8-34 託宣・5
「なー、ロワさー。飯食う時のあの長話って、なんだったん? 結局なにが言いたいのかよくわかんなかったんだけど」
その夜、今日もジュディオラン邸の客間で寝る間際になって、唐突にジルディンがそんなことを言い出した。
「……わかんなかったのか?」
「んー、わかんねーっつーかさー、なんでそんなに長々喋ってんの? 結論だけすぱっと言やよくね? って思った」
「そ、そう、か……一応、俺なりに、ライシュニディアにうまく伝わるように、って考えて話してたつもりだったんだけど……」
「いやジル、それは思い違いだぞ。人になにか伝えようとするときは、物語を使うのが一番伝わりやすいんだ」
口を挟んできたネーツェに、ジルディンはきょとんと首を傾げる。
「物語? ってなに?」
「こういうわけで、こういうことがあって、こうした結果、こうなった、という経過――つまり、起承転結だな。たいていの人間は、物語として伝えられることで、感情を刺激され、言葉を認識し、まともに記憶することができる。箇条書きをいくら並べられても、頭の中で秩序立てて整理し記憶できる、という人間はそうそういないんだ」
「へー……そーいうもんなのか。でも俺、ロワのあの話、いちいちちゃんと覚えたりしてねーよ?」
「それは仕方ないだろう。あの話はお前に向けて伝えられてたものじゃないんだから……」
「いや、あの……俺としては、みんなにも伝えてるつもりで、話してたんだけど……」
『えっ……』
何人もの声が揃ったことに、ロワはこっそり落ち込む。自分の話はそれほど駄目だっただろうか。一応自分としては伝えるべきことはちゃんと伝えられたつもりだったのだが。
「ん、んなこと言われたってさぁ! そんなん言われてもねーのに、わっかんねーよー! なーネテっ」
「べっ、別に僕はまったく聞いていなかったわけじゃ……まぁ、その、王女殿下たちに対する仕事の一環だろうと思って、それほど身を入れて聞いていたわけじゃないのは確かだが……カティは?」
「い、いや、まぁ、その……ぶっちゃけ聞き流してたわ、悪ぃ! いやでもだってあんな、なんつの、哲学的? な話、いちいち聞いてたら飯まずくなんだろ普通! 一般的な野郎はんな話飯時にされても聞き流す以外の選択肢ねぇって! ヒュノだってそうだろ!?」
「っつか、飯ん時なんか話してたのか? 俺飯食い終えたらずっと鍛錬してたから、全然気ぃつかなかったわ」
「だよなだよなっ……って、全然気づかねぇとか、それはそれでどんな集中力してんだお前」
「というか鍛錬って、なんの鍛錬をしていたというんだ。食事時に剣の鍛錬なんてしようがないだろうに」
「そうでもねぇぜ? 座ったまんまでも、気配やら空気の流れやらを完璧に察知できる範囲をちょっとずつ広げてくとか、意思を集中して剣なしでものを『斬る』練習とか、いろいろできることはあっからな」
「……は? 剣なしで、ものを斬る? って、お前がなにを言っているのか僕にはさっぱりわからないんだが……」
「や、だっからさ。『斬る』って意志を、強く持つんだよ。なにかを『斬る』と思い決めて、その意思に全身全霊を注ぎ込む。振るう剣を心の中で創り上げて、それを本物として形作れるくらいに気合と意志を研ぎ澄ますんだ。達人ならその意思だけで人を斬ることもできるらしいぜ。絶剣術の鍛錬の一種らしいから、じっとしてなきゃならねぇ時はよくこの鍛錬してんだよ」
「ほう、なるほど。絶剣術の鍛錬。そう言われれば納得が……できるわけないだろう!? なんだそれは、意思だけで人を斬るって、術法を介在させずに意志だけで物理法則を超越するとでも!? 明らかにおかしいだろう、というかそれ以前にそんな物騒な鍛錬を人に向けてやっていたのか、なにを考えてるんだお前は!」
「や、人を斬るっつっても、今の俺じゃ全力で集中しまくっても、せいぜいが葉っぱ一枚斬れるかどうか、ってとこなんだぜ? 人に向けても『斬られた』と思わせるくらいはできっだろうけどさ、本当に『斬られた』通りに傷をつけるとか、『斬られた』と心底から思い込ませて命を奪うとか、そこまではまだ全然いってねぇんだって」
「あぁ、なるほどな。なんか剣を振るう気配が現れては消え現れては消えってのくり返してるから、たぶんお前がなんかやってんだろうとは思ってたが、そういうことやってたわけか。まぁ、確かにお前の言う通り、今の練度じゃ人に傷はつけられねぇだろうが、やるんなら仲間内だけにしとけや。意思の剣に斬り返すってのも鍛錬にゃなるんだ、そんなもん素人さんに向けても向こうも困るだろうよ。なぁ、ネテ?」
「ああ、そ……うじゃない、そういうことが言いたいんじゃないっ! 僕が言いたいのは人のいる場所で危険な鍛錬をするのがそもそもよろしくないということでだなっ……!」
「っつかさー、話ズレてんじゃん! 俺が言いたかったのは、ロワの長話なに言ってんのか意味わかんなかったよなー、ってことでぇっ……」
「長話? って、なに言ってたんだ、ロワ?」
「………ライシュニディアにわかりやすいように、女性同性愛者を例にとりつつ……どれほど苦しめられてきた人間でも、被害者としての生を強いられてきた人間でも、気を抜けば簡単に加害者に、傷つけ苦しめる側に回ってしまうんだ、ということを………」
