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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
113/213

8-32 夜会

 ざっと数えて、数百人はいるだろうほどの人々が、笑いさざめきながら言葉を交わし、あるいは熱い視線を交わし合っている。そのことごとくが美しい女性で、身に着けている衣服もほとんどが豪奢な夜会用のドレスだ。


『ビュゥユは貧乏国家なんじゃなかったっけ』というようなことを言ったら、『議論の余地なく貧乏だけれども、騎士階級の人間はこの国でも有数の高給取りだし、張れる見栄は全力で張るのがこの国の一般的な女性たちというものだ』とジュディオランに説明された。まぁ、基本的にこの国の夜会というものは、騎士たち(当然全員女性)が、一夜の恋の、あるいは末永く付き合う恋愛の、相手を見繕うための代物であるらしいので、ただでさえ美しい容姿をさらに美々しく彩るための衣装を身にまとうのは、まぁ当然のことではあるのかもしれない。


「ちくしょぉぉ……目の前にすっげぇ超美人なお姉さまたちがうろうろしてるってのに、なんで俺たちはこんなとこで男だけで飯食ってなきゃなんねぇんだよぉぉ……」


「それは当然、僕たちが男だからだろう? この国の女性たちがどれだけ男というものを忌避しているかは、これまで嫌というほど見せられてきただろうに」


「っつか、飯食ってる時にぎゃんぎゃん喚かれたくねぇし、むしろありがたくねぇか? 隔離されてんの」


「ぬぐっ……わかってるよ! わかってんだよそーいうことはっ! わかっててもあんだけきれいなお姉さまたちがわんさかいるとこ見せられたらなぁっ、普通に目がそっちに行くし混ざりてぇとも思うだろうが! 男だったらよぉっ!」


「じゃー俺男じゃなくていーや。ただでさえ飯の味微妙なのに、意味わかんねーリクツで喚かれたらそーいう奴らまとめて吹っ飛ばしたくなるし」


「いやお前は男じゃなくてガキだろ。自分高く見積もりすぎだろ。っつかそれやったら普通に犯罪者だからな」


「はぁっ!? それどーいう意味だよ!?」


「どういう意味というか、事実の指摘だろう。というかだな、この食事、そんなに味が悪いか? まずくはないと思うんだが」


「そりゃ、まずいとまでは言わねーけどさ。なんていうか……見た目はすんごい整ってんのに、味がそれに追いついてないっていうか。こんなにきれーな見た目だったらさ、普通もっとすんごいうまかったりすんのかなー、って思うじゃん。それなのに味がいまいちっていうか、ゾヌのそこまでおいしくはないってぐらいの店とおんなじくらいとかさ、ガッカリ度が半端ないっていうか」


「まぁ……ゾヌは美食の街としても知られているからな。料理学校なんてものもいくつもあるくらいだし。なにより、食材が豊富で新鮮なことこの上ないわけだから。馬車で一日二日程度とはいえ離れている上に、食文化の振興にもそこまで力を入れていない国なら、宮廷料理といえど、街の料理屋の上位に位置づけられるような店と比べたら、見劣りしてしまうのは仕方がない」


「だよなぁ。俺最初にゾヌの飯屋入った時本気でおっでれぇたもん。この値段でこの味って何事だ!? 俺騙されてねぇか!? 実は薬が入ってて客を奴隷にして売り飛ばしてる店だったりしねぇか!? って」


 いつも通りにしょうもないことを喋りながら食事をしている自分たちが着いている席は、女騎士たちが笑いさざめいている席からは隔絶されている。というか、自分たちがいるのは後宮の、男性が入ることを許された区画の、賓客用の食堂だ。国外からの観光客をもてなしたりするために主に使われる場所。


 女騎士たちが華やかな宴を開いているのは、女性専用区画の宴会場。主に王宮主催の夜会――女騎士たちの狩場のために使われる場所だ。ビュセジラゥリオーユでは、女騎士たちのそういう場のために、平民の中から特に容姿などに優れた女性たちを選び出し招聘する機関まであるらしい。それに国中の女性がホイホイ応じてしまうくらいには、王宮主催の夜会というのは憧れの場所なのだそうだ(ジュディオランから聞いた話だが)。


