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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
112/213

8-31 戦闘

「っし。んじゃ作戦確認すんぞー」


「おーう」


「りょーかーい」


「ま、楽に憶えられる程度の文章量でも確認は大事だな。どうぞ?」


「まず、ジルが風操術と組み合わせた探査術で、ビュゥユ全体の魔物の分布と、要や首領になってる魔物の居場所を調べる。……ちゃんと昨日やったこと覚えてるよな? 今日もくり返し、改めて調べ直すんだぞ?」


「わかってるってーの。もーっ、ぐちぐちうっさいなー」


「お前の場合うるさがるくらいにくり返し言っても頭からすっぽ抜けてたりすんだろが。……で、その情報をネテの頭の中に転送して、ネテは昨日の分布と比較した上で、俺たちをどう動かすかに微修正を加える」


「まぁ、微修正といっても、昨日みっちり戦場の作戦定型を教え込まれた身としては、カティの立てた作戦の範疇から逸脱するようなやり方を考慮する必要なんて、ほぼないと言っていいと思うがな……」


「いや一日で戦場での作戦定型きっちり一通り覚えきった奴が言う台詞じゃねぇだろ、それ。……で、俺とヒュノは、ネテの指示に従って動き、俺が誘引術で目標周辺の魔物を惹きつけて数を減らしてる間に、ヒュノが魔物連中の中心になってる奴をぶった斬る。あとは適度に数を減らしつつ、向こうが逃げるようなら深追いせず引き上げる」


「ビュゥユに来るまでの道中で何度もやったやつだよな。了解」


「基本はそのくり返し。ネテとジルは基本的に遠距離からの援護に徹してくれ。辛くなったら魔物を別の場所に引っ張ってから離脱して、お前らのいる本塁にまで戻ってくる。それもできないようだったら、合図を送るから回収を頼む。ま、これまで戦ってきた魔物と極端に強さが違うとかいう奴らでも出てこなけりゃ、そこまで追い込まれることはねぇだろうけど」


「っつかさー、なんで俺らが遠距離から術式叩き込むとかじゃダメなの?」


「……ほれみやがれ、お前もうすっかり忘れてんじゃねぇか。ネテはともかく、お前の場合まだ制御が甘いっつぅか、『常に周りに被害を出さないように術式を使う』っつー心構えができてねぇんだよ。昨日も言ったぞこれ」


「け、けどさ。火事になったりするくらいの失敗とか、めったに……」


「火事になるほど周囲に被害をまき散らす術式の使い方を、ごくたまにでもやってるって時点で相当まずいからな。いいか、忘れてると思うから改めて言っとくけど、俺らの仕事の様子はこの国の上層部の人らに見られてんだぞ? っつか、ネテが即伝えてんだ。そんな中で国土に被害を与えるような真似すりゃあ、クッソ叱られるに決まってんだろーがよ」


「そ、そうだっけ……?」


「そうなんだよ。……で、ネテが攻撃に加わらないのもそーいう理由だな。ネテは俺たちの位置の確認やら、周囲の情報の探査と目標までの道筋の確認に加えての作戦の微修正やら、王宮の人らへの俺たちの仕事ぶりの伝達やら、クソ忙しいからな。支援してくれるならしてくれるで助かるけど、無理はしなくていいっつー結論になったんだよ」


「えぇー、でもさー、術式なしじゃ敵の数がいた時とかに、すっげー時間かかんじゃねーの?」


「それを考えに入れた上で、これが最善、っつー結論になったんだよ。ヒュノが女神さまから与えられた術法のおかげで、対多数戦闘もさして苦じゃなくなったし……お前が昨日調べた情報が正しけりゃ、俺たち二人だけで十二分に対処はできる、って俺もヒュノも、加えてネテも判断した。異論はあるか? ジル」


「んー……まーみんながそー言うんだったら、それでいーのかな。で、結局俺はなにすればいーの?」


「……ビュゥユ中の魔物の情報を確認して、それを逐一ネテに伝達術で伝えること。俺たちの情報を確認して、傷が深くなってきたと思ったら治癒術で癒すこと。風操術を組み合わせた術式だったら、この国のどこにいても治癒術式がかけられるんだろ?」


「んー、うん。まー、この国がゾヌとおんなじくらいの広さしかねーからだけど。でもゾヌはその広さん中がほぼ市街地で、この国は農地とか村とか森とかそーいうの全部込み、って思うとさ、なんかすっげー差ぁある気しねー?」


「気がするもなにも、疑問の余地なく差はありすぎるほどにあるが、それはゾヌの方がおかしいんだからな。一千万都市なんぞという意味の分からない、いくつもの森だの小山だのを街の敷地内に抱え込んでいる都市なんぞ、大陸中を探してもゾヌ以外にはない。ビュゥユが小国なのは確かだが、どんな大国の首都だろうと、街と街を比べてみれば、ゾヌに勝る規模の街なんてそれこそある方がおかしいだろうさ」


「おら、脱線すんな、話先に進めるぞ。……で、ロワにはネテとジルが俺たちの支援にかかりっきりになってる間、全力で本塁の護りを固めてもらう。神祇術で結界張った上で、操霊術で壁になるゴーレムを山ほど作ってもらいたい。……操霊術でなら、土くれに霊を憑かせて、一般的な戦士ぐらいの実力はあるゴーレムが作れんだよな?」


「うん、まぁ……」


 ロワはうなずきながらも、『この作戦は昨日聞いたけど、やっぱりどう考えても俺が役に立つ状況なんてまずないんじゃないかな』と考えていた。そりゃ力尽きるまでゴーレムを作れば『ロワをこき使う』という目標は達成できるにせよ、それが作戦にマシな影響を及ぼせるとはとても思えない。まぁ、一人だけぼうっとしているのもあまりに申し訳ないので、言われた通りにできるだけ頑張るつもりではいるが。