「? そんなん当たり前のこっちゃねーか。盗賊に痛めつけられてた村の奴らが、盗賊の皆殺しを依頼した相手に、報酬惜しさに仕事のあとで毒盛るとか、よくあることだろ?」
「いやいやいやそれが当たり前って、どんだけ物騒な人生送ってきたんだお前。まぁ俺もそんなに褒められた人生送ってきたわけじゃねぇけどよ」
「というかだな、ロワの言いたいことはそれとは違うんじゃないか? 攻撃する側とされる側が容易に入れ替わる、その恐ろしさを告げているわけで……」
「? だから、相手に殺されねぇように殺す時はきっちり殺しきれ、ってことだろ?」
「いやいやそれも物騒すぎんだろ。まぁ言ってることは間違っちゃいねぇとは思うがよ」
「いや間違っているだろう! いいかヒュノ、暴力は人間社会において最後の交渉手段だが、それにも段階ってものがあるんだ! 冒険者という、曲がりなりにも人倫を背景に仕事をする職業に就いている以上、殺害は最後の手段としておくべきだろう! 基本的には犯罪者だろうと生かして捕え、司法の手にゆだねることを旨とすべきでっ……」
「ネテ、お前の言い草もけっこう人倫とやらからは外れてねぇか?」
「もーっ、みんなして意味わかんねー話ばっかすんなよー! どーせすんなら面白い話しろよなー!」
いつもながらのしょうもない無駄話を喚きあいつつも、そろって早々と床に就き、灯りを消す。明日にはこの国を出て、また旅を再開するのだから、当然のことではあるだろう。
ただ、もしかすると、自分が神々から受けた命を気にしてのことかもしれないと考えると、内心苦笑を禁じえなかった。何事にも、それぞれ別方向に傍若無人な自分の仲間たちが、神々に対してはしおらしげにふるまっているのかと思うと、奇妙なおかしみを覚えたのだ。
―――そして気がつくと、神の世界にいた。
光に満たされた世界。見渡す限り続く輝く雲海を足下に、陽の光よりも眩しい黄金色の光がどこからともなく降り注ぎ、空気そのものすら娟麗に煌めかせている。
なびく瑞雲は一筋はきらきらしい五色、もう一筋は輝かしい空間を典雅に引き締める紫色。その二筋の雲に挟まれた、雲が高台を形作っている場所に、一人の女性が立っている。
その顔はひどくびくびくおどおどとしていたが、おそらくは前回の最後に、いつものように自分を吹っ飛ばしてしまったことを気にしているのだろうと見当はついたので、さして気にはならない。
「ぅぐっ……い、いやその、当たってますけども……そこを『いつものこと』的な扱いをされると、だいぶいたたまれないというか申し訳なさが倍増しされるんですが……」
「え、そうですか!? それはすいません……でもその、別に俺としては『いつものこと』でも全然気にならないですけど。特に前回は別に話の途中というわけでもなく、もう俺を人界に帰そうとしていたところなわけですし……」
「いえその、なんと言いますか、私的には推しにみっともないところを見せるということ自体が、本来なら絶許案件なので……まぁそこを気にしてたらもうお話しできないくらいに、みっともないところ見せまくってますけれども……」
「別にみっともないとは思わないですけど……」
以前すでに伝えてあることだが、エベクレナが自分の前で気の緩んだところを見せるのは、それだけ心を許してくれているという気がして嬉しいのだ。少なくともこれまで見た中では、エベクレナのどんなふるまいも、その一生懸命なところやひたむきさの発露であることがほとんどだったし、むしろ見ていて和やかな気持ちにさせられる、と言っていい。
「ぅぐぅ……い、いつも言ってますけど、そーいう夢女子大量生産ムーブ、控えていただけるとありがたいんですけどね……いやもちろん推しという輝く星の行動になんだかんだ文句つけるとかそれこそ処刑案件なので、あえて伝えませんけども……いや、それはとにかく」
エベクレナは小さく咳払いをしたのち、背筋を伸ばしてこちらに向き直った。
「えっと、今回はですね。ビュセジラゥリオーユの護国神である、ビュセさん……女性と愛の神ビュセジラゥさんに、あらかじめ集めてもらった質問をする、というイベントがメインなので。さっそくお呼びしたいと思うんですが、よろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げるロワにうなずいて、エベクレナは中空に浮かべた水晶の板をあれこれいじった。すぐに自分とエベクレナの間にお茶の用意がされた卓子が現れ、それから五つ数える程度の時間がすぎるや、その卓子の横側に、エベクレナ以外の女神たちがこの場所を訪れた時と同じく、水晶の窓が唐突に出現する。
そこに映っているのは、圧倒的な美貌と苛烈なまでの神威を振りまく、一人の男性だった。まさにこれまで会ってきた女神さまたちと同様の面立ちと気配に、一目でこの人が神であると理解させられる。
顔立ち自体は『落ち着いている』とか『穏やかな』と評せられるだろう、一見したところでは何人かの人間には地味と思われるかもしれない顔立ちなのに、その整い方は、人とはとても思えない。顔の部品の配置や、顔貌全体の組み合わせが、まさに神がかっているのだ。そして部品のひとつひとつも、きちんと見ていけば、芸術品と称しても相違ないほどの整い方をしているのがわかる。睫毛の一本一本に至るまでが、神の造作と称するしかない。