 もっとも料理の味自体はこちらと変わらない、というのはジルディンが探査術でしっかり確かめているので、誰からもさして不満の声は上がらなかったが(カティフの場合は不満の声というよりも、癖になっている愚痴のようなものだ)。正直わざわざ自分たちを夜会に呼び寄せる意味がわからない、という気がしないでもない。


 ヒレーナキュディオラ女王陛下の言によれば、自分たちの働きをつぶさに見せつけられて、国家予算を動かすことを否応なしに納得はさせられたけれども、『男に金を払う』という事実に対する反感や嫌悪は消しようがない。なので、こうして鬱屈や屈託を解消する場を作るのも女王の仕事なのだそうだ。


 今現在、自分たちが男用の場所に押し込められて、晩餐を取らされているのもその一環。『男たちの手を届かせることなく華やかな夜会を開く』、すなわち『男に嫌がらせをすることができている』という事実を、『男の価値を下げ、卑しめることができている』という言葉にすり替えて、自分たちの優位を確保しているという幻想に浸らせるのが目的なんだとか。


 なので今現在自分たちが王宮で食事をしているのは仕事の一環であり、ちゃんと報酬が払われる。そしてその報酬は主に女騎士たちの給料を削られる形で払われるのだが(国防のための予算が少なくてすむわけだから、真っ先に削るところはそこになるのだそうだ)、その不満の矛先を散らすためにも、女騎士たちが見栄を張れる、華やかな夜会の場を設けるというのは大事なことらしい。


 そこまでして開きたい夜会というのがどういうものなのか、という好奇心を満たすために、ジルディンやネーツェが術式を駆使して夜会の様子を見分していたわけなのだが、見ている限りでは、ぼんやりと抱いていた『夜会』というものに対する印象と、さして変わらないようだった。基本的にはただ華やかな衣装を身にまとい、目に鮮やかな料理と酒をつまみながらおしゃべりするだけ。仲のいい人、あるいは仲良くなりたい人がいなければ、さして面白くもない会食の席だろう。


「というかね、あなたたち。『男だけ』という言い草はないんじゃないの? 私と、あとそこのキジャは、間違いようがなく女性の一人なんですけど?」


「僕は男の内ではあるけどね。この席では女の装いをしなくていいというのは、正直だいぶありがたいよ」


 口を挟んできたのはライシュニディアとジュディオランだ。この晩餐の席には、自分たち以外に、(給仕というか、料理を運んできてくれる男の使用人を除けば)ライシュニディアとジュディオラン、そしてキジャレオーネの三人が同席していた。キジャレオーネはライシュニディアの守護騎士――護衛としての役割、すなわち自分の仕事を果たすためにのみついてきているようで、正確には席に着いておらず、ライシュニディアの背後に控えたまま、直立不動の姿勢を崩してはいなかったが。


 ロワとしても、彼女にはまだ果たしてほしい役割があったので、助かると言えば助かる話ではあるものの、周りが男だらけという環境は、彼女にとっては不快この上ないだろうと思うと、少しばかり申し訳ない気持ちもあった。男の使用人たちがまったくキジャレオーネと目を合わせず、できるだけ視界にも入らないようにしているせいか、キジャレオーネの方もさして委縮せず、憤懣と苛立ちのこもった気配を周囲に発散していたので、彼女の心が折れてしまっていないか、という懸案に関しては、心配せずにすんでいたものの。


 ライシュニディアはそんな彼女の気配を、存在ごとすっぱりと無視しながらも、言葉の上では当然のようにキジャレオーネを計算に入れ、名を口に上らせてみせる。ロワにはむしろ、それが彼女の根深い怒りのこもった、いやがらせのひとつのように感じられた。


「ぁ、いや、はい、その。す、すいません……」


「まったく! あなたの私に委縮する癖は、いっこうに治りそうにないようね? たかだか小国の第十七王女なんて、いずれ英雄と呼ばれるまでに至るあなたたちよりよほど価値が低いでしょう、って何度も言ってあげたのに!」


「しゃーねーよ、カティっておくびょーもんだから。偉い人とか地位ある人とか出てくると、すーぐびくついちまうんだもん。それが女だったりしたらびくつきっぷりさらに倍増しになるし。っとに困ったもんだよなー」


