少女じゃないと興味ないんで。まぁ別に質問拒否る気まではないんで、特に不満とか文句とかはないっすよ」
「………まぁ、他人の好みにああだこうだ口出しするのは厳禁ですからね。人のことを簡単にイヤだとかなんとか言っちゃう品性については、とりあえずさておいておくとして」
「え、そこ引っかかります!? さっき一緒に仲良く話した仲じゃないですか!」
「それとこれとは別です。というかですね、お互いに趣味嗜好にまったくかぶるところがないから、お互いに相手の地雷を踏みぬいても気づけないんですよね。相手の気に障るツボがどこにあるのか理解できないから」
「あ~、それはね~……俺も前世でフ系の人と話してた時に、『この話に女マジいらねぇ』みたいなこと言われて、はぁぁぁ!? ってなった記憶ありますわ」
「そこらへんは一番わかりやすいですけど、他にもね……好きな対象がズレてるってことは、優しくしたいと思う対象もズレてるってことで、どうでもいい、冷たく扱ってもいいと思ってる対象もズレてることになるわけですから、どうしたってお互い話してるとイラッとくるところそこかしこに出てきちゃうわけで。そこらへんは大人の態度でスルーするしかないだろうと思うわけですけども……断じて許せない一線を越えたら戦争しかないですけどね! こっちの許せない一線ってどこか、さっぱりわからない理解できない相手でも!」
「あー、それもわかる……俺も自分の嗜好キモいとか言われたら全面戦争するっきゃないですもん。好きなんだからいいだろお前に迷惑かけてねーだろ口出しすんなって言いたくなりますよね」
「ねー、ホントにねー……そこらへんの加減わかってない人多すぎですよね。っていうか、これまでの人生で常に多数派だった人って、相手を疎外することの罪の重さがわかってないんですよ。こっちがどれだけいやな思いするかとか理解できてない、しようとも思わない。だって自分はそんな思いしたことないから、気軽に人を苦しめてしまえるっていう」
「あ、それって趣味のことに関してだけじゃなく、どんなことについてもそうですよね。仕事とかそれにまつわるコミュニケーションとかも、できる人は当たり前にできるからできない人間のことがわからないし、単にサボってるっていうか、努力を怠ってるだけ、みたいに捉えられちゃうっていう」
「めっちゃわかります……必死に頑張ろうがどうしようが、できないことはできないって言わせてくれ、って思いますよね。まー死に物狂いになってでもできるようになろうとする努力を怠ってるって言われたら、反論できませんすいませんって言うしかないんですけど。だってそんな自分に向いてないってわかってることに死に物狂いになるくらいだったら、自分の好きなこと、得意なことに時間費やしたいですよね!? 自分の人生なんだから好きに使わせてくれって感じですよ!」
「ほんとそれ。こっちははなっから人生に多くを求めてないんだから、自分程度で手に入れられるもんで十分満足してんだから、そっちもこっちに多くを要求しないでくれって言いたいですよね!? お互いに不可侵領域には触れあわないようにするっつー社会生活のマナーちゃんと守ってくれ、って感じですよ!」
「…………」
盛り上がる二人を眺めながら、ロワは無言で話が進むのを待つ。じっと自分たちの方を見る視線に気づいたのは、さすがにエベクレナの方が早かった。
「あっ、す、すいません私たちだけで盛り上がっちゃって。えっと、ビュセさんに対する質問を始めるんですよね」
「……ええ。よろしいでしょうか」
「はいもちろん! 私できるだけ邪魔にならないように控えてますので……あっでも話の内容が私的に推しに聞かせたくないというか、センシティブなところに差しかかるようでしたら、私ロワくんに聞こえてる聞こえてないにかかわらず、強権発動して割って入っちゃうかも……」
あれこれと失敗の予防線を張るエベクレナにうなずきつつ、ロワはちらりとビュセジラゥに視線を投げかける。上半身(を映している水晶の窓)が真正面に位置している相手なので、ばちっと視線がかち合った。一瞬ビュセジラゥはちょっと驚いた顔をしたものの、すぐににやっ、と得意げというか偉そうというか、こちらの反発心を煽るような顔で笑ってみせる。