落ち着いた顔立ちでありながら、神にふさわしい美貌であるという、これまで想像したこともないような面差しの相手に気圧されながらも、ロワはできる限り礼儀正しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります――」
「ああ、いい。聞きたくない」
「えっ」
驚いて頭を上げると、男性神――ビュセジラゥは、ひどく忌々しげな顔でロワをねめつけ、鬱陶しげに言い捨てる。
「言っとくけど。俺、君のこと嫌いだから」
「えっ………」
「―――は? なんです、それ?」
ロワは思わずびくっ、と震えた。ビュセジラゥも、水晶の窓の向こうで身をわななかせるのが見て取れる。
おそるおそる視線を向けた先では――エベクレナが、悪鬼の形相でビュセジラゥを睨みつけていた。
「会うや否や、ろくに前置きもなしに、『俺、君のこと嫌いだから』? 神次元の人間が、人次元の子に? 立場の弱い子相手に、上の人間が『嫌い』って宣言することが、どれだけ相手の心を苦しめ、立場を損なうことか、わかってるんですか、あなた? 本気で?」
「やっ、あの……」
「そもそも人間関係を構築する前から相手に『嫌い』とか宣言できちゃうその神経からしてだいぶ信じられませんけど。それを、こんな年若い子相手に、いい大人がやります、普通? 思春期の心に傷をつけて、立ち上がれないほど痛めつけたいとでもおっしゃるつもりですか? それを私が許すとでも?」
「いや、だからっ……」
「だから? あなた、自分の立場わかってます? もし同じ職場で働いてたら、パワハラ案件ですよ今の発言? しかもこんな若い、人間と神の眷族っていう、立場の差でいったら人次元の常識ぶっちぎってる子相手にですよ? それがどれだけ相手の心を苦しめるか、人生を損なうか、承知の上で口にしてらっしゃいます?」
美人の怒った顔は怖い、というのは方々で言われていることではあるが、エベクレナもその例に漏れなかった。その天上の美貌を赤く染め、怒気と敵意に満ちた視線と言葉をビュセジラゥに叩きつけるその面差しは、どんな男だろうと圧倒されるだろうほど、迫力と威圧感に満ち、その上この上なく美しい。
ビュセジラゥもみごとに圧倒されてしまったようで、まともに反論もできず口をぱくぱくさせるばかりだ。ロワはしばし息を呑んで固まっていたが、やがて意を決して間に割って入る。
「あの、エベクレナさま! 俺のことを思ってくださっているのはわかりますけど、落ち着いてください!」
「っ……」
「エベクレナさまの優しい気持ちは、本当にすごくありがたいんですけど。エベクレナさまみたいなきれいな人に、そういう風に強気で言葉を叩きつけられたら、どんな男だって気圧されて、まともに言い返すこともできなくなっちゃいますから。どうか、ここは少し落ち着いて、冷静になって話を……」
「……推しのマジ顔マジで神すぎる……」
「え?」
「っっっ!!! いっいえなんでもないです、そうですね落ち着きましょう、私が怒ってたらロワくんにも迷惑かけちゃいますもんね、曲がりなりにもホスト役ですし!」
「いえ、俺の迷惑なんてものは全然なんでもないですけど……エベクレナさまがいやな気持ちになってるのは、俺もいやですから。エベクレナさまには……別にいつもいつも笑っていなくちゃいけないなんて思いませんけど、できるだけ幸せな気持ちになっている時間が長く続いてほしい、と思ってるので」
「っ、ぐぅ~っ……そ、その……夢女子大量生産台詞笑顔で放出しまくるのは、やめてくださいと……推しの笑顔ってだけで臨界点突破しそうなのに、その状態でそーいう台詞当たり前みたいに吐かれまくると、ハートが消し飛びそうになるんですが……」
「………ゴホンゴホンッ!」
唐突にビュセジラゥがわざとらしい咳払いを連発した。反射的にそちらに向けられた自分たちの視線に、少し身を引きながらも仏頂面で言ってくる。
「えーと、ですね。唐突に偉そうに嫌いとか言っちゃったことはまぁ、謝りますけども。そろそろ、話進めていいですかね。俺も、人次元の子に口説かれてうろたえてる神次元の同輩の顔とか、見物してるほど暇じゃないんで」
「………は? 謝る態度ですか、それ? あなた自分がやったことの意味本当に」
「いや、その、申し訳ありませんでした! 俺が悪かったです! 謝ります! でもその、ちょっとくらい言わせてくださいよ! 俺のお願い当然のようにブッチされたら、ちょっとくらい文句言いたくなるでしょ普通!」
「………えっ」
「お願い? ブッチって……」
「いや、だから昨日、あなた通してこいつに伝えたじゃないですか! 俺のことどう思ってるかとか、ビュゥユの子たちに口にさせないように、って! それなのにこいつそれ完無視でフツーにガチのビュゥユ女子に、俺の悪印象とか口に出させるんですもん! フツーになんじゃこいつはぁ、とか思うでしょどう考えてもっ!」
「………えっ!?」