「てめぇみてぇにいつ誰に対してもクッソ無礼な奴に偉そうなこと言われる筋合いねぇぞ、っつかちょっと強く出られるとすぐびくつくのはてめぇの方だろうが、あぁ……!?」


「ふふっ」


 ライシュニディアは楽しげにくすくすと笑う。その様子から、ライシュニディアがこの晩餐を、心からくつろいだ気持ちで楽しんでいることがわかった。


「っつぅか……王女さまは、なんでわざわざ、ここで飯食うことにしたんだ? 俺らは仕事だからしゃあねぇけど、わざわざ食いたくなるほどここの飯ってうまくねぇだろ?」


「あら、私と食事するのがいやだとでも?」


「や、別にいやってこたぁねーけどさ」


 軽く睨んでみせてから、その凄みをあっさり流されたにもかかわらず、楽しげな笑顔になって「ふふっ」とまた笑う。昨日ゾシュキーヌレフの一膳飯屋で一緒に食事を取った時もそうだったが、ライシュニディアは上機嫌な時には本当によく笑う少女のようだった。


「別に大した理由があるわけでもないけどね。女王陛下に奏上した通り、曲がりなりにも王宮に招待した相手を、もてなす人間がいないというのは無礼にすぎると思ったし……」


 実際、ライシュニディアたち三人が自分たちと一緒にいるのは、そういう建前が理由ではある。ごく当たり前というか、当然の礼儀であるだろうその言い分は、ビュセジラゥリオーユの王宮内でもそれなりに説得力があったようで、表立ってその言葉に反発する人間は誰もいなかったのだそうだ。


「それに、どうせジュン兄さまの家で食事をするにしても、出される食事はこの会食の料理より味が落ちるんですもの。それなら、あなたたちと一緒に食事を取れば、言い寄る女どもをかわす手間をかける必要なしに、夜会の料理を楽しめると思ったの。これまでまともに食べられなかったから、一度ゆっくり味わってみたくって。まぁ、夜会の料理ってものが、思ったより格段に味が落ちるっていうのは計算外だったけどね」


「そりゃお気の毒さま……っつか、王女さまはこれまでこういう……夜会だっけ? には、出たことなかったのか?」


「いいえ。王族や騎士の家の子供は、十を越えれば王宮での夜会への参加が許されるわ。というか、基本的には出席が義務付けられている。でも、楽しめたことは一度もないの。――周りの女どもによってたかって口説かれるなんていう、最悪の経験を味わわされてばかりだったから」


「……は? え、なんだそりゃ!? 女って……あの超弩級の美人さんたちだよな!? それが、十歳の女の子を……口説く、って!?」


「カティ、お前もう忘れたのか。ロワが教えてくれてただろう、この国では十歳を過ぎれば女の子は……その、床入り? させられるのが慣例だって」


「いやこれそういう問題じゃねぇだろ!? あの超弩級美人のお姉さまたちがだぞ!? こんな普通の女の子を口説くって時点で信じられねぇけどよ!」


「言ってくれるわね。ま、私も女聖術に頼って美人になるなんてごめんってぐらいにしか容姿に重きはおいていないし、普通扱いされてもさして気にはならないけど」


「あっ、す、すんません……っつか、でもやっぱ、これだけは納得いかねぇっつぅか! あんな超弩級美人さんたちが、そんな……やらしいこととか、したがるわけねぇだろ!?」


『…………………』


 カティフのあまりに見当違いな発言に、その場にしばし沈黙が降りた。その反応に驚いてか、慌てたように周囲を見回すカティフに、ネーツェが眉間をもみほぐしながら、衝撃からようよう立ち直ろうとしている顔で問いかける。


「カティ。聞きたいんだが……つまり、お前が言いたいのは、『美女に性欲なんてあるわけがない』っていうことなのか?」


「い、いや、俺も一応美人のお姉さまだけじゃなく、たいていの女には普通性欲なんてねぇってのはわかっちゃいるんだぜ!? けどやっぱ美人のお姉さまにそんな、子供を襲うような性欲があるなんつぅのは絶対に納得ができねぇっつぅか! 普通に考えてそんなんおかしいだろ、だってあんな超弩級に美人のお姉さまたちなんだぜ!?」