内心『この野郎』と心の中で拳を握り締めてしまい、それが見抜かれたのかエベクレナにもちょっと驚いた顔をさせてしまった。だがロワがあえてそれを無視して話を進めると、エベクレナも細かく聞きほじったりすることなくそれに追従してくれる。ロワに対する気遣いもあるし、話を先に進めなければという義務感もあるのだろうが、どちらにしてもありがたいことには違いない。
「ええと、それでは、女装王子……ジュディオランくんの質問からお願いします」
「はい。……まず、彼が最初に聞いてほしがっていたのは、ビュゥユに男が住まうことを、ビュセジラゥさまはどうお考えなのか、についてですね。男が生息することすら許してはいないのか。ビュゥユに存在する男たちはみな苦しめいたぶるのが正しいことであるとお考えなのか。そこらへんも含めてお答えをいただきたいです」
「んー、正しいっつーかさぁ……そもそもの話、神次元に生きる神の眷族が、人次元の人間やら国の方針やらに、ああだこうだ口出しするの、ご法度だろ? だから俺がどうこう言えることじゃないっつー、フツーの判断がまず第一にくるかな」
「はい」
「で、それを踏まえた上で、の話だけど。俺の好みからいうと、ビュゥユに男がいるっつーのはイヤ。超ヤ。人次元のぞく時の視界に入るだけで超イラッとくる奴が、俺の神音で創った国に生息してるっつーだけでもうすんげー目障り。鬱陶しい。頼むからどっか行ってっつーのが正直な気持ち。生息することを許す許さないってーのは俺の決められることじゃないけど、俺が決めていいんだったら男子禁制、男は商売人だろうがなんだろうが入国禁止ってことにしたい。まーそんなんじゃ国が回らねぇっつーのも理解はしてるけど」
「………はい」
「ただ、その……ビュゥユにいる男を苦しめたり、いたぶったりしていいか、っつーとまた別の話っつーか」
「……そうなんですか?」
「いやだってさぁ、いじめとかいやがらせとかそーいうのって、誰がどう考えてもやっちゃいけないことだろ?」
「そうですね。まともな良識の持ち合わせがあれば誰でもそう思うと思います」
「俺的にはさぁ、美少女にはちゃんと心も美少女でいてほしいわけよ。エゴやら吐き気を催す邪悪やらに支配されたりしてほしくねーわけ。まぁ邪悪な美少女っつーのもそれはそれで好きではあるけど、美少女に似合う邪悪と似合わない邪悪ってあるじゃん? 一国が総出で特定の対象にいやがらせしたりいじめたりみてーな見苦しい邪悪とか、美少女に似合うわけねーじゃん。それにまぁ、俺も男なわけだからさ。男はいくらでもいやがらせしていじめてよし、っつー風潮が是とされるとさ、生存も許されねぇみてーで辛いっつーかさ……まぁ俺としては男は基本美少女に近寄った時点で即有罪だけども!」
「……つまり、こういうことですか? 男はビュゥユには入国してほしくないし、国内にいる男たちにはとっとと出て行ってほしい。ただ、男を迫害する風潮は好ましくない。男と、ビュセジラゥさまが想定するビュゥユ国民は、傷つけあうことなく、適切な距離を保つべきである。という?」
「うんまぁ、そんな感じかな……まぁしょせん俺みたいな三級雑魚の言うことだから、国を立派に運営してる人相手に聞いてもらうほどのことじゃねーし、っつかむしろ雑音になるから積極的に無視してほしい満々だけども!」
「いえ、その、この質問はジュン王子から提出されたものなので、基本的に聞くのはジュンだと思いますよ? もちろん女王陛下も知ることにはなるでしょうけど」
ビュセジラゥの反応にエベクレナに似たものを感じ目を瞬かせながらも、ビュセジラゥの考え違いを一応正す。が、ロワのその言葉を聞いたとたん、ビュセジラゥはあからさまにふてくされた顔になって脱力した。
「あー、そっかこれ女装男の質問だっけ……真面目に答えて損したぁ。そんな奴相手に下から目線しちまったのかぁ、なんかすっげぇ悔しいんだけどー……」
「…………」
「あ、てっめまた『ダメだこいつ』とか思いながら俺の方見ただろ! こっちがお前の心読めるってこと忘れんなよ!?」