「いや、あのちょっと待ってくださいよ。あなたが言ったのは、『自分に質問ができるということを、ビュゥユの国民たちに明かさないでほしい』ってことでしたよね? それは間違いなくロワくんは守ってたと思いますけど? 依頼の関係上、明かさざるをえなかった王子や王女や女王はともかくとしても……」
「いっ、いやそりゃそうですけどぉ! 俺あなたにそれっぽいことさりげなく伝えましたよね!? たぶん伝わってましたよね、俺がビュゥユ国民の女子の自分の悪印象聞きたくないなー、って思ってるからそーいうこと言い出したこと!」
「それは、まぁ、理解してましたけど……でも、それを伝えろ、とは言われてませんよね?」
「たっ、確かに言ってませんけどぉ! そこらへんはその、魚心あれば水心というか……本音を理解してる相手に伝えたんだから、本音が伝わってるもんだと思うじゃないですか! それで一応は安心して見てたのに――」
「見てた、って、ロワくんの状況をですか? なんでまた? だってロワくんの生活なんて見ても、あなた別になんにも嬉しくないでしょ。つまりそれって……ロワくんがあなたのオーダーを聞かずに、情報を明かしちゃうんじゃないかって、信用できずに監視してた、ってことですよね?」
「ぅぐっ……そ、そうですよ悪いですか!? 実際にこいつ、ビュゥユ女子から俺への悪口とか引き出してたじゃないですか!」
「引き出してるもなにも、そもそも悪口を引き出すな、なんてオーダーされてないですし。別に悪口ってほどのことでも――」
「悪口でしょあれ充分! っていうか、あなただったらどう思います!? 推しの子、とはいかないまでも、遠くから見守って愛でてる人次元の子に、『なんであんな神さまに祈らなきゃいけないの?』とか言われてるとこ、想像してみてくださいよ!」
「ぐっ………!!」
「絶望でしょ!? マジ死にそうな気分になるでしょ! 俺ぶっちゃけガチで死にたくなりましたからね!? 男神の俺が百合大国の守護神やってるってだけで国民のみんなに申し訳なかったりいたたまれなかったりしてんのに、ストレートにそういうこと言われてんの聞いたら、そりゃもう死ぬしかないですよ! そんなこと愛でてる子に言わせた奴とか、許せねぇぇって思っちゃうの当たり前じゃないですか!?」
「ぐっ……むっ……そ、それは、まぁ、そうですけどっ……!」
「よその人の推してる子だからって、そんな奴相手に好感持てるわけ――」
ガンッ! と音を立てて、ロワは額を雲に打ちつけた。足に伝わる感覚はいつも通りどこかふんわりとしているのに、神の謁見室であるこの場所は、使用者が求めるならば自然と石のように硬くなるよう造られているらしい。たぶん今ロワの額は赤くなっているだろう。
だがそんなことはむろんどうでもいいことだった。ロワは叩頭の姿勢を保ったまま、ビュセジラゥに言葉を向ける。
「申し訳ありませんでした。本当に、申し訳ありませんでした。この度の失態はすべて俺の愚かさゆえのこと。許しを願い出るほど恥知らずではありませんが、どうか、なにとぞ、罰を受けるのは俺一人にとどめてはいただけませんでしょうか。俺一人の命ですむことならば、どれほどの責め苦を与えてくださってもかまいません。千年拷問を与えられ続けても受け容れます。ですから、どうか、なにとぞ……責め苦を与えるのは、俺一人にとどめてくださいませ。今回の失態はすべて、俺の愚かさゆえ、ビュセジラゥさまの御心を悟ることができなかった俺の愚昧さゆえのことなのです。どうか、なにとぞ……」
「ちょっ……ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! ロワくん、いきなりなに言ってんですか!? いっくらなんだって、私らがそんな、拷問とか責め苦とかするはず……」
「いえ、神御自らのご下命を受け取り損ね、神のご意思に反し、神にご不快の念を与えてしまったのは、弁解しようのない俺の失態です。どれほど責められ、苦しめられても当然の過ちです。神の御心を騒がせてしまった罪は、どれほどの罰を与えられようともすすげはしません。ですが、今回の罪は本当に、すべて俺の愚かさから発したことなのです。どうか、お慈悲を。罰を受けるのは、どうか俺一人に」
「ちょっ……やっ……だっ……ちょっと! なにか言ってくださいよ固まってないで! ロワくんがガチの本気で言ってるのはわかるでしょ!?」
「えっ、やっ、の、だってさ、ちょっと待ってよ、俺になに言えって!? こんな風にガチの死ぬ気で土下座して頼まれる経験とか、普通に積んでるわけねーじゃん!?」
「経験積んでるとか積んでないとかじゃないでしょ、ロワくんはあなたにお願いしてるんだから、あなたがなにか言ってあげないとどーにもなんないでしょ! なんていうかもうほら、気にしてないよーとか怒ったけど許してあげるよーみたいなこと言ってあげないと、ロワくん絶対顔上げてくれませんよ!?」