 ライシュニディアが、思わずといったようにぶふっ、と噴き出した。ぽかんとするカティフをよそに、椅子から落ちそうな勢いで笑い転げる。


「え、その……俺、なんか変なこと言いました?」


「へ、変、どころか……ふふっ! ビュゥユの女たちに、『性欲なんてあるわけがない』なんて、言う人……ぶふっ! いるなんて、考えても……くふっ! いなかったからっ……ぷふふっ!」


「え、えぇ……?」


「っつかさー、カティさー。この国の女が美人なのって、女聖術のおかげだってこと、ちゃんと覚えてんの?」


「あっバカ思い出させんなよ、あの超弩級美人お姉さま軍団が術法のせいで生まれたとか、実はもうばあちゃんっつってもいいくらいの年かもしんねぇとか、思い出したくねぇんだよこっちはよ!」


「ああ、それでこうも認識がすれ違っているのか……それにしてもあまりに美女というものを盲信というか、妄想を膨らませすぎだとは思うが。……いいか、カティ。女聖術は、女性が女性と性交渉を持つことによって、女性を美しく変じさせるんだぞ? つまり、この国の女性たちが美しいのは、それだけ女性に対する性欲が旺盛だから、ということになるわけだが。わかってるのか?」


「いや、それはだってよ! 美人になるためにやってることなんだろ!? お姉さまたちがキレイになるために女相手に励むってぇんなら普通に納得できるし!」


「言っておくけど、この国の女どもは基本的に、女と見れば鼻の下を伸ばして息を荒げる好色な連中ばかりよ。私のように、十歳をすぎてまだいくらも経っていないような女の子に対しても、むしろ口説いて褥に誘うのが義務と考えているような、ね。まぁそれは、この国に美女を増やしたいっていうのが理由なのかもしれないけど。どちらにせよ、私がこれまで王宮の夜会で、出席した女どもにこぞって褥に誘われたのは間違いのない事実よ。というか、言ったでしょう? 王宮の夜会は、女騎士どもが、女を口説くために設けられた席だって」


「いや、でもそれは! あくまで、キレイになるためのっ」


「王宮に、客室というか、性交渉用の寝台とお風呂だけという部屋が山のように準備してあっても? 夜会の中で、口説き落とされた連中が、女騎士と連れだって夜会から消えてはその部屋に直行する、なんて話が当たり前のこととして認知されていても? それどころか、寝台まで待てずに物陰でおっぱじめる連中が山のようにいても?」


「………えっ」


「いや、というか……それはむしろ、あまりに乱行がすぎるのでは? あまりに慎みに欠けている気が……」


「そうでしょう。正気を疑うでしょう? だからこそ、私はこの国がいやでいやでしかたなかったのよ」


 ライシュニディアのそのすぱっとした口調になにかを感じたのか、仲間たちはこの話をこれ以上広げるのはやめることにしたようで、揃って口を閉じた。……カティフだけは、いまだに『美人の女性が女性たちに対して性欲を抱く』というこの国の常識が受け容れられていないようで、愕然とした顔でなにやらぶつぶつ呟いていたけれども。


「……それにしても。あなたたちの仕事を幻像でとはいえ見せられて、驚いたわ。まさかあそこまですごい人たちだとは、思ってもいなかった」


「へへっ、そーだろそーだろすげーだろー! そこらへんのことみんなわかってねーんだよなー!」


「ジル、お前その『みんな』の中に、僕たちパーティ面子も入れてるだろう。言っておくが才能の多寡は当然あるにしろ、女神の加護を受けているという点においてはお前も僕たちも同等なんだからな?」


「…………」


『あなたたち』の中には当然自分のことは含まれていないだろうと考えたロワは、邪魔にならないよう口を閉じていたのだが、ライシュニディアはなぜかロワの方を向いて、きっぱりはっきり告げてくる。


「言っておくけど、『あなたたち』の中にはあなたも含まれるんだからね? 『自分は含まれないだろうから話の邪魔にならないよう静かにしておこう』なんて考えてそうな顔しないでよ」


「…………!」


「へぇ、王女さま、ロワのことよくわかってんな」


「ふふ、まぁ、彼の考え方はある程度理解したし、それができればわりとわかりやすい人だしね、彼。……ロワも含めて、正直私、ちょっと感動したもの。命懸けの戦いっていうのを見るのは、これが初めてだったし……そんな極限状況下で、人間ってあんなにきれいに動けるものなのかとか、あんな見事な連携ができるものなのか、とかね」