「いえ、忘れてはないです」
単純に、この神に対し、そういう呆れの感情を隠す気になれないだけで。
「てめ、このやろ……あとで覚えとけよ。いつか絶対仕返ししてやっからな」
「は? 私がそれを許すとでも? というか神次元の存在が人次元の子に対して言っていい台詞だと思ってるんですか、あなた? なにかしでかしたら即有罪ですからね、さらに言えばこの部屋での会話は全部記録されてるってこと忘れないでもらえます?」
「ちょおぉぉ……お、俺には憎まれ口を叩く自由もねぇのか……」
「それでは、次の質問に移りますね」
「無視すんなや! 反応ぐらいしろよ!」
「ジュンの次の質問は、『ビュゥユ国民が国外に出ることを、ビュセジラゥさまは許してくださるのか』ってことです。自分たちのことについてだけでなく、一般的な女性同性愛者の国民が国外に出てもビュセジラゥさまの気に障らないか、ということも聞いてほしいようでした」
「え、それは……フツーに許可する、っつか俺がどうこういうことじゃないだろ。人次元の人間相手にあれしろこれしろって命令すんの禁じられてるし……まぁ気に障るか障らないかっつわれたらちっとくらいはイヤかもしんないけどさ。好みの美少女に国外逃亡されたら、そりゃ別に推してない子相手でもそりゃへこむよ、ちっとくらいさ」
「…………」
好みの美少女じゃなければどうでもいいということか、と訊ねかけて、口を閉じる。いまさらそんなことを聞いてもいろんな意味で意味がない。
「まぁそれでも、美少女にあれこれ命令するとかやりたくねえし、禁止されてるし。美少女が心のおもむくままに、好きな時に好きな場所へ行って好きな相手と好きなことをするっつーのは俺の望むところだし。もちろん好きになる相手は美少女限定じゃなきゃだけども。なんで、特に文句は言わないってことで。当然不美少女が国外逃亡しようがなにしようがどうでもいい」
「……なるほど。では、ジュンの最後の質問……これは、ラィアの質問とある程度かぶってるので、一緒に質問させていただきますね。『ビュセジラゥさまには、この国の現状を変える気があるのかないのか』。ジュンはビュゥユのさまざまな歪みについての質問で、ラィアはビュゥユの女性同性愛者の貞節を重んじての質問だったようです」
「いやそれもう俺答え言ったようなもんだろ。神次元の存在は、人次元の人間相手に、あれしろこれしろとか命令はできねーの。そりゃ今のビュゥユは俺の望んだとおりの国ってわけじゃないけど、だからって自分の思い通りに改造するとかありえんっつの。即行罰則喰らうし……それに、責任持てないしさ」
「責任、ですか」
「いやだってさ、俺ら別に未来見通せるわけじゃないんだから、今俺的にまずいとこを俺の思う通りに改造してさ、それが実は未来に致命的な結果招いちゃう、みたいな展開になったらどうする? 責任取れねーよな? 俺人次元の人間じゃなくて神次元の存在だし。それに国がどうとか未来がどうとか、そんなでっかいもんたかだか一個人じゃ責任の取りようがねぇよ。重すぎて潰れちまうこと確定だし、潰れたところで損ねた未来を取り戻すことなんてできねーし」
「それは……そうですね」
「だろ? だからさ、国の未来とか改革とか、そーいうのはその国に属して、その国を愛してる人らが、みんなで一生懸命頭つき合わせて考えて、あとは成り行きに任すしかねぇと思うわけ、俺。誰も責任取れないんだから、心を込めてやるだけのことやったら、あとは運を天に任せるだけ、誰も責められねぇっつー話にすんのがさ。だって未来のことなんてホントわかんねぇもん、歴史上でも損としか思えねぇ道選んだのが後で大ヒットとかその逆とかよくあるし。それなのに必死に考えた人ああだこうだ責めるのとかマジ駄目だろ。だったらお前が完璧な改革してみろや、って感じだろ?」
「はい……そうですね」
「その上さ、俺ら人次元じゃ神さまってことになってんじゃん。どんなめちゃくちゃなこと指示しても神さまだからって許してもらえっけど、神さまだからどんな責任押しつけられても問題ねぇって立ち位置だろ? 俺がなんか迂闊な改革指示しちゃったせいで結果的に国が傾いたりひどい目に遭ったりして、国民の美少女たちみんなに恨まれたり責められたりするのとかもうマジ勘弁だから。だから悪いけど、俺ビュゥユがどんなに傾いても、助言したり助けたりするつもりないから。神次元の規則からしてもアウトだしな、そーいうの」