 そんなことを考えているロワにうなずきを返して、カティフは全員の顔を眺め回し、宣言した。


「よっし。それなりに苦労はあんだろが、情報が正しけりゃ苦戦するほどじゃねぇ相手だ。あとはつまらねぇ失敗をしねぇように、しまっていくぞ!」


「おう!」


「うん」


「てか、なんでカティこんなにはりきってんの?」


「そんなことわかりきってるだろう。見る人のほとんどが女性同性愛者だという事実から目を逸らし、見かけは若く美しい女性たち数十人に、自分の活躍を見てもらえるという事態に鼻の下を伸ばして……」


「うっせぇ黙ってろんな指摘今いらねぇんだよ!」




   *   *   *




「〝祈る声は風に、染み渡るは血と智に、天と地の在るべきように在り、巡るものの清らなる始まりを願う……〟」


 本塁に定めた、ビュシクタリェーシュから少し離れた小山の上。そこで結界術式を使うべく、ロワが神楽を踊っている間に、ヒュノとカティフはさっそく魔物狩りへと出発した。


 ネーツェはそちらの様子をうかがいつつ、王宮に集まっているだろう女王陛下たちに伝達する、という役目をきっちり果たしているようで、半ば目を閉じながら忙しなく呪文を唱えたり印を切ったりしていたが、ロワが神楽を踊り終わる頃には落ち着いたようで、半ば目を閉じたまま黙り込む。ジルディンも役目を果たしてはいるのだろうが、魔物の探知と情報の伝達というのはジルディンにとってはたやすすぎる仕事なのだろう、退屈そうに周囲をきょろきょろ見回していた。


 結界を張り終えたのち、壁として使うために、あらかじめビュシクタリェーシュの墓地から連れてきていた霊(生きていた頃の意識がまともに残っていない、魂の形をした力の凝固物と言った方が近い代物)を土に縁り憑かせ、土人形として結界の周囲を護ることができるように配置する。ただ、女神さまに術法を与えられた時のロワの腕前では、まともに動かせるのは十数体が限度だったはずなのに、今は三十体ほどの数をそれなりに動かすことができるようになっているのには驚いた。女神さまに与えられた術法の成長速度を見誤っていた、ということなのだろうが、それにしたって驚くべき話だ。


 魔力は当然ながら相当に削れたものの、土人形たちは問題なく制御できているし、結界内の浄化も、結界自体の維持も、このままの状態が続けばさして負担にはならない。まぁ考えてみれば自分の仕事は万一の時の気休めのようなものだし、負担がかかるという事態そのものが作戦の瑕疵を示すことになるのだろうから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。正直、申し訳ない気持ちになってしまう。


 こんな風に自分だけ楽をさせてもらっていいのだろうか。ただでさえ自分は普段からろくに戦力になっていないのに、今回は仲間たちに、一生かけて返していかねばならないほどの借りを作ってしまった。その礼や詫びすらまともに言えていないというのが、こんな風に暇な時間ができてしまうと、ことのほか心を苛む。


 もちろん仕事の最中によそ事を考えられるほど自分は強くないし、集中集中、と懸命に自分を戒めてもいるのだが、それでも心の中にむくむくと不安が湧き上がってしまうのは確かで。


「……お前にも、向こうの状況を見せてやろうか?」


 だから、ネーツェがそんなことを言ってきた時には、不意討ちされたように仰天しつつも、勢い込んで聞き返してしまった。


「俺が見ても、いいのか!?」


「まぁな。本来なら自分の仕事に集中してもらうところだが、隣に向こうのことをやたら心配してる奴がいる中で、その情報を見せるのがまったく手間ではないのに無視し続けるというのは、精神衛生上あまりよろしくない」


「ぇっ……」


 別にヒュノとカティフのことを心配していたわけではないというか、あいつらがきっちり仕事をしてくれるだろうことは、自分がきっちり仕事を終えられることよりも確信しているくらいなのだが、なんと返せばいいか迷った一瞬の間に、ネーツェは話を先に進めてしまう。


「それに、お前にもこういう情報処理を手伝ってもらう時が来る可能性は高いしな。脳内の映像情報と、視覚情報を整理して把握する訓練はしておいた方がいいだろう」


「え、情報処理を手伝うって……なんで、そうなるんだ? いや俺にできることならやるけど、その可能性が高いっていうのは、なんで?」


「お前は同調術を習得しているだろうが。お前が感じ取ったことを即座に仲間たちに通達しなくちゃならない、って事態に陥る可能性は高いだろう。そういう情報処理の訓練は、映像情報と視覚情報の整理から始めるのが、一番わかりやすくて上達しやすいんだよ」


「ああ……そうか。なるほど」


 納得してうなずいたロワに、ネーツェは印を切りつつ、細かく指示を出してきた。


「お前は同調術を僕に使ってくれ。情報伝達の補助に使う。僕が使う術式の感覚も読み取って、情報の伝達と処理の方法と感覚を感じ取るんだ」


「ど、同調術を使うのはいいけど、方法と感覚まで感じ取れるかどうかはちょっと自信が……」


「別に今回一回で全部把握しろとは言ってない。訓練の機会はこれから何度でもあるんだから。準備はいいか?」


「う、うん……なんとか」


「よし。同調術を」


「〝我が祈る声よ風に届け、響き渡れ我らの風に、吾と彼を結び繋ぎ、絶えず巡るものの在ることを謳え……〟」


 とたん、視界が切り替わる。いや、視界が切り替わったのではなく、見えているものは変わらないのに、『見えている』と感じられる光景が脳裏に浮かんだ映像に切り替わったのだ。正直だいぶ気持ち悪いというか、違和感がすごい。