「え……そ、そお?」


「おお、珍しいことにジルが戸惑ってんぞ。まぁ気持ちはわかるけどよ」


「……正直なところを言ってしまうと、我々はまだまだ未熟というか、連携も個々人の技量もいまだ一人前とは言い難いので。あまりそんな風に褒めていただいてしまうと、戸惑うといいますか、申し訳なさが先に立つといいますか……」


「そうなの? でも、私の目にはそう映ったのよ。つまり、それだけ私がこれまで、狭い世界にしか生きていなかったんだ、ってことね。世界は広くて、すごい人、感心してしまうような人がいっぱいいる。そう思うと、気合を入れずにはいられないわね」


「…………」


 ジュディオランが一瞬もの言いたげな表情になったが(おそらく、ネーツェの言い分が『女神の加護を与えられた上での評価』だからだろう)、感覚のズレを修正するのが面倒くさかったようで、あえて口を開かず、妹の言葉を黙って聞くにとどめた。ライシュニディアはそれに気づかず、さらに自分の未来について楽しげに語る。


「私の力でどれだけできるかはわからないけど。挑戦ができるのとできないのとでは、私の人生にとっては雲泥の差だわ。私にできる全力を尽くして、死力を絞り出してでも、自分にできることは全部やっておかなくちゃ」


「いや、そのお志は立派だと思いますが、極東地域の現状とその原因から考えますと……」


「わかってるわよ。私だって、私一代で極東地域のなにもかもを変えられるなんて思い上がったことは考えていないわ。単に、自分の人生をどう使うかっていう宣言をくり返して、自分に発破をかけてるってだけのこと。もしなにもかもがまるでうまくいかず、まともに極東に支援するだけの資金を稼げずに終わっても、借金すら返せずに失望の中死んでいっても、極東にたどり着いてから数多の裏切りや不誠実にさらされて絶望しても、それでも今までのように、この国でなにもできないまま生きていくよりはずっとよかったと思うもの。出発地点には立てたわ、あとは私の甲斐性の問題よ。違う?」


「まぁ……そこまでおっしゃられるんでしたら、こちらとしてもなにも言えませんけどね」


 ネーツェは苦笑して肩をすくめる。実際、ライシュニディアの進もうとする道がどれほど困難かは、全員よくわかっているはずだった。自分が昨晩夢の中で、女神エベクレナから告げられた、極東地域がなぜこれほどまでに徹底して貧しいのかという、その原因と元凶についてを、すでに説明してあるのだから。


 かつて一人の神が過ちを犯し、神の恵みを無限に増やそうとしたばっかりに、極東は神の御力がまともに行き届かない場所になってしまったこと。その神はすでに罰を受け、この大陸にもう存在していないこと。神々もできる限りの努力はしているけれども、極東地域に神の御力が余さず行き渡るためには、あと一万転刻(ビジン)ほどの時間が必要であろうとされていること。


 それらについて仲間とライシュニディアたちに説明した時はさすがに全員絶句していたが、ライシュニディアは意外にもすぐに立ち直り、ロワに感謝すら告げてきた。『なにも知らないより知っていた方が、ずっと適切な対処ができる』と。


『私のやること、できることがよりはっきりしたってだけだもの。見当違いの方向に進むより、ずっとよかったと思うわ』


『神の犯した過ちを、神々すらなかったことにできずに苦吟しているというのなら、私にできることはより少なくなるでしょう。土地の恵みを得ることがほぼ不可能な、不毛この上ない土地に住まう人々。それでも、人の手によって救える部分がないわけじゃない』


『もともと私だって、私一人であの場所のなにもかもを変えられる、なんて思ってたわけじゃないもの。そもそも、まともな救済活動を行えるほどのお金を稼げるかどうかだって定かじゃない、とすら考えていたわ。普通に考えれば常人は自分一人の食い扶持を稼ぐだけでもやっとなんだから、私がそんな口を利くのは大言壮語に他ならないんだろうって思う。実例がある分……貧乏国家を曲がりなりにも黒字財政にまで持ってきた、なんていう人が私の母親で、国家元首である分、その可能性を夢想することはたやすかったけどね』