エベクレナとビュセジラゥが早口で、なにかロワには理解できないことを話し合う。だが当然ながら、ロワにはとても反応することなどできなかった。自分の考え違いがビュセジラゥに不快の念を与えたのだ。神の心を騒がせたのだ。もし万一神が怒りを爆発させ、神の務めを放棄したり、人界に災厄をもたらしたりという事態を引き起こしてしまっては、ロワが百回死んだとしてもとても間に合わない。取り返しがつかないのだ。仲間やライシュニディアをはじめとした人界の存在に迷惑をかけないためにも、なんとかしてロワの身一つでご寛恕いただかなければ、とロワは必死だった。
それからもしばらくエベクレナと話し合ったのち、ビュセジラゥはいかにも渋々という感じの声音で、けれどどこか困ったように、ロワに向けて話しかけてくる。
「あー……えーと。そこの、男」
「はっ」
「えーと……まぁ……その、なんだ。えーと……」
「早く言うこと言ってくださいよ、ためらう意味ないでしょ!?」
「やっ、わ、わかってますけどフツーためらうでしょ、なんて言っていいか迷うっつーか、変なこと言ったら神の威厳的なものがアレっつーか……!」
「しょーもないプライドと一人の男の子のマジで命を懸けた嘆願、どっちが重いと思います!?」
「ぐっ……わ、わかりましたよっ、え、えーと……うんと……、ん、ん。ウィノジョゥンカの民、チュシンとコヒアの息子、ロワ」
「はっ」
「今回は、特別に、そなたの罪をさし許す。今後、その罪について蒸し返すことは許さん。心の中で記憶することは許すが、罪として反芻し、罪の意識をあらわにすることは禁ずる。たとえその一件が話題に上ったとしても、その罪の重みと恐怖に打ち震えようが、それに苦しむことは断じてならん。それもまたお前の罰と心得よ。いいな」
「………はっ」
「……特別に許してあげますよって、なんですかその上から目線。それあなたが言います? そもそもの問題は、私たちの間で情報がきちんと伝達できてなかったってことで、つまりは私たちのせいですよね? 私にはあなたを責める資格ないかもしれませんけど、私たちのわりを食って理不尽な敵意を向けられた子に言う台詞ですかそれ?」
「やっ、だっ、だって神さまっつー立場からすると、このくらいは仰々しくないとおかしいでしょ!? くだけた言い方しても神さまっぽくなくて、こいつが納得してくんないかもじゃないですか!」
「『こいつ』?」
「ちょっ、そっ、あーもーなに言っても納得する気ないですよねあなた!?」
「あなたの方に、心から『申し訳なかった』って気持ちがないから、言葉の端々に非礼さが滲み出るんじゃないですか? 言っておきますけど私、ロワくんに自分の命を捨てる覚悟をさせた時点でマジブチ切れてますからね? 推しが簡単に自分の命捨てようとするところなんて、見てて嬉しいわけないでしょ? ……まぁ、そーいう自分の命を死ぬほど軽く見てるとことか、それでも仲間たちの命はなんとか護ろうとせずにはいられないとことか、マジ推せるっていうか、誰か私の推しを幸せにしてあげてぇぇ! って叫びたくなるほどキュンキュンきますけども……」
「あんたねーっ!」
それからもしばらくエベクレナとビュセジラゥは早口で言葉を交わしていたが、やがて双方落ち着いたようだった。荒げていた息をなだめながら、エベクレナがロワに声をかけてくる。
「……えーと、ロワくん。顔を上げて……というか、立ち上がって、席に着いてください」
「はい」
言われて素直に立ち上がり、エベクレナが促すままにエベクレナと向かい合う席に着く。ビュセジラゥはいつも通りに、ロワとエベクレナの間、ロワから見て左隣の場所を占めた。
「じゃあその……とりあえずその、ビュゥユ国民から聞いたっていう、このビュセさんへの質問を教えてもらっていっていいですかね? 一応、それが今回のメイン議題……というか、話題にしてくれって上からも言われてることなんで……」
「いや! 待ってください、その前に! 俺としては、どーっしても、言っておかなきゃなんないことがあるんですけど!」
「……なんですか?」
眉を寄せ、いかにもなにか妙なことを言い出さないか警戒しています、という顔で問いかけたエベクレナから微妙に目を逸らしつつ、ビュセジラゥはロワに向き直り告げる。
「一回失敗しておいてそれをくり返すような真似すんなよ!? 俺の地雷また踏んだら、さすがに俺もマジキレるからな!? つまり具体的に言うと……美少女が俺に悪印象を抱いてる~、みたいな発言すんのやめろ、マジで! 匂わせるぐらいでも俺マジへこむから!」
「………、はい……」
『罪の意識を表してはならない』というのが自分に課された罰である以上、しでかしたことに対する謝罪も申し訳なさに苦しむことも許されてはいないとわかってはいるが、それでもやはり真っ向から話題にされるといたたまれないことこの上ない。身の置き所がないどころの話ではない。なにせ自分は神の意向に逆らい、神の機嫌を損ねてしまったのだ。立場の違いからすれば、自分が厳罰を受けるどころか、一族郎党、すべてこの世から消滅させられて当然のところだったのだ。
それが許されたのは、ビュセジラゥの慈悲深さではなく、一にも二にもエベクレナのおかげだろう。エベクレナが全面的に自分の味方をし、真っ向からビュセジラゥと渡り合ってくれたおかげで、自分は今息をしていられるのだ。