 確かにこれは慣れておかないと処理が難しいかも、と思いつつ脳裏に浮かぶ映像に集中する。そこに映し出されている、というか耳にもしっかり聞こえてくるのは――ヒュノとカティフが、並み居る魔物をばったばったと斬り捨てている光景だった。


 それはまさにちぎっては投げちぎっては投げ、という言葉がふさわしいだろう。ゾヌからビュゥユにたどり着くまで移動中に何度も遭遇した、アーィェネオソク平野に生息するごく一般的な、練度がそこまで高くない小隊ならば苦もなく全滅させられる、という程度の強さの魔物が大半だったが、それでもこうもあっさりと、それこそ邪鬼ウィペギュロクの眷族――処女童貞相手ならば指先一本が触れただけでも殺せる程度の耐久力しか持てなくなる連中相手と、さして変わらない程度の早さで殲滅しているところを見ると、さすがに圧倒されてしまう。


「〝オラ来いクソども俺のタマはここだぞさっさと殺しに来てみやがれ〟!」


「〝シッ〟!」


 群れで二人を襲撃したのだろう、種々の魔物が四方八方から襲いかかろうとしているところに、カティフが誘引術で魔物たちの注意を一斉に惹きつけ、攻撃の態勢をあっさりと崩してしまう。巧みな位置取りで魔物たちが一度に襲いかかれないようにしながら、注意を惹きつけ攻撃目標を歪め、一度に魔物たち数体しか攻撃に参加できないという状況を作り上げる。


 もちろん攻撃してくる魔物たちはすさまじい勢いで、それこそ群れの魔物すべてが一撃必殺という気迫でカティフに襲いかかってくるのだが、カティフは時に護盾術で光の壁を作って攻撃を防ぎ、時に剣や盾を巧みに動かすだけでさばいて受け流す。


 そうやって隙だらけになったところに、ヒュノが楽々と剣を振るう。その剣閃は群れすべてを呑み込むほどに大きく広がり、効果範囲内の魔物の首すべてを一撃で落としていく。一刀で攻撃的な魔物をすべて殲滅するや、カティフが誘引術を解除し、魔物たちを我に返らせる。そうなれば魔物たちは驚き、怯え、二人の脅威から一散に逃げ去っていく。


『魔物』というのは、『魔』という言葉をつけられてはいるものの、『この世界には本来存在しない』『あるべきではない』代物、というわけではまったくない。『魔』とついているのは魔力――魔術という『この世界には本来存在しない』術法がこの世に誕生して初めて人間に認識され、研究されるようになった、術式を使用する際に心魂が消費する力を、その身の生理として操ることができるからそう呼ばれているにすぎない。


 一般的な獣や家畜との違いはそこにある。動物だろうが植物だろうが、はては無機物だろうが実体のない精神生命体だろうが、魔力を機能として操作・消費できるなら魔物なのだ。人間は術法という技術を用いなければ魔力を動かすことはできないため、魔物ではない、という分類になるらしい。


 ちなみに魔力をなぜ魔力と呼ぶかというと、術式を使用される際に消費される力を定量的に測定・管理しようなどと考えたのが当初は魔術師しかおらず、魔術師以外の術法使いが消費する力を詳しく研究することもできなかったので、他の術法使いが消費する力が魔術師のそれと同じものか定かではないから、と仮の名として魔力と名付けたのが定着してしまった、というのが理由なのだそうだ。


 そんなわけで、魔物は邪鬼の眷族とは違い(邪鬼の眷族も生来の機能として魔力を動かせるので魔物の一種ではあるが、その逆は真ではない)、種としては特に人間に対し強い攻撃性を持っているというわけではない(個体差はあるし、食料として人間を好むのも確かだが)。なので獣同様に、獲物として人を喰らうことはよくあるが、殺されかけたりして怯えれば普通に逃げる。


 ただ、魔物の多くは増えすぎると暴走して周囲に多大な被害をまき散らしながら自分たちの数を減らす、という習性を種として持っているので、国政を任されているものは、魔物の数には常に注意を払わなくてはならない。冒険者ギルドにとっても、魔物を適度に狩って個体数を適切に保つことは、大事な仕事のひとつだ。


 今回自分たちが請けた仕事も、ギルドを通していないぶんいささか異例ではあるが、冒険者としてはごく当たり前の仕事ではある。狩った獲物を持ち帰り、売り飛ばして金に換えるという過程も含めて。


 魔物の多くは、その体のほとんどが、種々の製品の原料になりうる。魔力を生理として常に体に巡らせているのだから、当然といえば当然だが。アーィェネオソク平野に存在する国家の中には、魔物狩りを国家の主産業として掲げている国もあるくらいだ。強い魔物であればあるほど、基本的には比例して強力な武器やら防具やら薬品やら術法具やら魔器材やらその他もろもろの製品になる。


 なので、ロワは大量に生産された魔物たちの死骸を、これほっぽっとくのもったいないな、あとで回収するにしろそれまでに汚れたり傷がついたりしちゃうんだろうしな、という目で見ていたのだが、その向けられた意識の先で唐突に、ふっとジュディオランが転移術で現れた。生きている魔物たちがすべて逃げ去った中、安物の作業着を身に着けた格好で、魔物の死体を次々に収納術によって回収したかと思うと、またさっさと転移してしまう。


 それをヒュノもカティフも気にしていないので、思わず呟きが漏れた。


「女王陛下がジュンに命令を下したのか……? 少なくともヒュノとカティには話が通ってるみたいだけど……」


「僕にもちゃんと話が通ってる。というか、女王陛下からジュンを通して最初に話がもちかけられたのは、僕なんだ。ジュンを魔物の死体の回収役として雇わないか、ってな」


「っ、そうだったのか」


 独り言に返事をされて少しばかりびっくりする。ネーツェの姿は視界には入っているものの、『見えている』と感じるものが脳裏の映像なので、正直目に映っているものは意識の外に置かれがちになってしまうようだ。そこらへんも注意しないとな、と思いつつ、ロワはネテに問いかけた。