『でも、究極的には、これはそういう問題じゃないの。『私がどう生きるか』ってことなの。自分の人生をなにに使うか、ってことなのよ』


『私は自分の人生を懸ける価値があることに人生を、命を使いたい。その私の生きざまを見て、あるいは他人にうまく伝えて、私の後にも同じような志を抱く人が続くように導くことができれば、少しずつでも増やしていくことができれば、私の人生にもそれなりに意味があったっていうことになるでしょう。私はそうしたいの。意味がある人生を生きたいのよ』


『そのためにならば、私は文字通り自分の人生を費やすわ。『意味がある人生』に手を届かせることができないまま、無為に人生を浪費するより、私にとっては比べ物にならないくらいマシだもの。……いいえ、マシっていう言い方じゃ足りないわね。私は意味がある、意義がある人生のためなら命を懸けても悔やまない――正確じゃないけど、気持ちを素直に表すなら、だいたいそういうことなんだと思う』


 その言葉に、キジャレオーネも含め、ロワ同様に、その場に居合わせた人間はほとんどが気圧された。十歳やそこらでこんな話ができる頭のよさもさることながら、自分の人生を冷静に見切った上で、無駄に費やすかもしれないことを覚悟の上で、死力を振り絞ると宣言してのけるライシュニディアの覚悟と気概に、圧倒されたのだ。まだ実際に人生の苦難と相対していないがゆえの、思い上がった口だけの台詞と言えば言えるが、それでもここまではっきりきっぱり言ってのけることができるのは尋常ではない。くり返すが、まだ十歳やそこらだというのに。


 ライシュニディア自身も、自分たちのその気後れを感じ取り、自尊心を大いに満足させたようで、それからずっと機嫌がいいのだ。まぁ、自分の人生が新たに開けたことが、彼女の心を調子づかせているというのも確かなのだろうが。


「そういえば、ロワ。ビュセジラゥさまに対する質問は、あれから増えたの? まだ私たちと、女王陛下の分だけしか聞けてないのよね?」


「はい。でもまぁ、この夜会でそういうことに興味がありそうな相手には話を聞く、と女王陛下はおっしゃってたんで……」


「聞いたところで、そうそう質問なんて考えだせる女がいるとは思えないけどね。この歪んだ国の護国神である、男性でありながら女性同性愛の守護神であるお方への質問、なんて」


 ライシュニディアはそう皮肉っぽく言って肩をそびやかす。正直、ロワもそうかもしれないなー、とは思っていた(ので、肩をすくめるにとどめた)。


「へ? なんで? 神さまに質問できるんだったらさ、せっかくだから聞きたいこと聞いとこうとか考えるもんなんじゃねーの?」


「お前ほど遠慮会釈なく質問を考え出せるかはともかく、まぁたいていの人間はそうだろうな。不遜ではないかと自らを省みて質問を取り下げることはあるにしても、神に――この世の真理を知るお方に、なんでも質問をしていいなんて機会があるのなら、勇んで質問しまくらない方が珍しい」


「ネテみたいに?」


「まぁな。僕の場合はすでにギュマゥネコーセさまに加護をいただいている身だし、答えがいただけるかどうかはおぼつかない、とは思ったが、こんな機会をふいにするのも惜しかったからな」


「まぁ……答えを期待しないでいてくれる、っていうのはありがたいよ」


 実際、こんな質問に神が率直に答えてくれるかどうか怪しいような学術的な質問ばかり投げかけてきた時には(そもそも神々がビュセジラゥへの質問を許してくれたのは神々の世界の仕組みの調子を確かめるためだし、その上質問を許可してくれたのもあくまでビュセジラゥリオーユ国民に対してのみだし、その上学術的というかいわゆる世界の真理に迫るような質問なんて神々にとっては(調べればすぐにわかることではあるのだろうが)さして興味がないことだろうに)、こいつ状況的に許されると判断したらけっこうどこまでも厚かましくなれる奴だな、と白い目で見てしまったものだが。


「ぬぐっ……し、しかたないだろう!? 僕は中退したとはいえ、曲がりなりにもロヴァガの智の学院に所属していた人間なんだから! 神々の知識を分け与えていただけるかもしれないという時に、遠慮なんて考える方がおかしいだろうが!」