「……なるほど」
まっとうで、筋の通った意見だった。これまで聞いてきた言葉を発した相手とは思えないほどに。いや、エベクレナと話が合っているところもあるわけだから、神々の視点から見れば少なくとも邪神ほど困った存在ではないのだろう。まぁ神々にとっても人格的に太鼓判を押せる、というわけではないだろうことは、エベクレナの反応からも理解できるけれど。
「おまっ……それ人として言っていいことだと思ってんのか!?」
「いえ、俺はなにも言ってませんが」
「ちょっ、こっ、これ読心ハラスメントだろっ! いじめだいじめっ! エベクレナさんっ、あんたの推しが俺のこといじめてくるんですけどっ!?」
「あ~……ロワくんがここまで腹立てるのって珍しいですね。邪神じゃなくて神なのに、人次元の子を明確に差別してるっていうのがよっぽど怒りのツボに刺さったんでしょうね……ええと、ロワくん」
「……はい。なんでしょうか」
「えっと、ビュセさんの口ぶりにロワくんが悪印象抱くのはもっともですけど、百合ち……女性同性愛者たちが愛し合うことを眺めることを好む人が、誰もかれもこういう……自分の愛玩対象以外はどうでもいい、的な思考する連中だとは考えないでくださいね? その人間のモラルと、嗜好って全然別の問題ですから」
「? 別にそんなことは思ってませんけど……女性同性愛者を眺めるのが好き、っていう男には人界でも会ったことありますし。その人は普通にいい人でしたし……」
「お、おおう、そうなんですか。人次元にももうそういう業の深い人、ちゃんと発生してるんですね……いやまぁ大雑把に分ければ古代人なのにフ的描写作品に紛れさせてる人もいたわけですし、一部は近現代に近いレベルの文明までたどり着いてる世界で、そういう嗜好が現れないのが不自然なのかもしれないですけど……」
「っていうか! それ俺のこと全然フォローしてなくないですか!?」
「いやだって、人次元の子から見たら、推す対象になる子以外は塵芥って考えちゃう、そしてその発想をそのまま口にしちゃう神さまとか、だいぶ邪神に近いなとしか思えなくて……ただその、私自身も共感できない部分はないとはいえないというか、すっごい気持ちがわかっちゃう部分がいろいろあるのが、自分の人道に外れたとこ見せられてるみたいでだいぶ複雑なんですけど……」
「いやだって好きな子以外に一生懸命尽くすのとかヤじゃないですか! 自分の神音突っ込むんだから、尽くすのが幸せな対象にしか相手にしたくないでしょ!?」
「ええ、それは確かにその通りで、神次元ってその思考を前提にして動いてるとこありますし、私自身一生懸命働いて手に入れた神音を、好みの子以外の子に費やすとか絶対イヤですし、むしろ費やすのが当然みたいな言い方されたらドブに捨てた方がマシって気持ちになっちゃいますし、ボランティアで世界のみんなに神音をくれって話になったら、大したことない金額を募金のつもりで払うぐらいしかしたくないですけど……それを『神さま』がやってるって、人次元の子たちの視線から見てみたら、どう思います?」
「うっ……」
「どう考えても、なんじゃそりゃでしょ? クッソムカつくマジ死ねって話になるでしょ? 私たちの前世の頃にそういう神さまがいたらって考えてみてくださいよ。神さまじゃなくて、偉い人でもいいですけど」
「あー……そりゃ、まぁ、クッソミソに叩かれますね……」
「私、民衆というか衆愚のそういう、偉い人だったら尽くして当然、有能で当然、失敗しなくて成功して当然、っていう思考法すっごい嫌なんですけど。めちゃくちゃ思い上がってるっていうか、わがままで身勝手で。でもその、偉い人が本当に自分のためだけに好きなことやってて、周りの人のこと全然考えてないっていう本音見せられた時に、イラッとしちゃうって気持ちも正直わかっちゃうんですよ。正しいとは思いませんけど。なんで、どんな時も推しの子の味方をしたいっていう欲望にできる限り見ないふりをして、冷静に理性で判断すると、どちらの味方もできないっていうか……」