「魔物の死体の回収をしてくれるのはありがたいと思うけど。転移術が使えるなら収納術の腕前も高いだろうし、そんな人材魔物の死体の回収作業にはうってつけだし。でも一応聞いておくけど、どういう取り決めになってるんだ?」


「売却額の一割がジュンの報酬ってことになってる。基本的にはビュゥユが買い上げることになってるけど、ビュゥユの購入能力を超えたら、当然別のところに売り飛ばしていいそうだ。魔物の死体の置き場所代と保存術式の使用料はおまけしてくれる、ということだった」


「……一割なら、まぁ相場通りか」


 ロワは以前、仲間たちとパーティを組むより前に、高位のパーティが魔物狩りをする際の死体回収役として雇われたことがあったので、ある程度の相場はわかるのだ。もちろん、ロワの場合は足元を見られて、売却額の一分にもならない料金で追い払われたのだが。


「でも……この調子だと、まるで問題はなさそうに見えるな。ヒュノもカティも、充分余裕持って戦えてるみたいだし。魔物の死体回収役までいるんなら、収納術が使えない奴がいても、お金になるものを見過ごす心配もしなくていいわけだし……」


「ああ。ま、そんなことはビュゥユに来るまでの道中でわかっていたことではあるがな。アオビカリブクロオオトカゲの群れを五つ数える間もなく屠れる連中が、散発的に襲ってくる魔物の群れに対処できないわけがない」


 アオビカリブクロオオトカゲというのは、アーィェネオソク平野でも最強といわれる巨大爬虫類だ。アオビカリブクロと呼ばれる植物の魔物――花が青く光って見た者を催眠状態に陥れ、袋状の花の中に呑み込んで捕食してしまう食人植物を主食とし、成長すれば全長十(ソネータ)近くまで育つ。アオビカリブクロの魔力がどう作用したのか、身体が光って見た者を催眠状態に陥れるのみならず、青い光線を放つことで大規模破壊能力まで手に入れている、暴走すればいくつもの街を灰燼に帰すのもたやすい代物。


 そんな奴相手でも、自分たちパーティの前衛陣はたやすく勝利することができたのだから、大きい奴でもせいぜい全長数(ソネータ)という魔物の群れに勝てないわけがない、という理屈には、確かにそれなりに説得力はある、とは思うのだが。


「……油断は禁物じゃないのか?」


「そうだな、失言だった。新種の強力な魔物が出現しているという可能性も、限りなく低いがないわけじゃないしな」


「や、でもこれフツーに考えてラクショーだろ。使える魔力の大きさが全然ちげーもん。この分なら予定通り、一日で国中の魔物あらかた掃除できるよなっ」


「……そうだな。このままいけば、な」


 ネーツェは表情を消して、そう肩をすくめてみせる。――が、心の中で、ほくそ笑むような感情が湧き上がったのを、ロワの同調術は感じ取った。


 たぶんだが、ネーツェは今回の魔物退治で、なにか仕込みをしている。ジルディンが驚き慌て、うろたえ騒ぐようななにかを。


 が、ちろりとネーツェの表情をうかがうと、にやり、と満足げに笑いかけてきたところをみると、その目標の中に自分は含まれていないらしい。というか、仕掛け側に回ってほしいらしい。同調術で心の中を感じ取られることができるように状況を誘導したのも、予定通りだったというわけか。


 どうするかな、と迷いながら、脳裏に浮かぶ映像を注視する。ヒュノとカティフは、二人そろって、新たな目標に向かい、ロワがどうあがいても追いつきようのないだろう速さで走り出していた。


 魔物狩りが始まってから、半長刻(クヤン)ほど。ビュセジラゥリオーユの領土内をくまなく回り(面積自体はゾシュキーヌレフとほぼ変わらないので、距離自体は足が速く体力のある人間ならばぶっ通しで走れないこともないかもしれないが、行く先々で魔物と盛大に切った張ったをしながら、起伏のある山道獣道を突き進むとなると、だいぶ人間の域を超えているだろう)、ヒュノとカティフは自分たちのいる本塁へと近づいてきていた。それでもネーツェの魔術を通して確認する限り、二人に疲れた様子はまるでない。


「……こうして普通の仕事で、戦力のひとつとして見てみると……女神の加護を受けた存在っていうのは、本当に反則だなぁ……」


「そーだろぉ? へっへー、やっぱ俺らすごすぎるよなーっ!」


「いや別に褒めてない……っていうか、褒めてもいるけど、どっちかっていうと大変だなーっていうところに重きを置いていったんだけどな」


「へ、大変って、なにが?」


「いや、だって加護を与えられてない人間からしたら、妬まれないわけないじゃないか、これ。邪鬼との戦いの時みたいに、加護を与えられた人間がいなければどうにもならない、っていう時はすごく頼りにされるだろうけど。普段の普通の仕事の範疇だと、身近な仕事で差があからさまになるだろ? 妬みや嫉みを抱かない奴の方が少数派だと思うぞ。普段の仕事をしてる分には、そういうので絡まれたりいやがらせされたりで面倒なことも多いだろうな、と今思った。いまさらだけど」


「あー、そーいうやつな。ホントにいまさらじゃん。そんなんゾシュキアさまから加護もらう前から知ってるし」


「……そうなのか?」


「そーそー、孤児院でさぁ、法話? とかで何度も聞かされたもん。神から加護を与えられた英雄が、一般市民のいやがらせとかでヤな思いする話。英雄の方はその時々で、いやがらせされても親切にしたり、拗ねて逃げたり、ブチ切れて一般市民殺しまくって自分も殺されたりとかいろいろだったけどさ。一般市民の方が全員心から反省して、英雄に私たちが悪うございました、って頭下げる展開ほとんどなかったし」