「や、そこらへんは神さまにもよるんじゃね? ロヴァナケトゥさまとか、ギュマゥネコーセさまとかはそういう考えなんだろうけどさ、もっと神さまっぽいっていうか……イゲンとか、チツジョとかが大事! って思ってる神さまとかは、フツーに腹立てたりすんじゃねーの?」


「おいジル、お前もその発言の時点で充分神さまへの敬意が足りてねぇからな? 神官なんだったらもーちょいまともに神さま敬えや」


「まぁ……質問しただけで腹を立てたりはなさらないだろうけど。だからって、答えていただけるかは全然別の話だからな? これはあくまで、神々の世界の調査のついでに、神々のご厚意で実現した話なんだから」


「……正直、本当に神々に質問することができるようになるとか、改めて考えると状況のとんでもなさに胃が痛くてしょうがない話だけどね……それでも、こんな機会もう二度とないことはわかりきってるから、質問しない選択肢はなかったけれども」


 現在進行形でわりと胃が痛そうな顔で苦笑するジュディオランに、いたわりと呆れが相半ばする微笑を投げかけてから、ライシュニディアはジルディンに向き直った。


「私が言ってるのは、この国の国民感情の問題よ。男性蔑視が当然の思考として身に沁みついている女どもが、自国の護国神が男だという事実をまともに受け容れられるわけないでしょう、ってこと。できる限り目を逸らして、知らないふりをして、そんな神さまなんて自分の生活の中には存在しない、っていうふりをしたがる連中ばかりでしょうよ」


「え、だって自分の国の神さまなのに? それに、女聖術ってビュセジラゥさまが授けてくれた術法なんだろ? それもこの国の中限定でめっちゃ強くしてくれてるんだろ? そんな神さまに感謝の祈りを捧げない奴らばっかりなの? それ最低じゃね?」


「そうね、最低ね。……まぁ、実際のところ、この国の女どもがビュセジラゥさまのことをどう認識しているのか、私にもはっきりわかっているわけじゃないわ。私は一応、護国神だから、起きた時と寝る前、それと食前に感謝の祈りは捧げているけど、それが本当に真摯な祈りになっているかは自信がない。私の大嫌いなこの国の現状を作り出したお方だ、っていうような気持ちがまったくないとは言えないもの。だから、他の女どもにとっても、護国神でありながら男性であるビュセジラゥさまは、受け容れがたい相手なんじゃないか、って思ったのよ」


「なるほどー。ジュンはどーなん?」


「僕の場合も、例としては特殊だろうね。女王の息子という、本来ならこの国ではありえざるべき存在であること。心から愛し合ってはいるけれども、心情すらも性愛によって歪められてしまう関係である夫婦の、山ほどいる子供の中の一人であること。なにより、女王国で生活をしている男であること。この国の一般的な国民の事例としては、不適切としか言いようがない」


「そっかー。んじゃさ、そこの騎士のねーちゃんはどーよ?」


「はっ………?」


 仏頂面で映し出される夜会の幻影を眺めていたキジャレオーネは、視線を集中させられて仰天した顔になった。どうやらできる限り自分たちのことを無視しようとしていたために、映し出される夜会の光景に集中してしまっていたせいだろう、まるで話を聞いていなかったらしい。


「だっからさー……」


「待てよ、ジル。俺が言ったこと、忘れたのか?」


「へっ? な、なんか言ってたっけ?」


「質問を募るのはかまわないけれども、一般人に自分に質問ができる、ということを明かさないように、っていう仰せだっただろう。人心を騒がせてしまうかもしれないからって。神々がいくら寛容な態度を取ってくださってるからって、『しないように』と命じたことをしでかす愚か者に、神々が慈悲を与えてくださると思うのか?」


「あっ……そ、そっか。そだっけ。そうだよな……ご、ごめん」


「謝る相手が違うだろう。神官なんだから、きちんと神さまに懺悔しておけ」


「はぁい……」


「それなら、こんな話を話題に出すこと自体よくなかったのではないの? あなたさっき私たちが話していた時はなにも言わなかったじゃない」


「彼女がこちらの話をまるで耳に入れていなかったのは、感じ取れていたので。給仕の人たちも、退室してましたから。話題にすること自体は悪くないと考えたんです。神々がきちんと質問を用意しておいてほしい、とお考えなのも確かですから」