ただ、ビュセジラゥの言葉に従う以上、エベクレナに対する感謝も真正直に表すわけにはいかない。ので、せめて心の中ではエベクレナに感謝を捧げつつ、できるだけ気にしない顔をしてこう言うしかない。
「美少女じゃなければいいんですね?」
「あ? ……ああ、男とか? 別にいいよそんなん、俺基本男眼中にねーから」
「美しいというほどじゃない少女や、美しい範疇には入るけど少女じゃない女性とかは?」
「あー……お前のことチラ見してた時に見えた奴ら? んー……んんん……ま、いいよ。確かに美少女ってほどじゃなかったし、俺美人でも熟女には興味ねーから」
「………なるほど。わかりました」
「あっ! てめっ、今俺のことすっげー軽蔑しただろっ! 男のくせに『うっわサイテー』ってこっちの方見下す女子どもみてーな反応しただろっ! こっちゃ神なんだからな、お前の考えてることなんぞ透けて見えてんだぞ、わかってんのかっ!」
「透けて見えるっていうか、吹き出しとして見えてますし、副音声としても聞けますからね……というか、なんです? その態度。私がさっきなんて言ったか、もう忘れたんですか、あなた?」
「いっ、いやだってっ、バカにされたらフツームカつくでしょ!? 人次元の存在のくせになに偉そうにって思うでしょ!? 人次元相手にしてまで神次元みてーな人間関係持ち込みたくないじゃないですか!?」
「は? なんです、それ。人次元の子たちを人間扱いしてないとしか思えない言い草ですね。人次元の子たちは私たちの都合のいいおもちゃじゃなく、心と魂がある一個の生命なんだっていう当然以前の理屈、まともに理解してらっしゃいます?」
「いっ、いやだからっ、それはわかってますけどっ……」
「いえ、別に軽蔑したわけではないです。単に、ある程度、ビュセジラゥリオーユをああいう国にした理由がわかったな、って思っただけなので」
「ぐっ……は、はあぁぁ!? なに言っちゃってんのお前!? お前ごときに見抜けるほど俺単純な頭してないですけどぉ!? わかったっつーんなら言ってみろよ、なにがわかったっつーんだよ!?」
「もちろんさして頭のよくない俺の単純な推測なので、間違っていたら申し訳ないんですけど。欲望のため以外に、なにかあるんでしょうか?」
ロワの率直な言葉に、ビュセジラゥは「んぐっ……」と固まり、言葉を失う。
「ビュセジラゥさまは美しい少女以外に興味がないので、女性同性愛者たちの国を創らせ、その中に女性同士で愛し合うことで若さと美しさを手に入れられる術法の力を満たした。男が視界内に入ると目障りなので、男をできる限り追い出すべく、男性蔑視の思想も伝え、広めさせた」
「い、いや別に、男蔑視っつーのは俺が広めたわけじゃ……自然になってたっつーか」
「そうなんですか。でも、そちらの方が嬉しいのは間違いないんですよね?」
「そ、そりゃ、普通そうだろ!? 男と美少女じゃ価値ちげぇだろフッツーに!」
「それはその方の好みによると思いますが……ともあれ、国を導いた理由がすべてビュセジラゥさまの欲望に基づくもので、国民の幸福とか国としての在り方の正しさとか、そういうものを一切考慮していないものだったので、欲望のためにビュセジラゥリオーユを使ってらっしゃるんだな、と思ったんですが。間違ってますでしょうか?」
淡々と告げたロワに、ビュセジラゥはしばし「ぬぐぐぐ……」と唸っていたものの、すぐにふんぞり返って言い放ってきた。
「あーそうだけどぉ!? 俺の欲望100%だけどぉ!? んっだよ悪いかなんの文句があんだよ、人間……っつか神の眷族って普通そーいうもんだろぉ!?」
「あなたそれ人次元の子に言うとか正気で……」
「いえ、別に悪いとは思いませんけど。おっしゃる通り、神というのはそういうものだと思いますし」
「へっ……?」
「欲望のままに神々が人界を弄り回しても、人間である俺たちには文句を言う権利はありませんし。国を興すにしろ滅ぼすにしろ、俺たち人間としては、神々のご意思に逆らうことなんて許されてないわけですから。どうぞご随意に、と申し上げるしかないですよね、人間からすると」
「い、いや、そういう風に言われるとちょっとたじろぐっつーか……そこまでは言ってないと思うんだけど……」
「いやあなたそーいう意味のこと言ってたでしょ確かに。人次元の子なんてみんな自分のおもちゃだーとか思ってるからそーいう言葉が漏れ出るんでしょうが」
「べ、別におもちゃだって思ってるわけじゃ! 俺だって人次元の子っつーか、美少女はなんとしても幸せになってほしいと思うし、それ以外の連中だって別にどう扱ってもいいとかは思ってませんよフツーに!」
「じゃーなんであんな国創るように人次元の子たち導いたんですか。美少女以外いらなーい、美少女以外全部不幸になれー、とか思ってたんじゃないんですか?」
「ちっ、違いますって! でも……なんつーかっ、そのっ……」
「なんですか。言ってみてくださいよ正直に。嘘とかごまかしとか言ったら全力で叩きのめしますからね、口で」
「っ……だからぁっ! 俺はっ……一日一生懸命働いた後にっ、心の底から癒されたかったんですってばっ!」
「……えっ……」
なぜか絶句したエベクレナをよそに、ビュセジラゥは頭をがりがり掻きながら怒濤のようにまくしたてる。なんのかんので、うまく言い返せない鬱屈がそれなりに溜まっていたらしい。