「……ゾシュキア神殿では、そういう法話が主だったのか?」


「や、うちの孤児院だけかもしんないけど。とにかくさ、『どんな類の力であれ、少しでも人より優れたところを見せれば、たいていの人間は結束して攻めかかってくるもの』『だから、誰にでも好かれようなんていうのは思うだけ無駄』『なによりもまず、自分が満足できる、納得できる生き方をしろ。それができれば他人にどう思われようとも、少なくとも自分は自分のことを認められる』って、しつっこいくらい聞かされてんだぜ? いやでも覚悟できるってーの」


「なるほどな……」


「……そこで納得するというのも、僕としてはどうかと思うが。まぁ、僕たちがそういうことをそれぞれ事前に考えていたのは確かだな。僕は曲がりなりにもロヴァガの智の学院にいた以上、加護を与えられた人間に対する妬み嫉みについての話は知っていたし、ヒュノやカティも『そういうことは当然あるだろう』と理解していた。その上で『加護を与えられることによる恩恵の方がはるかに大きい』と判断して納得したんだ。たとえ女神さまの神威に心打たれることがなくとも、自分たちは加護を受け容れただろうってな」


「そっか……そういう話、みんなでしてたんだ?」


「みんなというか、僕もその……まぁ心配というと大げさだが、個人的に気になったので、それぞれに聞いて回っただけだ。カティは『女神さまからご加護をもらうなんてとんでもない幸運、会って普通に話ができる相手が手に入れたなんて知ったら、腹が立たねぇ方がおかしい』という意見で……ヒュノは『強くなれる機会を逃す手はないし、それに今現在神さまから加護を受けている人間が何人もいる以上、そういう戦力が実際に必要とされてるってことだろ、邪鬼相手の時とか』という言い分だったな。まぁそういうことだから、その手の心配は無用だぞ」


「わかった」


 ロワはこっくりとうなずきつつ、『もしかするとこういう話はエベクレナさまたちにとってはとても嫌な話かもしれないな』と内心で反省していた。なんとなく思いついて口にしてしまったが、人界のいとし子が生をまっとうするために加護を与えたのに、それが逆に相手の人生を損なうことになるなど、神々の立場からすれば悪夢そのものだろう。


 そして、そんな話題で少しばかり気を逸らしている間に、ヒュノとカティフは最後の仕事に取りかかったようだった。本塁の近在に生息する魔物の群れにちょっかいをかけ、暴走を誘発して、それを自分たちのいる本塁に誘導する。本塁の近くにそこそこ大きな群れが生息していることを知ったネーツェが、即興で立てた作戦だ。


 本来の作戦では、ジルディンに対する負荷が弱く、隙を見せればすぐに怠けようとする彼を鍛えるには足りない、という抱いていた懸念を解消するために考え出したらしい。ヒュノとカティフにだけこっそりそのことを魔術で伝えた際には、魔力の流れの偽装と隠匿に相当気合を入れたようだ。それでもジルディンがその気になれば探り当てるのはさして苦にならなかっただろうが、ジルディンが仕事中に、自分の『やれと言われた仕事』以外にそこまで気を配るようなら、ネーツェがこんなことを考え出すこともなかっただろう。


 さっきからしばらく同調術を使い続けた結果、そこらへんの思考や感情は感じ取れた。曲がりなりにも実戦で仲間に隠し事をしていいものか、とさすがに気が咎めるところはあったのだが、同調術の制御にも慣れて、それなりに余裕が出てきたのをいいことにあれこれ考えた末、ロワは今回は口出しをしない、と決めたのだ。


 不測の事態に慌てず騒がず的確に対処する、という経験は積める時に積んだ方がいいのは間違いない。それに本塁にいる三人に加え、ヒュノとカティフもそれぞれに必要な経験が積めるのだ、仕込みを明かした時に殴られる覚悟があるならばいいだろうと思った。ロワも、半殺しくらいまでならば道連れにされても文句を言わない覚悟を固めている。


 どこからでも来い、という気合を入れて、脳裏に浮かぶ映像を注視する。映像の中で、ヒュノとカティフは、群れの主と思われる、巨大な鹿のようなものに気配を殺して近づいているところだった。群れの主を刺激して、暴走を誘発させようというのだろう。カティフの誘引術は強力だが、精神を惑わす術法である以上、心が平静な状態よりも、興奮なり惑乱なりで乱れた状態の方が効きはいい。


 その鹿は地面に伏せていたが、本当に驚くほどに巨大な鹿だった。立ち上がれば、体高はそれこそ数(ソネータ)にも及ぶだろう。それをしないのはおそらく、腹が驚くほどに膨れ上がっているせいだ。孕んだ腹よりもなお大きい、周囲にうろつく体高二(ソネータ)程度の大きさの鹿が、まるごと入っているのではと思うほどに。


 ヒュノとカティフも少し不審には思ったようだが、感じる気配の強さでその鹿が群れの主だということは確信できたのだろう、これまでと変わらない方法――ヒュノがある程度の距離まで気配を消して近づき剣閃を飛ばし、群れがいきりたったところにカティフが誘引術で攻撃態勢を崩す、という連携で仕掛けるつもりのようだった。ネーツェは、この鹿の状態に憶えがあるようなないような気がしているようで、一人考え込んでいる。こんなことで術法を使うのもなんだ、と感じているようで勉正術は使っていない。ジルディンは当然ながらそんなことまるで気にせず、術式を制御しつつぼうっとしている。