「いや欲望の見ないふりをしてそのレベルか、ってだいぶ突っ込みたいですけど、俺もだいぶ気持ちわかります。推しの子にはどんな時も百パー味方でいたいですけど、それが推しの子のためになるかってーとまた別ですしね。神次元の相手を、人次元の連中から見たら、そういう反応になるのも当然だろうっつーのも、まぁわかります……けど行いを改める気は一ミリもないですけどね!」
「えー……」
「いやだって俺だって一生懸命働いてるんですもん! 誰に褒められることもないからこっそり自分で自分を褒めながら、日々の糧を得るために生きるために働いてるんですもん! 趣味の世界でぐらい自分だけに優しくしたいですよ、人次元の奴らからすればムカつくだろうってのもわかりますけど!」
「うぅ、人倫からすると認めちゃいけないんでしょうけど、私もぶっちゃけ気持ちがわかってしまう……趣味の世界でぐらい自分に優しいものにしか触れたくない、というのは誰もが持っているささやかな欲望……!」
「…………………」
ロワはまたも自分にわからない言葉でしゃべり合うエベクレナとビュセジラゥを、なにも言葉を発することなく、じっと眺めた。じっと、じーっと。無言で、口を開くことなく。
「……あっ! すっすいません、また私たちだけで話しこんじゃって! ええと、確か、私が知ってる限りじゃ、次が最後の質問なんでしたっけ……?」
「………はい。そうなりますね」
「えっと、じゃあ、その、その質問を……」
自分が場の空気を壊してしまったと感じているのだろう、エベクレナは可哀想なほどに慌ててうろたえながら、懸命に議事進行を再開しようとしていた。その気持ちに水を差すつもりはないが。ないのだけれども。
ちらり、とビュセジラゥに視線を投げかけると、相手は前回同様、にやぁっと、心底苛立たしい笑みを浮かべてこちらを煽ってくる。『この野郎』とまた一瞬拳を握り締めてしまったが、すぐにため息をひとつついて、できるだけそのことについては考えないようにした。エベクレナを怯えさせたり困らせたりするのは、ロワの望むところでは絶対にないのだから。
「……ええと。最後の質問は、ヒレーナキュディオラ女王陛下からの質問です」
「あのおばさんからか……どーぞ」
「……『ビュセジラゥさまは、なぜ、男性神なのに女性同性愛者の守護神なのか』っていう質問なんですけど」
『……………』
ロワとしてはごく当たり前の質問だという気がしていたのだが、その質問を聞くや、ビュセジラゥ――のみならずエベクレナまでもが、そろって深刻な顔になった。
「その質問、来ちゃいますか……やっぱ来ちゃいますか……うわー……え、これ、私ここで推しにこれまで必死に隠してきたそっち系の知識解禁しなきゃダメなんですか? 禁じられた、推しのぴゅあっぴゅあな心に映すとか断じてありえないフハイした知識の数々を? 待ってくださいよ、それナシでしょ、人としてやっちゃいけないレベルでしょこの純白の心にどす黒い染みつけるとか……」
「いやまぁ、男がどうこうっつーのは俺は基本どーでもいいですけど、気持ちはわかります……俺だって俺の百合への情熱を、悶え転がってる対象に教えるとか、超アウトですから………! 絶対ナシ、なにがどう転んでもナシ、天地ひっくり返ってもありえないです。だって俺の悶え転がってる時の顔とか、絶対超キモいんで………!」
「そう! そうなんですよ! 私も絶対超キモいです、自信あります。欲望と妄想に狂ってるヤバい人の顔してます絶対! でもだってねぇ、しょうがないじゃないですか、人間のいっちばんキモいとこ、性癖だとか妄想だとかそこらへんのキワを刺激しまくってくれると同時に、私らの一番きれいなとこっていうか、なにより大切にしたい慈しみたい幸せになる手助けをなんでもしてあげたいっていう、崇め奉ると同時に愛おしむ気持ちを教えてくれる存在が推しっていう代物なんですから……!」