「神次元の仕事なんて、基本終わりないし、ノルマきついし! 休日はそれなりにあるけど、毎日毎日もーやってらんねー! って気分になるでしょ!? そんな風に必死に働いたあとに、せめて少しでも人次元の動画見て癒されてー、って時にですよ!? 気に入らない奴の顔とか見たくないでしょ!? 動画のどこを見ても好みの子たちで満たされてる、そーいう世界求めちゃうでしょ!? 俺はただ単に、一日を幸せな気分で終えたいから、そーいう世界を創ろうと頑張ったんですよっ!」
「ぅぐっ……」
「方々にたっかい神音払って、好みの子たち集めて! 加護与えて、必死にその子たち導いて! やっとこすっとこ小さい国建国したんですよ!? だったらその理想の世界に、好みじゃない奴とか入れたくないでしょ!? 一日の終わりに癒しを求めて見る動画に、1ミリも好みじゃない子とか視界に入るだけでイラッとする男どもとか入ってたら、いやーな気分になっちゃうじゃないですか! 俺は美少女同士がイチャイチャベタベタキャッキャウフフしてるところが見たいからこそ、一日の終わりにはそれしか見たくないからこそ必死に働いて神音はたいて建国したってのに!」
「ぐ……ぬっ……」
「……つまり、現在のビュゥユは、ビュセジラゥさまの理想にかなってるんですね。基本的に表通りには美しい女性しかいないですし、入国した男はできる限りさっさと国から追い出そうとしてるわけですから」
「………そんなわけねーじゃん………」
すさまじい勢いで喚いていたビュセジラゥが、唐突に心底落ち込んだ顔でがっくりと肩を落とす。驚いて目を瞬かせるロワに目もくれず、うつむいてぶつぶつぼそぼそと文句を呟き始めた。
「いや、ビジュアルはいいんだぜ? 通り見渡す限り美女美少女しかいない、っつーのはそれなりに俺の理想ではあるし。正直に言やあ、美女とかいわれるぐらいの年になっちゃうと俺の範疇外っつーか、トウが立ってるとしか思えねーんだけど、そこはまぁ背景としてなら妥協してもいいよ。でもな? 俺はな? 美少女同士のキャッキャウフフが見たいわけよ。乙女と乙女がイチャイチャして、ドキドキしながら心を通わせてくとここそが見たいわけよ。今のビュゥユみてーにさ、基本目が合ったら即座にベッドイン、みてーなエロシーンしかねぇエロゲみてーなのはっ、もうマジ範疇外でしかねーんだよ!」
「えぇ……」
「っつかさ、普通考える? 考えねーよな? 女の子同士でヤることしか頭にねーみたいな関係が蔓延するとかさ! 最終的にはヤるにしても、女の子同士なんだから、男みてーな性獣じゃねーんだから、恋から入るのがフツーだと思うじゃん、常識的にいってさ!」
「いや、女性同士で交われば交わるほど若さを保って美しくなれるんですから、極力機会を見つけて交わることを是とする文化が発展するのは、ごく当たり前のことなのでは……?」
「俺は別に女同士がヤる文化発展させるために女聖術創ったんじゃねぇんだよ! お互いに恋し合う乙女同士が、いついつまでも若々しい美少女でいてもらうために創ったんだよ! そのために必死に神音稼いで貯蓄ぶっこんだってのにさぁっ、なんなん!? なんなんこれ!? 俺へのいやがらせとしか思えねぇんだけど!」
「いやいやがらせもなにも、どんなに敬虔でも神々のためだけに人生を使うって人間はめったにいないですし、少なくともその手の話を進める時には、神々のことを考えたりとかしないですよね? 神々から直接的に命令されたわけでもないですし……というか、神々は人界の人間にあれしろこれしろって命令するの、禁止されてたんじゃありませんでした?」
「わっかってんだよっんなこたぁっ! わかってるから文句言ってんだよっ! 俺だってわかってるよ神次元の存在が人次元の奴らに命令とかしちゃダメだって理屈はさぁっ、けど俺のハートは全然納得してねぇんだよ! イチャイチャベタベタラブラブチュッチュをもっと見せてくれっつってんだよイチャイチャベタベタラブラブチュッチュをよぉ! エロの前に! こんだけ神音突っ込ましといて俺の求めるものが全然手に入らねぇとか嘘すぎんだろ、顧客の求めるものにちゃんと応えろってんだよっ、そうじゃなきゃせめて神音返せ!」
「いや、そもそも顧客がどうとかいう関係じゃないですよね? ビュセジラゥさまが貯蓄を突っ込んだのは自分の求める環境を作り出すためで、技術協力者の方々もその要望にはちゃんと応えてくださったんでしょう? それなら文句の言いようはないんじゃないかと思うんですが……単純に目算が甘かっただけの話ですし」
「………ちょっとぉっ! エベクレナさんっ! あんたの推しキャラ、さっきから俺に嫌味ばっかり言うんですけど! それどころじゃないですよ、心の中ですんげー馬鹿にしてるっつーか、『自業自得というより迷惑の極み』だの『ウィペギュロクの同類項』だの『たまさかに神の力を得てしまった愚かな人間のなれの果て』だの抜かしてやがるんですけど心の中で!」
唐突にエベクレナの方へと向き直り、ロワには意味のわからないことをわめくビュセジラゥに、エベクレナは力ない声で、ただしやはりロワには理解できないことを言い返す。