 なので、ヒュノが剣閃を飛ばすや、その鹿が大地に轟くほどの悲鳴を上げ――同時に、腹部が破裂し、ずるぅり、と異物が出てきたことに。明らかに鹿の腹部に収まるわけがない数と大きさの代物が這い出てきたことに。破裂した腹部の中では無数の小魚が渦巻いているようにしか見えなかったものが、その外に出るや爆発的に歪みねじれ巨大化し、種々雑多、数も軽く数百を数えるだろう邪鬼の眷族たちの姿に変じ、いっせいに四方八方へと逃げ去り始めたことに、仲間たちは揃って仰天した。


「え! な、なにっ!? なんか急にすっげー数の魔物が現れたんだけどっ!?」


「っ、これは……!」


『っ!』


『なっ……!』


 ヒュノとカティフは驚きつつも、さすがに本職の戦士と言うべきか、即座に剣を振るって魔物を倒し始める。そこに、ロワは同調術をできる限り精緻に制御して、思考を伝えた。神々のご加護かたまさかの幸運か、軽い心話状態に入ることができたようで、全員の心が繋がった状態で、一瞬のうちに幾多もの思考が飛び交う。


『小さい奴から優先して倒して! 一匹たりとも逃がしちゃ駄目だ! そいつらは獣や魔物に寄生して数を増やす邪鬼の眷族なんだ、一匹でも逃せば大発生を招きかねない!』


『―――あいよ』


『っ、けど、誘引術を使うにしても、数も種類も多すぎる! 俺らだけじゃさばけるか自信はねぇぞ!?』


 誘引術を最大威力で発揮し、逃げ去った魔物――邪鬼の眷族たちを一気に自分たちの方へと引き寄せつつ、剣を振るいながらカティフは叫ぶ。それに向けて、ロワも全力で同調術を制御して応えた。


『大きいのはこっちに誘導して! 小さい敵を的確に殺すのは二人しかできない! ネテとジルなら大きいのをまとめて倒すのは得意だし、周りに巻き添えを出さずに倒せるよう術式を制御するぐらい、本番ぶっつけてもジルもちゃんとできるはずだ!』


『ええぇぇ!? この状況でも巻き添え出さないようにしないとダメなの!?』


『当たり前だろうがっ! そんなことしたら報酬減額どころじゃすまないぞ!?』


『ネテも、できるよな。王宮へ現状を映し出す術式を維持しつつ、ジルの探査術での情報を全員の意識に投影しつつ、ジルの補助をしつつ、攻撃術式で巻き添えを出さないように敵を吹っ飛ばす』


『ぬぐっ……あ、あまりに僕の負担が大きい気がするが……い、いいだろう、やってやるとも!』


『っていうか俺探査術も使い続けなきゃダメなの!? この状況で!?』


『逃げた敵がいないか絶えず確かめ続けなきゃいけないんだ、ジルの風に乗せた探査術が効果範囲も信頼性も一番高い!』


『って、ていうかさっ、そーいうロワはなにすんだよ! 加護もらってないからって一人だけぼーっとしてるとか……』


『俺は操霊術で土人形の壁を作りつつ、同調術でみんなの連携の補佐をする!』


『………うぐ』


『……まぁ、妥当だな。僕たちにも、殴られる端から崩れるだろうとはいえ、壁は確かに必要だ』


『言われた通り、でかい連中はそっちに向かわせたけど、向かわせただけだかんな!? 距離も数もありすぎて、処理しやすいように順番に向かわせるとか、さすがにできねぇぞ!?』


『それはいいから、まずはそっちの連中を片付けるのに集中してくれ! 本当にこいつは、一匹でも逃すとまずい奴なんだ! 邪鬼の眷族の中に虫の形で寄生してることが多いから――』


 想いを伝えあうのにかかる時間は、一瞬刻(ルテン)にも満たないほど。だがその刹那の間にも、ヒュノは剣を振るっていた。それこそ目にも止まらぬ速さの剣閃は、的確に何匹もの邪鬼の眷族の中に潜む寄生魔物の本体を斬り殺していく。


『なるほどな。だからこいつら、命の核が普通の邪鬼の眷族と違うのか。要は、この身体を動かしてる力の源を斬ればいい、ってこったな』


『……うん、そういうことだ。そっちは頼む』


『あいよ』


『言っとくが、俺はこいつの本体の場所まではわからねぇぞ。中途半端に動けなくしたりすると、逃げちまうんじゃねぇかその寄生してる奴!』


『基本的に、そいつは生物の外には出てこない。出てくるとすれば、寄生した身体が死んだか、死にそうになった時、新たな寄生先に飛びつくときの一瞬だけだ。人間に寄生することはめったにない……とは聞いてるけど、絶対にないわけでもないはず。だからカティは誘引術を制御しつつ、ヒュノが敵の本体を殺しやすいように援護しつつ、本体が寄生するため突っ込んでくるのも防げるよう、防御に専念してくれ! ヒュノなら遠距離から敵本体を殺せるから、そこまで危険じゃない、とは思うけど……』


『近距離と遠距離、どっちも一度に斬った方が早い。突っ込んで殺してくから、万一の時の防御頼むわ、カティ』


『言っとくけど俺にお前の反応についていけとか無茶振り以外の何物でもねぇからな!? できるだけのことはやるから、そっちもできる限り自分の身は自分で守ってくれ!』


「っ……敵来たぁっ!」


 ジルディンの叫びに、ロワの意識は同調術の制御に集中している状態から、目の前の現実に対処しなければならない状態へと引き戻された。ぐっと奥歯を噛みしめて、操霊術を制御し、土人形たちを突っ込んでくる邪鬼の眷族たちの前へと立ちはだからせる。


 大物だけをこちらによこした、というカティフの言葉は正確だった。身の丈が軽く一(ソネータ)を超える連中――トロール、オーガ、オーケンパン、ターウィ、サムヒギン・ア・ドゥール、チハクッサンテなどが揃ってこちらに突撃してくる。