「そうそうそうそうその通り! 欲望ぶつけたい気持ちもめっちゃありますけど、でもガチで人生懸けた推しになっちゃったらエロ本買えない的なね……! ガキの頃のマジ惚れした子はオカズにできない的な気持ちを再燃させてくれるっつーか……あっやべこれ普通にセクハラっすね!」
「え、いえ私は全然気にならないですけど。というか、男性のそういう性春の一ページ的なエピソードをリアルで知れるのってめっちゃ嬉しいです。そういう実体験とかあったりするんですか?」
「え、や、その……いや、今はそんな話してる場合じゃないですよね!?」
「そ、そうです、そうでした! 推しにフハイ……というかなんというか……とにかく、私たちの妄想にすぎない想いをぶつけるとか、あっちゃならないことだって話なんですよ! 人として、大人として! これ普通に規制入っていいとこじゃないですか!?」
「そうですよ! まー俺はこのオスガキについてはどうでもいいにしても、俺のそういう妄想をこいつが女王さまに伝えちゃうとですよ、これから王家の子々孫々にまで、護国神である俺がクッソキモい神だってことが知れ渡っちゃうってことなんですよ……! そんなん俺生きけてませんよ、曲がりなりにもビュゥユの子は基本みんな、今は俺に敬虔な祈り捧げてくれてんのに!」
「は!? なんですオスガキって、そういうエロいこと私の推しに言うのやめてくれます!? 興奮しちゃったらどうするんですか!」
「や、ちょっ、そーいう返しされても俺真面目に反応のしようがないんですけど……! えーととにかく、エベクレナさんの推しに、俺が素直に質問の答えをぶちまけるのは絶対ナシ! ってことでいいですよね!?」
「それ同意するしかないでしょ! ……でも、だったらどういう答えを返すか……ってことになると……ちょっと、その、迷いません?」
「そ、そーですね……ぬるいごまかしじゃフツーに追及されるだろうし……つってもちょっとでも真実を匂わせるのとか、嫌ですよねエベクレナさん、絶対」
「当然です断固拒否です審議無用です。ビュセさんだってロワくんから美少女同性愛者だらけの自分の国に、自分の妄想が匂わされるのとか嫌でしょ!?」
「絶っっ対に嫌ですね! ……じゃあどういう返答しましょう」
「どういうごまかし方するか、ですかぁ……な、なんかどんな答え返しても突っ込まれる気しかしないんですが……ロワくん、基本対人関係の勘、めっちゃ鋭いですし……」
「え、それなのにこれまでどうやって腐知識の伝達とか防いでたんですか」
「そこはそれ、その……ロワくんが私たちが困ってるのを察して、『言いたくないんでしたら言わなくてもかまいませんよ』って退いてくれる感じで……」
「ちょ、ま、なんですそれムッカつくわぁ~……! ガキの分際でしれっとイケメンムーブされるのとかめっちゃ腹立つんですけど! まぁこれ見よがしのイケメンにやられても腹立ちますけどね!」
「いや、いい大人が子供相手に嫉妬するのとかやめましょうよ。さすがに真面目に注意しますけど」
「あ、はい、すいません……。いやそれはおいといてですね、それならもう向こうに察して退いてもらうってことでいいんじゃないですか? こいつそこらへん察してくれるんでしょ?」
「う、うーん、それはまぁ、そうなんですが……」
顔を白黒させながら早口に意味の分からないことを喋っているエベクレナとビュセジラゥをしばし見つめていたロワは、言葉が途切れた合間を見計らって声をかけた。
「あの、答えるのがおいやなら、答えないのが返答、ってことでもいいと思いますよ?」
「ぁっ」
「そ、そうですか!? それならここは……」
「俺としては、なにか答えを返してほしいですけど」
「ぇっ……」
「この質問をする時、女王陛下はだいぶ悩まれてたんです。俺には、心底悩んでいたように見えました」
「は、はぁ……」
「本当ならもっといろいろ、微に入り細に入り質問したかったんだと思います。ネテみたいに、ビュセジラゥさま以外へ問いかけてもいい、みたいな質問じゃなくて……自分の国に加護を与えてくれるビュセジラゥさまに、自国の歪みや翳りを知りながらずっと国を支えてきた人間として、知りたいこと、聞いておきたいことはいくつもあったんじゃないかと」
「う……」