「ロワくんにしてみれば、そう言われても文句の言えないような所業してますからね、あなた……人次元の子から見れば、大悪とまでは言わなくとも、相当迷惑な類の神さまでしょ。女尊男卑なんていう人界のまともな子たちからすれば前時代の遺物のような思想持ち出して、小国とはいえ一国の国民を洗脳して、自分のための楽園を創ろうとして、失敗してるわけですから。邪神と似たようなものっていう扱いされても、まぁ無理はないんじゃないですか?」
「ぬぐっ……だ、だからぁっ! 俺だって好きで失敗したわけじゃ……」
「……まぁ、正直。私はあなたを責められないというか、ぶっちゃけちょっと共感しちゃったので、推しさまにあなたを怒られると、自分が怒られてるみたいな気持ちになって、だいぶ辛いですけども」
「えっ……」
目を見開き、まじまじとエベクレナを見つめるビュセジラゥ。それに対し、エベクレナは微妙に視線を逸らしながらも、ぼそぼそぶつぶつとした口調で、けれど叩きつけるような勢いの早口でまくしたてる。
「私だって共感したくてしたわけじゃないですけどね。推しに認知されることなく、人生に関わることなく全力で尽くし貢ぐのを基本の心得とする推想女子からすれば、あなたのやり方は下の下だって思いますし。でもその、ごまかさずに言っちゃうとですね、『一日一生懸命働いた後に心の底から癒されたい』っていう気持ちは、その、正直、だいぶわかるなぁ、って……」
「っ……ですよねぇっ!」
エベクレナがなにを告げたのか、それはまるでわからないけれども、ビュセジラゥにとって相当に心慰められることを告げたのは間違いないようだった。さっきまでどこかいじけたような気配を漂わせていたのに、あっという間に瞳を輝かせ、勢い込んでエベクレナにロワには理解できないことをわめきたてる。
「やっぱ一日中必死に働いたあとにまで、ややこしいめんどくっさいこと考えてらんないですよね! 明日からまた働くためっつーか、気力充填するためには、自分にとって優しいものにだけ触れていたいっつーか!」
「そうなんですよね……いくら心の中が推し欲で満ち満ちていようとも、気力体力を回復させて全力で神音を稼ぐためには、自分のことをちゃんと可愛がってあげるというか、甘やかしてあげないと心身のバランスが揺らいじゃうんですよね。推しのために末永く神音を稼ごうと思ったら、自分で自分のメンテナンスをしてあげないとダメっていうのはよく言われてますし。神次元だと、自分の面倒を見てくれる人なんて、自分以外にいませんもんね」
「そうそうっ、だから自分にとって好きなものしかない時間とか空間とかがないと潰れちゃうんですよね! 俺お気にの美少女しか出てこない俺のためだけの編集動画とか、千本軽く超すくらいありますよ!」
「すっごいわかります……私も同じような編集動画山ほど持ってます。ホンット~になにもかもが自分のためっていうか、自分しか楽しくないんじゃっていうツボ押すための代物なんですけど、見てて癒されるっていうか救われるんですよね。推し活ってすっごい楽しいですけど、推しの動向いかんでこっちの人生もぐらんぐらん揺れるので、推しがどんな目に遭おうと明日も仕事に行って推しのための神音を稼ぐためには、そういうのがないとやってらんないんですよ」
「むしろそういうのなしで推しの子の人生のぞいてると、思わぬところで地雷踏み抜いて自分だけ爆死、ってことにもなりかねませんもんね! 神次元で神の眷族やってる以上、人次元の人間の人生には口出しできませんから! 安心安全に気持ちよくなれる素材なしに、自分の思い通りにいかない人次元の奴らの人生を見つめるとか、それこそ裸足で荒野を行くがごとしですよ!」
「本当にね……一人の人間の人生を見つめるって考えると、きれいごとじゃないですもん、苦しいが勝る方が当たり前ですよね。でもそこからワンクッションおくっていうか、自分に都合のいいフィルターをかけるからこそ、ある意味気楽に推しという輝ける星の軌跡を堪能できるというか。推しご本人さまからすると、噴飯ものなのかもしれませんけど……」
「いやいや、そこは我に返らないでいいとこでしょ! 気楽に楽しく堪能できるからこそ、俺らも推しの子相手に神音ぶっこめるわけですし! 見てるのが負担な相手になんて、ぶっちゃけ神音払う気になんてなれませんよ! でしょ?」
「そうですねぇ……まぁ、全力で推してる相手となると、そういう見てるだけでも負担っていう苦しみを背負うことも喜びっていうか、苦痛も苦悩も一緒に味わって推しを応援したい、っていう気持ちにもなるわけですけども……」
「うわ、すっげぇ気合入った推し活っぷりですね! なんかもう尊敬の域ですよそれ!」
「いや、私なんかは本当まだまだで……」
「……………」
にぎやかに喋り合うエベクレナとビュセジラゥを、ロワは無言でじーっと見つめた。じっと、じーっと。少なくとも、二人ともけっこう楽しそうというか、エベクレナがいやいやしゃべっているわけじゃないのはわかるけれども。なんというか。
……とりあえず、二人の会話が一段落ついたら、ビュセジラゥに対する質疑応答を再開させよう、とロワは自分に言い聞かせた。