「なるほど……私たちは『一般人』ではない、というくくりですものね?」


「はい。きっかけとなったジュンと、彼の行く末に深くかかわるだろう妹であるあなた、それにあなた方の母でありこの国を治める女王陛下、ここまでは一般人扱いせずともいいだろう、と俺は判断しました。一般人の定義については、俺にゆだねてくださったので」


「……なにをわけのわからないことを話している。私の侮辱をするというなら、剣によって応じることになるが」


 ちらちら夜会の映像に視線を投げかけながら、キジャレオーネが低く告げる。そうだろうことは感じ取っていたが、彼女は夜会の光景――彼女にとってなじみ深い、愛する世界に集中することで、意図的に自分たちの話から意識を逸らしているようだった。こちらの話を耳に入れている今でも、できるだけ聞かないよう、頭の中に言葉を入れないように必死なのだろう。


 それだけ、彼女にとって現状が――自身のビュセジラゥリオーユ国民の女騎士としての尊厳を奪われ、男たちの中に一人残されている現状が苦痛なのだろうことはわかっていた。この言葉は男に対する根深い反感からくる、反射のようなものだ。


 それはわかっていたが、ロワはあえてキジャレオーネの方を向き、真っ向から問いかけた。


「お訊ねしたいんですが。あなたのような一般的なビュゥユの国民にとって、ビュセジラゥさまというのは、どういう存在なんですか?」


「は?」


「おい、ロワ。いいのか?」


「これは単純に、俺個人の好奇心からくる質問なんだよ。だからもちろん、答えが返ってこなかったとしても、悪罵で返されたとしても、どこからも文句が出る筋合いの話じゃないし、俺も怒る気はない。微妙な問題を聞きほじっているのはわかってるから」


「……ならなんでわざわざそんな質問を?」


「言っただろ、好奇心だよ、ただの。……一応、幾度も神々に呼び立てられることがある身として、神に対する人の意識っていうものを、できるだけ知っておきたいっていう気持ちもあるけど」


「そんなもの知ってどうするんだ」


「神々の心を、少しでも安んじることができるようになる可能性が高まる」


『……………』


 食堂が一瞬、見事に静まり返った。まぁ実際、それくらいには不遜な発言であることは自覚している。


「……とんでもないこと言うわね。そんな風に神々の前で頭を上げていたら、それこそ神罰を受けるんじゃないの? 大丈夫?」


「俺なりに、神々と真っ当に向き合おうとした結果です。本来なら俺なんかが神々の世界に闖入するのは間違ってるとは思いますが、神々はそんな奇禍でさえも、お互いにとっていい結果を招く機会として使おうとなさっている。それなのに、人間の側が少しでもマシなことを言えるようになっておこうともしないというのは、それこそ怠惰と呼ばれてしかるべきでは?」


「それは……まぁ、そうかもしれないけど」


「曲がりなりにも一応でも神官。お前の意見はどうよ」


「え、お、俺ぇ!? んなのわっかんねぇよ、俺女神さまに会ったこと二回しかないし!」


「それでも充分尋常じゃない範囲だと思うけどね……まぁ、なんにせよ、どう答えるかは彼女次第だとは思うけど」


 またも視線が集中される中で、キジャレオーネはふいっと、顔をそむけた。


「……馬鹿馬鹿しい。そんな話につきあう義理があるか」


「……まぁ、普通に真っ当な意見ではあるな」


「神さまについてああだこうだ悪口言うなんて、まともな神経したらできねぇよな……」


「っ! べ、別に悪口を言うつもりなどないっ!」


「え、そーなの? 俺ビュセジラゥさまのことも大っ嫌いで悪口言いたいから黙ってようとしてんのかと思った」


「そ、そんなわけがないだろうっ! 私はビュゥユ国民として、起床時就寝時食前にはきちんと祈りを捧げるし、礼拝も行っているっ! ただ、その……我が国の守護神なのに、なぜ女神ではないのか、と疑問に思うことはないではない、というだけだっ!」


「……そうか。ありがとう」


 ロワなりに納得して、頭を下げる。口に出した言葉は短いものだったが、同調術で言葉よりはるかに雄弁な感情の数々を感じ取ることができた。ビュセジラゥさまに謁見する時にも、少しはマシな話ができそうだ。

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