「でも、女王陛下はこの質問にとどめられた。自国の護国神に対する礼節と恭謙を守るために。だからこそ、というか……この質問には、あの方の絞り出すような思いが込められてるのが、俺には感じ取れたんです。女王陛下のなにもかもを肯定するってことは俺にはできないですけど、自分の性的指向が肯定されない国で、自分の愛する人を蔑む国民たちを、自分と愛する男性のためにというのがほぼすべての動機だったとしても、護り支えてきた人間として、その強さを、尊敬に値する心根を認めてくださるのなら……どうか、この質問に答えてあげてはいただけませんか」
「………ちょっと! エベクレナさん! 話違うんですけど!?」
「た、たとえ全肯定はできない相手でも、尊敬すべき点はちゃんと認めてその人のために頑張れる、そーいうまさに尊敬できるところも推せますけど……こ、ここはどうか私たちに対する優しさを発揮してほしかった……!」
「どうすんですか、この状況でこいつの発言ぶった切って答えないなんて言う度胸俺ないんですけど!?」
「わ、私に聞かれても……! な、なんかこういい感じにごまかして言うこととかできないんですか!?」
「ごまかしようないでしょどう転んだって! 百パー性癖としか言いようないんですから! 美少女が好きで、男特にイケメンを視界に入れたくなくて、美少女同士が絡んでたら幸せっつー心境を、どう取り繕ったらちゃんとカッコがつく台詞になるんですか!」
「ぐ、そ、それは確かに、そうなんですけど……! 私だって根本の気持ちは単に性癖としか言いようがないですし……! なんか、なんかこう、少しはマシな……あ! こ、これならどうでしょう、だいぶ力業ですけど……! ………」
「……! な、なるほど! 俺たちの立場利用して押しきるわけですね!? そ、その方向で! それなら具体的には、こんな感じで………」
なにやら忙しなく話し合っているエベクレナとビュセジラゥをじっと、じーっと眺めることしばし。二人はちゃんと結論を出せたようで、改まった顔つきでロワの方に向き直った。
「……ええと、だ。結論から先に言っちゃうと、だ」
「はい」
「それが俺の……俺という存在の、ある意味においての存在理由だから、だっ!」
「………は、い?」
「だから、アレだよ! 俺としても、男の分際で百合をつかさどってるっつーのは申し訳ないと思ってるけどさ! 仕方ないんだよ神の眷族とか、そーいうの込みでの事情っつーか、俺という生き物の在り方としてさ! ほら、俺女性と愛の神だから! 最初に神の眷族として着任する時、そういう属性になっちゃったから! 俺が神次元に存在する根本的な理由だから、百合の人たちには申し訳ないけど、これからも加護やら恩寵やらを与え続けさせてほしいっつーか……!」
「………ええと」
正直、意味がよくわからない……というか、いまひとつピンとこない。いわば神々の裏事情を話してもらっているわけだから、人間がよく理解できないのも当然といえば当然なのだが。
「ええと……つまり、ビュセジラゥさまにとっても、女性同性愛者の守護神であるという、今の状態は不本意だと……?」
「んなわけねぇだろうがぁなに聞いてやがったんだてめぇ!」
「………はぁ」
「ぁっ……と、とにかく! 俺としてはその、そういうのが、不本意だってことはないけど! っつか……百合の一助となれるとかありがたいことこの上ないけど! その……俺はそういう在り方しかできない存在だから! 男でありながら、百合を崇め、遠くから愛でる、そういう存在としてもう好む好まざるにかかわらず定義されちゃってるから! だからその……もう選択の余地とかねぇわけ! そういう生き物なんだよ俺は! だからその……ガチ百合の人たちには申し訳ないんだけどっ、どうか勘弁してほしいとしか……!」
「………はぁ………」
やっぱりよくわからない――のだが、少なくとも、ビュセジラゥがどういう想いでビュセジラゥリオーユ国民を眺めているかはわかった、と思う。
「つまり……ビュセジラゥさまは、エベクレナさまと同じような気持ちで、女性同性愛者の人たちを見ているんですね?」
「ぇっ……」
「そ、そう! そういうことなんですよ、たぶん、おおむね! なのでこう、そこらへんをうまい感じに伝えていただければと……!」