 剣と盾を構え、万一の時に備えたせめてもの準備をしながら、操霊術を制御し、土人形をその前へと並べて壁を作る。だが、なにせ体高だけでも倍近い大きさの相手だ、ほとんど障害にもならず、次々打ち砕かれては土に返っていく。


「〝―――命ず、一時我が声に従うべし。かりそめの戦士となり、我らが前に立て。魂の理と巡る命を知る者よ、天に座し大地を巡る御方よ、我が一時の蛮行を許したまわんことを、伏して願い奉る〟!」


 だが、敵の姿を目視で確認するや呪文を唱え始めていた操霊術の術式が、なんとか土人形すべてが崩れ去るより前に間に合った。また新たにロワたちの前に土人形が次々出現し、邪鬼の眷族たちの突撃を、わずかなりとも遅滞させる。


 そして、その一瞬で、またかろうじて呪文が間に合った。


「〝祈流聖……〟!」


「〝――五つの王と四つの帝の天則にて発動せよ、烈〟!」


 眩しく蒼い光球が、ジルディンの眼前から曲線を描きつつ、しかし迅雷の速度で邪鬼の眷族たちへと突貫する。それに数瞬遅れて、ネーツェが呪文と共に杖を振り下ろし、爆炎が大きく邪鬼の眷族たちを取り込む。


 お互いの攻撃の威力を殺さないよう、しっかり連携の取れた術式に、邪鬼の眷族たちは次々吹っ飛んでいく――が、全滅はしなかった。ネーツェは術式構築速度を優先して、律制術や増幅術による強化を施していなかったし、ジルディンの滅聖術は一撃必殺級の威力を発揮したものの、効果範囲よりも制御のしやすさを優先したためか、単体攻撃用の術式を複数飛ばす、というやり方だったのでここまでの数には対応しきれていない。


 そして、邪鬼の眷族は、命が失われてさえいなければ、ひたすらに人間たちを殺し、苦しめるために全力を尽くす。


「〝大地に祈りを、風に願いを……〟っ!」


 懸命に操霊術による土人形を作り直そうとしたが、ロワ程度の術式制御能力では、圧倒的に向こうが駆け寄ってくる方が早かった。巨大な拳を振り上げ、硬直して動けないジルの頭を叩き潰そうとしてくるチハクッサンテに、ここは自分が前に出るしかない、と飛び出して盾を掲げ――盾ごと数(ソネータ)吹き飛ばされて、身体を大地に叩きつけられる。


『ロワ!』


 仲間たちの叫びが、遠くに聞こえた。それから背骨と内臓に激痛。もしや骨が折れたか、脊椎や内臓が傷ついたか、という恐怖と不安が一瞬ちらりとよぎる。


 いや、そんなことを考えてる場合じゃない、とっとと立ち上がって二人の盾にならなけりゃ、と必死に身体に力を入れながら、操霊術の呪文を唱え始める。早く。早く、二人の壁を作らなくちゃ――


「〝―――祈聖爆〟!」


「〝汝律法によりて制せよ、統〟!」


 ――そう思った次の瞬間、視界が白い光に染められた。闇や影を作る術式で、世界が暗転する逆回しのように、あまりに眩しい光で視界が満たされて、まぶたの裏に白を映したままなにも見えなくなる。


 なんだ、なにが起こった、早く起きなくちゃ、と懸命に身体に力を入れて起きようとしているところに、明るい声がかけられた。


「〝祈癒〟!」


 その瞬間、身体の重みがすべてきれいに消え失せ、ロワはあっさりと体を起こすことができた。とたん、こちらをのぞき込む体勢を取っていたらしいジルディンと目が合い、にかりんと笑いかけられる。


「もう痛いとこねーよな? ロワ。俺の治癒術、すっげーだろー。地道に鍛錬の時の傷とか治してた甲斐あった!」


「ああ……ありがとう。悪かったな、迷惑かけて……邪鬼の眷族たちは?」


「んなもん全部消えた消えた! 俺が全力で滅聖術使えばあんなの……」


 そこまで言ったところで、ジルディンの頭にがづん! と拳が落とされる。どうやら術式で強化なり硬化なりした拳だったらしく、ジルディンは「いだあぁぁあ!」と絶叫しつつ地面の上をのたうち回ったが、拳を放ったネーツェは、痛みを冷ますべく手をひらひらさせながらも、怒りの治まらない様子で眼下のジルディンを睨みつけた。


「なにを抜かしているんだお前は……僕たちは、お前に、巻き添えを出すな、と何度も何度もしつこいほど言っていただろうが! なんださっきの術式は! 僕が律制術で横から無理やり統御しなかったら、下手したら僕たち自身も吹っ飛んでいたところだぞ!」


「ぅぐっ……だっ、だってさっ、あんな状況でいちいち細かい制御まで気が回るわけないじゃん! ちゃんと敵は倒せたんだからいいじゃんかぁ!」


「馬鹿か! ちゃんと敵を倒せて、かつ巻き添えを出さないところまでやって、ようやく一人前だろうが! 状況を無視して勢い任せで自分の得意なことだけやって、まともに報酬がもらえるわけがないだろう! もし万一現在の貯金を使い果たすようなことがあった時に、また以前のような食うや食わずの生活に戻りたいのか!?」


「ぅ……ぅうぅっ、そ、それは絶対やだけどぉっ……!」


「そうだろう! お前の魔力制御の技術なら、冷静に対処すればいつでも攻撃術式の範囲を統御するくらいできるんだから、ちゃんと……」


 そこまでネーツェが威勢よく説教したところで、ネーツェの背後にがばぁっ、と黒い影が立ち上がった。九つあった頭を三つまで減らしながらも、土に潜り視線をごまかしかろうじて生き延びていた巨人が、笑みのためか捕食のためにか、口を大きく開けてネーツェへと手を伸ばしてくる。