「わかりました」
「え、これ俺納得していいとこなんですかね……? 腐れた思考と一緒にされるっつーのとか、百合愛好家として怒るべきところなのでは……?」
「ちょっと黙っててもらえます!? 今ロワくんによけいな情報入れたくないんで! ロワくんはそのぴゅあっぴゅあな心でもって、私らの漏れ出る妄想やら腐れた思考やらを純粋純正な神の眼差し的なものに変換してくれるという神対応してくれてるんだから、いいじゃないですか! 少なくとも悪いようにはとられてない、ってことなんですから!」
「そ、そうですかね……? ま、まぁ純粋な視線と受け止めてくれるんだったら、作戦成功ってことになるのか……」
「そうですよ、神の眷族としての逃れえない性質っぽいものとしてごまかす作戦大成功ですよ! なんですからあなたもこう、怪しい素振りとかしないでですね、疑われる要素を減らしてくださいよ、またロワくんに『なにやってんだこいつ』みたいな目で見られるの嫌でしょ!?」
「いや、こいつがじろじろ見てたのは単に……いやまぁいいか、男女の組み合わせとか基本興味ないし、お二人だけでどうぞお好きに関係発展させてってください」
「な、なんですその発言……まさか私の気づかない男女カプの匂わせがあったとでも……!?」
こそこそごそごそと小声で意味のわからないことを話し合うエベクレナとビュセジラゥを、ロワはまたも無言でじっと見つめた。じっと、じーっと。我がことながら、なんでこんな態度を取るのか、よくわからないながらも。
「……ええと、それじゃあ、質問の答えについては、これでちゃんと全部答えられましたか、ね」
「はい。大丈夫だと思います」
「……ぶっちゃけ、俺としては、人次元にメッセージを送れるっつーめったにない機会をふいにした、っつー気がすっげえするんだけど……まぁメッセンジャーが男だってのに重要な話伝えるっつーのもアレだし、いいのか……」
「どういう言葉を伝えたいと思ったんですか? 伝えられる言葉なら伝えますけど」
「え、や、まあ……その、ほらアレだよ。俺の欲求っつーか……ビュゥユ国民のみなさんを、もっとこう、目が合ったら即ベッドインっつー思考じゃなくて、恋とか愛とか、キュンキュンとかイチャイチャとか、そーいう方向にシフトできねーかなっつー……いやでも男風情がそんな欲求口にするとかクッソキモいし、迷惑だし、思い上がってるからな! やっぱ伝えない方向で!」
「はぁ」
「……それじゃ、人次元に送りますけど。その前に、なにか言っておきたいこととか、あります?」
「そうですね……」
少し首を傾げてから、ロワはビュセジラゥに向き直った。
「ビュセジラゥさま」
「……なんだよ」
「あなたの事情はわかりました。その上で、一言だけ」
「だからなんだよ?」
「あなたがどんなことを人間に期待しているにせよ、普通に生きている人間があなたの思い通りに動いてくれるということはまずありえないので」
「は!? なんだそりゃお前煽って」
「だから、あなたも無理をする必要はないと思います」
「………は?」
意味がわからない、という顔で眉根を寄せるビュセジラゥに肩をすくめてから、ロワはエベクレナの方に視線を向ける。
「エベクレナさま」
「あっ、はい、それじゃ、また明日!」
エベクレナが我に返ったように慌てて、なにやら手元に浮かぶ窓をあれこれいじりだす。少しばかり動転しているせいだろう、その手つきはだいぶおぼつかなかったが、それでもせめてもの挨拶ということか、窓をいじりつつも大きく手を挙げてくれた。
―――そして次の瞬間、ロワはジュディオランの屋敷の、客室のベッドの上で目を開ける。
窓から明るい陽射しが差し込む。部屋の中には、仲間が狭苦しく詰め込まれた寝台の上でいびきをかいていた。
仲間といっても、いつも通りにネーツェとジルディンの二人だけ。ヒュノとカティフは早朝稽古でもしているのだろう。また寝坊してしまったな、と小さくため息をつきながらも、気合を入れて寝台から飛び降りる。
今日は出立の日。この国と――この国の人々と別れ別れになる日なのだから。