 突然のことで反応できずに固まる自分たちと背後の気配で、ネーツェも手が触れるぎりぎりのところで背後の巨人に気づいたようだった。けれど突然すぎて自分たち同様反応できず、硬直して自分へと伸ばされる手をまじまじと見つめている――


 ――その先で鋼が輝いた、かと思うや、その巨人は一瞬固まって、見る間に塵へと還った。


 数瞬わけがわからず硬直してから、やっとヒュノの剣閃が巨人の、というか巨人に寄生していた邪鬼の眷族を倒したのだ、と気づく。思わず揃って深々と息をつく自分たちに、ため息交じりの声がかかった。


「お前ら生きてっかー。さっきの一瞬視界が途切れたから、護盾術の防壁が、だいたいの見当でしか張れなかったけど……寄生とかされてねぇよな? 術法で全員大丈夫か、確かめといた方がよくねぇか?」


「カティ……」


「……もーっ、二人ともおっせぇよ! 死ぬかと思ったじゃん!」


「いやお前が言えた義理じゃないだろ! お前がきっちり術式を制御して、きっちり敵を全員殺しきっておけば、生き延びていた敵に不意討ちされるなんてことにもならなくてすんだんだぞ!?」


「うぐっ……けっ、けどそれ言うならネテだっておんなじじゃん! 俺の術式ちゃんと制御しきってくれてれば、きっちり全員殺せてたんだし……!」


「ぬぐっ……だ、だからってなぁっ、術式発動させた本人が言うべき言葉じゃ……」


「っつかさ、それより前に聞いときてーんだけど。ロワ、お前さ、さっき、クソでかい鹿の腹見た時に、あの中に寄生された邪鬼の眷族が詰まってるって、わかってたんだよな? なんで先に言わなかったんだ?」


 近づいてきたヒュノが、いつも通りの軽いというか適当というか、どうでもよさそうな口調で口を挟む。だが、その言葉の裏には確かに苛烈な意思が感じられた。返事間違えたらぶった斬られるな、と唾を呑み込みながら、正直に真実を白状する。


「……気づきはしたんだけど。これまでずっと順調すぎるくらい順調だったし、最後くらい不意討ちで必死にならざるをえない状況を作り出した方が、鍛錬にはなるのかも、ってちらっと思っちゃって。安全のためにもさっさと教えた方がいい、っていう気持ちとぶつかり合って、一瞬どうすればいいのかわかんなくなっちゃって。どうしようどうしよう、って思ってるうちに事態が動いて……ごめん、みんな。役に、立てなくて」


「ふーん……なるほど、な」


「なるほどじゃねーよっ! んっだよそれ、んじゃ俺らが死ぬ思いしたのロワのせーじゃんっ!」


「……うん。ごめん」


「ごっ、ごめんとか、そーいうこと言ったって……」


「ま、俺たちはもともと、ネテの指示で、暴走を本塁にぶつけて、ジルを驚かせつつ不測の事態に対処する訓練をさせる予定だったからな。一瞬そっちの作戦と混じって、どうすりゃいいのか判断に迷う、っつぅのは俺らとしてもわからなくはねぇよ」


「うっ……そ、それは……僕も、あのオオアシクサハラジカの巨大な腹部を見て、寄生する邪鬼の眷族のことをある程度思い出しながらも、ジルの訓練のことを考えて……まぁ思い出せた情報が中途半端だったというせいもあるが、口に出すか迷ってしまったのは確かだが……」


「は……はぁっ!? なにそれ、だったらさっきの全部ネテのせいってこと!?」


「全員のせいだろ」


 カティフの言葉にいきりたったジルディンは、ヒュノが低く告げた言葉に固まった。それほどに、ヒュノの声音には強烈な威圧感が感じられたのだ。


「最初にあの鹿を見て、敵のことを思い出してたのに言い出さなかったのはロワとネテのせい。敵を倒しきれずに、デカブツを本塁の方に誘導させざるをえなかったのは俺とカティのせい。デカブツ相手だってことはわかってたのに、術式の選択と制御をし損ねて、敵を殺しきれなかったのはジルのせいだろ」


「なっ……なんでっ、おっ俺、別に悪く……ネテが変なこと考えなけりゃそんなことに……」


「『変なこと』を考えなけりゃならないくらい、楽な仕事だとみりゃすぐに手ぇ抜くし相手を舐めくさる、お前のやりようにも充分非があるだろうが。実際、お前今回突然のことにうろたえて慌てたせいで、術式の制御やらなんやらまともにできなかったわけだしよ。お前がきっちり完璧に状況に合った術式選んで制御しきれてたら、あのくらいの数と大きさの邪鬼の眷族くらい、残らず塵にできてたはずだぜ?」


「ぬぐっ……そ、それは、そうだけどぉ……」


「要するに、あれだ。全員まだまだ修行が足りてねぇ、ってこったろうな」


 口を挟んできたカティフが肩をすくめてそうまとめると、五人それぞれがそれぞれに、肩を落としため息をついた。あるいはまだまだ修行とかしなくちゃ駄目なのかという落胆と憂鬱な気持ちを込めて(ジルとか)、あるいは己の未熟さに対する怒りと負けん気を込めて(ヒュノとか)。


 ロワの場合は、『自分なりにできる限り全力で役に立とうとしてみても、結局足手まといになったか』というある意味当然の事実に対する慨嘆と、『やっぱりいつまでも『このパーティの一員』っていう顔をしているべきじゃないんじゃないだろうか』という疑問を心に再浮上させてしまった自分に対する、倦怠を込めてのものだった。

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